稀血の養女は、紅眼の兄に囲われて幸せです
白い布が、ゆっくりと視界を満たしていく。
鏡の中にいるのは、少しだけ知らない私だった。
肩から落ちるレース。胸元に寄せられた花刺繍。
夜会で着たどのドレスとも違う、重みのある白。
「……変じゃないですか?」
そう聞くと、背後にいたお母様が微笑んだ。
「とても綺麗よ、アリアちゃん」
嘘をついている声じゃない。
それが分かるから、胸の奥が、少しだけくすぐったくなる。
「稀血の花嫁なんて、滅多に見られないものね」
冗談めかした言い方なのに、どこか誇らしげだった。
私は、そっと自分の首筋に手を当てる。
長い髪は結い上げられ、首筋が、はっきりと露わになっていた。そこに、かすかな痕。
消えきらない、淡い印。吸血の証。
——彼と、同じ時間を生きている。
それが、こんなにも自然なことになるなんて、思っていなかった。
扉の向こうで、気配が動いた。
この屋敷で、いちばんよく知っている気配。
いちばん安心して、いちばん心を揺らす存在。
「……入ってもいい?」
低く、少しだけ遠慮がちな声。
「はい」
返事をした瞬間、扉が開く。
黒の礼服に、赤い瞳。
血の夜を越えたあとの、その人は、以前よりも静かで、深かった。
——人ではない。
けれど、それ以上に。
「……ルカお兄様…」
「綺麗だよ、アリア」
低く、抑えた声。
称賛というより、確認に近い。
「でも、その呼び方は、今日までだろう」
咎める声音じゃない。
むしろ、独占を確かめるみたいな言い方。
私は小さく笑って、ドレスの裾を指でつまんだ。
「……じゃあ、ルカ」
名前を呼んだ瞬間、
赤い瞳が、はっきりと細くなる。
吸血鬼の王。
夜の頂点。
先祖返りの、完全な覚醒体。
——それでも。
私の名前を呼ばれるときだけ、
その瞳は、少しだけ弱くなる。
「他の誰にも、見せたくないな」
静かな独占欲。
「……見せないでください」
冗談めかして言ったつもりだったのに、
ルカは即座に、私の腰を引き寄せた。
強くはない。
けれど、逃げ道を残さない距離。
「君が綺麗なのは、俺だけが知っていればいい」
その言葉に、胸の奥が、きゅっと鳴る。
「迎えに来た」
その言葉に、私は笑った。
「攫いにきたんじゃなくて?」
冗談のつもりだった。
でも、ルカは否定しなかった。
「……そうかもな」
それから、一歩、近づく。
「でも」
指先が、私の手を取る。
「選んだのは、君だ」
その言い方が、あまりにも自然で、あまりにも当然で。
私は、はっきりと頷いた。
「はい」
ただ守られて、閉じられて、
隠されていたのかもしれない。
あなたの夜を。
あなたの血を。
あなたと同じ時間を、生きることを。
ルカの瞳が、ほんの一瞬だけ、柔らかく細まる。
「……後悔は?」
「しません」
即答だった。
ルカは、ほんの少しだけ息を吐いた。
——負けた、という顔だった。
「……敵わないな」
そう言って、私の額に唇を落とす。
吸血のためじゃない。
支配のためでもない。
ただの、誓い。
「君は、俺のものだ」
「はい」
即答する。
「でも、それは——」
言葉を継ぐ。
「私が、あなたを選んだからです」
その瞬間。
吸血鬼の王は、
誰よりも満たされた顔で、微笑った。
あの夜、月が紅く染まったとき。
私の世界は、壊れたんじゃなくて、完成した。
夜が、静かに祝福する。
血と月と、永遠の契約。
稀血の養女は、
紅眼の兄に囲われて――




