夢現#3
日曜日は快晴にも恵まれ街中は人で溢れ返っている、仲睦まじく寄り添い歩く老夫婦や、両親に手を引かれ嬉しそうにはしゃぐ子供、私服を纏い日々の部活の練習を忘れ将来について話し合う学生、実に様々だ。
進む度視界に入るショーウィンドウは眺めているだけで華やかな気分になれる、白いワンピースに薄い赤色のジャケットを羽織っているリンベル、ラフな格好や落ち着いた服装をしたクラスメイトと共に街を散策してるようだ。
街路樹の葉は風に撫でられリンベルの髪に吐息を吹き掛け過ぎ去る、爽やかな初秋の香りを含んだ空気中と共に紅茶の仄かな苦みを堪能する三人組。
「ここのお茶美味しいね!癒されるわぁ」
「で、結局この前告った人どうなったの?」
「え?あぁ――彼女いるってさ、はぁつくづく男運ないねぇあたしも、リンベルあたしを慰めてくれぇ!」
机に突っ伏し口を尖らせ文句を言い続ける友人の頭を撫でながら。
「大変だったね、よしよし」
「リンベル、あたし生まれ変わったらあんたと結婚する」
「ほらそこ、イチャイチャしてないでさっさと食べる」
皿の上に盛り付けられたパイにフォークを入れる、小気味いい生地が割れる音が楽しく食感も堪らない、中から溢れる林檎の果汁が生地に染み込みまた違った味が楽しめる。
◇◇◇
スイーツを楽しんだ一行は街を見下ろせる展望台に来ていた、休日ともありここも人で沢山だ、地表から数十メートルの高所から眺める街は波打つ湖面の様に煌びやかである。
二人は窓際に近付かず数歩後ろから景色を楽しんでいた、二人に向かい。
「もっと前においでよ、綺麗だよ」
「え、遠慮しとく、てかリンベル怖くないの?あたしには無理だわぁ」
「怖くないよ、何でか分からないけど――慣れてるのかな、高い所」
「怖い物なさそうで羨ましいよ」
少し目を細め俯く、この間の出来事を思い出していた、影に追われたあの夜の事を。
「私だって怖い思いはしたよ、この前なんて黒い影に追い掛けられてさ、連れてかれそうだったんだから」
笑顔を作り振り返るとそこにはあの二人以外誰もいない、さっきまであれ程人がごった返していた筈なのに。
背筋に悪寒が走る、点灯していた照明は消え大きな窓から差し込む明かりのみ。
手を窓枠に置き困惑した表情を浮かべ。
「ど、どうしたの、二人共そんな怖い顔して――」
楽しそうな表情は一遍し瞳からは光が消えている、虚ろな表情と感情を持たない目。
「ねぇリンベル――私達友達だよね?」
「も、勿論よ!友達だよ?ずっと一緒だったじゃない」
「そう、ずっと一緒――だからこれからもずっと――絶対渡さない」
歩み寄って来る二人はリンベルとの距離を縮める、視線を合わせながらも思わず後退りし非常口へと移動する。
ノブに手を掛け下に降ろそうとするが不思議な力が働いているのかノブが下がらない。
慌て両手で何度も力を込めるが開く気配が無い、その間にも二人はこちらに迫って来る。
「変だよ二人共!どうしちゃったの!」
「変なのはあなたよリンベル、どうして逃げようとするの?」
視線をあちこちに走らせ、二人の奥にもう一枚の扉を見付ける。
二人の間をすり抜ける様に身を屈め駆け出す、伸びて来る腕を通り過ぎた瞬間、靡く髪を掴まれ床に倒れ込む。
悶絶しながらも上体を起こし這う様に扉に向かいノブに手を伸ばした、だがここもノブは微動だにしない。
ノブに体重をかけ何度も体当たりをするが鋼鉄製の扉は全てを無情に跳ね返す。
「お願い!開いて!」
渾身の力を込め扉を叩く、すると先程まで硬く閉ざされた扉がリンベルの呼びかけに呼応するように口を開いた。
飛び出し目の前にある手摺りに勢いよく寄りかかり眼下の街を見てリンベルは言葉を失う。
ついさっきまで美しかった街並みは見る影もない程に変貌していた。
青空は薄紫と緑が交じり合い支配していた、光を放っていたビル群は廃墟と化し、そして空の中央にある台風の眼の様な大穴に地表にある全ての物が吸い込まれていく光景。
「何、これ――どうなってるの」
変わり果てた世界、あたかもそれは終わり行く――終焉そのものだ。
視線を下に向けるとこの展望台も今まさに消えかけていた、非常階段は破壊され空に飲まれていく。
リンベルは下に降りる事を諦め上を目指した、振り向かず階段を上り続ける、道中手摺りが吸い込まれ危うく転落しそうになりながらもひたに上を目指し走り続けた。
階段が途切れた先にはヘリポートがあったが、そこから先には道は無い。
何度も辺りを見渡すが何も無い、あるのは瓦礫だけ、膝を付き項垂れ手で顔を覆う。
「どうすれば、どうすればいいの――」
膝の近くに落ちている小さな、何の破片とも分からない物が空に浮かび飲まれていく、その先にある不気味に光る歪な形をした葉。
立ち上がりその葉を見詰めるとリンベルは呟く。
「夢魔の葉、そうだ、思い出した――私は治療の為に」
記憶がパズルのピースのように繋がる、ジャケットのポケットから取り出した、校庭で拾った小瓶、握りしめ投げ付けようとした時引き留める声が耳に入る。
「消してしまうの?ずっと一緒にいてくれないの?」
「ここが君にとっての現実なんだよ?さぁこっちに来て、また一緒に遊びましょ」
「違う、ここは私の現実じゃない――私の、私の現実は!」
崩れかけのヘリポートから夢魔の葉を目掛け身を投げる、吸い寄せられる体は錐揉み状態で体勢を維持するのがやっとだ、風圧で目を細めながらも視界の中央に捉え続ける葉。
「私の現実は、ここにある!」
握りしめた瓶を叩き付ける、砕け飛び散る飛沫、葉は枯れ落ち末端から黄金色に輝く蝶に姿を変え舞い上がる。
地響きが底から聞こえて来る、一気にこの世界の崩壊が始まったようだ、ひび割れた地面は家屋や残ったビルを呑み込み、空の大穴は益々の勢いを付ける。
ほんの少し前までクラスメイトだったものも姿を変え霧となって消えた。
崩れ行く世界で一人残ったフィン、半壊したビルから飛び出た鉄筋に必死にしがみ付いている、だがそれも時間の問題だった、手に込めた力が徐々に入らなくなってきたのだ。
「もう――ダメ――っ」
衝撃で揺れるビル、その振動で手が離れ宙を舞う体、大穴に吸い込まれようとしているフィンは瞳を閉じた。
もう抵抗は意味もないそう悟ったのだ、樹医師である以上命の危険は覚悟の上、穴の奥で目の前に広がる虚無、更に奥に進めば二度と出られないだろう、一粒の涙を流し。
「もっと皆と一緒にいたかったなぁ――もっと、皆と」
――諦めるな――。
何かに引っかかる感触、顔を上げるとそこには自分を追い掛けていた黒い影、フィンの腕を掴んだ手は僅かだが影が消えている、その手には見慣れた赤い髪留め、眼を見開き影を見詰める、霧が晴れていくように黒い影は徐々に薄れ現れた人物。
「――カラ、ト」
「さぁ帰ろう――フィン、皆待ってる」
一筋の光明が二人の頭上に降りて来る、やがて光は広がり白一色の世界に変わった。




