第8話 敵意の足音#2
「白糸菌? それは一体どういう」
一行は町長宅にいた、テーブルの中央に先程の青い液体の入った瓶、ソファに座っているフィンは身を乗り出し説明を始める。
「この白糸菌は柱樹の根元から幹の間に発生する病気で育成障害を引き起こします、糸状菌の一種で感染すると根部が白色化しその白色化した部位は糸状の粘り気のある状態に変化します、そうなると養分を上部に送れなくなり葉や染み出る水、種子などが育たずやがて枯死します、治療法としてはその菌が集まっているコロニー、菌塊を切除し取り除かねばなりません」
フィンの説明を黙って頷きながら真剣に聞き入る町長、その場にいる皆が緊張していた、事は一刻を争うすぐにでも行動に移さなければ。
◇◇◇
ライルは防護服を着こみ根内部に侵入する準備を始める、腰に革のベルトを巻くと大型のナイフを差し込みマスクを手にする。
「リンベルもう一度確認だ、コロニーは根のどこかにあって形状は綿菓子の様な見た目でいいんだな? で、それを根自体から切り落としこの薬を塗れば取り敢えずは完了と」
「はい、ただコロニーがどれくらい成長しているか想像出来ないので焼却も視野に入れておいてください」
「了解だ、いい顔になったなリンベル」
笑顔を浮かべながら頭を撫でる、恥ずかしそうにされるがままのフィンは頬を赤らめている―、町長宅から出た一行はいよいよ治療を開始する、巨大な柱樹のその根元にある樹街を救うために。
現場に向かう途中フィンは不安に襲われていた、もし症状が悪化していて間に合わずいつかの街の様な惨状になってしまったらと、察したスティンクは肩に乗り「大丈夫、間に合うさ」小さな声で耳打ちし笑いながら応えるフィン、ライルとディンゴはそれを見て目を合わせ頷く、根内部へと続く穴に着いた一行は握りこぶしを作り軽く合わせる。
「コロニーは何とか見つける、お前はその後の処理を頼むぜ」
「はい、内部は暗いので気を付けてくださいね」
マスクを被ると内部へと進入していった、それを見送るとフィンは持って来た診療具を広げ薬を調合し始める。
内部に入ったライルは手に持ったランタンを突き出し、仄かな灯りに照らされた辺りを見渡し驚く、視界に入る根全てが白色化していたのだ、手を伸ばし根に触れると粘り気のある白い液状の物が手袋に纏わり付く、ナイフを握り進行の妨げとなる枝分かれした根を切り落とし体が通る広さに整えると少しづつ奥へと進んでいった。
「酷いな、こんな状態になってるのか、急いでコロニー見つけないと」
根にぶつかる度に防護服に纏わり付き、それが砂を浴び防護服はみるみる汚れていった、手元の灯りだけを頼りに深い地下へ、闇の中をただ奥へ奥へと。
◇◇◇
一方地表では住民の対応に追われながら作業を続けているフィン達、人だかりの中作業に集中し抗生物質と治癒力を回復させる薬品を作り上げているようだ。
粉末状の物を親指程の小瓶に少量入れると注射器に別の薬をメモリを凝視しながら適量を吸い上げ、先程の小瓶に流し込む、栓を閉め良く混ざり合わさるよう振りながら、今度は広げた道具の中にある綺麗に手入れされた鋏を手に、一枚の紙に切れ込みを入れそこに抗生物質と鉛筆で書き込むと持っている瓶に張り付ける。
一息吐くと次は小さな木箱に手を伸ばす、留め金を外し開けると白い布に包まれた物が顔を出す、そっと取り出し布をめくると大きさは先程の親指程度の瓶だが明らかにそれより細い物だった、栓を開けると他の薬品と混ざらないようにする為、木箱の中にある専用のスポイトで一滴掬い上げるとディンゴの名を呼ぶ。
「ディンゴ、お水を持って来てくれないかな? なるべく上の清流を」
「わかった少々待っておれ」
水筒を目の前に差し出すとそれを口に咥え柱樹の上部、水が滲み出している箇所を探す、軽々と登ると鼻と耳を小刻みに動かしながら樹の周りを確認しながら更に上を目指す。
その間フィンはもう一本、一回り大きい物に先程スポイトで取り出した液体を垂らす、注射器の中で弾ける一滴の液体、刹那淡い緑色の輝きを放ったように見えた。
スティンクも脇で道具を片付けたりと小さな体で頑張っている様子だ、肩で息をし時折汗を拭う仕草を見せる、それを見ていたフィンは。
「今日はご飯が美味しそうだね、がんばろスティンクもう少しだよ」
励ましの声を掛けるとスティンクは大きく「うん!」と返事を返す、一層動きが良くなると同時に頭上からディンゴが降りて来る。
「持って来たぞ、これぐらいあれば良いかの?」
水筒を受け取り重さを確かめ中を覗き込む、太陽の光で反射し見える水筒の中の小さな水面は半分程はあるだろうか、フィンは笑顔で。
「ありがとう、これだけあれば十分だよ!」
早速水筒に入った水を雫を垂らした注射器に装填する、一杯になったそれを静かに振ると徐々に色が変わっていく、透明だった水が淡い緑色に、それを見ていたディンゴは。
「ふむ、なかなかどうして美しい物だ――私も治療課の相棒なら良かったな」
クスクスと笑うフィンに対しスティンクはディンゴの背に乗り。
「ダメ! フィンはおいらの相棒なの! 絶対ダメ!」
「ふふすまん、冗談だ」
これで全ての準備が終わり「よし」と声を上げる、あとはライルがコロニーを見つけ切除もしくは焼却すればフィンの出番だ、三人は入り口の傍で戻って来るのを待つ、住民の視線も不安から安堵、期待の視線に変わった、これでこの樹は助かる、自然と笑顔になるフィン「フィン!」スティンクが上げた声にはっとし視線を足元に下げると穴から泥だらけのライルが顔を出す。
「ライルさん! お疲れ様です! あとは僕が―」
「――んだ」
「え?」
「コロニーがねぇんだ! どこを探しても見当たらねぇ!」
一瞬で場の空気が変わる、表情が曇るフィン、ディンゴも驚き。
「本当か! しかと探したのかライルよ!」
「こんな時にふざける訳ねぇだろ! リンベル本当にコロニーがあるのか!」
「ま、間違いありません! 反応も白糸菌のそれですし必ずコロニーはあります!」
「じゃぁどこにあるってんだ!」
手を口に当て眉を顰めながら可能性を探る、脳内の全細胞を動員させてありとあらゆるケースを思い浮かべる。
「だ、大丈夫なんですか!」
「やっぱり逃げた方が!」
住民達が騒ぎ立て始めた、まずいと思ったライルは落ち着くように促すが既に火は立ってしまっていた、小さな火はどんどん広がり全員の心に不安という名の炎を燃え広がらせた。
「おいリンベル! 何か他に見つける方法はねぇのか!」
「地下、そうだ地下だ!」
「あぁ?」
「地下です! 足元にあるんです!」
「だからさっき潜っても何もねぇって」
「違います! 白糸菌は足元、三十から五十センチ程の場所にコロニーを作る場合もあるんです! 根の中心部に無かったらこの街の足元、そこにコロニーが!」
「街って――この街全部を掘り返せってのかよ」
街を眺めるライル、歩けばそこまで大きくはない街でも掘り返すとなると話は別だ、どこまでも果ての無い大地の様に見えたライルは愕然とする、だがフィンは諦めなかった。
「いえ! もう一つあります! 最初に出来た斑点、その方向から来た可能性があります! 町長さん斑点はどの辺りにありましたか!」
鬼気迫る形相で町長に問いただすフィン、その迫力に押された町長は困惑しながら。
「た、確かこの辺りです!」
指さした方向を向きディンゴとスティンクを呼ぶ。
「二人共いい? きっとこの方角の何処かにある、遠い所からお願い! 僕とライルさんはここから調べていくから!」
「わかった! 任せて!」
「それで樹街が助かるなら全力で参ろう!」
早々に散っていく二頭、フィンもライルの手を掴み検索する事を促す。
「ライルさん早く、こっちからお願いします! 僕はここから!」
「お、おう!」
二つに割れた道を別々に走り出す、途中で止まりながら土が舗装されていない剥き出しの部位を手で掘っていく、最早一刻を争う事態、なりふり構っている場合ではない、泥だらけのフィンの手、額には汗を滲ませ必死になって探す、遠方から探している二頭も。
「ディンゴそっちあった?」
「いや、主はどうだ?」
「全然ダメだ、どこにあるんだよ一体!」
声に焦りを感じる純白の体も土が付着し茶色になりスティンクも必死だ、心配そうにスティンクを見るが彼の目には使命感とでも言うべきかそういった物が宿っている。
「私も負けていられぬな」
柱樹と街の中腹辺り、フィンは懸命に掘り続けている、爪は割れ血が指先を仄かに赤く染め上げる、激痛に襲われ時折険しい表情を見せるがそれでもフィンは掘り続ける、ライルもまた苦虫を噛み潰したような顔をしていた、ふとフィンの手の勢いが弱まる、目には涙を浮かべ。
「やだよ、またあんな事になるのは絶対に――絶対に嫌だ!」
あの時の出来事が走馬灯のように駆け巡る、手に力を込め一掬いすると涙が頬を伝い落ちた、だが手にその雫は当たらなかった、不思議に感じたフィンは目を開ける、そこには自分の手の上に覆いかぶさるように大きな手があった、顔を上げるとそこには一人の男性がいた、フィンに笑顔を見せると。
「おい! そっち掘ってみてくれ!」
「あいよ! おいスコップ一本こっちに回せ! それとお嬢ちゃん手怪我してるから手当してやってくれ!」
驚き振り向くと先程まで沈んでいた住民が総出で街のあちこちを掘り返していたのだ、思わず涙が溢れ俯き口の端が緩む、そうだ諦ちゃいけない―、手に力が戻ると男性が持っていたスコップを手に。
「大丈夫です、まだやれます!」
日が暮れ夜が訪れる、だが昨日とは違い街は明るいものだった、全員がランタンを手にまだ作業をしている、女性達は炊き出しを行い男性達は遂に石畳をもひっくり返し始めた、街の南東にだけ灯りが集中している光景は希望の灯の様に見える。
「ちくしょう! 一体どこにあるってんだ!」
全員の顔に疲労の色が伺える、無理もない何時間も重労働をしているのだ、座り込み休んでいる姿が目立つようになってきた中、フィンはひたすらに掘り続ける、手に包帯を巻いてもらったが既に血が滲んでいる。
「フィン、おいら少し休んでいい?」
ふらふらと飛んでくるスティンク、手を伸ばし抱き上げると。
「うん少し休んで、頑張ったね」
キャスケットを取り近くにある三段ほどの石造りの階段、その一番上の段に置くと体を丸めキャスケットの中で寝息を立てる、それを見ていると自分も急に疲れが出て来る、必死になっていたせいか気付いていなかったようで小刻みに震える手足、蓄積された疲労が一挙に押し寄せて来る、寝ているスティンクの横に座り込み壁に寄りかかる様にして目を閉じると睡魔が容赦なく襲って来る、少し休むつもりがいつの間にか寝息を立てていた。
◇◇◇
「おい! これじゃねぇか?」
そんな声で目が覚めた、壁に手を付きながら立ち上がると人だかりが出来ている方へと向かう、掘り返された地面、そこには根に薄っすらと綿毛のような物が付着している、目を細め凝視し手に触れる。
「これです――そう! これです! え? ここって」
白糸菌の向かう先、それは一軒の家だった、意を決しノブに手を掛け扉を開く、中は閑散としていて人が住んでいる気配は全くと言っていいほどなかった、そこにある普通は見ない光景、家の床が全て剥がされ地面が剥き出し根が露わになっている。
驚くフィン、駆け付けたライルも目を見開きまさに寝耳に水という状況だ。
「こいつは―、一体」
皆が驚愕している中フィンはコロニーを視界に捉える、白い綿状の塊、間違いない白糸菌のコロニーだ、掘り返された中に滑り落ちナイフを握ると根を掴む。
「これで助かる」
力一杯に白銀に輝くナイフを振り下ろしコロニーを切り落とした、柔らかいそれは何度か跳ねやがて沈黙する、すぐさま薬品を取り出し切り落とした断面に処置を施していく、抗生物質を注射しもう一本の針も差し込む、顔の至る所に土埃が付いているが気にする素振りも見せずただ黙々と治療を行う、それをその場にいる全員が固唾を飲んで見守っていた。
◇◇◇
翌日フィン達は駅にいた、荷物を抱え列車の到着を待っている、新しい包帯を巻かれたフィンの手はどこか誇らしげだった、胸を張りしっかりと先を見据えているその目は最早新人―、とは呼べないだろう。
「大変だったが何とかなったな」
「はい、本当に良かったです」
汽笛が聞こえゆっくりと近づいてくる列車、荷物を担ぎ直すライルは一歩前へ進む、構内に進入してきた列車の風で鍔が触れる、別れの挨拶をする様に―。
「じゃぁなリンベル、またどこかで会おうぜ」
「なかなか楽しかったぞ二人共、スティンクも元気でな」
別れを嫌がる様に尻尾にしがみつくスティンク、ライルとフィンも固い握手を交わす。
「ありがとうございましたライルさん、ディンゴも」
「また会おうね? 約束だよ?」
乗り込む二人を呑み込む様に搭乗口が閉まる、駆け足で客車に行くとライル達の姿を見付け手を振る、それに気付いたライルは少し恥ずかしそうにしかし手を振り答えてくれた、煙を吐き出し車輪を鳴らし、列車は二人を乗せ走り出す、フィンは手を振り続けた列車が見えなくなるまで。
「ほんと良い顔付になったなリンベルも」
「あれなら何も心配する事はあるまい、それよりも」
「あぁ」
コートのポケットに手を入れると手の中に何かを握っている、膝の上に置くとゆっくりと広げたその中、小瓶が異質な空気を放っている。
「あの家の中で見つけたこいつ――リンベルには黙っていたが俺の仕事だし、それにわざわざ危険に晒す様な事もできねぇしな」
「この瓶恐らく」
「白糸菌が入っていたに違いない、ラベルが物語ってるぜ」
瓶を回転させラベルを見詰める。
―我々は全てを噛み砕きし者、フェンリル―
「ご丁寧に名前まで入ってるしな、恐らくあの時もこいつらの仕業だ―、ようやく尻尾を掴んだぜ」
立ち込める暗雲、不穏な気配、しかしそれは確実に敵意を孕んでいた。




