第五話(11)
言ったきり動く気配のないカイルと目を合わせ、【飆牙】の柄を硬く握る。
カイルは騎士の規範のような構えを崩さず、ただ待っているように見えるが、相手は魔術師だ。まして、基礎魔術の類であれば次から次へと無詠唱で高速展開できるだけの実力を備えているのだから、時間を与えれば与えただけ不利になる。
上位の魔術師が本気で省略した初級魔術には、発動の予兆がほとんどない。どこからともなく浮かび上がった魔術式を読んで、ようやく内容がわかるようなものだ。強いていうなら、込められた力が強いほど強く輝き、魔術式の広がりは影響範囲の大きさに準じる特徴があるが、もちろん誤魔化しだってきく。
もしかすると既に補助魔術を重ねられているかもしれないが、素の速度では俺の方が上回っているはずだ。
……こちらからしかけるしかない。
加速しながら抜刀し、一気に距離を詰める。
正面から打ち込む隙がないなら、追いつけない速さで回り込むまで。
通り過ぎざまに身体を反転し、カイルの左斜め後方から斬り込もうとした瞬間、パチッと耳元で爆ぜるような音がした。
とっさに【飆牙】を握ったまま両手を地について身を伏せると、ついさっきまで俺の頭があった高さに閃光が走る。
一瞬だけ肝が冷えた。
発動した術式は見覚えのあるもので、結果を見ればたかが火花を散らす程度の初級魔術、なんの変哲もない点火、子供騙しの目くらまし程度のものだった。
とはいえ使い手次第では凶悪な威力に膨れ上がることもあると一度見せつけられている。警戒しないわけにはいかない。
だが、もう間合いには入っている。
シュナに散々叩き伏せられてきたおかげで、この手の切り返しには慣れていた。あの鬼教官だったら、いちいち体勢を立て直すまで待ってはくれない。
止まることなく流れるように次の攻撃へ。カイルの剣が振り下ろされるより速く、ガラ空きの脇を狙って――。
「たしかに魔術よりは才があるだろう」
斬り上げた刀は、ごく小さな障壁に阻まれる。
「でも、凡庸だ」
接触した瞬間に崩れ去った不可視の壁に、斬撃を防ぐような強度はない。けれど、術式に触れることを嫌い、障壁を切り裂くために【飆牙】がまとった風の勢いによって、狙いは逸らされた。
なんだいまの。術式の発動が見えなかった。高速展開なんて次元じゃない、さすがにこの至近距離で間に合うなんて馬鹿なこと――いや、今できたものじゃないとしたら。あれは、あの最小限の不可視の壁は、その場所にあらかじめ準備されていた。
「な……」
誘導された?
ここまでカイル自身は一歩も動いていない。
いくらなんでもそんなこと。
虚につかれた隙を逃すほどカイルは甘くなかった。正眼の構えから素直に剣が振り下ろされる。
シュナみたいな化け物じみた膂力でこそないものの、美しく無駄のない太刀筋を描く剣は、シンプルに強かった。半ば転がるようにして避けようと試みるが、かわしきれずに左肩に衝撃が走った。




