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ユグドラシルの樹医師  作者: 海原 瑛紀
第1章 全ての始まり
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第11話 集う樹医師#1

 減速していく列車、車輪と線路が擦れ合い独特の金切り音を駅内に響かせ、構内に進入したスヴァジルファリは堂々とした態度で歩を止め大きく息をつくように蒸気を吐き出す。


 ユグドラシルに無事到着したフィン達、久々の故郷に浮足立っている。


「わぁ、いつの間にかここまで線路伸びてたんだ、前は向こうまで歩かなきゃいけなかったのに」

「おいら荒野の真ん中で生まれたから初めて来たよ!」

「うんうん、そうだよねここから色んな街に向かえるけど静かな所がいいかなって思って敢えて遠い所にある駅を目指してたんだけど」


 周りを見渡しながらフィンは安堵の息を溢す、何も変わっていない事が嬉しかったようだった。


「本当に何も変わってない――前と同じ、何かこういうのって嬉しいよね」


 楽しそうに笑顔を振り撒き足取り軽く改札に向かうと、その途中何かにぶつかった。


 視線を下に向けるとまだ小さな少女がフィンの腰辺りに顔を埋め棒立ち状態になっている、慌てて膝を付き。


「あぁごめんね! 大丈夫? 怪我とかはしてないかな?」


 頭を撫でようと手を伸ばすと次の瞬間まさかの行動にフィンは驚く、なんと手を払いのけたのだ、思わず謝罪の言葉を述べようとした時。


「子供扱いしないでくれる? こう見えて私は二十二なんだけど」

「え? と、年上」


 全身を隈なく眺めるがどこからどう見ても子供にしか見えない、鮮やかな翠の長い髪に灰色の外套、小さな子供が大人ぶっている様にしか感じられない、しかし本人が二十二と言うのならそうなのだろう、だがそれ以上にある部分が目に留まる、その女性の耳は先端が尖っていた、ただ黙って凝視みつめていると女性は耳を見られている事に気付いたのかいそいそとフードを被り。


「あなた、リンベル・カイムでしょ」

「え? あ、はいそうですけど――あなたは?」

「まぁ私の事は知らなくて当然か、じゃあねユグドラシルの樹医師さん――すぐまた会うと思うけどその時にね」


 そう言い残し駅のホームへと向かう女性、何だったんだろう―呆然と立ち尽くす二人、顔を見合わせ首を傾げながら改札へ向かうとコートの裾を引っ張られた、何事と思い振り返ると先程の女性、今度は少し恥ずかし気に。


「ね、ねぇ――その、改札ってどっち?」


 思わず心の中で「方向音痴だこの人!」と叫ぶ、すると今度は声を荒げ。


「べ、別に方向音痴とかじゃないから! ただちょっと迷っただけだし!」


 そういうのを方向音痴と言うのと、静かに呟き笑いながら。


「ふふ、改札はこっちですよ」


 バツが悪そうにフィンの後ろをついてくる女性、周りから見れば姉妹にしか見えないだろう、一緒に改札に向かう一行は石で作られた階段を上り大きなエントランスに出る、様々な人々が行き交う様はさながら大都会だ、はぐれない様に後ろに注意を払いつつ人混みを掻き分け改札へと辿り着き樹医師免許を差し出す。


「ご利用ありがとうございました、そちらのお連れ様も切符をご提示願います」

「切符ねぇ、これでいいかしら?」


 台の上に置かれた手帳、それは紛れも無い樹医師免許だった。


「え? え? ええええええええええ!」


 樹医師免許を見たフィンは驚きの声を上げ、駅中にその声は響き渡った―。


「ご、ごめんなさい! まさか先輩だったなんて、それに」

「そ、私はあなたの先輩ついでに言うと私はアールヴ、リョースアールヴァルって種族なんだけど、まぁアールヴ族でいいわ、見た事ないの?」


 アールヴ、その言葉を聞いた時あの日の夜を思い出す、小さき者達が住まう白い国アールヴヘイム、彼女はそこの出身なのだそうだ。


 話には聞いていたがこんなに身長が低いとは考えていなかったフィン、人間以外の種族に会うのは初めてだった、このような人間と違う種族が暮らす樹街は特別保護地域に指定されまず出会う事は無い、殆どが樹街から出ず中で過ごすからだ、だが同時にその珍しさに攫われ見世物とされるケースも後を絶たない、故に特別保護地域に指定されるのだ。


 しかし例外もある、この女性が最たる例だろう、樹医師試験は全ての知性を持つ者が皆平等に受けられる、その為今回の様にアールヴ族が樹医師になれるのも頷ける。


 だがその中には危険な地域、危険な種族が暮らす樹街もある、それらは隔離指定地域として許可証無しには立ち入りできない様になっているのだ。


「いえ初めて見ました、でも――とても可愛らしいですね」

「な! な、な、何言ってるのよ! こ、これでも私は立派な大人なのよ!」


 ムキになり手を大きく振りながら必死に否定するが、その姿が愛らしいとは思ってもいない様だ、益々笑顔になるフィン。


「あ、そうだ、名前まだ聞いてませんでしたね」

「うん? そういえばそうね、私はカナリ、カナリ・チェーダ・コリンズ、皆はカナンって呼んでるからあなたもそう呼んでいいわよ」

「わかりましたカナンさん」


◇◇◇


 駅から出るとそこも人の往来が多い、駅構内の時と同じように後方に注意を払いながら樹医師本部を目指しひた歩く、ただ黙々と歩き続けるフィン、だがその後ろでは常に周囲に視線を向け警戒しながら付いてくるカナンがいた、その様子を心配しフィンが声を掛ける。


「大丈夫ですよカナンさん、こんな人がいっぱいいる所で人攫いなんていませんから」

「その考えが一番危ないのよ、逆にそこを突いてくる輩もいるんだから――警戒するに越した事は無いわ」


 不憫で仕方がない、そうフィンは思った、いくらカナンが大人とはいえ人間の大人二人もいれば簡単に連れていかれるだろう、いや一人でも可能かもしれない、フィンはそっとカナンの手を握った。


「これなら大丈夫ですね」

「え? あ、ありがとう」


 恥ずかしそうにされるがまま手を握る、すると微かに感じ取れた震え、カナンは脅えているようだった、握る手に思わず力が入る。


「もう少しで本部に着きます、何も無くて良かった」


 視界に入るあの石造りの建物、変わった所と言えば蔦が更に建物を覆った位だ、予定より少し遅れての到着だったが歩幅をカナンに合わせている為仕方ない事だった、木製の扉の取っ手、少し酸化し薄黒くなっているノブを回し扉を押し開ける、中は広々としており目の前にはカウンターが鎮座し、職員達がせわしなく働いている、キャスケットの鍔を直しカウンターへと歩み寄り。


「あの、樹医師のリンベルです、非常招集に応じるべく戻ってきました」

「少々お待ちください、リンベルさんね―はい、確認しました。どうぞ奥の応接室でお待ちください、間もなくベレッタ局長もお見えになるはずですので」

「わかりました、ありがとうございます」


 カウンターを横目に廊下の奥にある応接室に向かう、窓から差し込む光が優しく照らし仄かに温かい、教えられた部屋に入ると中には誰もおらずフィンとカナンの二人きりだった。


「他の人はまだなんでしょうか?」

「もしくは私達が最後で他の連中は街を散策中――と言った所かしら」

「その通りだ、君達が最後だよ」


 聞き覚えのある懐かしい声、振り向くとそこにはベレッタが笑みを浮かべこちらに向かって歩いていた。


「ベレッタさん!」


 声を上げ走り近づくと思わず抱き着く、ベレッタも妹をなだめるような優しい手つきで頭を撫でながら。


「こらこら、これでも一応局長だぞ?」


 呆れた声を上げるが顔は優しい表情のままだ、ハッとし急ぎ離れ頭を下げる。


「すみません、でも何だか嬉しくて」

「私もだ、元気そうで何よりだよ――カナンも元気そうだな」

「当たり前でしょ! こっちはあんたと違って常に体動かしてるんだから! あんたもあんな埃臭い場所に引き籠ってないで外に出たら?」

「ふふ、そうしたいのは山々だが処理しなければならない書類が山積みでね、君が変わってくれるというなら喜んで外に出ようじゃないか」

「遠慮しておくわ、あなたが山積みにしてる内容ですもの、私なんかどれ位掛かるか分かったもんじゃない」


 こちらの二人もまた嬉しそうだった、他愛ない会話が暫く続くとベレッタが。


「立ち話もなんだ、執務室に来たまえ――まだ他の者が集まるには時間があるだろう」


◇◇◇


 誘われるがままベレッタの執務室に通される、久々の再開にフィンは嬉しさで胸が一杯だった。


 初めて入室する執務室、壁一面に所狭しと並べられている書物の姿たるや圧巻だ、まるで本の波に飲み込まれそうなその部屋の中央に机がこじんまりと置かれている、いや立派な机なのだが周りの本棚から比べるととても小さく見えてしまう、対面に置かれている右側のソファーに腰を降ろすと思わず何度も辺りを見渡してしまった。


「すごい数の本ですね」

「まぁ大半は樹に関する本だが、それ以外にも法律だったり政治だったり様々な種類の本があるな、最も私は殆ど目を通していないがね」


 鼻で軽く笑い飛ばす、正直な所読む時間が無いと言った所か、いつもベレッタが座っているであろう机には書類が高く積まれており、万年筆がペン立てに挿されていた。


「よくもまぁこんなに仕事を溜め込んだ事」

「先代局長からの引継ぎの際これらも全て回ってきてね――全くいい置き土産を残して行ってくれたよ」


 溜息交じりに小さく溢すと右手で頭を支えるように俯く。


「た、大変ですね」

「まぁあのオヤジは書類仕事よりも体動かしてる方が性に合ってるわね、あ、そうそう――局長就任おめでとうベレッタ」

「そういえば僕が初めて会った時は団長でしたね――おめでとうございますベレッタさん」


 祝福の雰囲気、という空気では無い、大きな溜息を溢すベレッタを見ていると局長に嫌気が差しているようだ、確かに机の上を見る限り誰でも嫌気が差すだろう、ふとフィンは声を上げた。


「あの、前の局長ってどなただったんですか?」

「ん? 君は会っているはずだが?」

「え? そうなんですか? 誰だろう」

「ベッカーのオヤジよ、あんたあのオヤジから色々教わったでしょ?」


 まさかの人物の名が挙がった事に驚き戸惑う、まさかベッカーが局長だったとは――あの風貌からは想像もつかない、だが確かに書類仕事は似合わなそうだ、苦笑いを浮かべながら相槌を打つ。


「そうだ、リンベル君の相棒を見せてくれないか? 報告は受けてはいるが直にこの目で見てみたいんだ」

「はい、多分鞄の中に――あ、寝てる」


 鞄の荷物に紛れ小さくうずくまり眠っている、二人は興味津々で覗き込むと白い小さな竜の子供が無邪気な寝顔で眠っている姿に。


「ほぅ、なかなかに何だ、その、かわいいな」

「へぇ――あんたもかわいいって思う事あるのね」

「私とて女だ、かわいいものをかわいいと思うさ」


 意外な一面を見た気がした、もっと冷静沈着な大人の女性と勝手にイメージしていたフィンだが、これはこれで可愛らしい表情もするのだと思わず綻ぶ。するとカナンが。


「ねぇリンベル、この子もあなたの相棒なの?」


 フィンは首を傾げる、他に何か動物を連れている記憶は無い、カナンが指さす先それは治療用の袋だった、注視して眺めると僅かだが動いているのが見える、恐る恐る紐を解き口を開けると。


「こ、これは!」


 中にいたモノ、それは一匹の栗鼠だった、我が家の様に荷物を並べ替え寝やすいように並べられた道具、その栗鼠が粒良らな瞳をゆっくりと開くとフィンと目線が交わった、矢先頬袋に両手を突っ込むと木の実一つを取り出し威嚇する様に構える、間違いないあの樹街の栗鼠だ、咄嗟に体が動き腕で顔を覆うように構える、その様子を不思議そうに眺めている二人は。


「どうしたんだリンベル」

「い、いえ条件反射というかなんというか」


 何故ここにあの栗鼠がと考える、何処かで荷物に紛れ込んでしまったのだろうか―すると鼻をひくつかせ辺りを探る様な仕草を見せる、小さくチチチと鳴き仲間を呼んでいるのだろう。


 しかしここはあの樹街ではない、当然仲間もいない、それをまだ理解できていないのかただひたすらに鳴き続ける、そっと腕を降ろし手で包み込むように抱き上げ。


「ここには君の友達はいないんだよ、今度樹街に返してあげるから大人しくしててね」


 人差し指で頭を撫でると落ち着きを徐々に取り戻し、木の実を手放すと手の中で丸くなる。


「災難だったな君も、スヴァジルファリに乗って来たんだろう? かなり遠い樹街なんだろうな」

「はい――あ、そうだ、そこで少し気になる話を耳にしたんですけど」

「うん? 何だね」


 フィンはそこで見聞きした話をベレッタ達に話し出した、リオが生まれ育った樹街が死んでしまった時の事を。


「ふむ――確かにその話は十数年前の報告書に記載してあったな、それがどうかしたのか?」

「はい、それで彼女からある人物の名前を聞いたんです―その人物はロキと名乗ったそうです」


 ロキ、その名がフィンの口から零れた瞬間、緊迫した空気が室内を支配した。


「ロキ、まさかここでその名前を聞くとはね」

「あぁ、なるほど今回の件とロキ、これで全部が繋がる」


 状況が呑み込めずにいるフィンを他所に話し込む。


「あたしが訪れた樹街にも痕跡を残しているわ、多分十中八九あいつの仕業ね」

「事は急を要する様だ、まさかそんな前から活動していたとは――やはり全員を集めて正解だったようだな」


 会話を遮る様に扉の外側からノックの音が聞こえると職員が顔を出し。


「失礼します、樹医師全員揃いました」

「わかった、会議室に行こう――そこで今後の対策を話そうと思う」


 席を立ち部屋から出る三人は会議室へと向かう、そんな中フィンはベレッタに聞いておきたいことがあった。


「あの、ロキって何者なんですか?」


 険しい表情で口を静かに開く。


「ロキ・アルベルド――元樹医師、そして我々樹医師団を裏切った男の名だ」


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