まだ見ぬ未来へ#2
「――以上がアールヴヘイム防衛戦の概要になります」
分厚く纏められた資料を眼鏡越しに一語一句眺め、戦闘の熾烈さを想像する。
最後の一枚を読み終えると大きく呼吸し眼鏡に手を掛ける、窓から差し込む光が資料を読んでいた人物を照らす。
「ここまで被害が出るとは―、派遣した樹医師団の状況は?」
「はい、我が方の資料はこちらになります」
もう一冊の資料を受け取るベレッタ、先程の資料とは違いこちらは樹医師団関係の資料になる、六名派遣うち二名目立った外傷無し健康状態良好、三名軽傷いずれも数週間で職務復帰可能、一名重体左腕複雑骨折、眼底骨折、肋骨骨折により臓器に深刻なダメージあり、頭蓋に罅を確認、現在意識不明、患者名―。
「――っ、ライル」
手に持った資料に皺が寄る。
瓦礫の山で呆然と立ち尽くすカナン、周りを衛兵が囲みその場に居合わせた皆が悲しみに暮れていた、勝利は収めたが王という精神的な支柱を失ったのだ、涙を流し尊ぶ震えた声が囁いている。
「みんなごめん、悪いんだけど一人にしてくれない」
カナンがぽつりと溢すと頭を下げカナンから距離を置くように皆が散る、王が眠る瓦礫の前で膝を付き肩が震えだす。
「もう家族はいない、母様も父様も――これからずっと一人で生きてくなんて」
目から溢れ出す涙は頬を伝い地面を濡らす、雨の様に流れ続ける。
「どうすればいいの、誰か教えてよ――あたしはこれからどうすればいいのか教えてよ!」
叫びにも近い悲嘆は相棒のフランの心にも突き刺さる。
街の中に建てられた仮設診療所、人の流れは止まることなく引っ切り無しに怪我を負った者達で混雑していた、更に奥にある入院用のベッドの稼働率も常に満席状態で重篤患者のみに当てられている、その内の一つにはカーテンが引かれベッドの上で横たわっている全身を包帯で覆われた男、腕には何本もの管が通され包帯の隙間から覗く閉じた左目。
「――あの時俺がもっと早く気付いていれば」
傍らに背を丸くし佇むカラト、ディンゴもカラトの足元で伏せ主人の眼覚めを待っていた、だがいつ目覚めるか分からない状況、カラトは全てが自分の責任だと思っていた。
心の中を読み取ったかのようにディンゴは静かに口を開く。
「お主のせいではない、お主が声を掛けていなければこやつは確実に死んでいた――お主が声を掛けたからこそ身構える事が出来たのだ」
「でも、やっぱり俺が――、俺の力が足りなかったから!」
握る拳が震える、歯を食い縛り苦悶の表情を浮かべ崩れそうになる。
「そこまで言うのなら」
立ち上がりライルのベッドの影へと消えると、足元で金属音が響いた、双瞼を開き視界に入ったのはライルが使っていた長剣。
「持ち主が眠っていてはこの剣も寂しかろう代わりに使ってやってくれ――、強くなれカラト」
床に手を伸ばし剣を取る、様々な想いが詰まった剣、今のカラトには重く感じるだろう、鞘から刃をほんの数センチ出すとそこに映る自分の顔を見詰めた。
屋根と壁が無くなった崩れかけの家屋、そこは変わり果てた街を一望出来る、未だ行方不明者の捜索が続けられ復興に向けた動きも見られる、その家屋の隅にフィンは膝を抱え蹲っていた、戦いが終わった後に聞かされたライルとカナンの置かれている状況にフィンもまた動揺を抱えていた。
心配そうに顔を覗き込むドングリだがフィンの腕は顔を覆い固く閉ざされた門のようだった、そこへ近付く一人の人物。
「ここにいたんですね、そろそろ戻らないと皆さん心配しますよ」
顔を出したのはヴァルキュリアだ、少し風に当たって来ると言い残しそのまま戻ってこないフィンを探しに来たのだ。
「ヴァルキュリアさん、すいません――もう少ししたら戻りますから」
「では私もここで、その少しを待つ事にします」
隣に腰を降ろし廃墟のような街を眺める、埃と焦げた匂いが充満した街、数週間前まで活気に溢れていた街、だが今は見るも無残な変わり果てた姿、隣に座っているフィンの肩が震える、ヴァルキュリアはそっとフィンの頭に手を置き優しく撫で、顔を上げるフィンにヴァルキュリアは人差し指で涙を掬い上げる。
「私には涙は流せません、心というモノが無いから、でももし心があったなら私も貴女と同様に涙を流していると思います」
ヴァルキュリアの胸に顔を埋め大声で泣き叫ぶ、泣き声と純白の柱樹が奏でる葉の揺れる音、この戦いで倒れた戦士達に捧げる鎮魂歌――。




