二人の仲間《参》
「よろしい。セルグ、お前に旅に出る許可を与えよう」
「お師匠……!」
宿に戻ったアルフォンスたちを、ゴルディアスは驚きと喜びを一緒にしたような顔で迎えてくれた。
「それにしても、驚きの解決方法を見つけたものだね、セルグ。お前の機転を試そうと思ったのだけど、これも運命かな」
リネアを見、アルフォンスを見、そしてセルグを見つめる。はじめは我が子を見るような優しい眼差しで見つめていたが、それはすぐに弟子に対する厳しいものに変化した。
「……行きなさい。広い世界へ、新しい仲間と共に。一人前の位に相応しくなったと思えたら、その時は私の元に再び来るがいい」
この言葉に、セルグはぽかんとしたままゴルディアスの顔を見つめた。アルフォンスには言葉の重要性がわからなかったが、まだ一人前の位を持たないセルグには物凄い衝撃だったらしい。
「魂を共にする仲間がお前を待っている。いいか、どんなに辛くとも耐え抜きなさい。決めた以上、逃げることは許されない。いいね。……これが私からの最後の教えだ」
そう言ったゴルディアスの眼差しは、いつの間にか、また優しく温かなものに戻っていた。
話を終えてゴルディアスの部屋から出るなり、まだ夢見心地なのだろう、どこか覚束ない足取りのセルグに、アルフォンスは後ろから思い切り抱きついた。
「セルグ、これからよろしくね!」
「っあ、ああ、もちろんだぜ! リネアもありがとうな。許可を貰えたのはお前のお陰だ」
「……礼は必要ない。では、これで」
「え、行っちゃうの?」
「ああ、依頼は終えた。もうこの町に用は無い。……それとも、まだ私に何か用があるのか?」
ゴルディアスとはまた違う『何か』を感じさせるリネアの瞳に見つめられ、アルフォンスは言葉に詰まった。そもそも、こんな美人に見つめられるだけで思考が停止しそうになる。
(何か用かって……。無くはないけど……。っえぇい、言っちゃえ!)
「ねぇ、僕達と一緒に旅をしない?」
「断る。他を当た……」
他を当たれ。そう言おうとしたらしいリネアは、とある物を見て言葉を失っていた。
視線の先には、アルフォンスの剣があった。
「この、剣。まさか、お前……?」
「え? これを知ってるの? あ、よかったら持ってみる?」
アルフォンスは素直に、かつ非常に驚いた。ずっと昔から剣を祀っていた自分達すら剣の真実を知らなかったというのに、この魔法使いは何をどれ位知っているのだろう。
(何か話を……聞けるかな)
剣のこと、剣に選ばれた理由、界王様のこと。聞いてみたいことは尽きないのだ。
そう思ったアルフォンスは、リネアに剣を差し出した。刃の美しい輝きは絶えることなく、幅広の鍔には水晶だろうか、透明の石が一つはめ込まれている。その周りと柄頭には、見たことのない不思議な紋様が彫られている。
リネアは、じっとその剣を見つめている。目が離せない、といったところか。
「おい、何なんだよ?」
先ほどからアルフォンスたちの話についていけないセルグが、横から怪訝な顔をして言った。その言葉に驚いたのか、リネアが弾かれたように顔を上げた。
「お前、剣のことを聞いていないのか」
「はぁ? この剣がどうかしたのか?」
「アルフォンスと言ったな。何故説明していない?」
「えっ」
「アル、何だよ。何か隠してたのかよ!」
アルフォンスはセルグに大きな声で責められたことはもとより、出逢ったときから表情の変化を一切見せずにいたリネアが、ここで僅かだが語気を荒げたことに驚いた。
だが一度に二人から責められたアルフォンスは、もっと別の感覚を強く味わっていた。
一つはもちろん、自分もあやふやだったとはいえ、セルグに嘘をつき、秘密のままにしようとした――悪いことをしてしまった、という後悔。
もう一つは、自分を真正面から責めてくれる人がいるという喜び。
「……。セルグ、ごめん。あのさ、僕が何を言っても信じてくれるよね?」
「ったりめぇだ、馬鹿野郎っ」
「ありがと、ゴメン」
居なかった。良くも悪くも、村に自分を責める人など、一人も居なかった。いつもみんな『気にしないで』と言って。
だけど、二人は違う。
「んじゃ、話せ」
「……今までわざわざ隠していたことを、こんな場所で話せるわけ無いだろう。廊下では人に聞かれる恐れがある。少しは考えろ」
「っ!」
さらりと言い放ったリネアの言葉に、セルグはもろに衝撃を喰らっていた。言葉の矢がアルフォンスは目に見えた気がする。そのグサリと突き刺さった言葉に、セルグは思わずよろめく。
(ああ、これが綺麗な華には刺があるってヤツか!)
アルフォンスは一風変わった、いや、間違った感動をしていたが、セルグはそれどころではない。仮にも一目惚れした相手に手酷く扱われて、深刻な状態にあるようだ。
「――とにかくっ! とにかく話せ、どこでもいいから!!」
わずかに涙声になったセルグが、何か吹っ切るように、半ば叫んで言った。
その後、結局三人は人気のない場所として、宿のセルグの部屋に集まった。
「じゃ、僕が知ってる事を全部話すね」
そう切り出すとアルフォンスは、村で起きた出来事を全て話した。祭りや剣のこと。神官から受けた説明も、全て。
リネアも本で読んだという、アルフォンスが知らなかった知識を与えてくれた。つまり界王の剣についての書は、ほんの僅かだが、あの神殿以外にもあるとのことだ。ならばこの先も剣について、なにか新しい情報が手に入れられるかもしれない。
「……と言うわけ」
「うーん……。まぁ、普通は信じろってほうが無理だよな、そんな話。けど、俺ぁお前を疑ったりはしねぇ。だから信じるぜ、アル!」
「……もとより私は信じている」
「ありがとう、二人とも!」
アルフォンスは目頭が熱くなるのを感じた。
こんな突拍子もない話、渦中の自分でも信じきれていなかった。いや――怖くて、信じたくなかった。
それでも、目を逸らせない数々の事実が、この御伽噺のような出来事は真実なのだと訴えてくる。一緒に立ち向かってくれる仲間の存在は、何よりも嬉しかった。
「よしっ、話の整理だ。お前は剣に選ばれて、世界を救う役目を負った。で、何人か仲間を探す。その魂を共にする仲間ってのを」
「セルグとリネアが、その魂を共にする仲間だよね!」
「……さあな」
「大丈夫、きっと『魂』って気持ちのことだもん。でしょ? リネア」
「……おい、俺を忘れてねぇか?」
再び蚊帳の外になったセルグは、少しムスッとしている。たった一言二言だが、話の輪に加われないことがよっぽど気に入らないらしい。
「そんなことない……よ?」
「お前、今の一瞬、完璧に忘れてやがったろ。……ま、いい。俺もお師匠に言われたんだ。これからはアルについてくぜ」
「うん!」
こうしてアルフォンスは、新たに二人の仲間を得て、三人で旅を続けることになった。
そして翌日、一行はレドックの町に別れを告げた。向かうは南。アスケイル王国の都、王都アスクガーデンへ。