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◆石の上◆ ―囀り石奇譚―  作者: 犬神まみや
2/14

「1」 

-山高帽の男-

…町の一角の家一つ分ほどの空き地には、そこそこ大きな石がある。

 此処最近、その石の上に山高帽を被った背広の男があぐらをかいて座しているのを見かけるようになった。


 しかし、奇妙な事にどうもその姿が見えているのは私だけらしい。


 何故それが解ったかというと、行商の折り連れ立っていった年若い奉公人に

「お前、あの男、なんであの石の上に座っているのだかワケを知っているか?」

 と問うたところ、彼は怪訝な顔をしてこう訴えた。

「旦那様、幾らあっしに学がナイからと言って、からかっちゃぁイケマセンや。あっしにはそんな男はこれっぽっちも見えやしませんよ。」


 その三日後、友人とソコを通りかかった時も、同じ質問をしたが友人も不審そうな顔をすると、私の肩を叩きながら

「お前、疲れてるんじゃ無いのか?」

と苦笑しただけであった。


 道々をすれ違う人々も同様で、彼が空気でもあるかの如く、誰もがその姿を気に止めないのである。


 この日は見事な秋晴れであった。

 空が高い。

 赤とんぼが無数に頭上を行き交っていた。


 と、その時“ぶぅん”と微かな音を立てて竹とんぼが私の少し先の草むらに落下した。

「おじさん、それ、おれたちの竹とんぼだ。とっておくれよぅ」

 声を張り上げて、竹とんぼの持ち主らしき二人の子供が叫ぶ。


 私は「ああ」と小さく呟いて、一歩足を伸ばすと草むらの竹とんぼをつまみ上げる為にかがみこむ。

 ソコで私はハッとした。

 …そこはくだんの空き地の、かの大石の本の手前である。


 頭上に強い視線を感じて、情けない事に全く、身動きが取れなくなった。

 暑くもナイのに脇の下に“じわり”と汗をかく。


 しかし、いつまでもかがんだままでいるワケにもいかないので、意を決し、おそるおそる顔をあげてみると案の定、石の上の男は私を凝視していた。

 彼と間近で目が合い…心臓が飛び出る程驚いた。


 彼の目は美しい琥珀色をしていたのである。

 私の周辺でこんな色をした瞳を持つ者を見たことがない。


「呼んでるよ?」

 高くも低くもない、安定した柔らかな声。

 私はそれが彼の声だと気付くのに大分時間を要した。


「はぁッ?」と素っ頓狂な声で返事をした私を見て、彼は、右の口元をクッと上げて、更に言った。

「呼んでるよ、あの坊主どもはアンタを呼んでいるんじゃぁナイのかい?」

 振り向くと、竹とんぼの主が手を差し出している。

「おじさん、たけとんぼォ…」

 そこでようやく理解して、私は無言のまま、彼等に竹とんぼを手渡した。

「ありがとよ、おじさん!」

 子供達はそう言うと、竹とんぼの主導権を争いながらその場を離れていく。

 子供達もこの山高帽の姿が見えてはいないようだった。


「あんた、あたしが見えるんだね。…ふぅん…」


 当然、この言葉に私の心臓は激しく脈打った。


 ―…やはり、他の者にこの男の姿は見えないのか…?

ナニヤラそれを自覚している口ぶりだぞ。しかしそんな事が本当にあるのだろうか。


 しかし、そんな私の気持ちとは裏腹に彼はしらっとした様子でこう言うのである。


「タバコ、煙草あるかい?…今切らしてんだ」

「えッ…あぁッ、コレ…?」


 言われるがままに私は朱で“Air Ship”と書かれた煙草の箱を袂から出し、彼に差し出した。

 自分でも妙な気分である。


「ハィ、あんがとさん」

 彼はソコから妙に慣れた手つきで一本だけ煙草を取りだすと、口に咥えて自分の内ポケットに手を突っ込んでゴソゴソやり始めた。次に何事が起こるのか眉をひそめてその様子を窺っていたら、彼は目の前で左手を広げ静止の姿勢を取り、片目をつぶった。気障な仕草だったが別に嫌な気はしない。


「あァ、火はいいよ、あるから」


 そう言ってポケットから赤の下地に黒い燕のマークの入ったマッチ箱を取り出す。よく見かけるデザインだ。たしか外国への輸出を目的にに作られたというメ-カ-のモノだ。


 彼はそこからマッチを取りだし、タバコに火を付ける。

 仕草がもたつかないせいか流れるようで綺麗だな…と素直に感じていると、

「アンタ、名は?」と、突然問いかけられた。


 彼は、すぅっと大きく煙を吸いこみ、マッチの炎が消えるのを見届けてから燃えかすを指先で弾き飛ばし、洒落た溜息の様に吸った煙をゆるやかに吐き出しながら、同時に言葉を続けた。


「アンタ…数日前からあたしが見えていたろ?…そん時アンタ、あたしを指さして“ホラッ、山高がいるだろう、山高帽の男がッ!”て叫んでいたよねぇ」


 山高帽はニィッと目を細めて笑う。

 私は赤面した。


 …確かにそう言っていた。自分にしか見えないらしいと言う“焦り”と、その場に居合わせた相手に解らせようとした“必死”がごちゃまぜになって、思わず一番目に付いた山高帽を指してついついそんな事を言っていたのである。


 気分を害したのかと思い、返答に困ってしどろもどろしていると、彼は意外な答えを返してきた。


「あたしゃね、その“山高”ってのが気に入っちまったのサ。これまでも色々なあだ名を付けられて来たが、アンタの言ったソレが一番洒落ているかも知れないよ。…んでさァ、あたしの名をアンタが呼ぶ時ゃそれでイイんだが、あたしがアンタを呼ぶ時なんて呼びゃあいい?…名前を教えておくれでないか?」


 普段の私であれば、相手が何処の馬の骨かとも解らぬのであれば決して名前を教えはしなかったろう。

 が、この日は本当に通常と勝手が違っていた。

 思考が短絡的になっていたといえばいいのか、なんというのか、一瞬で彼が自分に実に近しい人物の様に思えてならなかったのだ。


 もう少し分かりやすく言えば、「敵か味方か」、「馬が合う・合わぬ」を時間をかけず見分けられた様な気分にさせられた…と言う感じだ。

 冷静からほど遠い場所に感情を置いたまま、私は名を名乗った。


「一之助…横瀬一之助です。」


 ふぅん。と、彼は唇を突きだすようにして、「いちのすけ・ねぇ」と復唱した。

 私はその時、改めて冷静になって彼の顔に目をやった。

色白の童顔で、端正とまではいかないがどちらかと言えば人好きのする顔立ちである。

が…彼の琥珀色の目を見た途端、正気に戻ったとまではいかないにせよ、私は急に、言い知れない不安を感じ始めた。


 ―…何故、簡単に私はこの人を信用しようとしているのだ?


 見ず知らずの人間にタバコまでねだり、その上、他の人間の目には見えてない事を、彼…“山高氏”本人も認めている事からして私は何かよからぬ事件に巻き込まれてしまうのではナイかしら、と言う予感に捕らわれ始めたからだ。


 そわそわしながら次の話に成る前にその場を退散しようと、私は

「それじゃぁコレで…」と愛想笑いを浮かべ彼に背を向けた。


 が…私は又ココでヒドク驚く事になる。


 見えない“何か”に思い切りブチ当たったのだ。


 顔をしたたか打った為、一瞬何が起こったのか理解出来ず小刻みに2~3度頭を揺すってみる。周囲を見回してみても、目を凝らしてみても、私がぶつかった“何か”を確認出来ない。

はからず手を伸ばしてみた。

柔らかくも、硬くも、冷たくも、温かくもナイ…妙な感触が手の平に当たる。


「―…ええ!?か、壁ぇ…!?」

 透明の…空気で出来た壁…例えて言うならそんな感じである。

 私の叫び聞いて、山高氏は言った。


「あら…御免よ。“結界をはったまま”だったの忘れてたぁ…」


 行きは良い良い…帰りは怖い…て、アンタこの歌知ってるかい?と彼は笑った。


「結界!?」

 余り聞き慣れない言葉であると言う事と、その言葉の重さに驚きを隠せず、私は彼の方を振り向きながら叫んだ。


「あ…あんた…アンタ一体!?」

「あたし?…あたしは…そぅねぇ…」


 少し考え込むように言葉を途切るとフ―ッと長く煙を吹く。

「妖怪…?」

 ゆらり、と煙が小さな雲の形を作ってすぐ消えた。


 聞き間違えたのかと思い、私は「はぁッ?」と聞き返す。

「いや、だから…言うなれば…“妖怪”って形容が一番解りやすいかな…と」

 

 当然私の脳内は、子供の頃見聞きしたあろうおどろおどろした絵巻物の中の妖怪達で埋め尽くされた。

しかし記憶の奥から引っ張り出した妖怪達は余りにも目の前の彼とはかけ離れていたる。

すると、彼は膝の上に寝かせていたステッキを手に取り、くるりと優雅に持ち替え、柄の部分を私に指し向けた。


「って言うかアンタ…今、河童だの・ぬっへっほだの・唐傘・化け提灯だのを想像してるだろ!?」


 その声は今までとは違っていささか不機嫌そうである。

私は図星を指されたにも関わらず、ソレを隠そうともしないで、頭をぼりぼり掻きながら「はぁ」と間の抜けた返事をした…次の瞬間、彼はそのステッキの柄で私の頭をコツンと勢いよく小突いた。


「痛ッ!なッ…何するんですッ!」

「フン!まぁイイさ。今日は勘弁してやる」

 ソレはコッチの台詞だよ…と即座に思ったが、口に出して言うと又小突かれそうなので、言葉を呑み込んだ。


 顔をしかめて殴られたトコロをさすっていると、彼…山高は楽しそうに目を細め、またしても突拍子もナイ事を言ってきた。当然、私は驚かされるハメになる。

 ね…それよりサ、アンタの悩み事…随分面白そぅだねぇ…」


 息が止まるかと思った。

「二」へ続く

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