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転生しても頼りない…  作者: 真地 かいな
第1章 秘薬マンドラゴラ
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第8話 キバのお怒り


「そないヘソ曲げんでもええやんか。」


「うっせぇ!! お前なんか連れて来るんじゃなかったよ!」


二人は早朝からミミの薬を求めて、世界樹ユグドラシルのダンジョンに挑んでいる。


「んで、薬は十五階のモンスターがドロップすんねよな?」


キバ曰く、別に世界樹の中に、セロがついてくる必要はなかった。使役登録も済ませたセロは、大人しくローザの主人探しをユグドラシルの街中で行っていても良かったのだ。それでもセロが付いて来たのは、十階までの道程ですらキバには荷が重いという発言があったからだ。

ここまでキバ達に関わったならば、区切りの良い所まで付き合いたいという気持ちがあったし、ミミに何かあったら自分の責任のような気がしてしまうので同行を申し出たのだ。何より、昨夜の場面に居合わせながら、同行しない方がセロには考えられなかった。


「うっせぇってんだよ!! これも全部お前の所為だからな!!」


そんな無償の愛にも関わらず、キバが怒っている理由は…。


「あらぁ〜…。こりゃしんどいなぁ。キバ、追加で二十匹ぐらい湧きおったで。」


「見りゃわかるってんだよ!」


二人は現在、部屋の中に魔物が多量に溢れ出るーーモンスターハウスの真っ只中にいるのだ。


最初の部屋に置かれていた、最初の宝箱。ゲーム大好きなセロでなくとも、見逃すはずはなく、もちろん異世界の宝に目を輝かせて開いたのだが、開けるや否や、けたたましいサイレンが部屋中に鳴り響き、現在の状況に陥ったのである。


サイレンと共に二人の周囲を光の砂塵が埋め尽くし、そんな大量の光が数百に分かれて収束していくとそれぞれがぷにょぷにょした見た目で手足のない頭だけの、大きな目が特徴的な饅頭型モンスターに姿を変えたのだ。


キバ曰く、青ムニという可愛らしい名前のモンスター。両手ですくい上げれるぐらいの大きさならば一匹持って帰って、育ててみようかという気持ちにもなるのだが、普通に五歳児ぐらいの大きさがあるのではそうもいかない。


想像してみて欲しい。

そんな青ムニ数百に囲まれた状況を、しかも誰が“おかわり”したのか、部屋に繋がる三つの通路から追加の大群が迫って来ているのである。


「せめて、一回食べ終わってからにして欲しいわ…。」


「何だって!!?」


「何もない! さっさと片付けてまうで!」


「分かってんなら、口より手を動かせバカ野郎!!」


まあ、キバが先に宝箱を見つけていても同じ事だったということは、棚の上にでも置いておこう。だがこんな状況ならば、キバのように苛立つのもわかる。


「くっ!!」


キバが青ムニの体当たりで飛ばされる。

体格が体格だけに、柔らかな肉体の体当たりでも、かなりの衝撃があるのだ。まぁ、飛んでいった先にもクッション替わりの青ムニがいて、大したダメージは受けないのだが…。


「青ムニちゃんは体当たりしかせぇへんのか?」


「黙れ、マヌケ野郎!! こいつらに手足があるか? あぁん??」


口調はアレだが、ちゃんとセロの質問全てに答えてくれるあたり、キバの可愛らしさと言った所だろうか。


キバは肩で息をしながら周囲の青ムニに向かって拳や脚を叩きこんでいく。

幸いにも一階であったことから、青ムニはかなり弱い。直接拳が当たらずとも、その風圧だけで倒れていくのだ。セロが草原で出会った一角ウサギの方がまだ強かっただろう。倒れた青ムニは出て来た時のように、光の粒に変わって虚空に消える。


「ちゃいっ!! ちぇい!」


キバに負けじと、セロも奮闘していた。

風圧で、までとはいかないが、剣先が掠っただけでも倒れる青ムニちゃん。大群だけに、質より量で勝負と考えたセロは、青ムニがドロップした剣を左手に持ち、二刀流? というより、二本の棒を振り回して遊ぶ子どものような姿なのが、なんとも締まらない。


「ちょい、てぇぁぁ〜。っゃん!」


逃げ道すらない状況をなんとか看破しようと、必死のセロ。周りを囲まれているのはキバもセロも変わらないのだが、キバはセロの掛け声が気になってちょいちょい横目で睨んでいる。


そんな視線に気付くことなく、必死で腕を振り回すセロは、声を出している自覚すら出来ない程集中しているのだ。


敵に囲まれている状況で動揺している余裕などないキバは、なんとか奇怪な声に耐えようと、腹に力を込めて余計なイライラを抑えている。が、だんだんと額に青筋が浮かび始めた。


「あっよいしょ! 」


「…。」


「こらしょい!」


「…。」


「どっこらしょぅぃち!!」


「だぁぁ〜!!! 黙れぇぇぇぇ!!!」


キバは遂に堪忍袋に収まりきらなくなったイライラを、怒りに任せて解き放った。両腕を腰にやり、何処かの超野菜人の様な格好で叫び声を上げるキバ。

心なしか、金色のオーラを纏っている様にすら見える。


「ゼェゼエ…、はぁはぁ…。」


青筋が切れてしまったのか、膝に手を付き肩で息をするキバ。周囲を囲んでいた青ムニはキバが撒き散らす殺気に煽られて動きを止めている。その咆哮だけで光の粒に姿を変えた者までいた程だ。


「ど、ど、ど、どうしたんや??」


自覚なく怒らせたセロは、突然の形相に慌てふためく。


「黙れ。黙ってただ剣を振れ…。」


慌てるセロを鬼の形相で睨むキバ。

静かにドスの効いた声で告げられた言葉はセロに有無を言わせない。声を出していた自覚すらないセロだったが、声を出したらたまを取られそうな勢いに、必死に口を噤むことにした。


それからは、青ムニの群れを根絶するまで、静かな時が流れた。

八つ当たり気味にキバに蹴飛ばされていく青ムニちゃんが若干かわいそうだった。


「はぁ…はぁ…はぁ…。」


「…しゃっ、喋っても良えですか?」


セロとキバの努力が実り、最後の一匹が光に変わる。

やっと青ムニが打ち止めされた部屋の中で仰向けに倒れ込み、息を荒げるキバに恐る恐る、セロが問う。


「はぁ…はぁ…。」


返事はない。まだダメそうだと感じたセロは、鞄の中で休息をとっていたローザと一緒にコンペートを貪りながら、ほとぼりが冷めるのを待つのだった。


「おい!」


「あっ…はい! 何でしょうか!?」


急な呼びかけで、口元まで運ぼうとしていたコンペートを取り落とすセロ。コロコロ転がるコンペートは、ローザが美味しく召し上がりました。


「迂闊に宝箱なんか開いてんじゃねぇよ! 罠があるかもしれないとか考えねぇのか!!?」


キバの怒りはまだ冷めていないようだ。


「あっ…いや、あのぉ〜…。」


勢いに押されてしどろもどろだ。頑張れセロ! 君はキバより歳上なんだから!!


「ハッキリ喋れ!! このマヌケ野郎! お前の所為で死ぬのだけは勘弁ならねぇ。俺はミミの為に絶対帰らなくちゃならないんだからな! 分かってんのかよ!?」


「あぅぅ…。」


まるでパワハラの現場を見ているようだ。この場合上司はもちろんキバである。


「すみません…。僕の不注意でした。」


頭を下げながら嫌な記憶が蘇るセロ。こんな事から逃げ出したくて選んだ道が、またこんな事につながっているなんて散々な人生である。


「ふんっ。まぁいい。どちらにしろ開けなきゃ中身はわからねぇし、罠を解くどうこうの前に、罠があるかどうかすら分かる奴はいねぇしな。」


開いた口が塞がらない。

ならば何故怒鳴られたのだ。誰がやっても結果が変わらないのであれば、注意喚起で良かったのではないか? そんな不条理に涙目になってくるセロ。


「それで? 宝箱の中身は何だった?」


「えっ? あぁ…。」


衝撃的な上司の言い草に納得がいかないものの、平社員はアゴでこき使われる。ペコペコしながら、中身を確かめようとして、動きが遅いだの、先に確認しておけだのと罵られる。

さらに、中身を見ても分からなかったセロが、一度アイテム欄に移して名前を確認しようとしていると、勝手に自分の物にする卑怯者だとの言葉が飛んで来る。


セロの心は挫けそうだ。


「あの…、板でした…。」


「あぁん!? 声が小っちぇ〜んだよ!」


「すみません! 板でした! ただの木の板です!」


「やっぱりそうだよなぁ〜。はぁ…。せめて青ムニの剣でもドロップしてたら稼ぎになったのにな。あんだけ倒して、薬草とか釘とか板とか…。どんだけだよ!!」


独り言のように呟くキバだったが、セロは返事を飲み込み悩んでしまう。青ムニの剣とは、セロが二刀流となった時、無造作に具現化させたドロップアイテムだ。

それを手に入れたことを言うのは簡単なのだが、今のセロは怒りのキバに気圧されて、何をするにも躊躇ってしまうのだ。


「あの…。」


「何だよ!!」


「いや、何もありません…。」


「何だってんだよ! 一回言いかけたことを途中で引っ込めるなよ! 余計に腹が立つんだよ!」


「ひっ…!!」


地面を叩いて怒るキバに、つい悲鳴をあげてしまう。

セロが話すまで許してくれなさそうな目線が向けられて、下を向きながらブツブツと話し始める。


「…ぃ…ぁ…。」


「えっ? 何だって?」


「青ぅぃ…ぉぇ…た。」


「ハッキリ喋れ!!」


「青ムニの剣、四十本手に入れました!!」


「なっ…!? 本当かっ!!?」


「はい…。」


しばしの沈黙が流れる。珍しいアイテムを自分だけが大量に手に入れたことで逆鱗に触れてしまったかもしれない…。

キバの反応が気になって、ようやく顔を上げるセロだが、それでも上目でこっそり見る程度しか上がらない。


うっすらと視界に入るキバの顔は怒りの表情ではないようだ。

ただ単純に驚いた顔をしている。


「四十本!?」


「あぁぁぁぁぁぁぁ、すみません、すみません、すみません。全部キバ様に差し上げますので、どうか許して下さい!!」


静けさを切り裂く大声でセロの肝が縮み上がった。ただ驚きの声を上げただけのキバに向けて何度も何度も頭を下げるのだ。


「いや、ドロップ品は手に入れた奴の物だ。宝箱も見つけた奴の物、それが世界樹ここの暗黙のルールなんだ。だから、それは全部お前のもんだよ。」


「えっ?」


言葉の内容よりも、怒りではなく、落ち着いた物言いに驚いているセロは、切ないような悔しいような表情をしているキバが目に映る。ようやく言葉の意味を理解したようで、ポツポツと自分の意見を伝え始めた。


「あの…。僕はいつも折半しとるんで、折半しませんか?」


「え?」


「いやだから、この世界樹で手に入れた物はまとめて売ってしもて、代金を半分ずつ分けましょうよ。」


「何で?」


「何でって聞かれても困るんやけど、そういうもんでしょ? 協力してダンジョン進むんやから、それが普通なんちゃう?」


「は?」


常識のズレが会話の理解を邪魔してしまう。あまりに常識過ぎて説明に困るものほど、異なった形式がわからないものだ。


「まぁ、この世界の常識はわからんけど、僕は初めからそのつもりでおったし、今回みたいに二人でダンジョン潜った時はそれでいこうや。ほんで、金銭に変えれんようなアイテムとか、レア物については話し合いで決めるってことで良えやろ?」


「あっ、ん? えっ!? ええ〜??」


やっと話の内容を理解したキバが驚きの声を上げる。この世界での常識は、キバの言った通りである。

過去、少ない宝箱を奪い合って仲違いや、下手をすれば殺人・強奪等が横行していた時期があった。その為、現在では複数人でダンジョンに潜ることは少ない。つまり、ほとんどの者がソロプレイをしているのである。


もう少し細かく説明すると、世界樹はその根元にたった一つ設置されている魔法陣が入り口なのだが、同じタイミングで入らなければ同じ一階とはいっても違う世界フロアに飛んでしまうのだ。

他にも、階層ごとの出現モンスターやその強さが変わらないこと、入ったタイミングに関わらず、五階層ごとに固定の世界フロアに辿り着くこと等、様々な謎があるのだが、その細かい仕組みは分かっていない。

何せ、一つの階層の広さが世界樹の大きさより広いことすら稀ではないのだから、何があっても不思議ではないのだろう。

そんな物理法則を無視した特性を利用して、無用な危険を避けたい冒険者や、戦う商人達は、混み合う時間帯になれば、魔法陣の前で順番待ちの行列を作り、ソロプレイに勤しむのが今の常識だった。


そんな情報交換を行いながら、結局セロの提案を受け入れるキバ。施しならば断るが、協力成果の取り分ならば喜びこそすれど、といった所であろう。


「ところでキバ、これ何や?」


セロが具現化したのは蒼く輝く、小さな丸い石だった。アイテム欄に記載されていた名称は、まんま“蒼の石”、そんな見たことも聞いたこともない石にキバは首をひねる。

そもそも、キバは青ムニ相手に薬草と日曜大工品しか入手経験がないのだから、わかる筈もない。


2人が見つめる蒼の石、指先で遊ばせながら見ていたセロが、ついつい手を滑らせて、石がコロコロ転がった。


「「あぁ〜!!!!」」


コロコロ転がる蒼の石は、ローザが美味しく召し上がりました。




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