第四話(13)
「ッ私じゃない!」
鬼気迫る声で叫び返したレナが、我に返ったようにベッカに向けて頭を下げる。
「すみません……でも、本当に、私は何も」
「だろうな。俺はレナに会う前からずっとこうだし」
学園にくる前も後も、俺は記憶にある限り一度も魔術を発動させていない。ろくな教育を受けていなかったってのもあるけど、見よう見まねで小手先の脅しでもできたら、財布スるような真似しなくたってもっと楽に生きてただろう。
「あれ違ったか――ごめんね? 系統が似てそうだったから確認してみただけ。気にしないで」
片手を振ってごまかすと、ベッカは追及の矛先をシュナに変えた。
「となると前学長ですかね?」
「半分アタリで半分ハズレだ」
シュナはあっさりと明かした。
「クリスは隠蔽しかしていない。すでに綻びかかっているがな……奴が封じていたのなら、今ごろ初級魔術くらい扱えていてもおかしくないだろう」
「なるほど、それはたしかにそうですね。死後もこれほどの効力が持続していること自体が驚異的とはいえ、稀代の大魔導師クリス=セルケトールの手業とあれば妥当なところ、か」
いやいやいやいや。
一人で納得すんな、俺は何も納得してない。
「あの、やはりノアの体質は人為的なものなんですか?」
「人かどうかは知らんがな」
レナはどこか腑に落ちたような顔をしているが、俺はそうではない。
いままで魔術ネタを散々にからかってきながら、重大な事実を隠していた薄情な師匠を、恨みがましく睨みつける。
「そう睨むな。私も詳しい事情は聞かされていない。お前にはクリスにさえ破れない強力な封印がかかっていることと、クリスの術がそれを隠していること。そこの研究馬鹿が形質と呼んだ――まあ身体を構成する魔力の特徴みたいなものだな、それが一般的な人間と多少変わっていること。以上だ」
多少じゃないですよ!? と叫ぶベッカを放置して、シュナは俺の頭に手を伸ばし、翡翠色の毛束を指先で摘んだ。
「だいたい自分が他人と違うことくらい気づいていただろう?」
「それは、まあ、だけど……」
こんな色の髪や瞳の人間を、俺は他に知らない。
でも、それは俺の世界が狭いからだと思っていた。この離島から見える範囲では珍しいのだと、たとえば精霊の加護とかなんかで、外の世界を見渡せばいくらでも見つかる程度の珍しさなのだろうと、勝手に思い込んでいた。
身体能力の高さや丈夫さも、せいぜい人間の割にはって話で、竜と張り合えるわけでもない。
教授陣を含めた学園の奴らだって【飆牙】を手にする前の俺のことなんて気にもとめていなかったじゃないか。
もしかしたら、それすら?
クリス=セルケトールが用意した籠の中だから?
あのひとは、俺の存在が目立たないように――俺が普通の子供として生きられるように、この学園に留め置いていた、なんて、さすがに考えすぎだろうか。
「魔術を使えようが使えまいが、人であろうが人であるまいが、それがどうした? 過去の経緯を知ったところで、お前という存在の何が変わるわけでもあるまい」
シュナの言葉は、まっすぐで、彼女らしい無造作な優しさに満ちている。
……正しい。きっと正しい。
だけど理屈じゃない。
何も変わらないとしても。意味など無いのだとしても。
あのとき。
【飆牙】の柄を初めて握った瞬間。
――それでも知りたい、と、俺は望んでしまった。
何者でもない自分を捨てて、何者かになりたいと願った。
二度と、後には戻れなくとも。




