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武闘大会《壱》

 見事なまでの蒼天が広がる、王都アスケイル。今日はついに武闘大会が行われる日だ。

 会場は男女で分かれており、試合は二日間に渡って行われる。初日の今日はセルグらが出場する、武器無しでの試合だ。

 会場の入口でリネアと分かれた二人は、看板に貼り出された試合表を確認していた。


「アルの初戦は何試合目だ? 俺は三試合目」

「僕は二試合目だって。セルグ、三試合目なら、早く行かないと。応援してるからさ」

「おう、しっかり見とけよ!」


 こうして意気揚々と控え室に向かったセルグを見送り、アルフォンスは会場の応援席へと向かった。

 そこで目にしたものに、アルフォンスは度肝を抜かれた。なんと、試合場が空中に浮いているのである。

 見た目からして、材質はただの石のようだ。それを魔法か何かで浮かせているらしい。


(え……ちょっと待って。僕もコレなの?!)


 試合は明日とは言え、場所は同じ。わざわざ浮かべているものを戻すはずが無い。衝撃の事実に、アルフォンスは青ざめた。

 浮遊会場の高さは、人の背丈ぐらいある。この大会の規定として、『試合場から落ちたら負け』とあるが、落ちたらタダでは済まないだろう。せっかく刃には特殊な術をかけているのに、こんなことで大怪我したらどうしてくれるんだ。

 アルフォンスの悩みは尽きないが、そんな事は当然お構い無しに、試合が開始された。

 この部門に出場している人々は、ほとんどが武闘家だ。流派それぞれの強さを見せつける場となっているのは間違いない。そうした理由もあって、初戦から緊張感漲る、まさに白熱の試合が展開された。それに興奮した会場に詰めかけている人々からは、大きな声援、時には野次も飛ばされる。

 そして、ついにセルグの出番が回ってきた。相手はセルグより幾つか年上のように見える。だが、セルグの顔には余裕が見て取れた。


「では三戦目に移ります。……試合開始!」


 審判の合図と同時に、相手が飛び出した。

 アルフォンスには目で追うのがやっとの、次々と繰り出される素早い攻撃だ。後にセルグ聞いたところ、この相手は北派。技巧派として知られる流派で、軽やかな動きが特徴とのこと。

 しかし、その流れるような動きから繰り出される攻撃の数々を、セルグは易々と避けている。まるで昨夜のリネアとの手合わせを再現しているかのような試合運びに、アルフォンスは驚き、そして感動した。昨夜の効果は確かなようだ。


「うわ、やるなぁセルグ…。一戦目は楽勝かな」


 アルフォンスの予想通り、勝負はすぐに決まった。試合開始から三分ほど経った頃、セルグが避け続けるのを止め、前に動いたのだ。

 もとから近かった間を一気に詰めると、相手が突き出した右拳をひねり上げ、すぐさま後ろ向きになったセルグ。相手は前方への勢いを殺すことが出来ず、セルグに負ぶさるような体勢になってしまった。その襟首をセルグはもう一方の手で掴むと、そのまま前へぶん投げたのである。


(……一本背負いってヤツだよな、アレ。かなり無茶苦茶だけど)


 こうして場外に相手が落ちたと同時に、セルグの勝利が告げられた。

 高いところから落ちた相手の身が――というより明日の我が身が心配になったアルフォンスだが、驚くことに、落ちた相手は何事もなかったかのように、すぐに起き上がってきた。

 後で試合についての説明書きの看板をよく見直したところ、この試合場には人の落下速度を遅くする、特別な魔法がかけられている、とのことだった。アルフォンスにはまさに僥倖である。

 しばらくして、試合を終えたセルグが応援席にやって来た。


「よ、ちゃんと見てたか?」

「当然! 楽勝だったね」

「ん、まぁな。けどお楽しみはこれからなんだ。もう一回勝てば……」


 ニヤリと笑うセルグに、アルフォンスはとある人物を思い出した。


「もしかして、リネアにやられた……?」


 どうやらセルグは、すでに見習いの位以上の実力を兼ね備えているらしい。先程の試合がその証拠と言えよう。ゴルディアスのあの言葉の意味も、今ならわかる。セルグに一人前以上の実力があると、師匠自ら宣言したのだ。

 ただ、あの青年はセルグより三階級も上の猛者である。先程の試合のようにはいくまい。そんな不安げなアルフォンスをよそに、セルグは豪快に笑った。


「そっちじゃない。予選前に因縁つけてきた西派の奴だよ。昨日言ったろ? ふん、完膚なきまでにぶっ潰してやる!」


 そう言ったセルグは、ギラギラと肉食獣のような飢えた瞳の輝きと、キラキラと少年のような純粋な瞳の輝きを併せ持っていた。


(ああ、その自信を少しでいいから分けて欲しいよ。何でそんなに笑顔なのかなぁ……)


「じゃ、昼飯食いに行くか!」

「うん、そーだね……」


 この大会では、一回戦が八試合行われる。それを全て昼までに済ませ、昼休憩を挟んで二回戦、準決勝、そして小休憩の後に決勝戦、という流れだ。疲れなど微塵も感じさせない足取りで、セルグはアルフォンスを連れ、会場内に設けられた出店へと向かったのであった。

 昼食を終えた二人は、再びセルグは控え室へ、アルフォンスは応援席の分かれた。二回戦の試合が進むにつれ、どんどん弱者は姿を消していく。三試合目、ついにセルグが登場した。


「両者、前へ!」


 審判の声がかかった。

 二回戦ともなれば、予選の人数から考えても、出場者は実力的にかなり絞られたことになる。その中で今、試合場に立っている二人は一際年齢が低い。セルグは西派の青年に色々と言ってはいたが、相手も残るだけの実力があるということだ。


「よ、ちゃんと残ったな。それにしても、五人もいて、ここまで残ったのはお前だけかよ」

「五月蝿い! 元々あいつらはお情けで一人前の位を手に入れたようなもんなんだ! 俺がしっかり西派の強さを教えてやる!」

「……おう、きっちり教えてくれよ。楽しみだ」


 セルグが笑う。その笑みからは、少年のような輝きは消え失せていた。


「――試合開始!」

「はぁっ!!」


 開始と同時に、初戦と同じように相手が先制をとり、連打を仕掛けてきた。まるで勝ち進んだ実力を示すかのように、北派をも上回る速さで攻撃を放つ。まずは上段の右正拳突き、続いて間髪入れずに左の上段回し蹴り。さらにこれを避けても無駄だとばかりに、回し蹴りの勢いを殺さずに、左の横蹴りを放つ。まさに怒涛の勢いだ。

 だが、セルグもやられてばかりではない。初戦と同じく、攻撃を楽々と避けていた。きっとこれがリネアの言う『上手く気が巡っている』状態なのだろう。避けるにしても動きを最小限に抑えている。動きだけを見ると相手が目立っているが、実際はセルグが優勢だ。セルグはその証拠に、あれだけの猛攻を受けてなお、試合開始地点からほとんど動いていない。


「どうした、一発も当たんねぇぞ?」


 セルグは相手が疲弊して動きを鈍くしたのを見て、挑発的に声をかけた。相手は攻撃当たらない苛立ちも相まってか、いとも簡単に挑発にのってきた。


「くそっ……。お前、なぜ攻撃をしない?! 攻撃なしに勝てるとでも思ってるのか!!」

「アホか。んなワケねぇだろ」


 セルグのさらなる挑発に、相手は目を血走らせる。

 セルグらしくない、相手を挑発するなどという行為に、アルフォンスは違和感を覚えた。

 何とも言えない、もやもやとした気分だ。セルグは自分の流派に、誇りを持っている。これは短い付き合いだが、すぐに感じとれた。そのため東派の名を汚すことを、セルグは決して承知しない。しかし、だからと言って他の流派を貶めるようなことを好む人物でもない。

 試合の興奮で、普段は抑えている鬱憤や怒りが出てきてしまった。そういうことなのだろうか。


「それなら、何でだ!」

「簡単だ。今のお前とは打ち合いたくない。まだ……」

「何だと? まともな武闘家の存在もない、弱小流派の下っ端の癖に!!」


 ――言葉を遮られたセルグの雰囲気が、そこで一変した。

 アルフォンスは昔、旅の吟遊詩人に聞いたことがある。

 誇りの無い人間に武闘家は向かない、と。誇りだけが武闘家の支えであり、屈辱に耐え抜くことがその役目はのだ、とも。

 特殊力を用いず、己の身一つで戦い抜くために受ける、五大職『最弱』の称号。その中でも東派は勝利に固執しない考えのため、受ける『最弱』の誹りは他三派の比ではないという。

 だから今の相手の言葉は、流派を重んじるセルグへの禁句だったのだろう。

 そうでなければ、そうでなければ……。


「勝者、セルグ・レナード!」


 高らかに、審判の勝利宣言が響き渡った。

 しかしその声とは裏腹に、場内は騒然とした雰囲気に包まれていた。


「セルグ!」

「アル……ッ! 俺は、俺はっ……!!」


 アルフォンスは試合の終了を待たずに、控え室へ全速力で走っていた。ほぼ同時に控え室へやって来たセルグの顔は、青ざめて血の気がなく、今にも倒れてしまいそうだった。体も微かに震えている。


(まさか、まさかセルグのこんなカオを見る日が来るなんて……!)


「大丈夫、ちゃんと救護班の人がいるんだし。すぐに治るから大丈夫だよ。ね?」

「無理だ……。アレはそう簡単に治る傷じゃない、やった俺が一番よくわかる! あいつは基礎を疎かにしてたんだ。それに俺はあいつを、あいつをっ……!」

「……っ」


 ――ああ、その先を言わないで。

 何を言わんとしているか分かったアルフォンスはそう願ったが、セルグは震える声でその言葉を紡いでしまった。


「殺して、やりたいって……っ!!」


 今にも消えてしまいそうな、それでいて泣いているような声。それでも、アルフォンスにはハッキリと聞き取れた。

 先ほどの試合、セルグは勝った。しかし相手の青年の命はセルグの強烈な気術の一撃により、今や風前の灯火と化している。


(セルグ……)


 セルグの挑発に相手の選手がのった為に起きた、悲劇の事故。観客の誰もがそう思っただろう。

 だが、それは違う。セルグはただ求めただけなのだ。強き者との闘い、本気の試合を。

 あの時、セルグが言いかけた言葉はきっと『まだお前は本当の実力が出せてない』。それを最後まで言い切れたなら、こんな結末は迎えなかったに違いない。

 セルグの言葉も、行動も……。

 直情とでも言えばいいのだろうか。素直なだけではない、この偽りが無さ過ぎる心は。


「アル、セルグ、何があった?」

「えっ、リネア!? どうしてココに?」


 二人が言葉を失い静まり返ったところに、思いがけない人物が登場した。

 観客席ならまだしも、なぜ控え室に来たのだろう。そのアルフォンスの考えを読んだかのように、リネアは一息で理由を話した。


「次の試合まで時間があるので、様子を見に来た。そうしたらセルグの試合で止まっていたからな。……何があった?」


 リネアの黒曜石のような瞳に見つめられ、アルフォンスは思わず息を呑んだ。


「それが、その……」

「俺が対戦相手を殺しかけた。いや、もう殺したも同然なんだ……」


 一方のセルグは虚ろな眼差しで、リネアと視線を合わせることなく言った。そんなセルグの姿を見て、リネアは少しだけ声を低める。


「……救護班の手にも負えないのか?」

「ああ。特殊力の治療術は、高位のやつじゃないと、なかなか気術の傷には効かないだろ? 居ないんだとよ、中級までしか。とどめに気術の治療術士は王都の試合なのに居ねぇんだと。はっ、たまんねえよ……」

「えぇっ!? そんな……!」


(じゃあ、あの人は助からない……!?)


 幾重にも巡らされた、万全を期した安全対策。それが裏目に出てしまったということか。こんな重傷者は想定外だったのだろう。

 だが、そんな絶望感溢れる二人を横目に、何故かリネアが不機嫌になった。


「……。それは私に対する嫌味か?」


 今の言葉のどこに気を悪くしたのだろう、リネアの無表情がほんのわずか、しかめられた。


「は? んな訳ねぇだ、ろ……? ……そうか! リネア、頼む!!」

「いいだろう、引き受けよう」


 セルグの顔に、まるで雨上がりの夏の空に陽射しが差し込んだように、ぱあっと、一気に明るさが戻った。

 その理由はアルフォンスも、すぐに気がついた。リネアは上級の魔法使いだ。魔法使いは攻撃術を多く会得するものの、高位ならば僧侶にも匹敵する、強力な回復術をも会得している。

 つまり、リネアならばあの青年を助けられる。リネアもしっかりと引き受けてくれた。これでもう安心だ。

 そうしてリネアが控え室を出て行ってから三十分ほど。早々とリネアが戻ってきた。


「リネア!!」


 セルグはリネアを目にした途端、一目散に走り寄った。リネアを信じているが、やはり不安を捨てきれない。そんな顔をしている。


「心配は無用だ。処置は終えた。後は自然治癒に任せるしかないが、命の心配は無い」

「――そうか、ありがとう。悪かった、まだ試合があるのに……」

「構わない。私は試合があるので行くが、何かあればいつでも呼べ」


 セルグが落ち着きを取り戻したのを確認し、リネアは踵を返した。

 アルフォンスは次からリネアの試合を応援しようかと思い、その後ろ姿に声をかけたのだが、素気なく断られてしまった。


「無用だ。アルはセルグについていろ」


 リネアはそれだけ言うと振り返ることもせず、控え室から出ていってしまった。


「……リネアも優しいんだかキツイんだか……。そう思わない?」

「は、え? 何だって?」

「だからさぁ、セルグについてろ、ってのはセルグを心配してのことだろうけど。応援は無用だ、なんて言い方はちょっとキツイよね」

「あ、ああ。そう、だな……」


 答えるセルグは半分うわの空。――アルフォンスは悟った。


(リネアに心配されて喜んでる……っ!!)


 ああそうだ。セルグは良くも悪くも素直で直情で、とどめに単純バカなのだ。


(何であの落ち込みようから、ここまで復活できるの……?)


 その後セルグは準決勝を快勝し、並み居る強豪を抑えて、見習いの階級でありながら決勝に進んだ。


(これぞまさしく愛の力、ってヤツ? ははは……)


 あまりにもな事態に、アルフォンスは頬が引きつる。もしリネアに『好き』なんて言われた日には、武闘神にも勝てるんじゃないだろうか。

 やがて試合場に二人の選手が登場する。決勝の相手は、やはりというべきか、宿で出会った青年だ。

 審判が開始の合図を告げる。こうして、二人の闘いの火蓋が再び切って落とされた。

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