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崇と商人ギルド本部訪問


 主人公には……勝てなかったよ……


 野次馬が作る輪の中心で俺は崇に取り押さえられていた。

 腕を背中へ捻り上げるハンマーロックが完璧に極まっている。うつぶせの姿勢から全く身動きできない。肘がもげそう。


 ギブギブギブ。降参。参りました。


「やめてよね……ほんと……こんなことさせないでよ…」

「はーい、みなさんどうもお騒がせ致しました。

 解散でーす。解散解散」


 崇の奥さんが手を振って野次馬を散らす。

 ようやく崇のサブミッションから解放された俺は迅速にスムーズに土下座の姿勢へと移行し、崇と奥さんに詫びを入れる。


 誠に申し訳ございません。


「いいけどさ。何があったの」


 ついカッとなってやった。今は反省している。


「相変わらずだなぁ」

「ねえ、タっくん。私はお宿に戻った方がいい?」

「うん。ごめんね。

 1時間もしたら戻れるから」


 崇の奥さんは、にぱっと笑って夫の頬にキスをする。当然のようにお返しする崇。

 そのままチュッチュチュッチュと始まりそうだったので再び俺の心のドス黒い部分が鎌首をもたげてきたが、崇は奥さんの頭をぽんぽんと撫でて二往復で切り上げた。剣呑な気配を察したのかもしれない。


「じゃ、行こうか。

 皇都の商工ギルドだよね」


◆◇◆◇◆


 物語にはしばしばキーアイテムが現れる。聖剣、一つの指輪、賢者の石。

 そしてそれらは往々にして主人公の周りに現れ、物語の主流へと導く。逆説的に言えば、そういった曰く付きの品を持つ者、或いは求めているものは主人公容疑が高い。

 もちろん単純なお宝を求めているというだけでは全く足りない。冒険者なんて全員そうだとすら言える。故に、その品物がどれだけ曰く付きか、関連付けられる人物に対してどれだけ運命的なエピソードがついて回るか。この辺が重要な観点である。

 したがって俺はそういった品物に対して常にアンテナを張っている。主人公は大抵その品物を隠そうとするが、人の目はどこにでも光り、口に戸は立てられぬもの。大体隠そうとしたって隠れたままじゃ物語は進行しないのだから、どうせ序盤で露見するのである。


 そして、そうした品物に最も耳聡いのが商人という人種だ。

 奴らはいわば『価値』の魔術師である。銀行屋は司祭だ。


 本来曖昧な『価値』という概念も本物には『意味』が宿り、それは物語性と不可分である。商人ほどその目利きに秀でた者はいない。


 見せてもらおうか。帝国の商人達の頂点に立つ商工ギルドの眼力とやらを……


◆◇◆◇◆


 何の成果も得られませんでした。


 いやさあ、フツー何か一つくらいあるでしょ……伝説の勇者の剣とかさあ、願いが叶う聖杯とかさあ。異世界のくせに何一つ無いって、どういうこと?

 それどころか田舎者のあぶく銭を毟ってやろうって魂胆が丸見えなんだよ。とんだ時間の無駄だったぜ。


 崇よ、せっかく付き合ってくれたのにすまんね。


「俺はいいけど……本当に何も買わなくてよかったの?

 けっこういいものを紹介してくれてたけど」


 いーのよ。いーのいーの。

 モブが曰く付きのシロモノ持ってたって死亡フラグが積み重なるだけだしな。怪奇ホラーのお決まりよ。


「……でも、君は勲章をもらったわけだろ?

 これからもっと激しい戦場に連れていかれるかもしれない。

 その時、俺の剣だけじゃ……」


 顔を曇らせる崇を見て、俺はちょっぴり悲しくなった。


 そんなこと言うなよ。戦況が今後どうなるかなんてわからんし。

 第一、この剣はすげー良い剣だぜ。かなり乱暴に扱っちまってる上に十分な手入れできてねーけど、今んとこ一度も欠けたり曲がったり、錆びが浮いたりしねーし。

 いいか崇。戦場の武器で一番重要なのはな、信頼性と耐久性だぜ。その点この剣は人類史上最強の名銃AK―47(カラシニコフ)並だね。

 超が付く名剣だよ。間違いなく。


「そ、そう?」


 崇は剣を褒められて照れ臭そうに笑ってくれた。


 まあ単純な良し悪し以前に、竜をぶっ殺してるのはこの剣じゃねーかと疑ってますけどね……

 普段はほんと、頑丈でよく切れるってだけの普通に良い剣なんだけど。なんかピンチの時に限って、妙に振りが軽くなる気がすんだよな、これ……


 というか、そんなに心配ならチートスキルをバンバン使って欲しい。いや、崇のプライドは分かるけどね。

 チートスキルは大体ゲーム的な解釈が可能だ。だから崇の『鍛冶(チート)』も鉱石をカンカン叩く技能(テクニック)じゃなく、本来は材料からノータイムで完成品を生み出す異能(スキル)だ。必要なのはイメージだけ。

 つまり、やろうと思えば、

 壊れた大量の剣や鎧を一瞬で元通りにして敵軍の兵站計算をワヤにしたり、

 魔王国で流通してる通貨を大量に偽造して向こうの経済を破壊したり、

 地面から一瞬で塹壕や砦を形成して戦況をひっくり返したり、

 何ならいっそ核ミサイルだってガンダムだって作れるはずなのだ。理屈の上では。

 チートスキルもスタンド能力や念能力同様にメンタルコンディションの影響を強く受ける傾向にある。だからクリリンを殺された直後の悟空や、アブドゥルを殺された直後のポルナレフ並の気合があれば、巨神兵やエヴァじみた生体クラフトさえ可能かもしれん。


 しかし無理強いはできない。崇には崇の矜持がある。


「……俺も、君みたいな勇気があればなぁ」


 冗談じゃねえよ。どいつもこいつも俺が小市民のモブだってことを忘れすぎだ。

 俺は何処かの誰かに出来ることしか出来ねえし、何処かの誰かが知ってるようなことしか知らねえよ。

 こんな勲章、そんな俺には重すぎらあ。


「そんなこともないんじゃない?」


 あるわ。そんならお前も付けてみ? マジ重いから。シャツが千切れるほど重いから。


「いや、ミスリルがそんな重いわけな…ちょっ。

 やめなって、やめなさい」


 ちょっとだけ。ちょっとだけでいいから。重かったらスキルでアクセサリーに変えて奥さんにプレゼントしちゃっていいから。


「そんなことしないよ!

 もう、ほんとやめてってば」


 俺と崇は勲章を押し付け合ってキャッキャッと戯れた。

 我ながら見事な萌え4コマ的演出。これで当面の死亡フラグは遠のいたな。


◆◇◆


 その後、崇を奥さんが待つ宿へ送り届けた。コミュ強の奥さんは宿のおかみさんと秒で打ち解けたらしく、台所で秘伝レシピを教わっていた。崇を連れ出した手前、何かあったらどうしようと心配していたのでホッとした。

 何かとはつまり、童顔美人でたわわなおっぱいをお持ちの新婚の奥さんは夫と離れていた間はずっと宿で待っていたわけで……ある意味で絶好かつ最悪のタイミングだったわけだが……恰幅の良いおかみさんと仲良く鍋をかき回しているだけで、崇の脳が破壊されるような事件の気配はほんのちょっぴりだってなかったということだ。

 一応、念のため、万が一に備えて、全部屋のゴミ箱をあらためてみたりベッドのシーツをめくってみたりしたが、特にそれらしきものは無かった。


「何やってんの?」


 おしどり夫婦の平穏を守っているのだ。


 何のことだか全然わからん? わからぬ人は幸いである。

 一応、分かるってばよ……という人のために断っておくが、俺は決して友人の奥さんに対して不埒な欲望と妄想を膨らませているわけではない。純粋に冷徹なる鋼の意志でこの異世界の世界観を検証しているのである。

 したがって今日も、この異世界がDLサイトのCG集みてーな世界観ではないことを検証した。チャラついた(やから)系のイケメンや絶倫の汚いオッサンが主人公である可能性はグッと下がったと言ってよいだろう。

 そもそも不逞の輩が俺の監視網や情報網を潜り抜けられるとは思い難いが、主人公補正とはそうした理屈や論理的整合性を容易く破壊するので油断はできない。が、におわせの気配すらない、ということは今日の所は大丈夫だろう。


 ひとまず安心した俺は良き夫の肩を優しくたたく。


 崇……お前は素敵な奥さんがいて、帝国一幸福な男だな……


「……? 何だろ。

 褒められてるのに、ものすごい不愉快なんだけど?」


 そして俺は夫婦水入らずをこれ以上邪魔しないよう宿を後にした。

 さっそく習ったレシピによるお昼ご飯に誘われたのだが、約束の時間が迫っていたため丁重に辞退した。二人仲良くランチを楽しんでくれ。


 崇よ、お前が主人公でもそうでなくても、俺はお前の幸福を祈るぜ。


 それはそれとして噛ませ犬になってやるつもりも無いが。毛の先ほども無いが。


 大体お前はもう十分過ぎるぐらいハッピーだろッ!!

 これ以上何が欲しいッ

 かわいそうなわしを噛ませ犬なんかにしてみろ、絶対に許さんからなッ! 絶対だぞ!!


◆◇◆◇◆


 皇都は帝国の中心だけあって各ギルドの本部が置かれている。元々の成り立ちはそれぞれの職業人たちの互助会的組織だが、大きな影響力を得るに至った今、皇帝陛下が野放しにするはずもない。今では各ギルド上層部の半数が帝国貴族に抑えられ、彼らの立場は半官半民といったところである。

 したがって同じ陛下のお膝元で仲良くすべきなのだが長年の因縁は互いに忘れがたく、それぞれの割り当て区画に負けじと立派な本部を立ててメンチを切り合っている。

 まあ、管理組織ってどうしても縄張り意識が対立するからね。負けん気が強くなきゃトップなんて張れないし『陸軍としては海軍の提案に反対である』ってなもんだよね。調整に奔走する帝国貴族の胃痛が偲ばれるぜ。


 商工ギルド本部の区画から冒険者ギルド本部の区画まではそこそこ歩かねばならない。

 通りを行く人々は身なりの良い商人達から無骨な冒険者達へと様相を変える。皇都で活動するだけあって、ただ者でない物腰の奴もチラホラ見かける。足音がしないどころか足運びと重心移動が完璧すぎて、頭の高さが全く変化せずにスーッとスライドしていくような奴までいてめっちゃ怖い。


 そんなマジもんの達人たちに万が一でも因縁を付けられぬよう、俺は道の端っこをビクビクと歩いた。

 ビクビクテクテクと歩を進め、道を間違ってやしないか心細くなってきたあたりで冒険者ギルド本部へ着いた。商工ギルド本部が豪商のお屋敷なら、こっちは凄腕冒険者の要塞である。頑丈な石造りの建物は『掛かってこいや』と言わんばかりに戦闘的だ。善良な小市民としては入るのはおろか近づくのすらためらわれる。フツーに怖い。


 やだなあ。近づきたくないなあ。なんか変なにおいするし……


 乙女の柔肌のように繊細な心を持つ俺は物陰でチワワのように震えながら様子をうかがう。しかし突如「ぬわーーっっ!!」という野太い叫びがギルド内から聞こえたため、即座に物陰から飛び出した。

 野次馬が集まる前にするりと中へ入り込むと、酒場となっているホールの真ん中で泡を吹いた冒険者が仲間達に介抱されている。


「クソっ 治療術いそげっ」

「なんだって出発前にこんな…!」

「あの香草焼きね。ピーナッツはソースから抜いといてって言ったのに!もう!」

「取り違えか。こりゃ例のSランク迷宮攻略は一旦見送りだな……」

「ちと急いたきらいもあったぜ。この際、改めて準備を万端にしようや」


 アレルギーでもあったのだろうか。気の毒に。しかし不幸中の幸い、仲間達の迅速な応急措置のおかげで命に別状は無さそうだ。

 そしてホールの中を見回すとやはり、雲一つない夏空を切り取って張り付けたような髪が隅っこでユラユラしていた。案の定そいつは羊の香草焼きをモグモグと頬張っている。

 俺は溜息を一つ吐いて奥へ進み、テーブルを挟んでそいつの前にどっかりと腰を下ろす。


「ピーナッツ抜きかぁ。

 道理で一味足りないと思いました」


 何やった、お前。


「厨房が忙しそうだったので、向こうのカウンターに自分の料理を取りに行きました。

 良かれと思って」


 ほう。で?


「二つ並んでたので、おいしそうな匂いのする方を残してあげました。

 僕は優しいので」


 なるほどな。で、向こうで起きてる騒ぎについて、弁明は?


 ガラクタ娘はエヘンと無い胸を張った。


「人は僕をこう噂します――嵐を呼ぶ美少女――と」


 テメエで嵐起こしてりゃ世話ねンだわ、このバカチンがぁああああああああ!!!!!


 俺は反省の無いポンコツ娘を締め上げた。


 すぐさま害悪娘と並んで被害者に土下座したのち、みっちりとお説教をする。アレルギーのショック症状ってマジで死ぬ可能性があるんだぞ。これはドジっ子で許される範疇を越えている。まあ、コイツしょっちゅう越えるんだけど。

 しかし、もしこのアホが本当にパーティ追放系主人公だったなら。実は陰ながらあの人達を救っていて、俺はそんなけなげな主人公を頭ごなしに怒鳴りつける最低のゲス野郎でヘイトタンクのザマァ要員ということになるのだろう。

 そしていつかチート能力で復讐されることになるのだろう。


 ポンコツ娘は名をイクシラ。女性。17歳。超ド級のトラブルメイカー。容疑はパーティ追放系主人公。


 ――だが、主人公だろうが何だろうが、ンなこた知ったことかァーッ!!――


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