薫さんと愛娘達
「行ってきます! お父さん! 黄金丸!」
愛する娘が私に手を振る。
「行ってらっしゃい、凛。車に気をつけてな」
庭の掃除、竹箒を振る手を止め、笑顔で娘を送り出す。
学び舎へと向かう幼い娘に手を振り、笑顔で送り出す……嗚呼、幸福の極みなり我が人生。
私の名前は次原薫、45歳。
小さいながらも会社を経営し、愛する娘の成長を楽しみに生きる、平凡にして幸福なる平均的中年男性だ。
「行ってくるわ! パパ! 黄金丸! ついてきなさい!」
愛する娘が、私に手を振る。
「何処へ行くんだい、潔。そっちは小学校だよ。早く大学に行きなさい。あと、その灯油缶とバールのようなモノは置いて行きなさい」
ズリズリと石畳を擦り付けながら火花を散らす娘の手を止め、笑顔でその物騒な凶器を回収する。
「えー」
「えー、じゃないよ。というか、黄金丸を連れて行こうとするなよ。お前は早く支度して大学へ行きなさい」
私の名前は次原薫、45歳。
小さいながらも会社を経営し、妹の学び舎へと向かおうとする、取り返しのつかない成長を遂げた愛する娘の人生を危惧する、平凡にして幸福なる平均的中年男性……の、はずだ。たぶん。きっと。
「……なぁ、黄金丸。なんで潔はあんな感じになっ……いてぇ! いたたたたたた!!! 噛むな! 噛むな! 黄金丸!! 首を振るな! 噛んだまま首を振るな黄金丸ッ!!!」
愛する娘たちの姿が消えた途端、差し出した私の手に食い千切らんばかりの勢いで牙を立てる凶獣、愛犬・黄金丸!
なんで懐かないんだお前は。一番付き合いが長いのは私だぞ?
この平凡にして幸福なる平均的中年男性、次原薫45歳だぞ?
「何やってるの、パパ、黄金丸。行ってくるわね」
支度を終えたのだろう。バールも灯油缶も装備品から外れた美人女子大生20歳が、私に手を振り玄関から出てくる。
「ワフッ!」
引き抜かれた血に塗れた牙を輝かせ、尻尾をプロペラのように回しながら、そんな娘に愛想よく声をかける愛犬……なんでだよ。
「ああ、行ってらっしゃい。潔」
まぁ、いいさ。平凡で幸福。それが私だ、次原薫、4……。
「あ、パパ! 凛の部屋に仕掛けられてたトラバサミ! 痛かったわよ! パパもなかなかやるわね! 今度私にも一個作って頂戴! オスガキ共に使うわ! じゃあ、行ってきます!」
…………平凡で幸福。平均的中年男性。
……異論はないよな? 黄金丸?




