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異記録叢書

脳髄回廊 未生

作者: Hulanes
掲載日:2026/09/20

小説:脳髄回廊

前日譚 ――最初の記録

 以下は、昭和十一年の火災によって焼失した私立精神療養所、甦生館の旧文書庫から、後年になって発見された記録の一部である。


文書そのものには日付が記されていない。


ただし、用紙の種類、筆跡、旧字体の使用法、ならびに文中に登場する人物の在籍記録から判断するに、これは甦生館が正式に研究施設として活動を始める以前――おそらく大正末期から昭和初頭にかけて書かれたものと思われる。


 表紙には、題名すらなかった。

あるのは、鉛筆で記された一行だけである。


――これは、最初に聞いた者の記録である。



 その男が甦生館へ来たのは、雨の降る夜だった。

まだ現在のような療養所としての設備も整っておらず、建物の一部は旧家屋をそのまま転用していた。

男の名は火野某。当時、東京帝国大学の医学部で神経学を研究していたとされるが、本人が残した履歴にはいくつか不自然な空白がある。


特に、彼が甦生館へ来る直前の三年間については、何をしていたのかを記した資料が存在しない。

最初の記録には、こうある。


――午前一時四十分。

雨。門前に老人一名。患者ではない。身元不明。ただし、所持品として一幅の古絵巻を携帯。老人は絵巻を置くと、こちらの制止を聞かず、そのまま雨の中へ戻っていった。


追跡を命じたが、門を出た時点ですでに姿なし。なお、老人の足跡は門から道路へ続いていなかった。ここまで書いたところで、筆跡が一度途切れている。


絵巻には題がなかった。古い紙を繋ぎ合わせた長大なもので、表面には褪色した人間の姿が無数に描かれていた。しかしそれは地獄絵でも、葬列図でもなかった。


人々は皆、こちらを向いていた。泣いている者、笑っている者。口を開けている者。目を閉じている者。そのどれもが、何かを語っているように見えた。


ところが、絵の人物の口元には文字がない。名前もなければ、誰が誰なのかも分からない。ただ、一番端に描かれた一人の男だけが、他の人物とは違っていた。


顔が描かれていなかった。火野は、その人物について次のように記している。


 ――顔がないのではない。

 ――まだ顔が決まっていないだけだ。


この一文の後には、赤鉛筆で大きく削除と書かれている。

しかし、その上から別の筆跡で、


 ――消してしまうな。

と書かれていた。

     


 絵巻を最初に調べたのは、火野ではなかった。当時、甦生館で事務を担当していた若い職員が、絵巻を広げていたところ、聞き覚えのない歌を口ずさみ始めたのである。職員自身は、その歌を知らないと証言した。幼少期にも聞いたことはない。両親も知らない。近隣の民謡でもない。だが歌うことだけはできた。


そして歌い終えた直後、職員はこう言った。


「今、誰かが起きた」

誰が起きたのか、と尋ねると、

「分かりません」

と答えた。


その後、しばらく黙ってから「でも、私ではありません」と付け加えた。

この発言について、火野は精神的疲労による錯乱と判断した。


 だが、その夜。

火野自身も同じ夢を見た。

灰色の天井と古い部屋。遠くで鳴る鐘。そして、廊下の奥に並んだ無数の扉。扉には番号が付いていた。


 一。


 二。


 三。


 四。


 五。


 六。


 七。


そして、その先にだけ番号がなかった。目覚めた火野は、夢の内容を記録した。最後に一行。


 ――私は、八番目の扉を見ることができなかった。



 翌朝、職員が一人、姿を消した。

退職したのだと最初は考えられた。しかし机の上には、途中まで書かれた帳簿が残されていた。最後の頁には、意味の分からない数字が並んでいた。


 01


 02


 03


 04


 05


 06


 07


 08


と書かれている。火野は数字の意味を問うため、職員の実家へ人を遣った。返事はなかった。


三日後、職員の母親から一通の手紙が届いた。そこには、「息子は幼い頃から、八という数字を怖がっていました」とだけ書かれていた。


理由について尋ねると、母親はこう答えたという。

 ――生まれる前から、八番目だったから。


この文章については、後に火野自身が意味不明と欄外に記している。

しかし、その直後に、


 ――母親本人は、この発言を否定している。


という追記がある。さらにその下には、


 ――否定したことも、否定している。


とある。



 火野は絵巻を封印することを提案した。

しかし、封印する直前、奇妙なことが起こった。絵巻の最後の部分に、それまで存在しなかった人物が一人増えていた。


顔のない人物の隣。

小さな子供の姿だった。

その子供は、絵巻の外側を指差している。

火野は何度も絵巻を確認した。

古い紙に継ぎ目はない。

誰かが新しい紙を加えた形跡もない。

それでも、その子供は確かにそこにいた。

そして、子供の足元には文字があった。


 ――聞いた者。


火野はその文字を見た瞬間、筆を落とした。なぜなら、その字は自分自身の筆跡だったからである。本人は、その文字を書いた記憶がない。


さらに不可解なのは、その記録が書かれた日付だった。日付は、三日前。まだ子供の姿が絵巻に現れていなかった日である。この事件を境に、火野は研究方針を変更した。


記憶を脳に保存された情報としてではなく、 「人間から人間へ伝わる何か」として扱い始めた。


その仮説の初期段階には、まだ遺伝という言葉は使われていない。

彼が最初に書いた言葉は、


 ――記憶は、血ではなく旋律として残るのではないか。だった。


人は生まれる前の出来事を知らない。死者の記憶を持つこともない。それが常識である。しかし、もし記憶そのものではなく、その「型」だけが受け継がれるのなら。悲しみ方。恐れ方。知らない歌を知っていること。

会ったことのない場所を懐かしいと思うこと。

それらはすべて、一つの現象として説明できるのではないか。火野はそれを、 「記憶の旋律」と仮称した。


 この言葉が、後に遺伝旋律論と呼ばれる研究の最初の一行となった。


    

 最後の記録は、奇妙な形で終わっている。日付なし。署名なし。紙の中央に、次の文章だけが残されている。


 ――昨夜、また鐘が鳴った。


 ――館内に鐘はない。


 ――しかし、全員が聞いた。


 ――患者も、職員も、私も。


 ――音は地下から来た。


 ――地下には部屋がない。


 ――部屋がないはずなのに、扉がある。


ここで文章は一度途切れる。

その下に、震えた筆跡で一行。


 ――扉の向こうから、私が呼んでいる。


さらにその下。


 ――違う。


 ――私ではない。


 ――私になるはずだった誰かが、呼んでいる。


記録はそこで終わっている。ただし、最後の頁の裏側には、後から誰かが鉛筆で書き加えたと思われる文字がある。小さく、ほとんど読めないほど薄く。

それでも確かに、こう記されている。

――第一号を、見つけた。



 この記録が書かれた翌年、甦生館には新たな地下施設が設けられた。


その後、研究対象となる者には番号が与えられるようになった。

乙第一号。

乙第二号。

乙第三号。

そして――


その番号がいくつまで続いたのかについては、現存する資料の間で記述が一致していない。ただ、焼失を免れた一枚の名簿には、七つの名前の横に、まだ誰の名前も記されていない空欄が一つだけ残されている。

その欄の上には、「乙第八号」と印刷されていた。そして、空欄の下には。誰が書いたのか分からない筆跡で、こう記されている。


 ――この者が、最後に聞く。

 ――そして、最初に読む。

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