武闘大会《参》
翌日。
アルフォンスは努力空しく、見事に一回戦で敗退してしまった。
「せっかく応援に来てくれたのに、ごめんね」
「気にすんなよ。お前、剣を握ってから一月なんだろ? あれだけできりゃ上等じゃねぇか」
「そーかなぁ。なんせ二人が凄いから、どうしても気になるんだよね」
「他人は他人だろ。それに俺らは何年も修行を積んでるんだぜ? その差をすぐに埋めてもらっちゃ困る。さ、リネアの様子見に行こうぜ」
「うん!」
二人は今いる会場の裏手に位置する、女性の試合が開催されている会場へ向かった。
掲示された表を見る限り、試合数は男性の半数、十六人で開催している。だが、どうも様子がおかしい。
「僕は一回戦の終わりのほうだったけど、いくらなんでも進みすぎじゃない?」
「確かに。試合数のある男のほうが始まりは早かったのに、何でもう準決勝やってるんだ?」
順当に進んでいれば、女性の試合は一回戦の終わりか、二回戦が開始した頃だと二人はふんでいたのだが……。
「誰かに聞いてみようか」
「まて、リネアの試合だ」
準決勝の二試合目、リネアとその相手が会場に姿を見せた。
相手は女性に対して失礼かもしれないが、見るからに戦士と言った感じの人だ。つまり、かなり立派な体格。
比べるとリネアはまるで人形のようだ。
(今更だけど、よく勝ち残れてるよな……)
リネアの実力は分かっているつもりだ。四位の武闘家にすら優る強者。けれど、あの青年が思ったことは誰でも思う事だろう。
そこに試合開始の合図がかかった。
身構える間もなく、相手の大斧がいきなりリネア目掛けて振り下ろされる。
「「……!!」」
その直後、勝敗は決した。
「しょ、勝者、リネア・ル・ノース!」
審判も目の前の出来事が信じられないのか、判定を告げる声が裏返っていた。
試合の開始直後、相手の大斧がリネア目掛けて振り下ろされた。あわや惨劇か、とも思われたが、そんなことは起こらなかった。
リネアはほんの少しだけ上半身をそらして一撃を避け、大斧の間を縫うように杖を繰り出して相手の首筋にピタリと刃を張り付けたのだ。
所要時間は十秒も無い。力の差をまざまざと見せつけられた相手は戦意を失い、ヘナヘナと崩れ落ちていった。
まさに電光石火の早業だ。リネアは開始場所から一歩も動いていないというのに!
「成る程、だから準決勝までいってるのか」
「え?」
「リネアが強過ぎるんだよ。試合はすぐに終わるし、あんだけ綺麗に決まれば棄権するヤツも沢山いるだろ」
「そっか……、そうだよね」
「これじゃ決勝もさして意味ねぇな。この大会には中級までしかいねぇみたいだし」
セルグの言ったとおり、決勝戦も大した見所なく、速攻で終わってしまった。
今度はリネアも動いたが、それは相手が武器を投げてきたためだ。半歩だけずれて武器をよけると、突進してきた相手を杖で抑え込んだ。関節が極まったらしく、相手はすぐに降参したのであった。
アルフォンスたちは会場を出ると、リネアが出てくるのを待つことにした。大会は無事に終わったが、未だ興奮は冷めやらない。宿までの道すがら、いろいろと話したいことがある。
「凄い、リネアって凄過ぎるよね!」
「だよなぁ。魔法も高位の上、武術も出来るなんてな。賢者の弟子とは言え、どんだけキツイ修行してきたんだろうな。いくら才能があっても、アレは努力なしには無理だろ」
「当然でしょ、片方だけならともかくさ。それより、リネアって頭もいいじゃん? 僕、少しでいいから知能を分けて欲しい……っ!」
「それができれば苦労しねえって」
二人は笑い合っていて、この会話をリネアが影で聞いていたことには気づかなかった。そして、リネアが泣きそうな表情をしていたことも。
「……アル、セルグ。待たせたな」
「あ、お疲れさま! 試合、凄かったね!」
「お前なんか一回戦負けだもんな」
「う……。確かにそうだけどさ、その言い方はちょっとひどくない?」
「ま、気にすんなよ。なぁ、まだ明るいし金もあるんだ。今の内に買い出し行こうぜ」
セルグは王都の商店街を指差し、昨日の賞金を荷物から取り出した。
「そうだな。――アル、これを」
リネアから小袋を手渡される。思わず受け取ってしまったが、これは先ほどの試合の賞金だ。
「え、これリネアのでしょ?」
「一つで足りる。アルが持て」
「……お言葉に甘えるね、ありがとう。実はお金無くて困ってたんだよね」
「管理に気をつけることだな。では、日没には宿に戻る」
そう言い残してリネアはこれまたさっさと行ってしまったが、アルとセルグは硬直していた。
何故なら、リネアが言葉の最後に、普通に微笑んだのだ。
(わ、笑った……! って、待て待て。一々驚く必要もないだろ、仲間なんだし)
アルフォンスは三度目ということもあって軽い驚きで済んだが、セルグはやはり無理だった。
予想通り、見事に惚けて明後日を見つめている。
(ここまでくると素直も単純も何もかも通り越して、ただのバカだと思う……)
けれど、それがセルグの美点の一つなのだ。
……と、褒めてばかりもいられない。ここは町の大通りに面している。通りは夕食時を控えたこともあり、人々が絶え間なく通り過ぎていく。
このままでは確実に不審人物だ。悪いとは思ったが、アルフォンスはまた脛に一発入れてやった。
「うっ! てめ、また……」
「あ、気がついた? 見惚れるのは別にいいんだけど、時と場所を考えて欲しいなぁ」
セルグは蹴られたことに反論しようとしたが、アルフォンスにそう言われて小さくなった。
そんなセルグを見て、アルフォンスも少し可哀相になる。
「ね、リネアを追いかけなくていいの? せっかく一緒に買い物できる機会なのに」
「ああっ、そうだった! じゃ、またな!」
言い終わるか否かで、セルグは全速力で走り去っていった。もうリネアの姿は見えなくないが、多分セルグなら見つけられるだろう。こういう時は運が味方してくれるものだ。
「さて、と」
アルフォンスは改めて辺りを見回した。自分も買い物を楽しもう。
王都で買い物だなんて夢じゃないかと思いつつ、一軒一軒、店を覗き込んでいく。
(あ、そう言えば食料とかの買い出しはどうするんだろ。リネアたちが買ってきてくれるのかな)
よくよく考えれば、買い物の分担を決めていなかった。だが旅慣れた二人のことだ、旅の必需品は全て揃えてくれるに違いない。
そう考えたアルフォンスは、露店に売られていた香ばしい匂いのするパンを買うと、思い切りかぶりついた。もし二人が買ってこなかったら、それはその時。また明日買いに行けばいい。
しばらく大通りの店を見物しながらぶらついていると、一本の脇道に目が止まった。その脇道には占いなど、少し怪しげな店が軒を連ねている。
少し危険な気もしたがどうしても好奇心に勝てず、アルフォンスはその脇道に入っていった。
(せっかくだし……。お店に入ってみようかな)
アルフォンスは占いの店を適当に選ぶと、仕切りである布をめくって中へ入った。
「いらっしゃいませ。どのようなご用件でしょうか?」
店内には甘い香が焚き染められていたが、強すぎず、とてもいい香りだ。
占い師は顔に薄布をつけており、こぼれ出る柔らかい銀色の髪以外、容姿を伺い知ることはできない。だが声や体格からして、若い女性だろう。
「そうだなぁ……。僕の未来と言うか、運命ってヤツを見て貰うことはできますか?」
「請け賜りました。この水晶が導き出してくれますわ」
占い師が水晶球に両手をかざすと、だんだんと球が光り出す。
「見えます。あなたはこのアスケイルを離れ、遠い地へと向かうでしょう。傍には数名のお仲間、人族以外の方もいらっしゃいます」
占い師はさらに何か言おうとしたが、そこで急に水晶球の光が弱まり、消えてしまった。
「……あら? おかしいわ、ここで見えなくなるなんて。――お客様、これは占いの結果ではありませんが、一つだけ言えることがあります」
一呼吸おいて、占い師はアルフォンスに定めを告げた。
「あなたは途轍もない運命を持つ方なのですわ。そう、この世を変えるほどの。私ごときの力とはいえ、一切見えないのはそのせいですわ」
「え……?」
「あなたの判断で千の命が消えることもあれば、救われることもあるでしょう。どうか何が在ろうとも、ご自分とお仲間を信じて下さいませ」
「……」
「――力が及ばず申し訳ありません。お代は結構ですわ。……ご武運をお祈りしております」
そう言った占い師の声は、偽りを微塵も感じさせなかった。
アルフォンスは結果を聞くや否や、飛び出すように店を出て、当てもなく大通りを彷徨った。
占い師の言葉が頭から離れない。占い師の言葉は所詮は占い、ただの夢物語、そう軽く流すこともできた。だがアルフォンスには、物凄い衝撃だった。
――だって、自分は世界を救えと言われたのだから。
(僕の判断一つで千の命が左右される? 僕が人の命を左右する?! 怖い、嫌だ。何で、何で僕がそんな運命を背負わなくちゃいけないんだ!)
世界を救えと言われても、漠然とした感覚しかなかった。なにか御伽噺のように諸悪の根源があって、それを退治すれば世界は平和になって。頭の片隅に、そんな思いが確かにあった。
だけど分かっている。世界はそんな単純じゃない。人は、そんな単純じゃない。思いが複雑に絡み合い、いつしかそれが鎖となって、動きがとれずに滅びを迎えるのだ。その鎖を壊すことこそが――。
(僕の……いや、剣の、役目……)
旅立てたのは、今となっては嬉しい。二人の素敵な仲間に出逢えた。だけど、剣が与えた旅立ちは強制的で、突然で、理不尽で。
占い師が告げた運命も同じ。拒むことは許されない。
(――――けど、抗え、ないんだろうなぁ……)
冷めた目で、今を見ているもう一人の自分がいる。お前は自分で選んだのだろう、と問いかけてくる。
そうだ。僕は自分で選んだ。どんなに怖くても、嫌でも、背負わなくちゃいけない。
剣を握ったあの瞬間から、この世の運命を託された。自分が握ると決まったのだ。だから、進まなくてはいけない。
千の命が自分の判断に左右されるのなら、その命を救えばいい。仲間を集めて、世界を渡って。