第八話 傭兵生活初日終了
太陽がいよいよ傾き始める。差し込む日差しは徐々に赤色へ変わっていく時間。沈む事によって角度が変わった陽光は、傭兵ギルド前の入口に立つコウキの鋭い瞳を刺し貫くようにして降り注ぐ。
ソレイユという季節柄、比較的柔らかい日差しではあるが、夕日に変わる前の陽光の角度は、容赦なく人間の視界を狭める。
鋭く輝く瞳を持つコウキもそれは例外ではなく、心なしかその瞳は細められている。いつもより目つきが悪いと言われてもおかしくはない。
腕を組んで背を傭兵ギルドの外壁を形成しているトバリ石に預け、瞳を細めるコウキの姿。そんな彼にわざわざ声を掛ける物好きは存在しないが、こうしてじっと何かを待っている様子を見れば、当然コウキに関係を持った待ち人が存在する訳で。
「待たせたかしら?」
「いや? 宿取って速攻で出てきたしな。今着いた所だ。と言えなくもない」
人混みの中から深海の様に青い髪をゆらりと静かに揺らして現れた人物に、コウキの視線が集中。そして印象的な深く青い髪に青い肌を持った美女と言ってもいい女性がコウキに向けて声を掛けたのは偶然ではない。
交わす言葉を聞けば、その事実は誰にだってわかる。
ヒールなどが存在せず、旅に向いている編み上げのブーツの踵で、敷き詰められたトバリ石の床を踏む、軽く静かな音と共に人混みからコウキに近づいてきたのは、誰であろうコウキの待ち人であるルクセリア。
武器とコートを置いてきたのか、彼女の腰には何も下げられておらず、身に纏うのは袖なしのお腹が大きく露出した黒シャツと、太もも半ばまでの丈の白黒のズボン。そして底がべったりと平坦な黒の編み上げブーツ。
腕や肩、首筋から鎖骨が惜しげもなく露出し、黒のシャツに覆われた豊かな乳房と青い肌を大きく晒すお腹に存在する小さな臍と細く美しい腰のくびれがそれらの対比によって更に胸元を強調している様にさえ見える。
更にそれだけに止まる事なく、丈が極短いズボンと編み上げのブーツの間から見える青い肌は、黒白と言う単色の引き立てによって、肌自体が持つ瑞々しさとハリを前面に押し出すように陽光の下に存在。
細すぎるわけでもなく太いと言い切るには細い。そんな絶妙な肉感を持った彼女の体のバランスは、その臀部にも現れており、腰の後ろから生える大きく黒い翼の奥にあるお尻も確かな肉感を伴い、豊満と言えば言い過ぎで肉付きが薄いと言うのも言い過ぎと言う絶妙なバランス。
陽光を受けて艶を見せつける彼女の青い肌は、明るい場所で見ると、ある種の背徳感を感じさせる程に妖しい魅力に満ちている。
そんな彼女の表情は、改めてじっと視線を寄越すコウキの顔を、不思議そうな視線で捉えている。
ふむ……と小さく呟いたきり、人混みから出てきたルクセリアから視線を外す事のないコウキを不思議に思ったようだ。
「何かしら?」
「いや、なんつーか、改めて見るとお前。美人だな」
「……ホントに何? 急にどうしたのかしら」
「別に? 見たままを言っただけだ。あとエロい」
「最後一言余計だと思わなかったのかしら? 何でも素直なのがいいというわけじゃないのよ?」
知ってるさと笑うコウキに、呆れた様に息を吐くルクセリア。
しかし、素直なコウキの言葉を受けても、自らの体を隠そうともしないルクセリアは、正しく自分の女性としての武器を把握しているという事だろう。
陽光の下で艶を見せつける青い肌で形成された美しい輪郭をもつ頬が、うっすらと赤く染まっているのはご愛嬌といった所か。
彼女ならば言われ慣れているであろう言葉だが、自分に近しい人からわざわざそう言う評価を貰う事は今までになかったらしい。
言葉の上でこそ照れを見せないルクセリア。しかし、頬はうっすらと血色が良くなっている上に、横長で尖った耳や腰から生えて折りたたまれた黒く大きい翼が、小刻みにブルブルと震えている。
極めつけは胸の下で組み、持ち上げた右手の人差し指でくるくると自らの長く豊かな深海を思わせる髪を小さく弄り、金色の視線を僅かにコウキから外している彼女の反応だ。
正しく彼女の反応は褒められ慣れていない女性の反応である。
どうやらルクセリアと言う女性は、関係や心の距離が近い人物に重きを置く人物のようだ。
にやりと妖しく笑みを浮かべつつも、満足そうに幾度か頷いてみせたコウキは、観察と同時に顎に当てていた右手を外し、傭兵ギルドの壁に預けていた背を離す。
言葉はしっかりしているというのに、仕草で恥ずかしそうにしてみせるルクセリアに、くくっと楽しそうに笑い声を上げつつ彼女の隣に立つコウキに、金色の不服そうで何処か咎める様な視線が突き刺さる。
「意外っちゃ意外……いや、そうでもないか?」
「それ、どう言う意味かしら?」
「まぁ、気にすんな。悪い意味じゃねぇ」
「そうかしら……どうにもからかわれてる様にしか思えないわ」
ちくりと突き刺してくる不満そうな金色の瞳を軽く受け流し、やはり、くくっと小さく笑みを漏らすコウキ。
「くっ……否定はしない。くくっ」
「何時か仕返しするわよ」
「いつでもどうぞ? くっく」
笑いを噛み殺しきれていないコウキがルクセリアの隣に並ぶと、示し合わせたかの様に二人の足は動きを開始する。同時にルクセリアの金色の瞳が完全な半眼となって、不服を宿した視線がコウキに突き刺さる。
歩きながらでもその視線を受け流し、いつでもどうぞ? と言う様に腕を軽く広げてみせるコウキに対し、今現在ルクセリアが取れる行動は多くない。
結局ため息を吐くだけに留めたルクセリアは気持ちを切り替える。そして口を付くのはもう先程までの話題ではなく、今からの話題。
「で? どれくらいの腕を求めてるのかしら?」
小さな唇から問われた腕とは勿論、これからの予定と関係がある事であり、ルクセリアの金色の視線がそれを示している。
彼女の視線はコウキのベルトに下げられた二本のカタナに集中している。腕とはつまりそういう事だ。
この王都は『都』と言われるだけあって広い。円状の堀に切り取られ、孤立した島の様になった大地に上に築かれた限りある範囲とは言え、その中には幾千幾万と言う人々が生活を営んでいる。
それはつまり、生活の糧を得るための商売が数多く存在していると言う意味でもある。
城を中心として、その周りをぐるりと囲む様に存在する城下町。そこはいくつかの区画に区切られている。明確な区切りである壁や境界などは存在しないものの、吊り看板や立て看板で名前が付けられていると言う意味で区切られているのだ。
傭兵ギルドが存在する城の正面付近。つまり、真南側は表区画と呼ばれ、城の顔と言っても問題ない。
故に年中活気があるのはこの区画の特徴だ。かと言って、他の区画に活気がないかと言えばそう言う訳でもない。
丁度表区画を門から見たとして右隣には商業区画が存在し、そこには数多の交易品等が出回っている区画でもある。ニベル等からの行商人等はここに入り、自ら商いをする者もいれば、王都の商業区画に構えている店に品を卸しに来るだけの者もいる。
商売気が蔓延るこの区画も、やはり活気がある。
そして、その逆隣。つまり、門から表区画を見た時に左隣にある区画は、主に遊郭区画となっている。
所謂夜の街と言ってもおかしくないそこは、昼間こそおとなしいものの夜には別の顔を剥き出しにする。女が男を誘い。酒に酔った男が女を買う。また、その逆も然り。
無論国から認可が降りた店である為、何か大きな揉め事があればすぐさま魔法騎士団が出張ってくる事もある。
国の認可が取れていない店も存在はするが、そういう所は摘発されればすぐさま店を畳む事になるため、息が長くない。
一つの店舗として構えている酒場があるのもこの区画である。
故に、傭兵や有志の兵士達の終業時に活気が出てくる区画だ。
この三つの区画が城下町の南半分のすべての区画。
城の後ろは基本的に貴族の住居区画が存在したり、一般の人間が居住する区画だったりと居住に関しての区画が主だ。とは言っても、南半分の区画に人が住んでいないのかと言われればそう言う訳でもなく、店を持っている人物などはそこで暮らしているのが大半である。
「そりゃあ出来るだけ最上だろ」
「なるほど、じゃあ遠慮しなくてもいいのね?」
「あぁ」
隣を歩く男の答えに、ルクセリアは念押しをするように金色の瞳と言葉を向ける。しかしコウキの返答は変わらない。
黒曜石よりも鋭く輝く瞳でただ前を見据えて答えるコウキの答えに、ルクセリアは人知れずうっすらと笑みを浮かべる。
区切られた区画の中で、主に武器屋があるのは商業区と表区画だが、客に合わせて武器も作れる工房持ちの店となると限られてくる。
その上、表向きには看板を上げていない店も少ないが存在する。
独自の工房を持っている店となると、ある程度の鍛冶師が必ず店にいるものだ。しかし、ここはそう強いモンスターもおらず、新人の傭兵ばかりの王都だ。
それに比例するかの様に腕のいい鍛冶師と言うのは数が少ない。
「アテあんのか?」
「一応ね。度肝を抜く程腕がいいって言う訳じゃないけど、新人に使わせるには勿体無い程度の武器を仕上げる所を知ってるわ」
自信あり気なルクセリアの様子に、コウキは軽く口笛を吹き、期待出来そうだな……と笑みを浮かべて自らのカタナの柄を撫でる。
傭兵と言う厳しい世界では、過信も過小も命取りとなる場合が多い。
正確に情報を吟味し、確かめ、確信を経て初めて行動を起こすくらいで丁度いいものだ。
そこへ行くと、ルクセリアは傭兵となって長い上に、その中でも超一流と呼ばれる傭兵である。彼女が語った事には過大も過小も含まれてはいないと見ていい。
度肝を抜く程腕がいいと言う訳ではないと言う評価も正当なもので、新人に使わせるには勿体無い程度の武器を作る。と言うのも正確な評価であろう。
コウキを先導する様に半歩程先を行くルクセリアを見るコウキの瞳には、玩具を前にした子供の様な輝きが宿っている。
迷いなく歩を進めるルクセリアのしなやかな足が向かう先は遊郭区画の方であり、夜はまだもう少し先の時間。人通りは少なくなっていく。
「何だぁ? こっち方面で仕事してんのか? 人来ないんじゃねぇのか」
「それはそうね」
半歩後ろから躊躇なく飛んでくる低くも軽い声の質問に対し、ルクセリアは形の整った眉を歪めて苦笑を浮かべる。
困惑と諦観を混ぜた様な表情は、コウキからよく見えないが、その雰囲気は黙っていても伝わる。
「変わり者……って訳じゃないのだけれど。ずぶのど素人に使わせる武器は作りたくない。って言うのが主張らしいのよね……」
「何で武器なんか作ってんだ……」
「私もそう思うけれど。何かを作る人って言うのは何処かしらそう言う所があるものだと思うわ」
「妥協点が高いのかねぇ……俺がお眼鏡に適うといいんだがな?」
一種の職人と言える人柄を聞き、コウキの口から飛び出た言葉にルクセリアはくすくすと静かで小さな笑い声を漏らす。
ゆらりと深海の様な長く豊かな髪を揺らして顔だけで振り返った彼女の表情はうっすらと笑みが浮かんでいる。軽い笑みながらも、絶対の自信を込めた彼女が発した言葉もまた、自信に満ちた言葉。
「心配する事ないわ。コウキがダメならここの新人傭兵は全員武器を作ってもらえないもの」
「自分の事でもないのに自信満々だなおい」
「あら、これは自信じゃなくて確定してる事よ?」
確信を込めて輝く切れ長の金色の瞳は、ぶらぶらと歩くに任せて揺れているコウキの両手に注がれている。
節が目立ち、剣ダコの上から更に剣ダコが重なり、硬質化した皮膚によって掌がゴツゴツとしているコウキの両手にじっと注がれ、彼女は不意に視線を緩めてコウキの顔を一瞥。
それを最後にふいっと前を向いた彼女の足は、迷う事なく遊郭区画に入り、夜へ向けて開店の準備や客引きの女性等が出てきている路地を、淡々と突き進む。
自分の家の中を歩いているような迷いのないルクセリアの後ろを、肩を竦めつつも着いて行くしかないコウキは、結局静かに案内されるに任せるしかないのだ。
路地という路地を抜けて、歩く事すら面倒臭くなる程にトバリ石が敷き詰められた床を踏み鳴らし、路地裏だろうと浮浪者や家のない者の姿すら見えない事にコウキが感嘆の息を吐く頃。ようやくルクセリアの足が止まる。
ここよ。と言う静かな声と共に、半歩先にある背中と黒く大きな翼が一度バサリと小さく羽ばたく様子を視界に入れてから、コウキの目がようやくルクセリアの視線を追う。
立て看板も吊り看板も何もない。看板らしき看板が存在せず、建築に使われる木材とトバリ石以外に、鉱石と思わしき金属がいたる所に使われている以外は何の変哲もない民家に見える。
違いと言えば普通の民家よりも窓が多い事と、建物に使われている金属の量が多い事。そして、一本大きく天に伸びた筒から、もうもうと煙が立ち上っている事位。
普通の民家よりは多めに設置された窓は全て開け放たれ、そこからは少しむわっとした熱量を感じ取る事が出来る。
室内の温度と外気温に差があるのだろう。ソレイユと言う季節柄、暖かい空気に包まれている外だが、それよりも少しばかり高い熱気が窓から漏れる。鍛冶屋だと知らなければ何が原因で熱気を感じられるのかすら理解出来ないだろう。
「これ……店やる気あんのか?」
「だから言ったでしょう? ずぶの素人に作る武器はないって言う人なのよ」
外観と建物の雰囲気的に、若干違和感のある民家にしか見えない建物を見上げ、呆れた様な視線と声をルクセリアに投げつける。しかし、ルクセリアは苦笑を漏らすだけで、その言葉に取り合う様子はない。
行きましょうか。声と共にルクセリアは躊躇なく開け放たれた窓に挟まれている木製のドアを躊躇なく押し開き、さっさと入口を潜ってしまう。
軽いブーツの音を残し、深海の様に深く青い豊かな髪を揺らす後ろ姿を視界に捉える。へいへい。返事と共にコウキも重たいブーツの音を響かせ、入口を潜る。
店内……と呼んでもいいのか怪しい店。正確には鍛冶師の工房と言った方が正しいのか、展示用の武器や防具などは一つも置かれていない。
空気を吹き込むような音。焼けた鉄が水に浸けられて発生する蒸気の独特の匂い。火が入った炉で炎を上げる高揚を感じずにはいられない音。そして、肌にひしひしと感じる熱。
簡素な木製カウンターだけがぽつんと正面にあり、その奥に広いスペースがある部屋にあるのはそれらだけ。
感覚を刺激するモノだけしか存在せず、視界に訴えかける実体を持った物が存在しない。
部屋の中だけ見れば、がらんとして物寂しい印象を与える部屋だが、感覚に訴えかけてくるモノが多く存在するこの場所で、ルクセリアは戸惑う事なくカウンターへ歩を進め、奥にあるスペースへと声を張り上げる。
張り上げるとは言っても、普段の静かで涼やかな声の中に、凛とした雰囲気が混じっただけ。それだけで彼女の声はよく通り、透明感と共に誰かへと届く。
「ターカス! いるんでしょう? わかってるから出てきなさいな!」
凛と張り上げた声と有無を言わさぬ言葉に反応したのか、カウンターの奥にある扉のない入口からのっそりと動く足音が聞こえ、姿を現したのは中年の人族。
長袖丈長の上下なのは鍛冶仕事を考えての事なのだろう。しかし、その生地は丸太の様な腕と足によって、サイズ的に殆ど余力を残していない。
肌に張り付くほどではないものの、布地に余力がない程に発達した胸筋が目を引き、次いで目に入る短く刈り上げた燃えるような赤毛。鋭く人を射る様な黒の瞳。太めの眉はその存在感をきっちり主張しながらも、凛々しい形を保たれている。鼻は少し大きめだが、しっかりと筋が通っているのがよくわかる。ゴツゴツとた輪郭に、薄いが大笑いすれば大きく広がるであろう口。
丸い耳が人族である事を表しているが、全体の雰囲気は鍛冶師と言うよりも傭兵と言った方がしっくりくる。
後頭部をボリボリと掻きながら、のっそりとカウンターの奥から出てきた男は、鋭く人を射る様な瞳でルクセリアを貫き、驚いた様に瞳を見開く。
驚愕と言ってもいい程に見開いた瞳でルクセリアを見るも、顎に生えた無精髭を煩わしそうに撫で付けるのはやめない。
「お、おい。何でルクセリアの嬢ちゃんがここにいるんだ。まさか武器の整備か? やめろやめろ。嬢ちゃんの剣を整備する腕は俺にはねぇよ」
「勝手に話を進めないでターカス。それより、一応私の方が年上なのだけれど?」
驚きに見開かれたターカスの瞳を、軽く睨み付ける様に金の瞳が動くが、それもどこ吹く風。ターカスは驚きから抜けた瞬間。がっはっは! と豪快に笑ってみせる。
カウンターに丸太の様な腕を置き、豪快な笑みはそのままに視線をルクセリアからコウキへと移す。
「人族換算で言やぁ二十四、五歳ってとこだろ? 嬢ちゃんでいーんだよ。で? こいつは?」
「全く……こっちの彼。コウキが今日ここに来た目的よ」
「あぁ? 武器を作れってか?」
「そうよ。彼、今日傭兵登録した所なんだけれど、いい素材があってね。丁度いいから武器を新調するのにここを教えたのよ」
事も無げにさらりと事情を説明するルクセリアに、ターカスは渋い顔を更に渋く歪ませる。
ふーっと鼻から吹き出す息は、呆れた様なため息にも聞こえる。実際そうなのだろうが。
カウンターに丸太の様な腕で頬杖を突き、ターカスの鋭い視線がコウキを頭のてっぺんから足のつま先までジロジロと観察する様に動く。
旅人然とした簡素な服装。編目も細かく、丈夫そうな材質で丁寧に作られた黒上下の長袖丈長のシャツとズボン。適切な位置に配置され、超至近距離での肉弾戦も考慮に入れた戦闘用ブーツ。武器や道具袋、素材袋と言った小物入れなどを吊り下げる事が可能な大き目のベルト。
全体のシルエットとしては細身であり、傭兵と言う職業を考えれば、線が細いと言ってもいい体型。輪郭はシャープで、精悍といってもいい顔つきだが、何より印象に残るのは黒曜石よりも鋭く輝く瞳。
何人もの傭兵を見てきたターカスの瞳が捉えたコウキは、全体で表すとそんな印象であり、腕を組んで二の腕を右手の指で軽くノックしつつ一定のリズムを刻むコウキと言う青年は違和感の塊だった。
一言で言うならばただただ変な存在。その一言。
長く経験を積んできた傭兵としての凄みと言うか、そこにいるだけであらゆる者を圧倒する存在感の様なものは感じられない。しかして、得体の知れない怖さの様なものは確かに持っている。
素人丸出しの雰囲気の癖に、妙に読めない雰囲気を纏うコウキは、今まで見てきたどの傭兵とも違う。言うなれば未知の塊と言ってもいい。
後頭部をがりがりと掻き毟り、ターカスはその丸太の様な腕を軽く目の前で振ってみせる。その表情は呆れと疲れが同居したような表情であり、呆れを多く宿した鋭い瞳をルクセリアへと向ける。
その瞳の中には非難の色すら宿っているように感じるが、ルクセリアはその視線を柳の如く受け流す。しかして言葉はそうはいかない。
「お嬢ちゃんよぉ……ずぶの素人の武器は作りたくねぇって俺言ったよな? それなら腕不足は理解してるが嬢ちゃんの武器を整備する方がまだマシな仕事ってもんだ」
「聞いているわ? 聞いているし知っている。その上で彼をここに連れてきたのよ? 私の目が信じられないと言うのならそれで構わないけれど……正直な話、貴方の腕で彼に相応しい武器を作れるとは思っていないわ」
「はぁん? 言うじゃねぇか……おい坊主」
挑発とも取れるルクセリアの鋭く静かな言葉に、ターカスの持つ威圧感が増大するが、それでも微塵も気にした様子はない。静かにターカスの前に立ち、胸の下で腕を組んでいるだけ。
闇の中に浮かぶ小さな太陽の様に輝きを放つ金色の瞳は引き絞られ、鋭く冷たく突き刺すような視線をターカスに投げ続ける。
意見を曲げようとしないルクセリアの様子に呆れたのか、ターカスの視線と言葉はルクセリアの半歩後ろにいる黒づくめの男――コウキへと向かう。
普通の新人傭兵ならば圧倒される程の視線を受ける中で、コウキの視線は全く別の方向を向いている。
それは、カウンター奥に一着だけ存在している赤と黒のロングコート。
扉のないカウンター奥の入口から僅かに覗くそのコートにコウキの視線は釘付けであり、カウンターの前に立った時からその一点を見つめている。
「おい坊主! 聞いてんのか!」
「……あ? あぁ、俺か、何だー? おっさん」
「お、おっさ……まぁ違いねぇけどよ……珍しい武器下げてるが、お前さんそれちゃんと使えんのか?」
「使えるか使えねぇかで聞かれれば使えるけどよ。んな事はどうでもいい。あれあれ! あれ売りもんなのか?」
「はぁ?」
カタナに視線を向けて、それを使えるかと言う疑問に軽く答えたコウキだが、その興味は既に別の所にあり、木製のカウンターが軋む程に掌を叩きつけるコウキが指差した方へとターカスの視線が移動。
勢いよく詰め寄ったコウキに対して、若干身を引きつつも、しっかりとカウンターの奥――工房の入口から少し見えている赤と黒のロングコートを捉えたターカス。
「ありゃあ売りもんじゃねぇよ。持ち込みの依頼の時に余った素材で作ったやつだ。まぁ、言っちまえば趣味だな」
「売ってくれ」
「だから売りもんじゃねぇって……」
「売ってくれ」
商品ではないと言い張るターカスに対し、カウンター越しから睨みつける勢いで詰め寄るコウキ。
あまりの執着ぶりに、ターカスの方が身を引く勢いだが、そのコウキの体がぐいっと後ろへと下げられる。邪魔をするなと言っている様なコウキの鋭い視線の先にいたのは勿論ルクセリアである。
彼女のしなやかな腕は、確かにコウキの首根っこをしっかりと掴み、美しい彼女の表情は眉がハの字にひん曲がっている。その表情が伝えるのは言葉よりも雄弁な諦観。
瞳を閉じて、自ら眉間をぐいぐいと揉み込むルクセリア。発した言葉は当然、遠まわしな叱責の言葉。
「貴方はここに、何をしに、来たのかしら?」
「武器作りに来たに決まってんだろ。離せ」
「ダメよ。武器が欲しいって言うから案内したのに、貴方全く違う所見てるじゃないの」
「欲しい物がもう一つ増えるくらいいいじゃねぇか。離せ」
「ダメよ! それは構わないけど、目的を履き違えないでって言ってるの!」
「チッ……つーわけだ。おっさん。カタナ打ってくれ。あとあれ売ってくれ」
舌打ちと共に向けていた視線をターカスへと戻すコウキだが、未だ首根っこはルクセリアに掴まれたままだ。
あまりと言えばあまりに投げやりなコウキの言葉に、後ろでコウキの首根っこを掴んでいるルクセリアは嘆息。しかもここまでされても未だコートを諦めた様子が全くない。
超一流の傭兵として名高いルクセリアがこの様な喜劇を披露するのも見物ではあるが、それよりもカウンターの中で目元を震わせるターカスが気になったのは、ここまでしてルクセリアと言う傭兵が入れ込む新人傭兵。
頭痛を我慢している様なルクセリアと真剣味の感じられないコウキと言う二人組のコンビだが、今の今までルクセリアが特定の誰かと組む事はなかったと言うのは有名な話。
実力のある傭兵などほんのひと握りの存在であり、目に付く様な明らかに実力者だと言い切れる傭兵は、片っ端から国に抱え込まれるのが基本だ。
実力のある者は傭兵ではなく、国に従属する事が多く、実力を付けた者がそのまま傭兵と言う身分に収まる事は珍しい。
理由は簡単だ。命の危険が少ないから。これに尽きる。
故に、ルクセリア程の傭兵が組む者は、どうしても彼女の力について行けない事が殆どであり、今まで彼女が一人だったのはそれも理由の一つだ。
孤高の超一流傭兵ルクセリアが見初めた新人。
呆れを宿したターカスの視線が、今一度突き刺すような視線をコウキを睨むかの如く巡らせ、腰に下げられている布に包まれた物体を目に入れる。
道具袋にしては明らかに大きすぎる上に、ベルトに吊り下げる事自体が不釣り合いな大きさ。
「おい坊主。そりゃなんだ?」
言葉と共に丸太の様な腕から伸びる節が目立つ指が、コウキの腰に下げてある布に包まれた物を指差す。
何の変哲もない布に包まれている上に、明らかに大きすぎる物体を指差すターカスに対し、ルクセリアの拘束から無理矢理抜け出したコウキ。
改めてターカスに向ける視線は、やはり鋭く輝いている。
にやりと笑みを浮かべ、これか? と勿体つける様にゆっくりと、括っていた布の結び目を解き、カウンターへと無造作に置く。
明らかに大きな重量と硬質感を感じさせる音が、木製のカウンターからあがり、にやりと笑みを浮かべたまま顎を軽くしゃくって見てみろと催促。
自信を宿した笑みに、舌打ちをしつつもターカスの手は、カウンターに置かれたそれに伸びる。
「……おいおい坊主。こんなもん何処で手に入れたんだ? 嬢ちゃんから貰ったのか?」
「何で私が高値の素材をコウキにわざわざあげないとならないのかさっぱりわからないわ」
そこまで面倒見は良くないわ。と両手を広げて肩を竦めてみせるルクセリア。
ターカスの目の前にあったのは大きく大量にある金属塊。鋼よりもくすんだ色で、灰色と言ってもいい鉱石だが、含まれる不純物は少なく、この色が元々この鉱石が持つ色だという事をターカスは知っている。
確かな光沢を放ち、鈍く灰色に輝くその素材を、鍛冶師であるターカスが知らない訳がない。
個体数がそれほど多いわけでなく、運良く見つけてもその魔獣自体が強力な魔獣であり、この辺りの傭兵では狩る事も難しい。
故にこの鉱石は常に品薄状態で、傭兵ギルドの中でも在庫があるのが珍しい方。よしんば買えたとしても相当な値段が提示される鉱石であり、ターカスも実際にこの鉱石を見た回数はそれほど多くない。
鋼より硬く、それでいて鋼より軽い。そしてなによりこの鉱石の特徴は、そのしなやかさだ。硬さと柔軟性。その二点において、この辺りでは他の追随を許さない程に上質な鉱石。
生体鉱石ヘヴィバイド。それがこの鉱石の名前だ。
生体鉱石とは、生物から取れる鉱石の総称であり、このヘヴィバイドは数ある生体鉱石の中では比較的下位に近いものだが、この辺りではこの鉱石しか生体鉱石はない。
その特徴は、採掘で取れる鉱石よりも柔軟性が総じて高いという点にある。生物から取れる鉱石だからなのか、柔軟性に富んだその鉱石は、傭兵の装備。主に武器に対してよく使われる。
「俺が狩ったに決まってんだろ」
「お前が……?」
事も無げに言い放ち、肩まで竦めてみせるコウキ。
自然とターカスの視線はルクセリアへと向くが、そのルクセリアも肩を竦めて見せ、小さく笑みを浮かべる。
「残念ながら本当よ」
「マジかよ……ちょっと手見せてみろ」
「はぁ? まぁいいけどよ……ほら」
唐突なターカスの言葉に、眉を歪めつつも比較的素直に掌をカウンターの上に晒してみせる。
ばらりと開かれたコウキの掌をターカスの鋭い瞳が射抜くが、その目元がぴくりと震えて、驚愕を閉じ込めた瞳へと変貌するまでそう時間は掛からなかった。
全体的に細身なシルエットとは裏腹に、硬質化した皮膚。節が目立つ指。剣ダコの上から剣ダコが重なり、もう治る事のない凸凹の掌。
明らかに剣士の両手であり、新人の傭兵が持つ手ではない。
傭兵としての実力は手を見ればすぐにわかると言われている。傭兵として厳しい経験を積み、死線を潜り抜け、その先に出る結果が掌に誤魔化される事なく現れる。
勿論、傭兵になる以前に経験を積んでいる者もいるが、コウキの掌はただただ強さだけを求めた結果出来上がった。言わば武人の掌と言ってもいい。
(なるほど……嬢ちゃんが入れ込む訳だ)
傭兵になったばかりだと言うコウキが纏う違和感。それが今ハッキリとターカスの中で答えが出た。
死線を潜り抜け、様々な経験を経て、人間としての存在感や凄みと言ったものを感じられるのが一流の傭兵だとする。そこへ行くとコウキは新米傭兵の雰囲気を纏いつつも、感じる違和感。敵に回してはいけない怖さは、コウキの中に根付く武人としての雰囲気だと言える。
今までコウキは、傭兵ではなく武人だったと言う訳だ。
「……いいぜ。武器を作ろう。ついでにあのコートも売ってやる」
「お、マジか。そりゃ助かる」
「だが。武器に不満があっても文句なしだ。それでいいな?」
「おう、壊れちまったから新しいのが欲しかっただけだしな」
「最初に言っておくが、嬢ちゃんが言った様に俺の腕じゃあお前が満足するような武器は作れそうもねぇ。その詫びとしてあれを付けるって事だ」
そう言ってターカスが吐いたため息は、紛れもない自嘲を含んだため息。
鍛冶師にとって、自らが作る武器を腕のいい使い手が使うと言う事は何者にも勝る光栄だ。反面、その使い手の腕に見合うだけの武器が作れない事は、何者にも勝る屈辱。
しかし、その屈辱を押し退けても鍛冶師としての欲求には勝てない。ターカスはそう言う男だ。
カウンターの奥へと引っ込み、コート掛けに掛けてあった赤と黒のロングコートを引っ掴み、カウンター越しからコウキへと放り投げる。
「代金は武器が出来上がってからで構わねぇ」
「おぉマジか。助かるぜおっさん!」
投げられたコートをしっかりと掴み、薄く笑みを浮かべたコウキはベルトを外し、ふぁさりとコートに袖を通す。
大部分は赤い色でワンポイントとして随所に黒が使われている膝丈程のロングコート。その上からベルトを巻きつける。
赤と黒と言う二色で形成されたコウキの姿は、新米傭兵と言い切るには物々しい姿だ。コートの生地も魔獣の素材が使われており、それなりの防御力が期待出来る。
赤い生地の袖を撫で付けるコウキだが、おっと思い出した様に短い声を上げると、ベルトから一本カタナを外しカウンターの上に。
柄巻きは擦れに擦れて解れている箇所があったり、鍔には幾つも傷がついている。鞘にさえ細かい傷が幾つも存在しており、使い込まれたカタナだと言う事が一目でわかる。
ターカスの目の前に存在しているカタナは、そう言うカタナだ。無名で、製作者の魂は籠ってはいない。しかし、使い手によってしっかりと魂が込められている。
作られるまでよりも、使い手の手に渡ってからからの重い歴史を抱えたカタナを、ターカスは慎重に手に取る。しかし、その表情にはまず驚愕。そして困惑。
「何だ? 異常に軽……何だこりゃ!?」
手に持った重量の軽さに驚愕し、疑問を感じた所で柄に手を掛け、一気に抜き去る。そして戻ってくる驚愕の表情。いや、今回は表情だけではなく、言葉にもそれが宿っている。
確かに目の前に広がる光景に、ターカスの口はあんぐりと開かれ、双眸も大きく見開かれており、どれほどの驚愕を感じているか、外からでもある程度は想像がついてしまう。
赤毛を短く刈った鍛冶師。堅牢とも言える体躯を持った彼が、愕然としたような表情を浮かべる様子に、コウキは余程その光景が面白かったのか、床を転げ回り馬鹿みたいに笑い声を上げる。
遠慮のない馬鹿笑いを披露するコウキとは対象的だが、しっかりと口元を押さえて目線をターカスに合わせない様に逸らし、全身を震わせるルクセリアも、笑いを噛み殺してはいるが、ターカスが面白かったらしい。
折り畳んだ黒く大きな羽や横長に尖った青い耳がピククッと震え、頬や耳の青い肌は我慢しているから血色が良くなっており、いつそれが決壊してもおかしくない。
「おい、お前ら……」
「だっひゃっひゃっひゃっひゃっ!」
「……ッ! ……ッ!」
笑いのツボに入ってしまった二人にターカスが威嚇する様に低い声を上げるが、それが更に刺激となったのか、コウキは更にげらげらと笑い転げ、四つん這いで這い蹲りつつ、掌を木製の床に強く何度も打ち付ける。乾いた音が何度も響き渡るが、コウキの笑い声が止む事はもちろんない。
ルクセリアはルクセリアで、耳や翼の震えが更に大きくなり、遂にはお腹が引き攣っているのか、丸出しのお腹に手を当て、背を丸めて耐える体勢を作ってしまう。
今現在手の付けられない状態になっている二人に嘆息したターカスは、今一度その鋭い瞳を目の前の柄へと向ける。
本来ならば鈍く鋼色に輝く刃がそこに存在し、空間を二つに切断してしまうかのような存在感を放っているはずだが、それが根元から存在しない。
刃があるはずであった虚空を睨み付け、その視線を笑い転げるコウキへと向けるが、正に抱腹絶倒と言ってもいいコウキを見ていると、技量不足で壊したとしか思えない。
はぁ……と一つ息を吐くターカス。
「もういいから。で? これどうしたんだ?」
「ふっ……ふっ……はぁ~、ちょ、ちょっと待って。い、今落ち着くから……んんっ。こほん」
柄だけになったカタナを掲げてみせて問うターカスに答えたのは、抱腹絶倒状態のコウキではなく、背を丸めつつも片手を上げて、裏返った声で静止を掛けるルクセリア。
裏返った声を整えつつ、軽く咳払い。ちらりと見える尖った犬歯が艶かしく映り、同時に見える紫の小さな舌が、彼女が人族でない事を主張する。同時に途方もない色気を感じさせる要因でもあるが、今のターカスにとって重要なのはそのような事ではない。
咳払いの後、幾分か落ち着いたのか、ルクセリアの小さな唇から紡がれるのはいつも通り。波風を立てる事のない水面の様な静かな声だ。
「それ、コウキがやったのよ。私はその現場を見てはいないけれど。状況から察するに刀身がバラバラに粉砕したみたいね」
「……はぁ? 粉砕? 根元から折ったんじゃねぇのか?」
「この人こんな人だけれど、腕は確かなの」
四つん這いで床を叩くコウキを、ルクセリアが呆れた様な表情で指差すが、その時には大分落ち着いてきたのか、荒い吐息を吐きつつも笑い声を上げる事はない。
「状況的にはそうとしか思えないのよ。刃の破片らしき金属片が幾つも散らばっていたし」
「……にわかには信じられねぇが。おい坊主。ほんとなのか?」
はー、笑った笑ったと立ち直ったのか、四つん這い状態から起立したコウキに、低い声で問い掛けるターカスだが、勿論その返答は是である。
軽く頷いてみせるコウキに、嘘をついている雰囲気はない。そもそも嘘をつく必要性も利益もない。むしろその様な嘘をついた所で、害にしかならない。
実力を過大評価されるのは、傭兵にとって……いや、命のやり取りをする者にとって害にしかならない。傭兵を志し、今まで負け続けてきたコウキだ。そんな事は十分に理解出来ている。
「あぁ、見事にバラバラ。もうどうしようもねぇくらい見事に粉砕した」
「……本当に折ったんじゃねぇのか?」
「しつけぇぞ、おっさん。そりゃ多少無茶なのぶっぱなしたけどな」
軽く肩を竦めてみせるコウキに、ターカスが思わず不審げな視線を向けてしまうのも仕方がない。しかし、そんなターカスとは違い、ルクセリアは実際起こった惨状を見た故か、多少……? あれで? 等と形の整った顎にしなやかな指を当てて一人小首を傾げている。
通常刀剣類の破損と言えば、刃の一部が欠ける。もしくは技量不足。判断力不足で力任せに武器を扱い、その結果刃を折ってしまうと言ったものが主だ。稀に柄を握り潰してしまった。刃が抜けて飛んで行った等と言った呆れより先に笑いが起きてしまうような破損があったりするが、ここでは関係がない。
その他に使用出来なくなってしまう例として、整備不足による切れ味の低下、刃の錆び等がある。
しかし、長く鍛冶師をやってきたターカスでも、刀身がバラバラに破砕したと言う話を聞いたのは初めてであり、驚きよりも信じられない気持ちの方が強い。
そして、コウキはこの砕けた刃でヘヴィバイドを倒したと言う話。それはつまり、刃が砕け散った原因は、使い手の技量不足ではなく、武器が使い手に全くついていけていない事が原因。
武器が武器として機能している内に魔獣を倒し、武器としての役目を終えた瞬間にバラバラに破砕した。状況と話を総合して考えればそういう事であり、やはり原因は武器の強度不足。
その結果に行き着いたターカスは、本人が意識するよりも先に薄い笑みを浮かべ、刀身がない柄を持ったまま全身をぶるりと震わせる。
「いいな。いいなお前。これは是が非でも俺の作った武器を握ってもらいてぇ」
うっすらと浮かぶ笑み。柄を持った手や、全身が僅かに震える。全身で表した感情をそのまま声に出したようなターカスの言葉に、にっと笑みで答えてみせるコウキ。
間違いなく、最近見る新米傭兵の中でも飛び抜けた技量を持つ武人として、ターカスがコウキの事を認めた瞬間だった。
「コイツはどれだけ使ってもいいのか?」
「まぁいいけどよ。それと同じサイズのカタナ二本と……あとコイツも作れるか?」
素材の使用量の目安を聞くターカスの瞳は、柄にもなく新しい玩具を前にした子供の様な輝きを放っている。
構わないと頷いて見せるコウキの注文は、カタナ二本。そして、ターカスの目の前に掲げられた一組の手甲。
しかし、掲げられた鋼鉄製の手甲を見たターカスの眉はハの字に歪み、眉間に皺が刻まれる。正しく苦虫を噛み潰した様な、と言える表情にコウキは疑問。そして困惑。
包まれていた布を剥がされ、一つ一つが大きくゴロゴロと大量に転がった灰色に輝く鉱石がカウンターの上に転がっているのを見て取る。
量が足りない。等と言う事はないはずだ。カタナを二本打った程度でなくなる程の量ではないのは確かだ。
既に表情で、無理だ。と伝えているターカスに声を上げたのは、鉱石を手に取り、ふーむ? と首を傾げているコウキではなく、純粋な疑問を声に乗せたルクセリアだ。
「作れないって顔ね? 量が足りないわけじゃないんでしょう?」
「あぁ、量は十分だし目立った破損はないから全て使える。でもな。問題はそこじゃねぇんだよ」
「と言うと……どういう事かしら?」
「単純なこった。作れねぇんだよ。作り方すら知らねぇ」
あっけらかんと、だが悔しそうに言葉を紡ぐターカスに、ルクセリアの責める様に引き絞られた金色の瞳が突き刺さる。
しかし、ターカスから返ってくるのは、無理なものは無理だ。と言うきっぱりとした返答だけ。
「別に貴方に無理に頼もうと思っているわけじゃないのよ?」
「脅しても無駄。そもそもこの王都にそれを作れる奴はいねぇよ」
「はぁ?」
「これってそんなすげーモンなのか?」
「いや、物自体は大したもんじゃねぇ。使われてるのは普通の鉱石だ」
なら何でだ? と問い掛ける様なコウキの鋭い瞳に、ターカスは小さく嘆息。
自らの技量不足による憤りを押し込めている声は、鍛冶師としてのプライドを傷つけられたと如実に語っている。
「その手甲。防具としての篭手とは違うだろ?」
「あぁ、まぁ攻撃にも使えるな」
「そこなんだよな……特殊な機構を使った手甲。攻撃を受ける為ではなく、受け流して反撃するための物だ。防具として作られる篭手とは訳が違う」
「つまり?」
ルクセリアの軽い問いかけに、つまりはだ! と力強く言葉を発すると同時に、苛立ちを我慢するかの如く刈り上げられた真紅の髪をガリガリと掻き毟る。
「その手甲は特殊な細工がしてある手甲でな。篭手ではなく手甲となればスオウでしか作れねぇんだよ。作る技術がそこにしかねぇんだ」
「ふぅん……何でコウキがそんな貴重と言うか、珍しい物を持っているのかしら?」
「あ? あー、俺の両親が元々はスオウ出身だからじゃね? 家にあったのを俺が勝手に使ってんだ」
元々はカタナもスオウが発祥であり、世界を駆ける傭兵や国の騎士団などに需要がある事から、スオウからカタナ鍛冶と呼ばれる職人達がスオウから他国へと出て行った。故にカタナは世界に広まり、それに付随する様にしてカタナを打てる鍛冶師も増えていったのだ。
しかし、手甲となれば話は別で、武器よりも防具寄りの位置にある手甲は、カタナほど広まる事はなく、未だにその技術はスオウから出てはいない。
鉱石によって形取られた四角の装甲が幾重にも重なり、手首から先は装甲が存在しない。しかし、スオウの手甲はそれで終わりではない。それだけならばよく使われている篭手と同じ。いや、露出している部分があるだけ手甲の方が防具としては欠陥品だ。
それを補うのが、ターカスの言った細工だ。装甲が重なった鋼鉄板の下には、衝撃吸収材を幾つか挟み、腕が直接当たる部分には魔獣の皮が採用されている。
手首を少し動かし、拳を握り込むと、手首までで終わっていた鋼鉄板の下から、新たに手首から手の甲を覆う程の鋼鉄板がせり出してくる。
これにより、刃を手の甲から伸びる鋼鉄板の鱗を伝う様にして、流す事が出来る。そして、打撃の際には拳より少し先に伸びた鋼鉄板がある程度拳を保護してくれる。
便利な武器であり防具であるのだが、広まらなかった理由はただ一つ。カタナ以上に体術の技術がいるからである。手甲と言う物は使い手に要求する技量が途方もなく高い武器であり、防具な訳だ。
大陸中。いや、世界中探しても使用者が圧倒的に少ないであろう手甲を装着し、使い込まれて細かい傷が幾つも付いているそれを撫でるコウキの表情は何かを懐かしむような、穏やかな表情。
それだけで手甲に込められた想いを察する事が出来る。そうか……と少しバツが悪そうに俯くターカス。
直接その話を聞いた事はなかったが、ルクセリアも今のコウキの様子で正確に察したのか、言葉を紡ぐ事なくただ視線を下げる。
「だったら何で変えようとする? 形見なんだろ?」
「形見だから変えんだよ。親父もお袋ももういねぇ。だから思い出だの何だのに縛られて死んでやるのはごめんだ」
「……そうかもしれないわね」
両親の形見を捨ててでも死んでやらないと言い切るコウキに、ルクセリアは小さく息をつくが、その瞳の色は責める様な色ではない。
コウキの考えに完全賛同と言う色でもなく、何処かもういない人物をコウキに重ね合わせているかの様な、そんな瞳だ。
撫で付けていた手甲から手を外し、にっと笑みを浮かべて、バツが悪そうなターカスを見据える。
黒曜石よりもなお鋭く輝く黒の瞳は曇ってはいない。未来を見据えて自分を見据える強い意志を宿した瞳。しかし、発する声は低くも軽い調子。
「ま、作れねぇんならいいや。またスオウに寄った時にでも作ってもらうさ」
「おぅ、わりぃな。そうしてくれ」
「金は確か出来た時でいいんだよな?」
「あぁ、それで構わねぇ。打ってやるんじゃなくて、どっちかっつーと打たせてもらう側だしな」
「そーかい。んじゃ頼むわおっさん」
「おう、任せとけ。まぁ、ざっと見積もって十日前後って所か。その辺りにちょくちょく顔出してくれ」
あいよー。と声を上げ、手を挙げたままくるりと踵を返し、赤と黒のコートの裾をはためかせ、コウキは工房の出口を潜る。
それに続くルクセリアは、何かを考えていたのか少しいつもの足取りとは違う様子で、コウキの背を追いかけて自らも外へ。
重いブーツと軽いブーツ。二つの音が去っていき、一気に沈黙が舞い降りた工房の中で、ターカスはにやりと静かに笑みを浮かべる。
「ひっさびさに面白れぇ仕事だ! 我慢できねぇ。今から取り掛かるぜ!」
一人静かな工房の中で声を張り上げるターカスは、突然舞い込んできた仕事に喜色を隠しきれず、目の前に存在する灰色の鈍い光を放つ鉱石をかき集める。
ごとごとと音を立てながらかき集められたそれを、ふんっ! と喝の入った声を張り上げ一気に持ち上げ、どたばたと工房の中へと入っていく。
熱気と独特の匂い。そして炉に入った火の音が迎える工房で、ターカス曰く面白い仕事が始まった。
工房の外に出たコウキの耳には、しっかりとターカスの張り上げた声が耳に入っており、それに釣られるようにして口角を引き上げ、にやりと笑みを浮かべる。
既に瞳を刺し貫くような眩しい光はなりを潜めており、大分傾いた日差しが赤く妖しく、それでいて柔らかく優しくも見える夕暮れの光が、コウキの黒の瞳を赤く輝かせる。
不遜で粗野で無駄に自信の溢れたいつもの笑み。ルクセリアにとっては、ようやく見慣れてきたコウキのいつもの笑みだが、その雰囲気はどことなく楽しんでいる空気。
同じ様に赤く輝く金色の瞳でコウキを盗み見る様に、横目で視線を投げるルクセリアにはそう見えた。
「もしかして今、貴方は楽しい、のかしら?」
「あ?」
鍛冶工房の前でコウキの隣に並んだルクセリアからの疑問。いや、確認と言うべき言葉。その声は少し自信なさげではあるが、彼女の言葉に不思議そうに鋭い瞳を丸くしてルクセリアへと視線を送る。
しかし、すぐさまその表情は消えてなくなり、先程まで浮かべていた笑みが舞い戻り、その視線は鋭く、夕日に照らされた街中。その更に先の城壁すら越えて大陸全てを見渡す程の輝きが込められている。
赤と黒のロングコートにあるポケットに両手を突っ込み、世界の果てまで見渡したいと如実に語る瞳を持つコウキは、正に楽しくて仕方がない。そう言わんばかりの表情。
そしてその表情が持つ楽しいと言う感情。それはルクセリアが今まで感じた事のない感情を、コウキが持っているのは明らかで、コウキを見るルクセリアの視線は、少し眩しさを感じている視線。
「あぁ、楽しいな。今まで出来なかった事が出来てよ。やりたいと思った事が迷い無く出来んだ。やりたい事が尽きねぇ。まだまだ始まったばっかだけどな。楽しくて楽しくて仕方ねぇ」
「そう……少し、貴方が羨ましいわ。私は楽しかった事なんて殆どなかったもの」
まだ始まったばかり。広がったばかりの自分の世界で、先に何が起こるのかわからない。世界の汚さ暗さを知らない。しかし、それでもこれから先絶対に楽しい。そう笑みを浮かべて言い切るコウキの表情。
太陽が作り出す光にも負けない程に眩しく、自信に満ち溢れ、不遜に粗野に笑うコウキ。しかしてその表情はルクセリアには眩しすぎたのか、視線を逸らす意味も込めて少し俯いた彼女の口から出たのは、静かではなく冷たい声音。
住んでいた所を飛び出し、世界を歩き、世界を知り、それでも楽しい事はなくて、辛く苦しい事ばかりが目の前に横たわる。冷たく、暗く、ルクセリアは言い切る。
何も聞こえない様に横長に尖った青の耳を垂れ下げて、体を守る様に小さく震える大きく黒い翼で覆い隠す。
ふとしたきっかけで開いてしまった自己の胸にあった扉。それを開いた時、澄んだ金色の瞳は世界の汚濁に飲み込まれたような濁った金色へと変化し、世界に怯える様に瞳を揺らす。
楽しい事を探して世界を一人歩いてきた彼女。その根底にあるのが今のルクセリアの姿なのかもしれない。
それでも彼女の心を覆っている物の一部でしかないだろう。何を隠し何に怯え何を思って世界を歩いてきたのか、先を見据えて鋭く輝く瞳を持ったコウキには理解出来ない事だ。
いつかその心の中にあるものを全て見られる日が来るのかもしれない。しかし、それは今ではなく、例えそんな日が訪れたとしても、コウキが浮かべる表情は変わらない。
自信に満ち溢れ、不遜で粗野な、にぃっとした不敵と言えるそんな笑み。
俯くルクセリアには見えていないが、吐露された心の内。その一部を見て、なおコウキはその笑みを浮かべるのだ。
「なぁ。お前が俺に着いてくるっつったのは何でだ?」
「それは……興味があったからよ。貴方と言う存在に。それに、私が知ってる人に少し、似てたのよ」
低くそれでいて弾む様なコウキの言葉に、視線を上げたルクセリアが見たのは、夕暮れの赤い日差しの中で、にぃっと不敵に笑みを浮かべるコウキの姿。
自信に満ちた笑みは、しっかりと濁った金色の瞳を見返している。逸らす事などしない。ただその奥を見通す様に、悠然と読めない不敵な笑みを浮かべて受け止めるだけ。
「だったらお前のその目を信じろ。これから楽しくなる。だからお前も楽しさを感じられる様になれ。ルクセリア」
「私には……無理よ。きっと」
しっかりとルクセリアの濁った金色の瞳を受け止める様に笑みを浮かべて見せるコウキだが、そんなコウキの姿からも、ルクセリアは視線を逸らす。
ふっと小さく息を吐くコウキの様子に、小さく身を震わせるルクセリア。今までの経験から、ルクセリアを前にしてこう言う態度を取る時は、ルクセリアに相手が呆れた時だと彼女自身が知っている。
「そうだな。無理かもしれねぇな」
「そうよ。無理だわ……だって私の手は何も掴めないもの……」
「だがかんけーねぇ。あぁ、かんけーねぇ。何故なら俺は既にお前の手を取ったからな」
「ちょ、ちょっと!」
視線を逸らし、小さく身を震わせて、また俯こうとするルクセリアに、関係ないと言い切ったコウキは、笑みを浮かべたまま自らの隣で震えているしなやかなで綺麗な青い手を力強く握り締める。
俯きかけたルクセリアは、その唐突なまでのコウキの行動に狼狽え、わたわたと慌てる彼女の頬は薄く色付きながらも、その視線は俯く事なく、またコウキを見上げる。
不意打ちの如く手を握られた事に慌てたのか、反射的に振り解こうと動く。しかし、それは解ける事はなく、しっかりとコウキの手の中に一回り小さなルクセリアの手がしっかりと収まっている。
にっと笑みを浮かべたまま握り締めたルクセリアの手を、彼女の目の前に掲げてみせる。珍しく慌てる彼女の瞳は、そんな彼女の姿を面白がるコウキの顔付近をうろちょろと彷徨う。
コウキの顔を直視出来ず、うろちょろと視線を彷徨わせるルクセリアの瞳は、既に濁ってはいない。
満足そうに何度か頷くコウキは、やはり力強く言葉を紡ぐのだ。自信と期待に満ちた声で。
「お前が掴めなきゃ俺が掴んでやる。そして俺はお前の手を握った。だったら俺は一度掴んだものを離さねぇよ」
不敵に不遜に粗野に笑みを浮かべたコウキが言い切る言葉に、ルクセリアの表情には狐に抓まれた様な驚きに見開かれた金色の瞳がある。
そして後には力が抜けた様に、初めて彼女は穏やかな微笑みを浮かべるのだ。
「そう……離してくれないんじゃあ、仕方がないのかしら?」
「あぁ、仕方ねぇ」
「そう、仕方ないのね」
「あぁ」
「すぅ……はぁ……じゃあ、仕方がないから明日の話をしましょう?」
「ははっ、おう」
強引と言えば強引なコウキに、顔を上げたルクセリアの瞳に濁りはなく、いつも通りの澄んだ金色の瞳が存在し、夕日が赤く染め上げる城下町へと視線を向けた彼女の表情は、穏やかに静かに笑みを浮かべていた。
そんな彼女に軽く答えるコウキの顔にもまた、笑みが浮かんでいる。
話す内容は他愛もないもので、明日の予定をどうするか? と言うものだ。明日に希望を持てる者だけが交わせる会話だという事に、ルクセリアは気がついているのか。それは誰にもわからないが、ただ言える事は、彼女が今コウキの隣で笑っていると言う事実がある事だけ。
彼女の抱えるものが全てわかった訳ではないし、その抱えた物を下ろせた訳でも、コウキが代わりに背負った訳でもない。
抱える物は未だ多くあれど、ルクセリア・ケッフェンヘルトは今現在、しっかりと笑みを浮かべていたのだ。
何も掴む事はない。そう言った彼女の手は、今度こそ何かを掴めるのか、それは誰にも分からない事。しかしそれでも、彼女はようやく手を伸ばそうとしているのかもしれない。何も掴めなかった手を、今度こそ何かが掴める様にと。
はい、こんばんわ! あっくすぼんばーです。
中々更新が遅いですね。話の進みも遅いですね。それはデフォルトでした。
ようやく少しだけ書けました。何を? ルクセリアさんの魅力の一端です。最早お気付きの人もいらっしゃるかもしれませんが……彼女実は、相当な……いえ、やめておきましょう。
実際に書いて、見て貰った方が楽しみも倍増だと思いますので。いえいえ、言うのが面倒くさくなった訳じゃないです。ほんとです。
ネタバレいくないと思っただけです。ほんとです。
実は相当な……何なのか? それはこれからの彼女に注目していただければと思います。
ではでは、雑談をば。
いよいよ三月ですね……何がいよいよか?
そうですね? DIVA -F- 2nd発売ですね?
もうですね、楽しみすぎてですね。ミクさんが可愛すぎてですね。もうどうしようかと思うくらい可愛いです。
音ゲー自体は下手くそ極まってますけど^^
いいんです。ゲームは愛情ですから。上手くなりたいけど。愛情ですから(真顔)
ではでは、思ってた事も話題に挙げられたし、今日はここまでと言う事で。
あっくすぼんばーでした! また次のお話でお会いしましょう!