薫さんと雅さん
「いや、俺のトラバサミはむしろ、潔が一線を越えない為のものなんだけどなぁ……」
ブツブツと呟きながら、愛娘の削り倒した石畳を石膏で埋めていく俺こと父親、次原薫。
「まぁ、いいんだけどさ。よくないけど。二人共、元気に育ってくれてるし」
朝の麗らかな陽気の中、愛娘たちを見送り、余計な作業をしつつ退屈そうに欠伸をする愛犬の姿を眺める。
……幸せってのは、こんなもんなんだろうな。
あいつも……きっとこんな日常を送りたかったし、そう願って……きっと草葉の陰で見守ってくれてるんだろうな。
ふとそんな事を思いつつ、腰を上げ……。
「さて、後は……2人が帰ってくる前に、家の中の掃除でも……」
「みやびちゃん、きたーく!」
ドガグシャアッ!!
「いてぇ!!」
突如、背後から繰り出されたフライングクロスチョップ!
「何するの!? 痛いよ! 雅さん!?」
「え? なんか今、みやびちゃんのめーふくをいのるようなこえがきこえたから」
「声に出してないよ! ってか重いし、痛いよ! 黄金丸を踏み台にしたでしょ!? 打点が高いから普通に強いし!」
「えー、みやびちゃんおもくないよー。かおるちゃん、よくしってるでしょ? うふふのふ」
「センシティブッ! 朝から何言ってるの!?」
……このアレな女性は、俺の妻にして二児の母、次原雅(32歳)……さんじゅうにさい、だ。
俺に罪はない。マジだぜ。I'm not guiltyだ。
「あれ? りんちゃんといさぎちゃんは? もうがっこー?」
罪人が宣う。
「そうだよ。もう8時過ぎてるし、雅さんが遅いんだよ」
「えー……おそいのは、かおるちゃんのほうなのにぃ……」
「やめてマジで。8時って言ったよね?」
ご近所の目が痛いんだって。
「まぁ、いいや。こがねまるー、おさんぽいこー」
ひょいっと凶獣の背中に乗り込む32歳子持ち。
「乗るんだ……いや、いいんだけどさ、雅さん小さいし。なんか凛が乗れなくなってきた事気にしてたの、微妙な気分になるなぁ」
「りんちゃんはせいちょうきだからねー。いさぎちゃんが、もんだりすったりちぎったりしてるからかなー?」
「止めてるよ! 寸前で! あと人間にちぎっていいパーツは無いからね!?」
止めないとしちゃいそうなのが怖いんだよ。
「うひひ〜。まあ、いいや。じゃあいってくるねー、こがねまる、ごー!!」
「ワンッ!」
尻尾をプロペラのように回しながら、勢いよく走り出す凶獣!
……ホントになんでだよ。
「……ふぅ、掃除するか……」
竹箒、バールのようなもの、石膏……無駄に増えた清掃道具を纏めて片付ける俺、次原薫。
……これが俺の平凡だ。
幸福で平穏、平均的中年男性の日常、次原薫の日常だ。




