とある休日-5-
イフは友人と別れた川沿いの場所まで全速力で向かうと、大きな石に腰をかけている人影があった。
友人の傍らまで近付き、辺りを見回すが魔物の姿は無く、友人の手には剣も握られてはいなかった。
「オズ。タチュランは?」
「斬った」
「斬れたの?」
「是」
オズが魔物にやられる可能性は全く考えてはいなかったものの、硬さには定評のある敵に苦戦しているかもしれないと急いで戻ってきたイフは大きく嘆息した。
「てこずらなかった?」
「硬くはあったが、それだけだ」
事も無しげに言う。
漆黒の少年は無感情で静かな眼差しを友人へ向けた。
「道化はどうした?」
「天の裁きに任せた」
オズは表情を動かす事も言葉も発する事無く、視線だけで言葉の意味を問うた。
「あの人、僕には自分を裁く権利が無いと言い張るものだから、身体の怪我を治癒術具で全部直して、砂漠の真ん中に転送した」
「何も持たせずに罪人を砂漠の真ん中に置き去りにし、生きて帰る事が出来れば神が許したものとみなし、罪を問わないという砂漠の国に古くからある裁きだな」
「そう。あの人を許す気にはなれないけれど、人に人を裁く権利があるかと問われれば『無い』としか言えないのも事実。一番良いのは天に丸投げかなって思ったんだ」
イフは悪戯っぽく笑って見せた。
天に丸投げと言うが、最高温度と最低温度の差が二十度にもなる過酷な砂漠で、何も持たずに生きて帰る事は普通の人間には無理である。銀の少年に男を生かしておく気はない事は明白である。
「でね。今回もフォルト叔父さんの差し金だったよ」
イフが「今回も」と言うのは、これまでにも幾度と無く不慮の事故や謎の襲撃に遭っていたからである。
勿論それらすべてが叔父であるフォルト卿の仕業であった。
「取り急ぎ金を手に入れなくてはならない状況にでも陥ったか?」
「そうかも。きっと借金の取立てが厳しいんだよ」
イフは人差し指を顎に当て首を傾げ、思案するようなポーズを取って見せる。
「父上が亡くなり、僕の後見人になる事で遺産を好きに使えると甘い夢を見ていたみたいだけど、僕が弁護士を雇い、きっちり管理しているのを知って『子供の癖に』って随分怒っていたからね。借金を返す当が外れて大変なんだろうね。可哀相に」
憐れみの言葉を口にして入るが、声にはそんな響きは全く無い。
「それで、フォルト卿はどうする?」
「うん。父上の弟だから大目に見ていたけど、これ以上付け上がって貰っては困るからね。証拠固めをして潰すよ」
見て――と、イフは胸ポケットから携帯端末を取り出した。
「あの人にカードを通して貰ったでしょ? カード情報から殺し屋の個人情報を辿り、そこから叔父さんにたどり着こうかなって思っている」
「偽造カードでも追えるか?」
「追える魔術師を知っているよ」
静かに微笑む友人を見て、オズは静かに頷いた。
「そーだ! そんな事よりも。お弁当~」
身内に命を狙われ、その対策について話していたというのに、そんなものは瑣末な問題だと言わんばかりの剣幕でオズの袖を掴み、揺する。
「早く出してよ。もぉ~、お昼だいぶ過ぎちゃった。折角のオズお手製お弁当ゲット記念日なのに最低だよね?」
ね?――と、同意を求められても困るオズはイフの視線と言動を故意に無視し、無言のまま纏っていた布を外すと、地面スレスレに滑らせ、何もない地面に先程消した荷物を再び出現させた。
リュックの姿を見るや否や、イフは歓喜の声と共にそれに抱きついた。
「お弁当~」
陽はまだ高く、澄んだ空の下で少年二人は肩を並べて座り、お弁当を食べている。
「静かだね」
「是」
魔物の出現で空に鳥の姿はなく、山の動物たちは全て避難し、恐ろしいくらいの静けさを放っている。
「今ここには僕達二人だ。こういうのをロマンチックて言うのかな?」
「否。不気味と言う」
「それ、正しいけど、僕としてはその答えは落第点だよ」
「お前の言動は、時折理解不能だ」
「平たく言うと、誰にでも認識出来る状況説明など要らないって事」
漆黒の少年は少し考え、頷いた。
「是。善処する」
友人の生真面目な返事を聞き、クスクスと笑いながらイフは玉子焼きを口に運んだ。
「期待しているよ。オズ」
ここまで読んで下さって有難う御座います。