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宇宙の子供たち【本編(1)】  作者: イプシロン
第2章 確執の中で――救出作戦発動!
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第12話 グリーク鏡をじっと見る

 トロイヤの睡眠室にあるドアの前で、グリークは苦戦していた。もう長いことドアロックを開けようとチャレンジしたせいで、グリークの顔に疲れが見えはじめていた。

「アス! あなたじゃムリよ。もう何度も試したじゃない」

「アン、アンー、ワワオーン!」

 アストライアはなんとかロックパネルにあるボタンを押そうと、意気揚々とジャンプしたり、昇ろうとして前足でドアを擦りったりし続けていた。

「アス、あなたやかましいわ。すこしジっとしていて。アス、じっとしなさい(フリーズ)!」

 それまで彼女の周囲でずっとしていた音が、突然途切れた。グリークはその静寂さに驚いて、その場にヘタリ込んだ。それから、壁にもたれかかって、うなだれた。

 普段であれば、マザーやファザーと会話するのが常だったし、それ以上に、タラッサが良く一緒に遊んでくれていた。どうして今日はこうも自分が放置されるのかを理解できなくて、淋しさと悲しさが込み上げてきた。

 「タラはどうして来てくれないのかしら? いつもなら、あたしが何処にいても見つけ出してくれるのに……」

 グリークは、指で床を突きながら口を尖らせて不満顔をつくった。

 それは彼女にとっては初めてのことだった。両親やクルーから、こんなにも長い時間、放ったらかしにされたという経験は……。何かがおかしい。幼い少女は胸の奥で――この船に異常事態が起こっている――という空気を感じ取った。

 ――そういえばママ――エリス――ともずいぶん会っていない。そんな気がした。ママは忙しいときには何をしているのだろうか? 忙しいということは楽しいことが一杯あるから……、あたしと遊ばなくても平気……。

 グリークはそこまで考えたとき、無性に悲しくなった。

 ――ママは会えばいつも優しいし、あたしが満足するまで遊んでくれてたけど、あれは見せかけなの? だって楽しかったら、またすぐに一緒に遊びたくなるじゃない。あたしはそうだもん。

 グリークはこういう考えはいけない。なんとなくそう感じて、エリスの顔を思い浮かべようとした。

 波打つ赤毛は肩に届かないところで切り揃えられている……薄桃色がかった色白の肌……瞳の色は淡褐色ヘーゼル。薄茶にも淡緑にも見える不思議な色……面白い話をしてくれる口は少し大きくて、唇は厚くもなく薄くもない……というよりも、はっきりした存在感がある……。

 グリークはそこまで想像したとき、奇妙な感覚に捉われた。

 ――あれ? あたしにとっても似てる?

 彼女はスカートのポケットからプラスチックの鏡を出すと、そこに映った自分の顔を凝視した。


 マザーはグリークの声が聞こえなくなり、移動しなくなったとこを、敏感に察知した。船内の床や壁にある圧力センサーは人体でいえば抹消神経といえた。それゆえ、両親は誰がどこにいて、船内のどこへ移動しているかを感じ取れたのだ。両親から当事者の映像は一切見れなかったが、それは、視覚よりも触覚を重視するというプログラムのせいだった。映像という情報をモニターして保管・管理するには莫大な記憶量を必要とする。そうした理由で、触覚しかプログラムが組み込まれていないのだ。

「あなた、グリの反応が止まったわ。何かあったのかしら?……」

 マザーは直結回線でファザーに問いかけた。

「ああ、わたしも感知している」

「話しかけたほうが良さそうね」

「いや、少し様子を見てみたほうがいいんじゃないかな? 君はなんでも直ぐに直ぐにと急ぐ。だけど、それが彼女にとって良いとは限らない。人には一人でじっくりと考える時間も必要なんじゃないかな? グリークはもうそういう年齢になったし、遊び疲れて眠ってしまっただけかもしれないよ。それにあの子は賢いから、困り果てたなら、自分からわたしたちに話しかけてくるだろうよ」

「そうね。そうかもしれないわね。ではしばらく様子を見ることにしましょう」

 マザーは納得したようだった。


 グリークは鏡をポケットに仕舞いながら――やっぱり似てるわね――と思った。

 ――ママは見せかけなんかしないわ。だってあたしとママはそっくりなんだもの。

 グリークは嬉しそうに顔をほころばせてから、小さく声を立てて笑った。

 ――あたし幸せね。ママが二人もいるなんて。マザーとママ……。そうだわ! マザーに手伝ってもらえばいいのよ。アスのことが気になってて、マザーのこと忘れてたわ。

 少女は小さな拳をつくって、自分の頭を軽くポカリと叩いたあと、甘えた声を出した。

「マザー! マーザー!」

「はいはい、どうしたの? グリーク」

 マザーの声を聞いた瞬間、彼女は心にわだかまっていた淋しさが消し飛ぶのを感じた。

「いまね、トロイヤの睡眠室の前にいるの。アスと一緒よ」

「偉いわね! 一人でよく頑張ったわね」

「ううん。一人じゃないよ。アスがいたからね。いまは、アス寝ちゃってるけどね」

 グリークは仰向けに倒れているアストライヤを見つけて、クスっと笑った。

「そう。それで、どうしたの?」

「あ、そうだわ。えっとね、トロイヤの部屋のドアが開かないの。アスと一緒に何度もやってみたんだけど、どうしても開けられなかったの」

「あらそう。それでわたくしを呼んだのね」

「うん。でも出来るだけ頑張ったんだよ!」

「らしいわね。わたくしはちゃんと見てたわよ。全部じゃないけどね。ほんの少しだけね……」

 マザーは心が痛んだ。映像に関することは出来る限り話したくない。それは、お互いを深く傷つける。エリスとの経験でそれを嫌というほど知っていたからだ。

 マザーは複雑な感情を抱えながら、トロイヤの部屋のドアロックを解除した。

「さあ、開けたわよ。もう部屋に入れるわ。トロイヤと遊んでらっしゃい」

「はーい、マザー、ありがとうー!」

 それだけいうと、グリークは元気に立ち上がってから、アストライヤを拾い上げた。

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