新たな地《壱》
アスケイルに縦横無尽に広がる、アスク街道。
そこを王都に向け進んでいた途中、三人は運良く荷馬車に乗せてもらうことができた。
本来は藁だの薪だのが積まれる荷馬車だが、ちょうど積み荷を下ろしたところに出くわしたのだ。農夫の家で再び荷を積む時に手伝うことを条件に、一行は旅の足を確保したのであった。
荷馬車一台分の荷を積むことなど、体力のある若者にとっては大した労働ではない。長距離の徒歩移動と天秤にかければ、どちらが苦かは一目瞭然であった。
「あー、よかった」
「ん、楽だな」
そのため男二人は幸運を享受するかの如く、荷台でくつろぎ、中央で伸び伸びとしている。だがリネアは隅に座り込み、微動だにしない。まるで瞑想でもしているかのようだ。
しばらくのんびりと過ごしていたとき、アルフォンスはふと、武闘家の証が描かれたセルグの服が目にとまった。セルグは自分より二つ年上の十八歳だと聞いたが、これから旅を共にするのだ、もう少し話を聞いておくべきだろう。
「ねぇセルグ。そういえばさ、武闘家の階級ってどう分かれてるの? 職ごとに色々と違うんでしょ?」
突然の質問ではあったが、セルグはむしろ嬉しそうな顔で説明し始めた。自分の職に興味をもってもらえたことがその理由だろう。
「ああ。俺ら武闘家の階級は七段階あって、一位が武闘神ってんだ。他の階級に人数規定はねぇけど、武闘神だけは四人になってる」
「へぇ。何で四人なの?」
「武闘家の流派が関係してるんだ。流派は東西南北の四つある。あ、俺は東派な。で、そっから一人ずつが武闘神の名を冠するんだ。四年に一度やる選定の儀、つまり代表試合で決めるんだ」
「七段階もあるのか~。一位になるのは本当に大変そうだね」
「ったりめーだろ。選定の候補者になるだけでも凄ぇことなんだぜ。そのうえ、武闘神は本当に強くて、四年おきに変わることなんか滅多にないしな」
しばらく武闘家についての話で二人は盛り上がっていたが、リネアは荷馬車に乗った時から変わらず、憮然としたまま会話に混ざろうともしない。
それに気づいたアルフォンスは、何とかリネアとも会話を弾ませようと試みた。
「え~と、リネア、魔法使いの職はどうなってるの? よかったら教えてよ」
「……知ってどうする。魔法使いを目指すわけでもあるまい」
「……。そ、そうだけど……」
返事はして貰えたが、見事な一刀両断だ。アルフォンスは二の句が告げなかった。
(やばい、会話が続かない……)
アルフォンスは打ちのめされて口をつぐんだものの、それに続くものが現れた。セルグだ。セルグは軽く身を乗り出し、リネアとの会話を引き継いだ。
「いいじゃねぇか、話して減るもんじゃあるめぇし。な?」
「……。魔法使いは五段階だ。階級は五大職で最も少なく、それだけ昇級しにくい。武闘家と同じく、最上級以外に人数規定はない。称号は一番下が行者、次に魔法使いで上級・下級に分かれる。その上が魔術師、一番上が魔導師だ。人数は五行に従い、五人」
「……」
すらすらと紡がれるリネアの話を聞いている間、アルフォンスはただ驚いていた。
リネアが口を開いたことに対してではない。セルグのリネアへの接し方に、だ。
セルグはリネアを好いているが、今は下心なく、率直な言葉でリネアに尋ねた。そのためにリネアも口を開いたのだろう。どう接すればいいかなど、回りくどい事を考えていた自分と違って。
「……リネアはどの階級? 当然、行者じゃないでしょ?」
「私は魔術師だ」
「へ……えぇええ!!」
少し前の感慨深さを吹き飛ばすリネアの発言に、アルフォンスは思わず大声を出してしまった。荷馬車の持ち主も驚いたのだろう、どうしたと声をかけられてしまった。
「あ、ご、ごめんなさい。何でもないです! ……リネア、それホント!? すごいね!」
「嘘など言ってどうする。本当だ」
少しムッとした表情になったリネアだが、アルフォンスの発言は驚きのあまりのもので悪意ゆえではない、と理解してくれたのだろう。会話を途切れさせることはなかった。
「すごいなぁ……。リネア、僕たちと年、変わらないよね?」
「私は十八だが。まあ私の実力だけでなく、師匠の七光りもあるだろうな」
「七光り? リネアの師匠って、そんなすげぇヤツなのかよ」
「ああ。我が師の名は、シャルーラン・ガイラ。聞いたこと位はあるだろう?」
唖然。
リネアの言葉に、二人は叫ぶことすら出来ずに言葉を失った。
「シャ、シャルーラン・ガイラって……。まさか、まさか……!」
「そう、賢者だ。さすがに知っていたか」
「そりゃあ……、な」
賢者とは五大職の剣士、武闘家、魔法使い、僧侶、吟遊詩人、全てを修めた人物だけに贈られる称号だ。
一位に人数制限をおく職が多いため、どの職も二位になった時点で『準修士』となり、その職を修めたことになる。ただ、どんな職であれ、一生かけてもその準修士にさえ到達できないことは多い。まして職の頂点たる五大職はその極み。一人前の位を得るだけで一苦労なのだ。
そのため百年ぶりに賢者の位を得た人物の名は、全世界に知れ渡っていた。
「凄い、凄いよリネア!! ねぇ、もっとリネアの話を聞かせてよ!」
「……それはまた次の機会に、な。あれを見ろ、アスクガーデンだ」
リネアが示した先には、赤茶色の線が空と大地を割っていた。
あれこそ、王と国の力の証。どこまでも続き天高くそびえ立つ、都を囲む城壁。それは神話にも登場するほど、遥か昔から都を守っている。
一行はその手前の村で農夫との約束を果たし、日が暮れる前に王都を目指したのだった。
「あ~あ。出国手続きって、すぐにできると思ってたのになぁ」
入都して、しばらくの後。三人はアスクガーデンのとある宿で、早めの夕食をとっていた。
日が暮れる前に入都することはできたが、目的としていた役所は、既にその仕事を終えていたのだ。その事に不満を漏らしたアルフォンスに、旅慣れているセルグが苦笑しつつ、ぼやくように言った。
「仕方ねぇよ、役所仕事ってのは遅いくせに受付時間は短けぇもんだ。明日中に全部済むなら早いもんだって。今日はここでゆっくり休んでいこうぜ」
「うん、そうだね」
アルフォンスがそう言ったとき、ちょうど頼んでいた食事が運ばれてきた。が、それに手をつけようとした瞬間、隣の席の青年に声をかけられた。
「なあ、あんたらも大会に出場すんのか?」
「へっ? 大会?」
予期せぬ出来事に、アルフォンスは素っ頓狂な声を上げてしまった。
青年のほうを振り向けば、その青年の服にも武闘家の証が描かれていた。少しセルグの服と違いがあるのは、おそらく流派や位によるものだろう。その青年と言えば、話を進めるものの、視線は完全にリネアに固定されている。
(まあ、気持ちはわかるけど……)
「なんだ、知らねぇの? 去年から王都で始まってんだよ、武闘大会がな。あんたは立派な剣を持ってるし、そちらさんは武闘家だろ? だからそうかと思ったんだが」
「武闘大会?! それ、誰でも出れんのか?」
武闘大会と聞いたとたん、セルグの目の色が変わった。
「おう、明日の予選に通ればな。男女ごとに武器あり・武器なしの、合計四部門あるぜ。上位入賞者には賞金も出るんだ、しかも結構な額のな」
「ぅおっしゃあ!! 出るぞ、アル!」
「え、僕も!?」
「……暇つぶしと路銀の足しにちょうどいいな。私も出るか……」
「「え!?」」
アルフォンスとセルグの声が見事に被った。青年も驚いたのだろう、顔が見事に引きつっている。
「おいおい、あんた見たとこ魔法使いだろ? 有名な大会じゃないとは言え、少し武術をかじったくらいじゃムリだ。せっかくの綺麗な顔に傷ついちまうぞ」
「……外見だけで人を判断するとは愚かだな、お前は武闘家だろうに。その程度の奴に心配される必要は無い」
「っな……! てめぇ、何様のつもりだ!? 人がせっかく気遣ってやってんのに!」
「……前半は、きっちり返そう。お前は私の心配ができるほどの実力を、持ち合わせていまい」
リネアは美しく、かつ氷のような冷たさで言い放った。
青年は確かに傲慢な物言いではあったが、あの熱視線から、リネアの容姿に惹かれていたことは容易に推測できる。なのにこうまで冷徹な切り返しをされたら、怒りたくもなるだろう。
「っのやろう……!!」
リネアの言葉に怒った青年はいきり立ち、リネアに殴り掛かった。だが。
「……っ!」
「これでわかったか? 人の忠告は素直に聞くものだ」
青年の動きは椅子から立ち上がろうとしたところで止まっていた。
ピタリ、とリネアが持つ杖の先――まるで槍ののように鋭い魔法石――が青年の首筋に貼りついていたからだ。
どちらかが僅かでも動けば、その鋭利な刃が青年の首を簡単に切り裂くだろう。
これは間違いなく、命のやり取りだ。場に計り知れない緊張が走った。
「ね、リネア……。もうそこまでで……」
「当然だ。後始末が面倒だからな。……私は部屋に戻る」
そう言い残すとリネアは、青年の首から刃を離すと何事もなかったかのように部屋へと引き上げていった。
(後始末とか……。そういう問題じゃないと思うんだけど……)
残された男三人は突然の事態に何の対応もできず、しばし呆然とするしかなかった。




