風の巣#6
翌日目が覚めたフィンは目を擦りながら起き上がる、窓の外を眺め息を吐き出すと昨晩のテーブルに近付き目を細めた、三匹で仲良く眠るその姿は一時の癒しの時間をフィンに提供したようだ。
軽めに朝食を済ませ一行は長の家へと訪れていた、フィンの腕の中には保護したあの片翼の稚魚。
「ふぅむ、事情は分かりました―しかし厄介な事になりましたね」
何故かと問うと長は答える、この稚魚達は外敵から身を守る為群れで行動するのだという、しかし一度群れからはぐれた個体は戻るのは難しく、更に時間が経つほどに戻りにくくなるというのだ、しかも今回はそれに加え人間が手を貸してしまった、懐いた稚魚は人間と一緒にいる方が安全だと覚えてしまう、そうなると自然に帰すのは非常に難しい。
「ぼ、僕が余計な事しちゃったから―」
「何心配には及びませんよ、ずっと昔から我々は空鯨と共に歩んできたのです、今はまずその子の回復を待ち、飛べるようになるまで面倒を見ようではありませんか」
「お願いします、―よかったね」
翼を失った稚魚を預けようと腕を伸ばすが一向にフィンから離れる気配が無い、完全に懐いてしまった様だ、困り果てる二人を他所に長は引き出しから何かを取り出し目の前を泳がせる、すると導かれるように腕を離れ療養用の箱にすっぽりと収まった、手に持ったそれは空鯨の羽で稚魚達はこの匂いを頼りに親元を目指すのだという、ほっと胸を撫で下ろし別れを告げ家を後にする、すると外に出たフィン達の前に案内役の男性がこちらに近付いてくるのが見えた。
「樹医師さん、彼等の巣立ちを見に行きませんか?」
話を聞くと成長した彼等は巣となっているあの木の枠を壊そうとしているらしい、それは即ち巣立ちの時を迎えた事になる、頷き柱樹へと向かった。
柱樹の根元にはこの樹街の人々が押し寄せまるで祭りの様な賑わいを見せている、見上げる人々の視線の先、あの巣がある辺りに視線は集中していた、フィン達も人混みに紛れ巣立ちの瞬間を今か今かと待ち続ける。
するととても小さな軋む音が耳に入る、あの枠が壊れた音だ、それと同時に枝葉の間から黒い小さな群れが青空に映し出された、瞬間湧く歓声、思わず笑顔が零れる。
「ここからが大変です、彼等の旅路は簡単な物じゃない―命を落とす者だっている、成長しこの樹街に戻って来れるのはほんの僅かでしょう、それでも彼等は旅立つ、そしてまたここに戻って来る、まるで命の廻り方を体現しているかのように」
空に飛び出した群れは小さくなりやがて視界から消えていく、あの小さな体には生きようとする意志が強く根付いている、その頑なまでの意志は仲間が倒れても折れる事は無い。
「まるで君の様だな、フィン」
「え、僕? どうして?」
「こうと決めたら曲げない所とかさ、だからこそ危なっかしいっていうか―さぁ俺達も行こう」
肩に手を置くと街の入口へと向かうカラトの背中、だがフィンは同時にあの稚魚の事が心配になってくる。
「あの子なら心配要りませんよ、村長も言っていたでしょう? 大丈夫ですよ、今はまたどこかで会える事を願いましょう」
街を去ろうとしている二人の姿を長の家の窓から眺めている稚魚、その後ろでは村長が作業をしている、手元には鉢や乾燥させた葉など、薬を調合しているようだ。
ふと窓を眺めている稚魚に気付いた長はそっと傍に歩み寄り。
「寂しいかい? なに大丈夫さ、お前さんも飛べるようになればあの二人を追い掛けられる、今は手当と早く飛べるように練習しよう」
笑顔で優しく諭すとまた作業に戻った、仲間達が飛び立った空とフィン達の後姿を交互に眺めるその姿は何を思うのか、いずれまた会うその日まで―今は静かに長の手に身を任せる。




