プロローグ ①/第一王子なのに、突然、国から追放された。
「久しぶりだなぁ…こんなにのんびりするの」
「そうですねぇ、ロイド様」
ゆったりと揺れる窓のない馬車の中、ロイドは差し入れの甘い茶菓子と水筒に入れられた紅茶を飲みながら暢気に呟く。
ロイドの対面に隣に座る、可憐な従者は持ち込んだ茶菓子のお皿を持って相槌を打つ。
「リッシュ」
「はい、『お菓子のおうち』の新作タルトですよー」
リッシュは茶菓子を一つ手に取る。
「ロイド様、ハイ、あーん」
「あーん」
リッシュはとても可愛らしい仕草でロイドの口に、茶菓子を与える。
「さらに美味しくなってる、さすがアドルフさん」
「美味しいですよねコレ。ロイド様、僕にも…あーん」
何故か妙に艶めかしくゆっくりとお口を開けて、少し舌をのばすリッシュ。
「今物理的に無理」
のんびりと馬車の旅を満喫している二人は…
「しかし…」
ロイドは自分の両腕を固定している重厚な手枷を見ながら、
「本当に、国から追い出されちゃうとはなぁ…」
「そうですねぇ」
国外追放という王族最大級の刑罰。
王族への礼儀として用意される立派な馬車の中で、二人は暢気な話にしている。
「なんで追い出されちゃったんだろうなぁ…一応、第一王子で真面目にやってたのに?」
リッシュは首を横に振る。
「国庫に納めるべき税の横領…第一王子を国外追放にしては弱いですね。現に第三王子様が数か月前にやらかした時は訓告ですんでます」
「…アイツそんなことしてんの?」
「はい。内々で処理されましたが、実際は第三王子様が周りに唆されてやったみたいですが、本人も贅沢したので言い訳できなかったみたいです」
「内々で処理された事、何で知ってるの?」
リッシュは妖艶な笑みを浮かべる。
「情報網です。お教えしたかったのですが、誰にも聞かれぬ閨にいつまでも誘っていただけないので、ご報告が遅れました」
「そ、それより…今回の事は件は、やっぱり陰謀?」
「そうでしょうね。たぶんロイド様を純粋に邪魔だと思ってる第二王子様の派閥と、先の戦でロイド様に大恥かかされた第三王子様の派閥辺りですかね」
「でもなぁ、昔は兄様兄様って寄って来たんだよ?」
「いつの頃ですか?」
「あいつ等が5歳から7歳の頃」
「もう十年以上前じゃないですか」
リッシュの言葉に世の無常を嘆いてしまうロイド。
「ロイド様は先の戦で戦功を上げたうえに、諍いが絶えなかった隣国と不可侵条約を結ぶ懸け橋となった『英雄』となり、しかも他の御弟妹達とその一族が色々とやらかした問題末に削られて、流れてきた莫大な報奨金と宝飾品と領地を授かり、悠々自適とくれば恨まれますよ」
「…領地は前の領主の搾取経営で無茶苦茶だったし、報奨金や宝飾品なんて支援食糧と物資の代金を商人に払ったら消えたよ。まったく、仕事しかしてねぇよ。おかげで王族なのに独り身だ」
ロイドは目を数回パチクリさせる。
「…やっぱり、仕掛けるとしたら『今』だったんだろうなぁ…」
「国王は、親善会議の為で護衛軍を連れて同盟国トラキアへ。一番恐ろしい王妃様は現在、犯罪組織壊滅に猛威を振るっております」
「母さんから、なにか連絡きたか?」
「予定通り、諸外国から流れてきた人身売買組織を全滅させて、関連組織・人物を炙り出して取っちめると言っておりました。余裕があるならロイドの小遣い寄越せと…」
「筋肉ババァめぇ…俺が贅沢しようとしたのを見計らって催促しやがる」
人生に苦労の多く、年相応以上にくたびれた31歳のこの男は、アルヴァス王国・第一王子『ロイド=アルヴァス』。
全然王子様っぽくないが、王子様である。
彼の生い立ちは少し複雑である。
元々、ロイドの父である現国王は、前国王が可愛らしい庶民の娘にお手つきして生まれた王位継承権が十四位くらいの王宮に入れないどころか、貴族の地位もなく、普通の街で本屋をやっていた博識な優男だ。
彼は当時から自分をいじめっ子からかばってくれていた、健康的で美しい筋肉質の肢体を持つ魔神鋼ランクの冒険者にまで上り詰めた幼馴染の肉屋の可愛い娘と甘酸っぱい恋愛の末に結婚し、かかあ天下で座布団の如く尻に敷かれまくる万年新婚生活な日々を、平和に過ごしていた。
そんな二人の一人息子であるロイドは、父からは様々な知識を教わり、母からは『ありとあらゆるモノと戦う方法と筋肉』を叩きこまれた。
ロイドが10歳の時に王国を揺るがす事件が起きた。
病に謀略になんだかんだと、継承上位の王子・王女がバッタバタと死んでしまったのだ。
突然、王宮に呼ばれた父はあれよあれよと国王になってしまった。
ロイドは王子様になり、肝っ玉母ちゃんは王妃様である。
それから色々あった。
国家の為とはいえ、新しい側妃を迎える度に国王が死にかけるのは序の口。
王妃暗殺を企んだ貴族派軍事大臣・ボルドーが王妃に物理的に刺客ごと返り討ちに会った上、王宮のど真ん中の木に逆さ吊りにされて『王妃特製懲罰棒』で百叩きにされた『血のボルドー事件』。
公爵家から嫁いだ側妃が王妃を公衆の面前で侮辱し、その結果、顔面に空中を錐揉み回転する威力のビンタをくらわし、止めに入ったその父である公爵や護衛にも同じようなビンタをおみまいした『華麗なる竜巻事件』。
決定的となったのは、謀略極まる王室でとうとう大っぴらに王妃を殺そうと有力貴族が結託し、最強である《竜騎士軍団》を動員したのだが、結局王妃の棍棒に壊滅し(※王妃談 の籠に入れた棍棒(鉄芯入り)十本中三本折れた。邪竜王は七本持ったぞ!軟弱者ども!)、有力貴族の序列がかなりひっくり返った国を揺るがす事態となった。
本にすると長編シリーズになる数の様々な事件を王宮内で母が事件を起こしている間、第一王子となったロイドの王子としての生活は充実していた。
朝起きて、ミルク飲んで、母にシゴかれて、朝飯食って、ミルク飲んで、大図書館の賢者に勉強教わって、昼飯食って、ミルク飲んで、母に叩き込まれて、ミルク飲んで大図書館の賢者に魔術教わって、夕飯食って、ミルク飲んで、復習して、母に死ぬほど訓練されて、お風呂に入って、ホットミルク飲んでゆっくり寝る日々を過ごし、王族の模範となる王子へとなった。
特に先の隣国・ローランドとの戦では、天才的な戦略で圧倒し、ローラントの柱であり個人の武では音に聞こえし『最強騎士』との一騎打ちの果て捕虜とした。
そして捕虜とした『最強の騎士』を辱めず、ローランド王に書簡を送り、不可侵条約を結び、良好な関係を築くことを約定した。
まさに知識・武力に加え、平和を第一に考える姿勢。
彼を知るものは余計な飾りを付けず彼をただ…
『英雄』
と呼ぶ。
「あーあ、まあ、いいや」
そのくたびれた姿の英雄は楽観的に背を伸ばし、
「あれだけ領地を発展させたんだ。領地の発展させるモデルケースができた。これで他の街を発展させる見本になればいい。後の主役は領民達だ」
リッシュは呆れて息を吐く。
「まったく…ご自分のことより街の事が心配ですか?」
「決まってるだろ。腐っても、腐りきっても、追放されてもなんだかんだで『王族』だったからな。領民が飯食えて、文化的に暮らさせることが第一だ」
しばらくの沈黙の後、ロイドは溜息を吐く。
「まぁ、これはチャンスだ」
「え?」
「追放されたって事はもう気にすることはない。追放先で冒険者やったり、商売したりして、二人で食べていくぐらい稼ぎならが貯金して、そのうち夢の一軒家を買うっていう壮大なる野望に向かってな」
「…ロイド様。ロイド様のお気持ちがよろしければ僕は反対いたしません。でも…」
リッシュは意を決して言葉を出す。
「今度こそ、本当に僕を…」
馬車が止まり、馬車の乗り込み口の閂が開く。
「おっ、着いたか」
「…タイミング悪っ…」
頬を膨らますリッシュの頭をロイドはなでる。
赤く頬を染めるリッシュを申し訳なさそうな顔をしながら馬車の戸を開けると、
バタンッと閉じる。
「…?どうしたんですか、ロイド様?」
「…ヤバいな。今回のシナリオ書いた奴は俺を追放じゃなくて殺したいみたいだ」
頭を抱えるロイドを見て、リッシュが戸を少し開けて、外をのぞく。
外には小規模ながら軍隊がいた。
ローランド正規軍の式典用鎧を着た女兵士達が敷かれている中央の赤い絨毯の左右に隊列を為している形の、王家やそれに準ずる来賓を迎える『王の道』。
その先には幾人か只者ではない雰囲気の六人の女性達がいて、中央には黄金色の重武装の騎士が、離れた馬車でもわかる、殺気にも似た威圧を発して腕を組んで立っている。
鉄仮面で顔はわからないが、リッシュも話には聞いていた騎士…
「ロ、ロイド様…あの人って…」
「あぁ、ローランドが誇る『最強騎士』。ローランド第一王女『セレスティア=リリアーネ=ローランド』だ」