30話 栄崩れ
栄崩れ。
後にそう語り継がれることになる、リュウドウ一族に対する凄惨な粛清事件。
一度も統一国家を戴いたことのないこのフソウの地において、無数の無法者たちが軍閥化し、争いを繰り返すこと数百年。ようやく大小五つの国に集約されつつあるこの筑州の地にあって、リュウドウ家が主君と仰いでいたのがシラス王家であった。
佐伊珂郡東部を治める諸侯や豪族たちによる、緩やかな連合国家、シラス王国。シラス家を頂点の王家とし、その家臣筆頭として王家の傍流であるハンバ家が宿老を務める。さらにその下に有力な豪族、シラス八家と呼ばれる諸侯が名を連ね、王国を支えていた。リュウドウ氏もまた、その八家の一つだ。
王国の周辺に目を向ければ、東には皇帝オウベ氏が強固な覇権を握るベウフ王国。さらに北の海を越えた先には、超大国ホウフ王国が侵攻の機を窺い、強力な圧力をかけてきている。
そんな強国に挟まれながら、王家の力が弱くまとまりを欠くシラス王国が存続できた理由は、ただひとつ。幾度となく押し寄せる敵を跳ね返す防波堤となって立ち塞がった、リュウドウの精兵たちの存在である。
彼らが誇る武功は凄まじく、この家なくしてシラス王国はすでに他国に呑み込まれていただろう。
それに加え近年、鳳財寺に「カルラ」と名乗る得体の知れない女が流れ着き、赤星という組織を作り上げたことが、リュウドウの勢いに拍車をかけた。
誰も見たことのない品質の生糸、酒精の強い未知の酒、火持ちの良い練炭。彼女らが生み出す未知の産物は、リュウドウが支配する栄の地を通じて各地へ流通し、莫大な富を生み出していった。
武功による圧倒的な名声と、赤星との交易がもたらす莫大な富。
その力はもはや、主家であるシラス王家すら呑み込みかねないほどに巨大に膨れ上がっていた。
「リュウドウが、関門のホウフ国、オウガイ王と密かに通じている……」
ある時、そんな不穏な噂がシラス国内に瞬く間に広がった。
事実、シラス侵攻を目論む周辺国にとって「リュウドウさえ動かなければ」というのは共通の悲願であり、盛んに調略が仕掛けられていたのは紛れもない事実である。
その噂の出所を「東のベウフ王国からの密告」という体裁に仕立て上げ、巧妙に広めていったのは、他ならぬ宿老ハンバ氏であった。
敵の侵攻と同時にリュウドウが背後から寝返れば、シラス王国などひとたまりもない――そんな恐怖を煽り立てたのだ。
『ならば今のうちにリュウドウを粛清し、その莫大な富を皆で分かち合おうではないか。併せて栄を王家直轄領とし、王家にも少しばかり力をつけていただこう』
ハンバの持ちかけたその甘言に、シラス八家の者たちは次々と乗った。彼らにとって、内通が真実かどうかなどは二の次、三の次。
あの目障りな勢力を潰せば、莫大な富の一部が懐へと転がり込んでくる。万一内通が事実であったなら、自らの命にも関わる死活問題だ。
『ならば、ここで潰しておくのは決して悪い選択ではない』
彼らの心根の底にあったのは、己の利益と保身という、ごくありふれた打算である。
我が世の春を謳歌する者への「妬み」
目の前にぶら下げられた利権への「欲」
そして、万に一つでも謀反が真実ならという「恐怖」
それら人間の持つ後ろ暗い感情が都合よく重なり合った結果、凄惨な事変は実行へと移された。
実のところ、ハンバ氏の狙いは王家の力を強くし、結果として王家の親族である自家の地位を盤石にすることにあった。そのためには、金と兵力を兼ね備えたリュウドウは早々に取り除かねばならない最大の障壁だったのだ。
リュウドウの富と力を王家が呑み込めば、もう一つの憂慮すべき有力者であるカタシロ氏とて、威光の前に平伏さざるを得なくなる。
そうして段階的に諸侯の力を削ぎ落とし、王家の支配力を確固たるものとする。それがハンバ氏の描いた策であった。
その結果――この事変により討たれたリュウドウ一族の男子は、実に一八名にのぼる。
宗家当主や嫡男をはじめ、主だった成人男子は悉く討たれ、一族の実権を握っていた一門衆は壊滅した。それはリュウドウ氏にとって、事実上の滅亡であった。
異変を察知し、関門のホウフ国へと落ち延びようとした者たちはカルラの目の前で繰り広げられた河上寺の戦いで討たれた。謀反の疑いを晴らすためシラス王家の居城へ弁明に向かった一行もまた、道中でハンバ氏に同調する者らによってことごとく討たれた。
拠点である栄も陥落し、残る男子も捕らえられ――生き延びることを許されたのは出家して僧籍にあるセイエンと、九十歳になろうかという老将ゴウケン。そして分家の血筋である元服前の子供、ゴウケンの曾孫にあたる二人のみという有様であった。
だがしかし――王国最強と謳われた精兵を従え、難攻不落の沈み城、栄城に拠った王国の怪物ゴウケンとその一族が――なぜこれほど容易く滅びへと追いやられたのか。
――否。
これは「やられた」のではない。
これこそが、他ならぬ老将ゴウケン自らが仕組んだ凄絶なる謀、一族の間引きであったのだ。
実のところ、ゴウケン入道が思い描く国のあり方は、ハンバ氏と同じく――諸侯が寄り集まる脆弱な連合国家から脱却し、国家を統べる強固な権力を作るという方向へ向いていた。
しかし、ゴウケンの構想がハンバと全く異なっていたのは、後者が諸侯連合の中でシラス王家の力を強くしようとするに留まったのに対し、ゴウケンのそれはシラス王国からの完全なる独立。すなわち、他でもないリュウドウ家を頂点とし、すべての領土と兵を直轄する、完全なる中央集権国家の樹立を目指したところにある。
だが、今いるリュウドウの身内たちに、カルラがもたらしたその未知の概念を理解することは到底叶わない。彼らはどこまで行っても、主家を戴き領地を治めるという、封建社会に生きる旧時代の住人でしかないからだ。
その理屈を理解できたのは、ひとえにゴウケンという男が時代を超えた天才であったからに他ならない。
ならば、己の理想の障壁となる旧態依然とした身内など一切合切を切り捨てて、その意志を理解し継ぐことのできる曾孫――セイエンに全てを託す。
そして同時に、この一族の死は、もう一つの巨大な野望を果たすための極上の「生贄」でもあった。
シラス王国の宿老たるハンバの手に掛かって一族を無残に殺させれば、王国はリュウドウにとって決して許されざる一族の仇となる。それこそが、何百年と仕えた主家に牙を剥き、リュウドウが王国を脱して独り立ちするための大義名分となるのだ。
一族の主だった者たちをわざとハンバの手に掛かるよう仕向け、あるいは弁明という名目で死地へと送り出すという、血も涙もない粛清劇。驚くべきことに、彼らのすべての行程は、他ならぬゴウケン自身の口からハンバの一派へと漏らされていたのだ。
血を分けた一族の命を対価に、時代遅れの身内を大掃除し、同時に新国家樹立のための完璧な大義を得る。これこそが、老将ゴウケンが自らの血族を盤上に乗せて仕組んだ、凄絶にして冷酷極まりない謀の全貌であった。
もっとも、一度すべてを失った後に再び覇権を取り戻せるかどうかは、完全な賭けである。その命運を託して送ったのが、赤星へ宛てたあの密書だ。
カルラの気性ならば……そして、彼女の傍らで軍師を務めるあの男であれば、この絶望的な状況からの復活劇を、見事にお膳立てしてくれるだろう。
もし赤星が動かなければ、その時は潔く一族もろとも滅びるまで――
どうせ己の命は短い。古いままのリュウドウではいずれ時代の波に呑まれて滅びる定めにあった。ならばいっそ、己の手で一度すべてを灰燼に帰し、リュウドウの家が未来に向けて飛翔するための起爆剤とする。
それは老将ゴウケンが、自らの一族の存亡をチップとして打った、狂気にも等しい乾坤一擲の大博打であった。
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