33話 Riding the Storm
第一部完結
本当にありがとうございました。
皇紀元年四月朔日
赤星との蜜月の中で、繁栄を謳歌してきた栄の町。ここ数年は近隣より多くの民が流入し、南の運河を渡った先に新たに開かれた南新町に、ひとつの巨大な寺院が建立された。山号を赤星山、寺名を龍峯寺。
ゴウケンの手によって、リュウドウ一族の菩提寺として創建された新たな寺である。その開山には、赤星の寄り親でもある夢幻山鳳財寺の座主、ジエイ大僧正が迎えられていた。
ゴウケンの死から二日の後、この寺では空前の規模での落慶法要が執り行われていた。しかし、それは通常のものではない。なんと、ゴウケン入道――俗名リュウドウ・イカネの葬儀を、そのまま寺の落慶の儀としたのである。
そして、この寺には大きな秘密があった。門外不出とされ、リュウドウ一族の者と龍峯寺の中でも限られた者にしか拝謁を許されない「真の本尊」の存在である。
その姿は、燃え盛る炎を羽衣のように纏う、身の丈六尺五寸ほどの大柄な天女。その体つきも顔立ちも、カルラを写し取ったかのように生々しく、見る者が思わず息を呑むほどに彼女そのものであった。
情欲の炎で愛しき者を守護し、激情の炎で敵を焼き払うとされる……迦楼羅仏。本来、仏に性別はないとされるが、この仏像はどこからどう見ても女として彫られていた。
その足元に敷かれた石板には、こう綴られている。
『異界より舞い降り、我がリュウドウの家門に飛躍と繁栄をもたらしたる天女なり。我が子孫たる者、この御恩ゆめゆめ忘るることなかれ。無礼を戒め、偽りなき真心もてこれに交わらば、かの御仏は我が家の守護とならん。されどその御威光を軽んずる者あらば、炎のごとき御怒りをもって焼き尽くされん』
この石板には、代々のリュウドウ当主が参詣の折ごとに自ら香を供え、拝礼するのが習わしとされた。
一方、一般の参拝客の前に姿を現し、本殿の祭壇に祀られている仏像。足元に龍を従えて炎を纏い、太刀を佩いて腕を組む甲冑姿の武神「金剛不動」である。表向きには、こちらが本尊として知らされている。
本物の本尊である迦楼羅仏は、本堂の奥深く、壁を隔てて金剛不動と背中合わせになるよう、密かに祀られていたのだった。
三千の兵を留め置けるという広大な境内の広場には、ゴウケンの分家が使用する青地に白抜きの日輪と、喪主を務めるタカフジのリュウドウ宗家が使う黒地に金の日輪の旗が並び立ち、幾本も勇壮に翻っていた。
そこにはゴウケンの死を悼む者で溢れ返り、参拝の列は途切れることがない。二百人ともいわれる僧の読経が響き渡る中、広大な広場をしてなお参列者は境内に収まりきらず、新しくできたばかりの大通りにまで人が溢れ出していた。
もちろん、人の集まるところには欲も集まる。商魂たくましい者たちが通りに露店を連ね、スリや強盗といった透破働きの盗人までもが獲物を求めて群がっていた。
その頃、カルラや赤星の者たちは何をしていたのかと言うと、この落慶法要という名のゴウケンの葬儀において、リュウドウの手勢と共に門の警備を行い、あるいは、商家として必要物資の調達、式場の設えなど様々に活動していた。
当のカルラはジエイの護衛として儀式に出席するようにと言われていたが、かの女は首を振るとこう言った。
「別れはすませた。堅苦しいのはごめんだよ」
カルラ自身は葬儀の席には加わらず、赤星の猟兵一班と歩兵一班、計二〇名を連れて龍峯寺門前広場の見廻りと称し、まつりの見物に出ていたのである。
新しい木の匂いが立ち込める、真新しい建物が並ぶ大通り。その幅は十一間、約二十メートルに達する。特に寺の前は大きな広場として整えられており、四日に一度、四日市が開催されることになっていた。今はその広場に、数えるのも面倒なほどの露天が並び、多くの人々でごった返している。
その一角にある茶店露店。赤い布が敷かれた腰掛けにどかりと腰を下ろし、茶褐色の餡がたっぷりと掛かった団子を頬張る大柄な女がいた。
その後ろには、無表情で立つ従者が二人。鮮やかな濃紺の小袖。背には、十六条の光条を描く旭日模様が白く染め抜かれ、同じくさらに濃い濃紺の袴を履く。茶の紐を襷に掛け、脚絆を着けた草鞋履きという喧嘩仕度。かなりの使い手だろう。
女はというと、白地に朱の彼岸花を散らした小袖。その下には、炎のように深い緋の袴。動くたびに、白と紅の鮮やかな対比が目を引く艶姿。
長い黒髪をうなじの下で無造作にまとめ、朱と白の絹紐で束ねて一筋に垂らしている。涼やかな目元、長い睫毛に縁取られた切れ長の瞳は、見つめられただけで赤面してしまうような色気を放っていた。
――カルラと、シンザ、ゴンタの主従である。
「お前達、いい味が出てるじゃないか。甘すぎず強すぎず……香ばしい焼き団子によく合ってるよ」
カルラが食べている団子は、先の文明で言うところの”みたらし団子”だ。ただし、この時代、砂糖はなかなか手に入らない。いや、赤星――カルラであれば容易に手に入るのだが、それを庶民相手の食べ物に使えるほど安くはない。
「へ、へい。団長のご指導のたまもにゃ……あ」
「噛んでるじゃないか――馬鹿だねぇ」
ここは赤星が出している屋台だ。、みたらしにの餡には醤油の代わりに味噌を作る過程でできる溜まり醤油を使い、甘味にはいわゆる麦芽糖の水飴を用いている。それに葛粉でとろみを付けて、一般的に食べられている焼いた団子に纏わせているのだ。
「今日は市中見物さね、息抜きみたいな仕事なんだ。もっと気安くしていいんだよ」
三つ刺さった団子串を迎え入れるように、わずかに開いた口元から赤い舌を長く出し、滴る餡ごと団子をその舌へ乗せる。そのまま、ゆっくりと唇の中へ咥え込んだ。カルラは団子串を咥えたまま動きを止めて、横目で屋台の男へ視線を流し、艶っぽく細めた。
ぞくりと寒気がするほどの色気である。屋台の男は思わず息を呑み、手にしていた団子串を危うく取り落としかけた。
屋台は四人で切り盛りしている。祭りは町人の華であり、こうして露店を出すのも彼らの楽しみの一つだ。この四人組は赤星の男たちだが、兵士ではない。本職の露天商である。そもそも赤星の本質は武装商人であり、彼らはショウカを筆頭とする商業部門に属する者たちなのだ。
「そ、そりゃ、団長が色っぽ過ぎるのが悪いんでさぁ……そんな色っぽい眼で見つめられちゃあ、男は誰だって正気じゃいられやせんぜ」
屋台で団子を焼く男が、照れ隠しのように頭を掻いた。
「ふ〜ん……まあ、自覚はあるよ」
カルラはくすりと悪戯っぽく笑うと、雑踏の中へと視線を向け――ふと、とある一点で瞳をスッと細め、動きを止めた。
すかさず、雑踏の中に紛れていた猟兵が二人、その視線の先へと駆けていく。
「悪いね、残しちまった。味は良かったよ」
そう言って団子を乗せた竹皮の器を横に置き、反対の手で腰掛けに置いてあった鉄扇を手に取る。そのままゆっくりと立ち上がれば、束ねた黒髪がふわりと流れ、美しい緋色の袴が躍動する。
まっすぐにカルラが向かった先では、一人の男が打刀を抜いたまま地に這いつくばり、さらに二人の男が猟兵たちによって地面にねじ伏せられていた。その傍らには、上腕を斬られてうずくまる三十くらいの男と、目が塞がるほどに瞼を腫らし、口から血を流す十を過ぎた頃の男子が震えている。
踏み荒らされた筵の上には、彼らの村で採れたであろう野菜や、手作りの草鞋や蓑などが散らばっていた。
「て、てめぇら……俺達を網浜一家の者だと知っててやってんだろうな!」
地に這いつくばった男は必死で強がって見せるが、取り押さえられ、地面に顔を押し付けられている状態でスゴんだところでどうにもならない。
「知るわけないじゃないか――地廻りのチンピラ風情が」
カルラは虫けらでも見るような視線で見下ろし、そのまま地に押し付けられた男のこめかみ辺りに足を乗せた。そして、ゆっくりと体重をかけて踏みつける。
「いででででででっ! 何しやがるっ!」
カルラは口元に薄い笑みを浮かべながら、じわりと踏む力を強めていく。
「ジジイの葬儀を汚すんじゃないよ」
男は狂ったように暴れて逃れようとするが、頭は万力で締め上げられたように地から離れることはない。
「や、やべろ! あたまがつぶれ――っ!」
湿り気を帯びた鈍い音とともに、辺りに血飛沫が飛んだ。喧嘩かと面白半分に集まっていた野次馬たちも、その凄惨な光景に思わず顔をしかめ、あるいはそっと視線を逸らす。白地に朱の彼岸花を散らした小袖にも、濃い紅色の鮮血がべっとりと舞い散った。
「汚いねぇ。お気に入りの小袖が汚れちまったじゃないか……」
死んだ男にはもう興味がないとばかりに視線を外し、カルラは押さえられているもう一人の男の前にしゃがみ込む。そして、その鼻先にピタリと鉄扇を突きつけ、不敵に笑った。
「子の落とし前は親がつける……あんたらの稼業ってのは、そういうもんだろ?」
男が恐怖に顔を引き攣らせるのを見て、カルラはさらに声を低くして凄む。
「その網浜一家とやらの親分のところに案内しな。新参者に、挨拶しとかなきゃね」
カルラはそう言うと、口元を歪ませ、舌なめずりしながら妖艶な笑みを向けた。
どうやら彼らは、この新しく開かれた街に流れ着いた悪党の一派だったらしい。辺りの露店に因縁をふっかけては、場所代と称して金を巻き上げていたのだ。
いずれも変わらぬ、強者が弱者を貪る構図。
気に入らない奴は、暴力で徹底的に痛めつける。今日も変わらぬ、いつも通りのカルラの一日である。
こうして街に出ては喧嘩に明け暮れ、理不尽に暴力を振りまく災厄の体現者として――カルラの名は栄の裏社会へと深く浸透していくのだ。
――そんな光景が繰り広げられている広場の奥。山門を抜けた先にある巨大な寺の本殿では、国家の根底を揺るがす重大な儀式が執り行われていた。
寺の落慶式典と称したゴウケンの葬儀を終えたその場所で、タカフジは参列した諸侯、豪族、そして全領民に向けて、シラス王国からの独立を高らかに宣言した。
王国の只中に所領を持つ一介の地方領主が独立を企てる。それはすなわち、四方八方すべてを敵に回すことを意味していた。
庶民たちは事の重大さを理解していないようだが、境内の凄まじい熱気と、居並ぶ高僧や侍たちを前に領主が声を張り上げている姿を見て、リュウドウ家が何か新しいことを始めたのだと、記念の祭礼か何かと勘違いして熱狂している。
その狂騒の裏側で、すべての豪族や地侍が持つ所領をリュウドウ宗家に返上させるという、前代未聞の大事が行なわれていた。
一所懸命――先祖伝来の土地と名を守り抜くことこそが武士の矜持。それを根底から覆す大変革である。
同時に、領地を失う領主たちには、華族として貴族身分の保証と、年金が約束された。
その上で、新国家「アキツ皇国」の建国が声高に発表されたのだ。初代皇帝にはリュウドウ・タカフジ。皇とは――すなわち天下全土を領する者であり、万物の支配者。そして暦を制定、この日を皇紀元年、四月一日とした。
大小の領主が寄り集まって形成される封建国家からの脱却。このフソウの大地において、初めて、中央集権国家が産声を上げた瞬間であった。
全ての民がアキツの民であると自覚し、国を守るために団結する国民意識を醸成するには時間がかかるだろう。そしてそのためにはまず、何よりも民を豊かにし、他と比べてこの国に生きることは幸せであり、誇りであると実感あせねばならない。
この宣言こそが、果てしない覇道へと続く、偉大なる第一歩だった。
まさに、フソウにおける歴史の転換点と呼ぶべきこの記念すべき日。
カルラは相も変わらずヤクザに因縁をふっかけ、栄の街の裏社会に「赤星のカルラ」という女の恐ろしさを骨の髄まで叩き込んでいた。かの女にとって、国家の誕生という歴史的偉業すらも、己の日常を彩る取るに足らない余興の一つに過ぎないのだろう。
生物兵器として生み出され、戦いの果に手に入れた自由。彼女は今日も確かに稼働している。
最後に
ということで、無事に第一部を走り抜きました。続きを書くかどうかは、私自身の気持ち次第。
なので一度、全てを白紙にして完結にしたいと思います。
ここまで読んでいただけた方には、大いなる感謝を。
本当にありがとう御座いました。
もし再開することが有りましたら、そのときはまた……応援の程、よろしくお願い致します。
皆さんからの応援が、物語を続けていくモチベーションであり、最高のご褒美です。
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