第五話(10)
「観客がどんな話を聞きつけてきたかは知らないが、教授陣には実戦を模した練習試合として話を通してある。言うなれば、卒業を控えた総代表による後進育成、後輩に胸を貸すといったところかな」
ずいぶんと綺麗な言葉で飾ったらしい。そんな気さらさらないだろうに。
「小難しいルールは不要だろう。審判はいない。時間制限もない。その他、戦闘に用いる手段・武器など一切問わない。勝敗は、きみが負けを認めるか、戦闘不能になった時点で――」
「あんたが、な」
「……あまりつまらない意地を張らない方がいいと思うけど」
カイルはそこで言葉を切って、地面から剣を抜き、切っ先を俺に向けて構える。シュナの愛剣【獄炎】と比べれば、ひとまわり――いやふたまわりは小さいだろうか、意外にも目立った装飾のないありふれた作りの両刃の剣だ。
あれは学園が保有している魔器のひとつだろう。私物を持ち出してこないあたり、本気ではないということか。
「不服はないということでいいかな」
「つまりは、すべて自己責任、なんでもありの喧嘩だろう。わかりやすくていい」
腰に下げた【飆牙】に手を添える。小うるさい相棒は沈黙したまま。あまり積極的に力を貸す気はないらしいが、拒絶されることもなかった。問題ない、風が俺を拒むはずがない。
「僕としてはせめて試合の体をなしてもらわないと困ると言ってるんだよ。なにを頼ってでもね」
カイルの視線が鋭く尖り、俺の手元を憎々しげに見据える。
なんだ? 俺を敵視しているというよりも、まるで【飆牙】を忌避しているかのような――。
眉をひそめた瞬間、カイルの唇が薄く開かれる。静かに息を吸い、小声でなにか呟くと同時に、カイルの足元を中心に巨大な円を描いて燐光を纏った魔術式が一気に広がっていく。
円が俺の下を通過した瞬間、風を感じる。わずかに痺れるような感触がして、周りの雑音が連れ去られ、そのまま遠く吹き飛ばされていった。
わずかに遅れて頭上高くから降ってきた錠前が閉まるような音を聞き、FDに組み込まれた古い術式が作動したことを察する。
観覧席とフィールドを隔てる、ドーム状をした不可視の魔術障壁だ。存在は知られているが、普段はあまり使用されていない。理由は単純。古い術式というものは強力な反面、癖が強く、起動方法が面倒な上、燃費が悪いからだ。
なるほど、さっきまでの姿勢はこの下準備か。
「念のため外野の介入防止と保護を兼ねて隔壁を張らせてもらった。このくらいのハンデはあってしかるべきだろう?」
いまの発動にどれだけの魔力を消耗したかは知らないが、ほぼ無詠唱で大規模な魔術を起動しておきながら、涼しい顔で剣を構えるカイルが、魔術師として一流の才能を持っていることは疑いようもない。
ベッカ曰く、徹底した効率主義で初中級魔術の応用を好むとはいえ、当然ながら上級魔術の類を使えないわけじゃない。
剣士としての実力は未知数、とはいえ。
まともにやって俺に勝ち目はない。わかっている。
ふと蘇りかけたベッカの言葉を、かぶりを振って打ち払う。考えるな。今は、なにも。
「それじゃ、はじめようか。どこからでもどうぞ」




