武闘大会《弐》
決勝戦、今度のセルグは、自分から攻撃に打ってでた。開始の合図とともに間合いを詰め、その勢いのまま右の拳を放つ。
しかし相手は三つも階級が上の猛者。そう簡単にはやられはしない。最小限の動きで、ひらりとかわされてしまった。
今度は青年がセルグに撃ち込もうと動くが、それをセルグが素早く押さえ込む。二人は試合場の真ん中でがっちりと組み合う形になった。
「……っ。やるな。闘士の位は伊達じゃねぇってか」
「ふん、お前もな。本当にまだ見習いかよ?」
「おうよ。その通り、だっ!!」
組み合いから、先にセルグが動いた。相手を無理やり横投げに投げる。
しかし相手は綺麗に受身をとり、平然と立ち上がった。無理に動いたセルグのほうが、余計に体力を消耗してしまっている。
「くそっ!」
「俺が言うのもなんだが、お前は経験不足だ。出直して来い。ああ、それと他に二つほど」
青年は言葉の途中でありながら中段の回し蹴りを放ち、セルグの脇腹に的中させた。セルグは勢いよく吹っ飛んでいく。
「が……っ!!」
ズザザザザッ、とセルグは試合場の端まで滑っていった。気を失ってしまったのか、仰向けの状態のまま、ピクリとも動かない。
「……昨夜のことは、お前の言うとおりだ。色々と反省したよ。だから手は抜かねえ。これが一つ」
試合を終わらせようと、青年はセルグに歩み寄る。
「それと、今更だが自己紹介だ。俺は南派の闘士、ゲイル・リード。……次の試合が楽しみだ」
「何やってんだよ、立てぇーっ!!」
アルフォンスはセルグに必死に声をかけるが、反応は無い。このままでは勝敗が決してしまう。
その時、背後から秀麗な一喝が響いた。
「――こんなところで負けるつもりか! さっさと立て!!」
驚いて声のした方を振り向けば、そこにはリネアが立って居た。リネアが声を荒げるなんて初めてのことだ。
「う……」
「!」
わずかな声だが、しっかりとアルフォンスの耳には届いた。
急いで試合場を振り返ると、少しふら付いていたものの、セルグが何とか立ち上がろうとしていた。
「……立ち上がるのか。このまま終わってたほうが、楽だと思うんだが」
「へっ。負けられねぇんだ、俺ぁよ。応援してくれてるヤツが居るからな」
観客席ではリネアが階段を降りて、アルフォンスの隣にやって来た。
「……もう大丈夫のようだな。全く、何をやっているんだか……」
「リネア、もう試合終わったの?」
「ああ、全て終わった」
「だったらせっかくだし、最後まで見ようよ!」
「……そうだな……」
ほんの一瞬。だけど、確かにリネアが微笑んだような気がした。
次の瞬間にはいつもの無表情だったので、見間違いだったかもしれないが。
(うわー、今すっごいモノを見ちゃった気がする……。これはセルグに言えないよ)
だって、とてつもなく下らない嫉妬をされる気がする。しかもかなりの確率で。
「セルグ、いけーぇっ!」
悪い考えを振り払うかのようにアルフォンスは叫ぶ。その声に応え、セルグは再び相手に立ち向かった。
「お返しだ、喰らえ!」
セルグは立ち上がりざまに、右の上段蹴りを放つ。ゲイルは腕で防ぐものの、その防御もむなしく、試合場の中央まで吹っ飛んでいった。
「くそっ、どこにこんなクソ力残してやがった!」
「お生憎様だが、こりゃ貰いモンだ。やっぱ応援って嬉しいもんだよなぁ、うん」
セルグがチラとこっちに視線を向けた。
アルフォンスと目が合うと、セルグがニッと笑う。つられてアルフォンスも笑みを返した。
――すぐにセルグは相手に向き直ったのだが、アルフォンスは見逃さなかった。セルグが一瞬だけ視線を自分の横の人物に移し、頬を赤らめたことを。
(はは……。やっぱり後でこの状況を問われるのかな、僕……)
隣りにいるのは黒髪の女神。女神は沈黙を守り通し、全く表情の変化を見せない。
まるで美術品のような横顔に、アルフォンスは戸惑うばかりだ。何せこんな人物と今まで触れ合う機会が無く、どう対処していいのか分からない。
(まあ、女性一般の扱いすら分からないけどね)
確かにリネアは美しい。セルグはよくリネアの愛を得ようと思ったものだ。麗しき女神の寵愛など、高嶺の花もいい所ではないか。
やはりあの青年は偉大だ。――色んな意味で。
「どうした、アル」
ぼへぇっ、とリネアの横顔を見つめていたアルフォンスは、リネア本人の問いで我に返った。
(げっ、やっちゃった!)
「な、何でもないよ! その、あの、え~と……。いや、何でもなく無いか……。うん、とにかくごめん」
「? ……まあいい。しっかり見ていろ」
「そろそろ決まる?」
「そうだ。じきに終わる……」
女神の視線の先には二人の戦士。告げられた宣告は、どちらの勝利を示すのだろう。
「リネア、セルグが勝つよね?」
「無論。ここで負けるようならば、これから先、足手纏いにしかならない」
とても、キツイ言い方。
だがようやく分かった。リネアはただキツイのではなく、信じているから何でも言うのだ。
だってリネアは今、間違いなく微笑んだから。
「あちゃー、そんなこと言われたらなぁ。僕は本戦、勝てそうも無いのに」
ほんの少しだが、この数日でリネアのことを理解できたと思う。
セルグのような恋愛感情はないが、仲間としてはきっと上手くやっていける。それにこの女神サマは、意外と面白いかもしれない。
「その時はその時だ。今は経験を積むことだけを考ればいい。余計なことは考えるな」
「うん、遠慮なくそうする」
アルフォンスは試合場に目を戻した。試合上の二人は牽制し合っているが、優勢劣勢が逆転している。勢いに乗ったセルグの攻撃をゲイルは防ぎきれていない。
「ちくしょうっ、何だってんだ一体……!」
「答えは簡単、ど根性だ! いくぜっ!!」
セルグはゲイルの懐に飛び込むと、あご目掛けて拳を放った。
あまりの速さに動揺したのか、ゲイルは咄嗟に上半身を反らして避けるだけで精一杯だった。
「な……?!」
「――はっ!!」
セルグは勢いをそのままに、全身を捻って回し蹴りをぶち込む。これは体勢を立て直し切れていなかったゲイルの頭に直撃し、ぐらりと体が大きく揺れた。
だが、そんなことでセルグは攻撃の手は休めない。
――昨夜、自分自身で言ったことがセルグの頭をよぎる。相手は自分より数段上の猛者。そう、油断は絶対にしてはならない。
とどめとばかりにもう一発、セルグは相手の頭を目掛けて蹴りを放った。
しかしそれは虚しく空を切る。ゲイルが正確に蹴りを見切ったのだ。
「うわっ、マジかよ」
「そう簡単に格下に負けられるか!」
「!」
咄嗟にセルグは後ろに跳ぶ。紙一重で避けたゲイルの拳は、セルグが立っていた場所を粉々に打ち砕いた。
ゲイルの属する南派は、強力無比の一撃を第一とする『力』の流派だ。闘士ともなれば、その拳の威力は相当のもの。もし直撃していれば、確実にセルグの骨は折れていたはずだ。それも一本や二本では済むまい。
傍から見れば再びの形勢逆転だが、アルフォンスはさして不安を感じない。リネアの言葉もあるし、何よりセルグが笑っていたからだ。
(今度こそ決まる!)
「でやぁっ!」
ゲイルの拳がセルグの顔面を目掛け、再び放たれる。だが次の瞬間、その拳は目標を失っていた。
「……うわ。あんなのやるか? 普通……」
セルグが仕掛けた最後の攻撃に、アルフォンスは唖然とした。
なんとセルグは拳を避けて宙に飛び上がり、ゲイルの両肩を支えに逆立ちになったのだ。
ゲイルがそれに気づいた時にはすでに遅く、セルグの一撃に成す術無く崩れ落ちていった。
「が、は……っ」
セルグはピンと張った見事な逆立ちの体勢から、足を振り子のように勢いよく振り下ろし、ゲイルの顔面にぶち込んだのだ。
さすがの猛者とは言え、これを喰らって立つことは出来なかった。
「勝者! セルグ・レナード!!」
大会の一日目は、こうして終了した。
宿屋に戻ってきたセルグとリネアの手には、しっかりと賞金が握られている。
優勝したセルグは、いまだ興奮冷めやらぬ、といった感じだ。アルフォンスもしっかり観戦していたため、こちらも高揚した気分を味わっていた。
「本当にすごかったよ、あの決勝戦! だけどさ、さすがにヒヤヒヤしたよ」
「ああ、あれは俺もやばいと思った。昨日二人と稽古して、気持ちを入れ替えてたから勝てたんだ。リネアはどうだ? 少しは手応えのある奴いたか?」
「……特にいない」
しかし、というべきか、やはり、というべきか。リネアは早々に優勝を決めておきながら、感情の起伏は一切見せない。むしろ観戦中のほうが反応が豊かだった気がするくらいだ。
「リネアは明日も試合あるんだよね。頑張って」
「……ああ」
「アル、お前もだろ。勝てそうか?」
「はは、まっさかぁ。一回戦勝てればいいなってとこだよ」
そうは自分で言ったものの、優勝した二人を前に、アルフォンスは何だか急に情けなくなってきてしまった。だが、自分はリネアにも言われた通り、経験不足なのだ。高望みをしてはいけない。
(とにかく頑張ろ!)
この大会で、少しでも強くなりたい。そのための何かを掴みたい。まずは実戦あるのみ、だ。
アルフォンスは剣の柄を握りしめ、明日の試合へ想いを馳せた。




