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ユグドラシルの樹医師  作者: 海原 瑛紀
第2章 護るべき世界
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まだ見ぬ未来へ#1

「ブリスタお前は風上に向かえ蟲除けの香を焚くんだ! ギムレットお前のチームは東門から入れ! 残りは俺と南門から突っ込むぞ!」


 集団は三方向に散る、その様は岩に当たり流れを分けられた川のよう、地鳴りが柱樹まで響いてくる、太陽は弱り切った防衛に携わった者達にもう一度力を与えた、雌雄を決する為に。


「流れはこちらにある、皆奮起せよ! 押し返すのだ!」


 剣を握る手に自然と力が入る、疲れ切り傷が疼きまともに動けなかった体が今では嘘のように軽い、鬼気迫る覇気を感じ取る蟲の本能、たじろぎ後退する個体も見える。


 その行く手を阻む様に煙を垂れ流しながら群れの中心に次々と投げ込まれる筒、薄茶色をした煙は街を覆い途端、ギザミアリは混乱した様子で統率が取れなくなっていた。


「これは乾燥させたバーセ、さすがハンターだ抜かりないな」


 触角の動きが鈍る、どうやらこの葉は蟲の感覚を奪う作用があるようだ、互いに噛み付き合いその数はみるみる減っていく、この混乱の内に樹街に進行したハンターは武器を手にすれ違い様蟲を切り捨て城と柱樹の二方向へまた別れる。


 戦況は覆された、チェスの盤をひっくり返したように、城に戻れず家屋に立て籠もっていた者達も飛び出しハンターと合流する、至る所から登るアールヴの白を基調とした旗、それはその地区を奪還した証だった。


 残るはアールヴ城のみ、全戦力が城を一斉に目指す、武器を掲げ声を張り光を浴びた甲冑は輝きを取り戻し白い波となった。


 城までの続く黒一色で塗り潰された道を一本の槍の如く突き崩し、最後の雄叫びとも咆哮とも取れる掛け声、そしてついにその時は来た。


 残る最後の一体、コートを靡かせ慎重に躱しながら頭部と胴体が一直線に重なる瞬間、カラトは渾身の突きを放ち生を断ち切った。


 崩れ落ち顎を何度か痙攣させると動きは静かに止まる、槍を抜き取り頬に付着(つ)いた体液を拭うと、視線を感じ振り返る。


 傷だらけで互いの肩を支え合う者、眼に生気を取り戻し瞬きせず見詰める者、カラトはそっとフィンに視線を向けた、フィンは笑顔で小さく頷く、槍を握る手を凝視し渾身の力で高々に掲げる、天をも衝く勢いで振り上げられた槍に応える様に歓声が巻き起こる。


 今ここにアールヴは奪還された、闇の中戦い続け微かな希望を抱き続けた戦士達(ものたち)、それが今報われた。



「よぉベッカー、久しぶりだな、お? お前老けたな」

「お前こそ老けたじゃねぇかルイズ、――っくく」


 肩を震わせると笑い声を上げる、固く手を合わせ。


「全くもう少し早く来れねぇのかよお前は」

「無茶言うな、これでも精一杯搔き集めて来たんだぜ?」

「あぁ分かってるさ、助かったよ」



 庭園では抱き合い喜びを分かち合っていた、足元に転がる刃毀れした刃物、兜を脱ぎ捨て兵士ハンター問わず互いの健闘をひたに喜び合う、その少し離れた所にはフィンとカラトの姿が見える。


「ようやく終わったな、久々に君を見た気がするよ」

「うん、私も久々――かな? ふふ」

「な、なんだよ、何か付いてるのか?」


 自分の姿を見渡していると。


「うぅんそうじゃなくて、来てくれた事が嬉しくて」

「約束しただろ、必ず帰るって」

「うん――、おかえりカラト」

「あぁ、ただいまリンベル」


 見つめ合う二人、思わず顔が赤くなり視線を逸らし。


「で、でももっと早く来てくれてもいいと思うんだけど!」

「こ、こっちだって色々あったんだよ!」


 頬を膨らましそっぽを向いているが、肩が小刻みに震えている、それを見たカラトもまた口を塞ぎ震えだした、途端二人は笑い合う、青空は澄み渡りどこまでも響き渡りそうな。


 そんな歓喜の中空から落ちて来た何か、咄嗟に武器を構え警戒する、小さな砂煙から姿を現したのはヴァルキュリアだ、驚き声を掛けるカラト。


「ヴァルキュリア、どうしたんだ一体」

「まだ終わっていません、ダーインの生命反応が強くなっています」

「馬鹿な、あそこまで完膚なきまでに叩きのめしたのだぞ?」


 半信半疑のままダーインが一望できる高台に皆が移動した、荒野の真ん中に横たわる巨体、まだ息絶えてはいないがどう見ても動けるようには見えない「これのどこが」一人の男が声を上げた時、人差し指を向け呟く。


「来ます」


 大きな地鳴りと共にあの脚が動き出す、赤く不気味に光る眼は健在だった、怒りを表しているかの如く日中でも分かるほど光っている、慌て戦闘態勢を取る連合軍。


「くっ化物め! 皆持ち場に戻れ、急げ! 使える兵器は全て西門に回せ!」


 動かせない右側の脚を引き摺りながら樹街に近付いてくる、放たれる砲弾を気にも留めず、恐らく相まみえるつもりなのだろう、着弾し破裂した部位から体液を垂れ流しながらも勢い付いたダーインは止まらない、目と鼻の先まで迫った姿に皆が畏怖に囚われ逃げ出す者が目立ち始めた。


「ここまで来てこんなの――、俺達は何の為に!」


 外壁に前脚がのめり込む、軽々と散る積み上げられた巨大な岩、飛び散り樹街全体に降り注ぐぎ形あるものを無に帰す。


「もはやここまでか、全軍退避! 退避! ―っ陛下!」


 宙を舞う岩は王に影を落とす、見上げ迫って来る最後の瞬間。


「私の生もこれまでか、――カナリお前だけでもどうか幸せに」


 地面と接触し衝撃波を作り出す、腕で顔を覆い耐える親衛隊。


「陛下! 陛下!」



「―何、今の感じ、胸を抉られるような」


 柱樹の影に隠れ飛散する岩をやり過ごすカナン、ルイズも仲間を集め退避の指示を出す。


「ベッカー! この街はもうダメだ! 早く逃げねぇと、おい聞いてんのか!」


 東側の空を一心に見詰めているベッカー、肩を掴み逃げる様に諭すが逃げようともしないベッカーに。


「あぁそうかい! じゃあ俺は逃げさせてもらうぜ!」

「こいつはこの為に来たってのか、西に移動していたのは偶然かと思っていたが」


 城内に逃げ込んだフィンとカラト、だが岩はその城を破壊し二人の居場所を徐々に奪っていく、最後に駆け込んだ部屋、そこは物置部屋といった様だった、小さな窓が一つあるだけ、他には乱雑に積まれた木箱や使えそうもない剣や槍、別の部屋に移動しようとするが崩れた壁が扉に圧し掛かり開かない。


「くそ! 開かない! リンベル、その窓はどうだ!」


 窓を開き下を眺めると生い茂った蔦が幾重にも重なっている、手に取り力一杯引くが隙間に入り込んだ蔦が絡まりそう簡単には抜けないようだ。


「ここからなら出られそう! カラト早く!」


 身を乗り出し蔦を慎重に降りていく、頭上から降り注ぐ破片に注意しながら地面を目指して「リンベル!」不意に上からカラトが声を掛ける、蔦に掴まりながらゆっくりと振り向く、目の前にいたのはダーイン、巨大な水晶体の眼に映る自分の姿に震え上がる。


 そんな時視界の隅で動く物があった、フィンとダーインの間に入るそれは。


「空鯨、何で――、君はあの時の」


 そこにいたのは空鯨の稚魚、片方の鰭が小さいあの街で出会った稚魚だ、フィンの周りを一周すると上昇していき、耳を塞ぎたくなるほどの咆哮が襲ってくる。


 声の主に反応したダーインは東を向く、山脈に掛かる巨大な雲は稲光を走らせ、アールヴの上空を支配した緑色の雲。


「これは、緑雲(りょくうん)――どうしてここに」


 そんな考えを無視するように雲の中を泳ぐ影、二本の牙と柱樹にも匹敵する鰭、雲を切り裂き現れた威風堂々たる姿、全身に苔を纏い木のような物も生えている、ダーインの倍はあろう体長、だがその瞳は見た目とは裏腹に優しい瞳をしていた。


「フィン――、あの子が」

「スティンク! まだ休んでなきゃ!」

「あの時助けてくれたお礼だって、さっきの子が言ってたよ」


 山を一飲みに出来そうな程開いた口、上には上がいる――それはこの自然界においても通用する、ダーインは今までこれほどの恐怖を味わったことが無いのだろう、自分よりも遥かに大きい生き物と対峙した事が無いのだ、故にどうすればいいのか分からない、歩くだけで有象無象を散らせる事が出来たのだから。


 最後に赤い目に映ったのは呑み込まれる瞬間、脳裏に刻むもそれを後世に伝える事は出来ない、遥か上空に連れ去られ緑雲も散りいつもの青空が戻って来る、全ての脅威が去った街、瓦礫の山と化したがいつか白い樹街は元の姿を取り戻すだろう、諦めない限り希望はそこにあり続けるのだから。


 こうして死者二千四百五十三名、負傷者六百七名という甚大な被害を出しながらも辛勝した連合軍、ここにアールヴヘイム防衛戦は幕を下ろした。


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