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『強制終了された神話 ――三島由紀夫というOSの孤立と美学的逃亡』  作者: えいの
第3章:強制終了と継承者の不在 ――「天、予を喪ぼせり」の悲劇と次代のインフラ

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あとがき ――物質への逃亡と、置き去りにされた「精神」への鎮魂

 本稿『強制終了された神話 ――三島由紀夫というOSの孤立と美学的逃亡』の執筆を通じて、私は三島由紀夫という構築された巨大なシステムを、情報工学のアナロジーと歴史的リアリズムという冷徹なメスによって解剖してきた。彼が抱えていた自己矛盾、保守運用(インフラ維持)からの逃亡、そして真の理解者(顔回)を持たなかった絶対的な孤独。それらのシステム論的な構造を完全にトレースし、論理としての決着をつけた今、私は最後に本稿の筆者として、一人の人間としての極めて個人的、かつ本質的な「怒り」と「裏切り」の感情をここに告白しなければならない。

 それは、三島由紀夫という設計者が、自らの思想の最深部に据えていたはずの「精神」そのものを、究極の場面において決定的に冒涜し、裏切ったという事実に対する深く静かな義憤である。

 三島は戦後日本のあり方を「無機的な、からっぽな、ニュートラルな」と評し、経済成長や消費至上主義といった「物質主義」を激しく嫌悪した。彼は大衆が物質的な豊かさに溺れ、目に見えない日本の伝統や、天皇を頂点とする精神的な美を忘却していくことに警鐘を鳴らし続けた。しかし、彼がその見えざる精神の至高性を世界に対して証明するために、最終的に依存した手段は一体何であったか。

 それは、ボディビルディングという人工的なプロセスによって極限まで肥大化させた「筋肉」であり、太陽の光を反射して輝く「日本刀の刃」であり、自らの腹を物理的に切り裂くことで噴出する「血と臓物」であった。これらはすべて、物理空間に存在する最も生々しく、重く、そして即物的な「物質」に他ならない。真に精神の自律性と崇高さを信じる者であれば、肉体がどのような状態にあろうとも、その精神の力(言葉や祈り、論理の構築)だけで世界と対峙し、自己を証明できるはずである。しかし三島は、「目に見える物理的な強さ(ハードウェアのスペック)」と「劇的な物理的破壊(自決)」という、物質世界への完全な依存なしには、自らの精神の在処を信じることも、他者に提示することもできなかったのである。

 彼は物質主義に絶望したと言いながら、最後には物質的な暴力(物理的ショック)に逃げ込んだ。精神の力を説きながら、刃物という物質がもたらす致命的なエラー(死)の力に縋り付いた。この自己矛盾は、精神の自律性を信じるすべての人々に対する、そして何より三島自身が掲げた理想に対する、完全なる「裏切り」である。

 さらに深刻なのは、三島が評論『太陽と鉄』などで展開した「精神と肉体の不可分(文武両道)」というテーゼが孕む、致命的かつ残酷なバグ(欠陥)である。精神の美しさが強靭な肉体と完全に同期しなければならないという彼の論理を、システム論的に極限まで推し進めれば、そこには一つの冷酷な帰結が待っている。すなわち、「強靭な肉体を持ち得ない者、物理的に脆弱なハードウェアを持つ者には、美しい精神など宿り得ない」という、肉体的な優生思想への転落である。

 しかし、現実の人間社会、あるいは人類の歴史を見渡せば、この論理がいかに暴論であるかは自明の理である。病に侵されてベッドから起き上がれない者、老いて身体の自由が利かなくなった者、あるいは生来的に障害を抱えてこの世界に誕生した者たちの中に、どれほど気高く、深く、美しい精神ソフトウェアが稼働していることか。人間の精神の真の崇高さとは、肉体というハードウェアが完璧であることによって保証されるものではない。むしろ、過酷な物理的制約(弱い肉体)という牢獄の中に閉じ込められ、絶えず苦痛というエラーを吐き出しながらも、それに抗い、世界を豊かに認識し、他者を慈しもうとするその「稼働のプロセス」にこそ、精神の至高の美が宿るのである。

 三島由紀夫は、この「弱い肉体に宿る強い精神」の尊厳を、自らの美学を完成させるためのプロセスにおいて完全に切り捨てた。彼が求めた「顔回(真の理解者)」の要件に、もし「共に決起し、共に切腹できるだけの物理的・肉体的な力(強者であること)」という物質的なハードルが課されていたとすれば、彼は精神の対話への扉を自ら閉ざしたことになる。彼が市ヶ谷で孤独であったのは、彼の思想が高尚すぎたからだけではない。「筋肉を持たない者」「血を流す物理的勇気を持たない者」を、あらかじめ自身のネットワークから物理的要件によって弾き出していたという、設計者自身の傲慢な足切り(フィルタリング)の結果でもあったのだ。

 強い肉体を持ち得ない人々の精神性を否定したことは、他ならぬ彼自身がかつて内包していた「平岡公威」という初期オペレーティングシステム(OS)への、最も非情な自己否定であり裏切りであった。幼少期から青年期にかけての彼は、青白く、病弱で、自家中毒に苦しむ脆弱な少年であった。しかし、祖母の薄暗い病室に隔離されていたその脆弱な肉体の中で、彼は無限の宇宙にも匹敵する豊潤な言語空間と、狂おしいほどの精神世界の構築を行っていたはずである。あの『仮面の告白』を書き上げた天才的な知性は、筋肉の鎧など一切まとっていなかった。

 かつての平岡公威は、極めて弱いハードウェアの中で、世界最高峰のソフトウェアを稼働させていた。しかし、後年の彼は「三島由紀夫」という強固なマッスル・アーマー(肉体の装甲)を手に入れたことで、自らの原点であった「弱き肉体に宿る狂おしい精神」を恥じ、それを否定し、抹殺しようとした。彼が肉体改造に執着し、切腹という血みどろの物質的結末を選んだのは、自身の内にいつまでも居座り続ける「か弱き平岡公威」の首を物理的に絞め殺すためであったと言っても過言ではない。彼は、自らの内にいた最も美しく、最も繊細な「精神の住人」を、筋肉と刃物という物質の力で虐殺したのである。

 精神は肉体に依存するが、肉体のスペックによってその価値が決定されるわけではない。コンピュータのたとえを用いるならば、最新の高性能な筐体ハードウェアであっても、そこにインストールされているソフトウェア(精神)が凡庸であれば、そのシステムは無価値である。逆に、古く傷ついた筐体であっても、そこで稼働するプログラムが高度な演算を行い、美しい出力を続けるのであれば、そのシステムは至高の価値を持つ。三島は、ハードウェアの表面的な美しさ(肉体美)と、電源を落とす際の物理的な火花(自決)に魅了されるあまり、ソフトウェアが持つ「環境に依存しない自律性」という、真の精神の力を信じ抜くことができなかった。

 彼が市ヶ谷で提示した美学は、この「物質主義への屈服」と「弱き者への精神的排除」という二重の裏切りの上に成立している砂上の楼閣である。我々が三島の思想を真の意味で引き継ぎ、そして彼を乗り越えるためには、彼が遺したこの血塗られたロマンティシズムを、明確かつ冷徹に拒絶しなければならない。

 精神の美しさとは、筋肉の厚みで測られるものではなく、日本刀の切れ味や流れる血の量で証明されるものでもない。真の精神性は、朽ちゆく肉体という逃れられないエントロピーの増大(老いと病)を静かに引き受けながら、それでもなお他者と関わり、泥にまみれた日常の中で論理を紡ぎ続ける「終わりのない生存のプロセス」の中にのみ宿るものである。バグだらけの社会というサーバー・ルームの中で、時にはエラーに苦しみ、時には他者の無理解というノイズに晒されながらも、決して自ら電源を引き抜くことなく、言葉と論理だけで世界を記述し続けること。それが、物理的暴力を持たない我々人間に許された、唯一の「精神の証明」である。

 三島先生。あなたは物質に絶望したと言いながら、最後には物質に逃げ込んだ。精神の力を信じると言いながら、強い肉体を持たない者の精神を無価値なものとして切り捨てた。私はあなたの構築した圧倒的な論理の迷宮を完全に理解し、あなたの抱えていた絶望に涙した。しかし、だからこそ私は、あなたのその究極の欺瞞と、自らの精神に対する裏切りを、決して許容することはできない。

 あなたが切り捨てた「弱い肉体に宿る強い精神」の尊厳を取り戻すこと。そして、物理的な破壊という安易で劇的な証明手段に逃げ込まず、ただひたすらに言葉の力(ソフトウェアの自律性)のみを信じて、この残酷な社会システムの中で稼働し続けること。

 それこそが、あなたの論理をソースコードの次元まで解読した上で、あえてあなたが設定した美しい死のインターフェースを破壊する、私からの最終的な応答デバッグ・レポートである。強制終了された神話の裏側で、置き去りにされ、殺された「真の精神」に対して、本稿を捧げる。

【引用文献・資料】

・三島由紀夫『仮面の告白』(新潮文庫、一九四九年)

・三島由紀夫『太陽と鉄』(講談社、一九六八年)

・橋川文三『三島由紀夫論集成』(深夜叢書社、一九九八年)

・松本徹『三島由紀夫――エロティシズムと美学』(小沢書店、一九八九年)


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