VS.人外転生
俺は秘密の地下通路から飛び出した。突然ゴミバケツをぶち破って現れた怪人が生ゴミをぶちまけてゲロ塗れになって絶叫する格好になった。腰を抜かしたストリートチルドレン達には本当に申し訳ないと思う。
ギョエーッと叫びながら路地裏を駆けだす。
ここはスラム街。目標はもちろんガインだ。主人公容疑者の中で最も有能で油断ならないあの男を最優先にするのはごく当然のことである。
このスラム街のどこかで人外転生者のガインが世界の敵たる俺を待ち構えているはずだ。主人公補正で毒電波を跳ね返してくれていると嬉しいが、この状況下では石橋を叩き過ぎるということも無いだろう。
雨水が溜まった樽に頭から突っ込み、酔っ払いのゲロを振り払う。
そこでハタと気が付いた。
ここ最近、雨なんか降ったか?
ヤバイ、と思った瞬間既に体は動いていた。紙一重の差で樽はハチの巣にされる。四方八方から放たれたのはクロスボウだ。
すぐさま廃屋に飛び込もうとした。…がッ しかし…ッ!
廃屋の影に入ったところで俺の体はどうと倒れ込んた。
どっ……毒か……ッッ!?
さっきかすった矢に塗られていたのか。それとも樽に貯められた水に仕込んであったのか? 全身が痺れて息もままならない。筋肉という筋肉が引き攣れるッ!
ちっ…チクショウ…ッ!
ししし、死んでたまるキャァァアア!!
俺はなけなしの根性と不屈の生存本能を総動員してスニークモードへ移行した。
その直後、路地に複数の影が足音も立てず着地した。まるで猫か猿だ。
「こちら壬申班、追跡に失敗。目標を喪失」
『こちら丁卯班、了解。目標が移動した痕跡は無し。付近を警戒せよ。復唱』
「こちら壬申班、了解。付近の警戒を開始」
ニンジャめいたメンポで顔を隠し、黒装束に身を包んだゴブリン達。彼らは風妖精を利用した通信を切るとスリーマンセルで陣形を組み、周囲の警戒を始めた。その鉄壁の警戒網たるや360度、微塵の隙も許さない。
ぐグッ……! やはり来ていたか…!
ゴブリン帝国の王。ガイン・ガジ直属親衛隊、十魔星!
ガインの懐刀にして最大戦力。十の異種族から選び抜かれた精鋭部隊だ。総勢百名にも満たないが、過去に投入された地獄のような修羅場の数々で未だ負け無し。正しく漆黒の闇夜に白々と輝く十の魔星である。
しかし、彼らの技量をもってしてもスニークモードの俺は見つけられないだろう。影が薄いを通り越して因果レベルで存在級位が希釈されているのだ。視界に映らないどころか、仮に俺の背中を踏んづけた所で綿埃を踏んだ程度にも感じまい。ケヒヒッ……ぐぇっ! ぐえぇっ!!
筋骨逞しい三人のゴブリンがノシノシと俺の背中を踏んづけていった後、俺はズリズリ這いずってそ難を逃れた。これがオークで構成された乙亥班だったなら、俺は人知れず潰れた内臓を吐き出して死んでいただろう。危ない所だった。
◆◇◆
交易都市の上空には癸酉が旋回し、地上に睨みを利かす。壬申、甲戌、己巳の各班が路地裏を虱潰しに警戒している。魔術を駆使して連携の橋渡しをしているのが丁卯だ。
都市ゲリラ戦のエキスパートが勢揃いである。
俺は旧時計塔の影から街の様子を伺いつつ、彼らの練度の高さに舌を巻いていた。俺の類稀な影の薄さが無ければとうに捕まっているだろう。
しかし真に恐るべきはそれを運用するガインの手腕と人望である。
基本的に異種族同士は仲が悪い。ホモサピエンスですら肌の色や神の呼び名はおろか、血液型までやり玉に挙げて互いにいがみ合い、蔑み合っているのだ。見るからに姿形が異なるのに同等の知性を持つ彼らの差別意識は想像に難くない。
歴史的に見ても、例えばエルフの奴隷だったリザードマンにとって耳長族は不俱戴天の仇だし、ゴブリンとコボルトはしょっちゅう縄張り争いで揉めている。そんな彼らの見事な連携ぶりは偏にガインの存在故だ。
ただカリスマがある、というだけの男ではない。ガインには幾つか、指導者としての偉大な資質がある。
しかし感心してばかりもいられない。痺れ毒を誤魔化しているのは地下から飛び出した時に持ってきたポーション一瓶だけだ。いつ効果が切れるか分かったもんじゃない。街中に隠してある数々の仕込みの中にはもっと高級なポーションもあるのだが、迂闊に使えなかった。隠し場所の要所という要所に特殊部隊が張り込んでいるのだ。スニークモードの俺を発見できるとは思えんが、痕跡を辿って範囲飽和攻撃などされようものなら目も当てられない。
おそらくガインは俺との激突をどこかで覚悟していたのだろう。己惚れるようだが、一朝一夕で見破れる仕込みではない。
もちろん、覚悟していたのは俺とて同じことだが……
くそ、早速ポーションの効果が薄れてきやがった。そろそろガインに接近しなければ。
魔王の現実改変にやられたガインを正気に戻すためには、その影響を免れている俺の一発が必要だろう。何しろ俺とガインは人魔共栄という崇高な理想に燃える同士である。同士たる俺の訴えは必ずやガインの胸を打ち魂に響くことだろう。運命力の高まりを感じる。
まあ……うん……マッチポンプの共犯を始末するという理屈も通ってしまうんだが……こ、この際それは考えないことにしよう。不毛だ。
痺れ毒がぶり返しそうな重い腰を引っぺがして立ち上がる。ガインの居場所は既に把握できているのだ。
時計塔の影から双眼鏡を使ってスラム街を見下ろす。眼下に映る廃屋、かつてはさぞ繁盛したであろう元酒場こそ、ガインが指揮を執る前線基地である。流石に俺の仕掛けを相当念入りに調べたようだ。破壊系の仕掛けは一切なく、地価の秘密通路にも繋がっていない物件である。故にスイッチ一つで爆死させたり空の彼方までぶっ飛ばしたりはできない。
大した奴だ。やはり天才か……
しかしな、ガイン。真の奥の手とは、強敵にこそ見破られんよう仕掛けておくものよ。ケヒャッ。
イヤホンを耳に差し込み、風妖精式通信魔術傍受装置(製作:スケーナ魔術ギルド諜報機器開発チーム)のツマミを捻ること暫し。調子外れの笛のような音の中で、次第に話声が混じり始める。
『――として補足できずに――――恐れながら王。目標は既に都市を脱出して――のでは?』
『いや、必ずいる。そ――提で索敵を継続せよ。他でもない魔王陛下が――だ』
来た。途切れがちだがガインの声だ。よもや壁に耳をそばだてられているとは夢にも思うまい。何しろ盗聴器が仕掛けられているのは屋内ではないのだ。
仕掛けているのは街の魔術的な要所である。魔術波長を操ることで通信に利用されている風妖精の一部を混乱させ、こちら側にも情報を運ばせているのである。ケヒヒッ。
これを使ってタイミングを計って……ん?
『――の設置――か? よろしい。フェーズ2へ移行せよ』
『よろしい――すね?』
『忘れたのか? そも――我々は戦争をして――のだ。人族は全て潜――に我ら魔族の敵だ。魔族の前に出てこな――間だけが良い人間だ。私に妥協は無い』
『承知し――た。部――撤収を開始します』
顔じゅうから血の気が引く音が聞こえた。
やめろ。やめてくれガイン。それだけは。
だが俺の訴えなど、ガインの魂に届こう筈も無かった。
幾つもの小さな破裂音と共に不吉な煙があちこちから立ち込め始める。スラムの路地を這うように侵すおぞましい黄緑色の煙を見て、俺は総毛だった。
空気より重く、黄緑色。この距離でもはっきり感じる強い刺激臭。辺りの金属や有機物と即時化合する強力な反応性。
常温気体。ハロゲン族。比重2.49。窒息性。一分間で死に至る大気組成率約0.2%。
元素記号Cl。即ち塩素。戦史上初の化学兵器である。
なんっ……なんて……ことを…ッ!!
忌まわしい煙がスラム街を死の色に染めていく。
塩素の毒性は強い。仮に死なないまでも重篤な後遺症が残るだろう。皮膚のただれ、呼吸障害、腎機能障害、失明。死ぬまで続く苦しみが刻まれる。
実のところ塩素ガスは兵器としては粗が多く優秀とは言い難い。次世代の悪名高いマスタードガスなどに比べれば遥かに毒性が弱い。高い視認性と地面にとどまりやすい重さから避けやすく、塩素を中和する次亜塩素酸があれば比較的容易に防毒マスクを作れる。
しかし、それは準備があっての現代戦での話だ!!
こんな……こんな貧民窟で、わざと目に見える毒ガスを押し包むように散布して見ろ!!
パニックが起こる。人々は瞬く間に逃げ惑うネズミの群れになる。そしてスラムの中央に駆け集まり、互いの体を押し潰し合うだろう。軽く将棋倒しになっただけで、大勢が死ぬ!!殺される!!俺一人を殺すためだけに!!!
無論それを織り込んだうえでの作戦に違いない。俺の反応すら織り込んだ上かもしれない。しかし迷う暇など無かった。
俺は拡声器に向かってがなった。
上だ! 上に逃げろ!! 毒の煙は上には登らない!!!
切羽詰まった叫び声は旧時計塔の上からスラム中に響き渡った。しかし果たしてどれだけの人がその意味を理解したものか。教育はぜいたく品だ。ここに暮らす人々の殆どは、新聞を読むどころか自分の名前すら書けない。書きたくったって、書けない!!
間髪入れずに二の矢を放つ。起動したのは風妖精を利用した排気装置。しかしこれはあくまで俺一人がヤバい状況に陥った場合に備えたもので、とても瞬時にスラム街全体を排気する設備的容量ではない。時間が必要だ。
だが三の矢を放つ時間は与えられなかった。イヤホンの向こうから死の宣告が聞こえる。
『なるほど。そこか』
朽ちかけた塔目掛けて精鋭ハーピー達が巨大な擲弾を投下した。
閃光が目を晦ませる。鼓膜をつんざく轟音、爆風。刹那の衝撃が痛みを感じる間も無く俺の意識を断ち切った。
◆◇◆
突然の覚醒が全身を突き刺す激痛と共に訪れる。負傷の痛みが脳内物質の作用を上回ったらしい。
体を覆い隠していた瓦礫の隙間から血のように赤い空が見える。既に夕刻か。塩素ガスの拡散には成功しただろうか。
瓦礫を崩さぬよう、痛みをこらえながら慎重に体を起こす。ナメクジが這うように、わずか数センチを呆れるほど時間をかけて進む。瓦礫の隙間から顔を覗かせると、瓦礫の山の上で見事に半ばで折れた時計塔がⅤの字をひっくり返したアーチを作っている。内部を構成していた部品がバラバラになって散らばる姿はちょっとした前衛芸術のようだ。
周囲は十魔星の精鋭達で取り囲まれていた。
逆Ⅴの字の下で捜索の指揮を取っているのは、他でもないガインだった。
指揮官が現場に姿を現しているのは油断のためではあるまい。自分を囮に俺をおびき出すつもりか。
俺のスニークモードは未だレイさんにしか見破られていないからな。だが、ガインならば看破するやもしれん。ガインもその辺り、何か感づいているからこそ、前へ出たのではないか。
チャンスは一度だ。一度ガインに見つかったその時に勝負を決められなければ、もう逆転の目は無い。
俺は決死の覚悟で逆Ⅴの字の根元から這い出た。屈み込んだ姿勢で衣擦れの音すら立てまいと、一歩、また一歩とにじり寄る。瓦礫の影から影へ移動し、一歩ずつ確実にガインの背中が大きくなっていく。
怖え。周囲はガインの精鋭ぞろいだ。もしほんのちょっぴりでも気取られれば、次の瞬間に俺の首は胴と泣き別れしているだろう。
踏み出す足の一歩でも誤れば瓦礫を崩して大音を立てるか、最悪は逆Ⅴの字でギリギリ支えられている時計塔が崩壊するかもしれない。
くそっ!自分の心臓の音がうるさい。今にも喉の奥から飛び出すんじゃないか。極度の緊張で何度瞬きしても目が乾く。神経が尖り過ぎてその瞬きの音さえ聞こえそうだ。
死にたくねえ。死にたくねえ。死にたくねえ!!
今すぐ全部投げて逃げ出してえ!!
それでも前に進むのは其処にしか活路が無いからだ。俺の膝をガクガク言わせるのが生存本能なら、這ってでも前に進ませようとするのもまた生存本能のなせる業だ。震える四肢を動かしているのは勇気ではない。唯々、死にたくないという一心ゆえだ。
距離にしてわずか10メートルも無かったと思う。しかし俺の人生で最も長い、気の遠くなるような10メートルだった。だが、それも終わりを迎えた。
動くな。
「ッ!」
辺り全員の注意が俺とガインへ集まった。握りしめた刃はガインの喉にピタリと触れている。
即座にガインの親衛隊達が臨戦態勢を取るが、ガインは手を掲げてそれを制止する。
ケヒヒッ!物分かりがい~ぃじゃあねーの。ケヒャッ!ケヒャッ!
俺は最高に「ハイ!」ってやつだった。絶体絶命の状態から一気に優位を取れた落差でほんのちょっぴりだけ情緒がバグっている。
おっとぉ?そこので睨んでるダークエルフのカワイコチャンよぉ~ 下手な動きすんじゃねーゾ? 魔力が無くっても殺気で分かるんだぜェ~。
それに万が一俺を殺したりしてみな。その瞬間にスラム街の地下に仕掛けた魔術式ポリ窒素爆弾で全員ドカンだ!え?オイ。オメェ~さん方の大事な大事な王。サマを殺したかねぇ~だろォ~?
「それは嘘だね」
あ゛ぁン!?
俺が絶頂に達しているところへ水を差したのは、今正に喉元にナイフを突きつけられているガインだった。
「君は奇妙な男だな。魔王様から伺った人物像とは明らかに異なる。
なぜスラム街の住民を助けたのだね?」
こいつは陽動だ。時間稼ぎだ。口ぶりほど俺の答えに興味など無いだろう。
だが降って湧いた千載一遇の機会に俺の頭は一気に冷えた。
俺はガインに言うべきことがある。どうしても今、それを言わねばならなかった。
なあ、ガイン。俺はアンタをマジに尊敬していたんだぜ。
「ほう。それは光栄だな」
周囲の精鋭達がゆっくりと間合いを図り、互いの射線が通るよう立ち位置をずらしつつある。そのすり足が実に巧妙で、まるで騙し絵の様にいつ動いたのかが分からない。素人なら目の前に来るまで気付かないのじゃないかとすら思わせる。
だがそんなことはどうでもよかった。俺はナイフをピタリと当てて離さず、言葉を続ける。
アンタの一番凄い所はな、カリスマでも、指揮能力でも、それらを裏付ける豊富な近代兵学知識でも無い。
フラットさだよ。そこがアンタの本当の美点だ。
「……」
ガインは答えない。俺の死の宣告のカウントダウンは刻一刻と進む。
確かに元人間でも魔物に生まれ変わった奴は魔物側に付くことが多いよ。ただしそれには必ずと言っていいほど条件が付く。例えば、人間が魔族顔負けの悪党であったり……倫理や思考が魔物のそれに変わっていたり…要するに『正当化される』のさ。逆に言えば、そういう正当化の理由が得られない奴はまず人間の側につく。
「……つまり、私が正当な理由なく人間を滅ぼそうとしていると言いたいのかな?」
ガインの興味を引けたのか、それとも俺の注意を引くためなのかはわからない。だが反応を引き出せたのは良い兆候だ。
俺は小さく笑みを漏らした。
違うよ。正当化を『必要としなかった』のさ。他人のあーだこーだに振り回されなかった。
アンタは前世の人生も知識も倫理も全て維持していながら『ゴブリンに生まれたから』たったそれだけの理由で魔族の側につくことを決めた。全く何の気負いも無しにな。
それが……その『フラットさ』が、どれだけ凄いことか。どれだけ尊敬したことか……アンタに分かってもらえるかな……
これくらいお喋りを続けてれば十魔星の再配置は既に済んでいる筈だ。幾ら俺がナイフを突きつけているとは言え、彼らなら俺からガインを奪還することなど造作も無いだろう。そうしないのは彼らの鋼の忠誠心が万が一にもガインに傷をつけさせることを恐れさせるためであり、ガインの命令がまだ下っていないからに他ならない。
「……」
ガインは再び沈黙した。しかし、そこに以前になかった躊躇いの色を見た。ここだ。ここしかない。
ガイン、アンタは頭が良いから敢えてこういう説得を取るぜ。アンタが十魔星を組織できたのはそのフラットさ故だ。そのアンタがどうして『魔族の前に出てこない人間だけが良い人間だ』なんて偏りきったことを言える? おかしいだろ。だってよ。魔族の潜在的な脅威はむしろ魔族同士なんだぜ。魔王を前にして未だ足並み揃わない人間達がそうであるように。
頼む、ガイン。これが最後だ。俺は今までで一番マジに本音を喋ってる。
アンタの高い理想は……そのフラットさ故だ。それを思い出してくれ……! 頼む……!
「……」
ガインの答えは無い。もはや万事休すか。これで手応えが無いのなら、もはや打つ手はない。俺に現実改変を打ち破る力など無かったのだろうか。
焦燥が脂汗となって顎を伝う。滴り落ちた雫はカツンと硬い音を立てた。
カツン? いやいや、そんな音するわけないやろ……あ。
ふと見上げたその先で、逆Ⅴの字に亀裂が走っていた。細かい破片があられの様に降ってくる。亀裂は目の前で木々が枝葉を伸ばすように広がっていく。
えっ 崩れる?
次の瞬間取った行動は長年染みついた思考展開に基づいた反射的なものだった。
主人公と脇役。いずれか一方が死ぬならば、それは脇役の方である。主人公を犠牲にして脇役が助かる道などない。ならば脇役たる俺が助かる道はただ一つ。
俺は全力でガインの背中を外へ突き飛ばした。反作用的に崩落点の真下へのけ反る俺の体。仰向けに倒れかかる俺の視線の先で、幾つもの大きな瓦礫がいやにゆっくり降ってくる。油の海に沈むように何もかもがスローに映っていた。
ガイン。後は頼んだぜ。
「先生ェーーッッ!!!」
叫びとと共に黒い影が視界を覆う。激しく飛び込んできたガインと共に、俺は間一髪で瓦礫を躱した。そしてそのまま一塊になって瓦礫の斜面をゴロゴロと転がる。
激痛ェ!!
俺とガインがすり抜けた直後、時計塔は完全に崩れ落ちていた。
転がり落ちた先でよろよろ体を起こし、俺を助けるために飛び込んでくれたガインにお礼を言おうとした。が、その時には十魔性の精鋭達ががっちりと俺を拘束していた。後ろ手に手錠まで掛けられている。い、いつの間に……!
そのまま膝の裏を蹴られて跪かされる。が、そこでガインの静止の声が掛かった。
ガインもまた、側近たちに支えられながらよろよろと立ち上がる。そして、鋭い金色の瞳に隠し切れぬ喜悦を滲ませながら震える声で宣言した。
「さ、さて……くく……死ぬ前に何か言うことはあるかね?」
俺は突如としてドバドバと大量の涙を流して『日本語で』叫んだ。
『生ぎたいっ!!!!』
俺の突然の狂態にギョッとした十魔星一同は思わず硬直する。
だがゴブリンの王。だけは体をくの字にして笑い転げていた。
「先生だ! あぁ…先生だ、間違いない!」
◆◇◆
十魔星はガインの警護のために最低限の人員の残し、毒ガスを吸ってしまったスラム街住民の救助に向かっていた。些かマッチポンプ臭いが、俺とガインにしてみたら今更である。
ひとしきり爆笑した後のガインはこっちが申し訳なくなるほど俺に頭を下げ続けていた。
「弁明の使用もありません。私は何ということを……」
いやいやいや、不可抗力ですぜ。しゃあなしです。後悔はやること全部やってからにしましょうや。
「……先生。先ほどは私を試しましたね?」
何のことやら。でも嬉しかったです。
「先生の影響ですよ、全く。一か八かだなんて」
そう言いながらもガインは口の端を微かに上げていた。
そう。等価交換など望むべくもない、賭けねば手に入らぬものもある。高い理想を求めるならば、必然だけでは追いつけない。
尽くせるだけの人事の先は天命、神の領域だ。
俺は賭けた。ガインもまた賭けた。そして二人とも勝った。
そのおかげで俺とガインはこうして生きて、笑っていられる。
「先生……私は魔王とは戦えません。また“ああ”なる危険は冒せない……
いや、そもそも私の中に“ああ”いった部分があったからこそ……」
それは違います。と、俺はきっぱりと否定する。
確かにガインがあんな感じの人類絶滅エンドを目指すルートに入った可能性はゼロではない。初めに出会ったヒロインさんがそれを望めばそう、なったかもしれない。
しかしそれがガインの本質かと言われれば、断じてNOだ。
そんな杞憂に悩まされずともガインの本質は今正に眼下で繰り広げられている。
それは実に不思議な光景だった。ゴブリンが、コボルトが、リザードマンが、ハーピーが。人ならざる者達が人々を救おうとしている。
それは一つの奇跡だった。それでいて一つの必然だった。
そしてこの世界の真実だった。
「必ず、帰って来て下さい。
私は先生とこの光景の先が見たい。見続けたい」
俺もですよ。でも、万が一があってもガインなら何とかしてくれるでしょうから安心です。
「馬鹿言っちゃいけない。
託すと言えば聞こえはいいが、結局それは責任の放棄だ。
いいですか? 何が有ろうと絶対に、最後まで共犯に付き合ってもらいますからね」
ガインは俺を小突いてほくそ笑んでいた。




