第11話 集う樹医師#2
長い廊下を歩く三人、コツコツと音を立てる靴、だが会話は一切なかった互いの足音が響くだけ、フィンは気まずそうな表情を浮かべ後ろを静かに付いて来ている、あの時あんな話をしなければ良かったと後悔していた。
「そんな顔をするな、君のお陰で誰が糸を引いているのか分かったのだからな」
視線をこちらに向け優しく声を掛けるベレッタ、ゆっくり頷き黙々と歩き続ける―すると突然後方から近付き声を掛けて来る人物がいた。
「では樹医師のお二方は局長の後を、聖獣のお二人はこちらへ」
年配の男性が淡々と話し掛ける、それを鞄の中で聞き耳を立てていたスティンクが隙間からひょっこりと顔を出し。
「フィンと別々なの?」
「はい、お二人には別室にてお待ち頂きます」
寂しそうに視線をフィンに送ると。
「少しの間だけだから大人しくしててね」
鞄から体を出すと飛び立ち。
「早く帰ってきてね!」
そう言い残し年配の男性の後ろを付いて行きある部屋へと入って行った。
「あれ、カナンさんの聖獣は?」
「あたしの相棒ならもういったわよ」
フィンは不思議そうな表情を浮かべる、そういえば会ってから一度もカナンの相棒を見ていないと。
「え? いつ行ったんですか? 全然見えなかった―すごく早い聖獣なんですね」
「違うわよ、あたしの相棒は―何て言うか、姿が消せるの、カメレオンっていえば分かり易いかしら―恥ずかしがり屋なのよあの子」
「そうだったんですね、道理で見えない訳だ」
「上がり症は相変わらずの様だな、君の相棒も」
「全くいい迷惑よ! 肝心な時に姿は晦ますし、いつも透明だから間違って何度も踏ん付けちゃうし」
カナンも相棒に苦労しているようだった、自分だけではないと思ったフィンは笑みを溢す。
◇◇◇
奥にある会議室に着くとノブを回し扉を開ける、中は百人近くは座れるだろう机と椅子が綺麗に並べられ、奥には大きな窓、その両脇に如何にもなカーテンが下げられている、既に席には樹医師達が席に座りお互いの近況を話し合っていた。
「遅れてすまない、早速だが話を進めよう―二人も適当に座ってくれ」
いそいそと前列に向かうベレッタとその後ろを付いて行くカナン。
「ようカナン、相変わらず小せえな」
「あんたみたいに馬鹿デカいだけが樹医師じゃないのよ」
「ははは、やられたなお前」
周りからの野次に怯むことなくどんどん前に歩いて行くカナン、その後ろを体を縮こませ背中を丸めながら歩くフィン、緊張しているのか表情が引き攣っている。
「なぁ、あの子じゃないか? ユグドラシルの樹医師って」
「俺の娘と同じくらいの歳っぽいな」
今度はフィンに興味が向けられ益々体を縮める、すると聞き覚えのある声に呼ばれた。
「よぉリンベル、こっち座りな」
顔を上げ声の主を視界に捉えるとそこにはライルがいた、笑顔で手を振りこっちにくるように促す、知った顔を見た瞬間駆け足気味で駆け寄り席に着く。
「ライルさんお久しぶりです」
「久しぶりって、この前一緒に仕事したばかりだろ」
笑い飛ばすがその表情はどこか嬉しそうだった、最前列に出たベレッタが振り向き声を上げる。
「まずは忙しい中集まってくれた事に礼を言おう、さて本日は今後の我々の活動について話そうと思う」
「おいおい、そんなのラタトスクにでも預けて書面で回せば済むんじゃないのか?」
「そうはいかないから態々(わざわざ)集まって貰ったんだ」
手帳の様なものを広げると真剣な面持ちで話し始める。
「ここ最近柱樹が何者かの手によって破壊、又は意図的に病気にされている事態が発生している――諸君にはこの破壊活動をしている者達への、その――」
口ごもるベレッタ、見兼ねたライルが立ち上がり代わりに口を開く。
「先にどういった事が起きているのか俺から説明させて貰う、ベレッタさん」
「あぁ――すまない、任せる」
ライルは説明を始めるあの樹街で起きた出来事を――ざわつく室内、フィンはそれをただ黙り淡々と聞いていた。
◇◇◇
「――以上が今回の治療にあたり遭遇した出来事だ、そして奴等は自分たちの事をこう呼んでいる、フェンリルと」
静まり返る樹医師達、皆不安の色を隠せないでいる―フィンは俯き衝撃を受けていた、まさか悪い方の予感が当たってしまうとは。
「フェンリル――空想上の生き物だったか、確か上顎は太陽を呑み込み、下顎は大地を削り取るほど巨大な狼」
「大層な名前だな、それで? 俺達はどうすればいいんだ? このままいつも通り診察回りでいいんだよな?」
「柱樹を破壊しようとしてる連中だ、俺達の出る幕は無いよ―戦いは軍の連中に任せておけばいいさ」
皆が楽観的な意見を次々と口にする、それを聞いていたベレッタの表情は徐々に陰りを見せていく、逸早くそれに気付いたのはカナンだった、大きく溜息を吐き出すと。
「そのフェンリルとかいうの――あたし達に対処しろって言うんでしょ?」
突然のカナンの意見に場は沈黙した、確信を突かれたベレッタは顔を顰める。
「嘘だろ? ちょっと待てよ俺達はただの医者だぜ?」
「戦闘訓練なんて受けてないぞ――どうしろってんだ」
沈黙とは打って変わり今度は不安の声が上がる、皆がそうだ誰もこんな事は想定していない、いや一番想定していなかったのはベレッタ本人であろう、自分の代でこの様な状況になるとは夢にも思わなかった筈だ、ライルに席に戻るように促すと。
「今回の件――軍は動かない、我々だけで対処しろとの事だ、それと」
机の上に置いた手が握られ震えて。
「全員――武装してもらう、これは万が一フェンリルとの接触、交戦状態になった時の為だそこは理解してほしい、だが我々はあくまで樹医師――不必要な戦闘及び殺生は避けるんだ」
話し続けるベレッタに対しフィンは戸惑い困惑する、これまで危ない事は何度かあった、だが今回ばかりは違う柱樹を守ろうとする樹医師と対を成す様な集団、それは対峙した時きっと無事では済まないだろう、こんな事になるなんて――と小さく溢した。
「それと今後は治療課と駆除課、二人一組で行動してもらう、これも諸君らの身の安全を考慮した上だ」
二人一組、その言葉を聞いたフィンは不安が少し和らぐ、だが一体誰と組む事になるのか―まだ全員を知っている訳では無い、またしても心細くなると。
「それについては賛成だが――数が合わないだろう」
一人の樹医師が口を開く、現状樹医師の人数は治療課十七名、駆除課十六名だ、確かに人数は合わないしかしベレッタは。
「そこは安心して欲しい、つい一か月前聖獣の卵が一つ生った事により樹医師試験を開催できた、更に今回の合格者は駆除課志望の青年だこれで人数は問題なかろう」
顔を上げ入って来た扉に視線を向けると。
「入ってくれ――彼が今回の合格者、カラト・ノウェルだ」
扉を開け姿を現したのは金色の髪で青い瞳を持つ青年、その顔は中性的で女性とも男性ともとれる顔付、フード付きの外套を纏いしかし体格はやはり男性しっかりしている、呼ばれるがままベレッタの隣に立つと頭を下げ。
「カラト・ノウェルです、まだまだ未熟者ですが指導、ご鞭撻のほどよろしくお願いします」
青年と目線が交わるフィン、不意に見せる笑顔にフィンは少し恥ずかしそうだった。
話は続いて組み分けに入るがその前にある人物の紹介が行われる。
「これより組み分けに入るが――ただ組み分けを行う訳にはいかない、ある方の助言を戴きながら考えようと思う、グロウ様こちらへ」
最前列の右側にフードを深々と被った人物、ベレッタが紹介せねば樹医師の一人としか見れなかっただろう、ゆっくりと立ち上がりベレッタの隣に歩み寄るとそっとフードに手を掛け顔が露わになる、長い黒髪に吊り上がった瞳は独特の雰囲気を纏っていた、笑みを浮かべるグロウと名乗る女性は頭を下げ。
「ではこれより皆様のルーンを占い、皆様の道を指し示しましょう」
名前を呼ばれ一人ずつ前へと進むと何やら前に広げられた石を選ばせている。
静かにベレッタの傍に近寄るとフィンは質問する。
「あの、グロウさんってどんな方なんですか?」
「あの方は“星詠みの民”と呼ばれる一族の占い師、空に浮かぶ星の動きや配置でその者の未来を占う、そして未来を指し示して下さるのだ、だがその中でもグロウ様はその占いにルーンを組み合わせる事で更に事細かに未来を教えて下さる、君もしっかりと助言を胸に刻んでおきたまえ」
◇◇◇
続々と占いが終わり組み合わせが出来上がっていく、だが不満を漏らす者もいた、その最たる例が。
「なぁんであたしがあんたと一緒な訳!」
「うるせぇ! 俺だってお前みたいなうるさいのと一緒で頭が痛えわ!」
どうやらライルとカナンが一緒のようだ、その様子を周りの樹医師達は笑いながら野次を飛ばしたりと、凸凹コンビの誕生に楽しんでいる様に見えた。
そしていよいよフィンの出番がやって来た、手招きをされ呼ばれると大きく一呼吸し目の前へと座る。
「さて、リンベル・カイムまずは君の未来を見てみよう」
そう言い手元に石を無造作にバラ撒くとそれを眺めながらグロウは戸惑いの表情を浮かべた。
「これは――ふむここでは君の未来は見通せないな」
「え? どうしてですか」
「陰りが見えるんだよ、星が見えないのだ――こんな事は初めてだ、リンベル今度私の街に来なさい、そこでなら必ず未来が見えるはずだ」
優しく微笑むと今度は違う石を先程とは違って綺麗に並べ始める、まじまじと見詰めるフィン全てを並べ終えると一つ選ぶように促す。
「さぁ、お選び――君のルーンを」
「僕の、ルーン」
ゆっくりと視線を泳がせながら一つ一つ丁寧に見詰めていく、様々な紋様が刻まれた石はそれも神秘的な感じを醸し出している、ふと視線がある石で止まった。
「これ、何だか一番温かい感じがします」
「成程、これが君のルーンだね」
選んだ石を手に紋様を確認するとグロウは納得の表情を浮かべ説明する。
「これは“ウィン”のルーン、意味するものは――実り、平和、幸福、そして愛だよ」
思わず頬を赤らめるフィン、だがベレッタやライルも納得の顔をする。
「ウィン、か――スティンクに付けてもらったフィンってあだ名と似てますね」
「それも運命さ、リンベル・カイム――さぁ次は君だよ、カラト・ノウェル」
席を立ちカラトに譲る、軽く会釈をし同じように未来を占うと。
「ふむ、君の行く先には闇しか見えない――だがその遥か先に光が見えた、己の信じた道を歩み続けなさい、きっと上手くいくさ」
「はい、そのつもりです」
「さて次は君のルーンだね、どれを」
「実は横でずっと見てて、決めてたものがあるんです」
何の迷いも見せず手に取ったルーン、それを受け取り模様を眺めるとフィンを手招く、困惑気味のフィンは何事かと問うと。
「これは“ラド”意味は折れない心、そして守護者―フィン、君の相棒はこの子で決まりだね、カラトしっかり守っておやりな」
顔を見合わせぎこちない笑顔でお互いに挨拶を告げるとグロウは立ち上がり。
「今まさに樹医師団は分岐点に立っている、私は未来を示した、あとは君達の手に任せよう――リンベル」
「はい」
「それと西に向かいなさい、きっと君の力になる者が現れるだろう――未来を見れなかったお詫びだ」
手を伸ばし頭を撫でると扉から出て行く、その後ろを見送る為に一緒に出て行くベレッタ、部屋から出る際に会議の終了を告げると全員が荷物を背負い別れの挨拶を交わしながら相棒と共に一組、また一組と部屋から出て行くのであった。




