月曜日1
仮設扉の向こうから、音の潰れたラジオの音が零れてきている。
それが聞こえてくる、と言うのは今日は工事の人達が来てるんだな。
――と言うことで今週もお天気が続きますよ。
――県内も明後日にはいよいよ、梅雨明けの予定だそうです、お洗濯には絶好ですが夕立には要注意、ですよ。
――さて、今日はお天気の鈴木さんは東京出張なんですが、ラジオネームみっちゃんさんから来週の土曜日、はお天気どうですか。と頂きましたのでさっき電話で確認しちゃいました。
――いつもありがとうございます、みっちゃんさんはお子さん小学生でしたね。来週後半からは子供達も夏休みですもんねぇ、家族でお出かけですか? 良いですねぇ。
――で、来週から再来週前半にかけては東北全域良いお天気、お出かけには最高。なのですが、一方今シーズンでもっとも暑くなる予報が出ているので、お出かけのみなさんは急な雨と熱中症には十分注意して下さい、との事でした。
――ではまもなくお仕事この一曲、のコーナーは、そのみっちゃんさんからのリクエストから。そろそろお昼休みも終わりですよー。曲に乗せて、もうノリノリでね、午後のお仕事、始めましょうか。ではリクエスト……。
どうやらラジオによれば、ようやくこの辺でも梅雨が明けるらしい。
昼休みの高等部、理科準備室。
俺と月乃、そして我が天使長様こと田鶴先輩が準備室の中で座っていた。
「ごめんね、たつぼう。待った?」
扉が開いて高等部一年の名札を付けた女子が我が天使長様に声をかける。
その後ろには三年生が男女二名。
「たかみちゃん、気にしなくて良いよ。私達も今さっき来たばかりだし。……ね?」
腕時計を見る。現在約束時間ジャスト。
五分前に着いておいて今さっき、と答えるのが大人の流儀であるらしい。
「部長。同じクラスで吹奏楽部の田鶴さんとその中等部の後輩達です。こっちがウチの村田部長、あと副部長の川崎先輩」
「田鶴さん、で良いかな? 聞いていなかったとは言え、ウチの支倉が変な事を頼んで済まなかった、中等部ブラスの部長にも後で謝っておくよ。……えーとそれで、キミ達が噂のゴーストバスターツインズ、なのかな?」
「あの、そのあだ名はちょっと。……中等部2年、愛宕陽太とこっちが月乃です」
頭を下げるタイミングは、いつも通り。なにも言わなくてもぴったり合った。
「で、俺達を呼び出すというのは、何かわかった。と言う事なのかな」
「わかったことはさしてないですが、報告する必要はあると思います」
「キミ達、食事は? ――そう、なら良いけど。……村田クン?」
「うん、そうだな川崎さん。――今までも何かを調べた人は居ても報告する、と言った人は居なかったんだしな。ここは聞こう」
――立ち話もアレだから座ろうか。村田部長はそう言うと、真ん中の実験テーブルから椅子を引き出すと俺達にも椅子を勧める。
「まず最初に。村田先輩は、常禅寺さんという先岡高校時代の先輩を知ってますか?」
「先岡高校の? ……俺は聞いたことが無いけど、その人が何か?」
「フルネームは常禅寺利香子さん。……七年前にこの部屋で心臓発作を起こして亡くなった方です。――そうですね、理科室のりかこさんの直接のモデルになった人だと思います」
「その話、心臓発作云々のところは実話だったの? ……なんて事かしら」
この部屋に来てからずっと気になっている。
利香子ちゃんは今、どこに居るんだろう。
今日は姿が見えない。確かにこの部屋に拘る理由は昨日無くなったのだけども。
「そんなの、よく調べたな。まさか本人に会った、とかじゃないだろうけど」
「……家が、近所なので」
学校に近いのか、利香子ちゃんの自宅に近いのか。
とにかく、昨日本人に直接聞いた。とは口が裂けても言えないからな。
もっとも、言ったところで信じてくれるわけも無いけど。
「ご近所で噂にはなる、かな。学校の怪談として話が残ってるくらいだし。で、そのりかこさんはここしばらくの騒ぎに何か関係していたの?」
「高等部の中の話はよくわかんないですが、最近になってその話がまた盛り上がってきた、と言う流れなんですよね?」
――優しい妖怪だったはずなのに火を付ける、と言うおまけ付きでね。村田先輩はメモ帳にペンを走らせつつこちらを見る。
「俺の方で聞いた燃えたもの、ってこんな感じなんですけど、合ってますか?」
ポケットからメモ帳を取り出して、ページを開いて癖を付けてから机の上に置く。
「心霊現象に拘る必要って無い気がするんです、例えばですけど」
「ん? それはどういう……」
月乃が無言で“説明書通り”に七枚トランプを手に持ち、向かいに座る科学部三人に扇形に開いてみせる。
「燃えたリストにトランプ。ありますけど、やろうと思えば簡単に……」
俺が、パチン。と指を鳴らした瞬間、一番真ん中のトランプは燃え上がって、消える。あまり練習できなかったが中々良い感じに決まった。
悔しいけど、こういうのは何回やっても月乃の方が器用なんだよな。
「愛宕君、でもそれは手品の……」
「そうですよ。これは手品用のトランプなんで消えないと収まり着かないですけど。あとは、口にくわえたお菓子が燃えたって言うのもありますよね。――目、つぶっとけよ」
既に月乃がポッキーを咥えて突き出すようにしていた。俺の言葉を聞いて目をつぶる。
「これも、俺達だって再現自体は簡単に出来ます」
再度指を鳴らす。一瞬遅れて一番先端に青緑の火がふくれあがってすぐに消える。
月乃は火が消えたのに気付いて目を開けると、近くにあったビーカーの中に入れる。
隠した配線が丸見えになった。
「マグネシウム、じゃないようだが。……いずれ、あまり気軽に使うには危ないと思うぞ」
「危ないのは一緒だと思いますけど花火です。村田先輩達は初めから手品だとわかってみてますからそうですけど、そうじゃ無かったら……」
「ふむ……、天秤ばかりはどうする? かなり大がかりなタネが必要なんじゃ無いか?」
「天秤ばかりだって、初めに焦げ目を付けて曲げておいてから、目の前で曲がった。って言い張ればなんとなく信じちゃうんじゃ無いですか? 集団ヒステリー的な感じで。はじめっから曲がってても、きっと言われるまで誰も気付かないと思います。それに誰もいない時にキャンプとか工事で使うようなバーナーで炙ればそれっぽく曲がるでしょうし」
……先月聞いた話に寄れば、本当は集団ヒステリーってそうじゃ無いけど。
「むぅ。ありがち、って感じかな? ねぇ、村田クン?」
「言われれば、そうかな。……科学部とは言え、ここにはサボりに来ているわけだしな」
今の三つは、実は利香子ちゃんが自分でやったと指をさしたものである。
簡単に火が消える、消せる上に目立つもの。彼女の狙いは全てそれ。
だから手に持ったトランプや通常燃える物では無いお菓子等が対象になるし、天秤ばかりはちょうどみんなが自然に集まるテーブルの上にあったから真っ赤になって曲がったら目立つ。
と言う意味で標的になった。
今、それをあえて人為的に再現して見せ、ランちゃんばりに理屈で誤魔化したのは利香子ちゃんから嫌疑の目をそらす意味合いが強い。
そもそも誰にも見えない彼女であるので。そこに意味があるのかと言われると、ちょっと答えに困るところだけど。
「ならばビーカーはどうかな。複数の人間が突然割れたと言っている。愛宕君の言う通り、直接見ていない可能性はあると思うが、それでも電線や火薬の類は、そのビーカーからは発見されなかった。……ここに居た目撃者全員がグルの可能性もあるんだろうけど」
「それは多分言葉通りにみんなのいるところで割れたんだと思います。いきなりがしゃーんって割れたらみんな振り向くだろうし。――但し、幽霊も放火も関係なく。こういうのを使って割ったんじゃ無いかなと」
ポケットから赤い粒を取り出してテーブルに転がす。村田先輩がつまみ上げる。
「BB弾。……ここで見つけたのか?」
「はい。BB弾だって改造エアガンで撃てばブリキの板ぐらい貫通するらしいですけど、ビーカーって強化ガラスなんですよね? ――だから普通は無理だと思います。……ただ、改造エアガンだったら金属の弾も撃てるらしいし、だったらいけるんじゃ無いかと思うんです。それにあらかじめ割れるように細工しておくのだって、この部屋には基本的に誰も居ないんだから難しくないだろうし」
……幽霊に放火魔まで持ち出して一連の騒ぎを仕掛けた人が何を考えているのか。
――ここに、準備室に誰も来て欲しくないんですよ。川崎先輩と目が合う。
「理由がわからないけれど、キミ達は何か気が付いたの?」
「理由ならそれっぽいのを見つけました」
そう言うと俺は机から離れて部屋の隅、大きなパソコン本体が置いてあるところまでゆっくり歩く。
「理由は、多分これです」
パソコンのうちの一台、大きな箱を持ち上げてみせる。
ばらばらと何かが零れる音。
「陽太クン。――なに、それ」
「田鶴先輩、見たまんまですよ。元パソコン。……今はエアガンの的、です」
横の板が取り外され、中身も全て取り除かれて。
横の板は穴の空いた紙の的に変わって下の隙間から色とりどりのBB弾がばらばらと零れている。
『おい、陽太!』
――うるさい、わかってる。
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