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教官とミクル

コメディーです。




「萌えキャラになりたいか~!?」


「なりたいっす!」


「声が小さい! もっと処女膜から声を出せ!」


「……っええ!? それは無理っす!!」


夜明けの海岸に2つの影がある。

ジャージの上着に短いハーフパンツを履いた少女。

そして、竹刀を片手に仁王立ちする青年。

朝日に煌く海。光を反射し、波間が眩しく光った。


「バッキャロ~!!」


バキッ!

滂沱の如く涙を流しながら、青年が少女を殴る。


「何で最初から諦めるんだ! やってみなきゃ分からんだろ!」


「声帯構造的に不可能っす!!」


殴られた少女もまた、涙を流していた。

この2人の関係は何なのか。

SとMの関係なのか。

しかし殴られた少女はかなり不満そうな様子だ。


「うう……痛いっす! 父上にも殴られた事が無いのに!」


「だったら俺が貴様の父親になってやんよ! 立て! 立つんだミクル!」


「教官! それはまっぴら御免であります!」


ミクル、と呼ばれた少女が涙ながらに反論する。

少女の名前は羽見乃(うみの)ミクル。萌えキャラを目指すごく普通の女の子だ。

そしてその指導を行っているのが青年だ。

つまり、S(師匠)とD(弟子)の関係である。




現在早朝5時30分。

清々しい風が流れる海岸で、2人は特訓をしていた。

無論、萌えキャラになるための訓練である。

朝の静寂を破るように、教官が大声を張り上げた。


「ミクル! 萌えキャラに何が必要か分るか!?」


「分らないであります!」


「そうか……」


眉間に皺を寄せる教官を前に、ミクルは立ち(すく)んだ。

ジッとミクルを見つめる教官。

教官に圧倒され、ミクルは知らず知らずの内に生唾を飲み込んだ。

そんなミクルに対し、教官は眼光鋭く告げた。


「ミクル。ハーフパンツを脱げ」


「……ええ!? な、何故でありますか!!」


「それが萌えキャラだからだ!!」


「意義あり! それは痴女であります!!」


興奮して反論するミクル。

それを冷たく見下ろす教官。

ジリジリと時が過ぎて行く。

やがて教官は、肩の力を緩めながらミクルに言った。


「ミクル。今から言う言葉を復唱しろ」


「? は、はいであります!」


「『パンツじゃないから恥ずかしくないもん!』」


「パ、『パンツじゃないから恥ずかしくないもん!』」


「分ったかミクル!!」


「分かりません! 誰が言ったか知らないでありますが、自分の場合、完全にパンツを(さら)す事になります!!」


「そんなの当たり前だ!! いいか、パンツじゃないなら、いちいち『パンツじゃない』などと宣言する必要など無いのだ!」


教官のそこ一言にミクルが反応する。

薄皮をはぐ様に、ミクルにも教官が何を言わんとしてるのかが分ってきた。

教官は、燃える心をそのままに叫んだ。


「たとえパンツを晒そうと! パンツじゃないと言い切る! そのサービス精神が萌えへと繋がるのだ!!」


ガーーーンという衝撃がミクルに走る。

そう言われればそんな気がしてきた。

ミクルは思う。萌えキャラとは、萌えを貫き道理を引っ込める存在では無いか。

血縁の壁を越え、あるいは種族の壁を越え、神と人の道(セフィロート)すら超えていくのが萌えではないか。


「きょ、教官!! 自分が間違っていたであります! 教官のセクハラ野郎と心の中で罵った事を許して欲しいであります!!」


感涙を流すミクル。

ガバッと教官と抱き合った。

教官もまた、感涙にむせていた。


「ミクル! 貴様はグズでノロマなクソキャラだが、その努力する心は一流だ! もっと自分を信じていけ!」


「はいであります! 教官!」


ひとしきり泣き終えた後、2人は抱擁を止めた。

ポケットティッシュで鼻をかむミクル。

教官は二の腕で涙を払うと、いそいそとビデオカメラを取り出した。


「さあミクル! そうと決まればレッツゴーだ!!」


「きょ、教官! そのビデオカメラはどうしたんでありますか!?」


「買った!」


「何故であります!? 何故ビデオカメラを買う必要があったんでありますか!?」


「ええい、細かい事は気にするな! さあ脱げ! ガバッと脱げ! 脱ぐんだミクルぅ~!!」


やんや、やんやと吠え立てる教官。

釈然としない物を感じながらも、ミクルはその両の手をハーフパンツにかける。

これを脱ぐ事が、萌えキャラへの一歩となる!


……本当にそうか?


言い知れぬ不安がミクルを襲った。

パンツ晒して歩くなんて、女として、人としてどうなんだ?

自分はそんな風に萌えキャラになって、嬉しいのか?

ミルクの脳裏をぐるぐると輪になって葛藤が駆け巡る。


「どうした!? ミクル!!」


教官の叱咤(しった)の声に、ミクルはビクリと反応する。

いつの間にか、教官はビデオカメラを外していた。

ジッと、何かを待つようにしてミクルを見つめている。


ミクルはごくりと息の飲み込んだ。

分らない。私には、教官が何を考えているのか分らない――。

しかし分った事もある。

自分の心が、どうしたいのか。それだけは。


「じ、自分は――」


ジッと、ミクルを睥睨(へいげい)するように見つめる教官。

その瞳に耐えるようにミクルはギュッと手を握る。


「自分は、脱がないであります!!」


毅然とした声で告げるミクル。

たとえ萌えキャラになれなくても、守らなければならない意地がある。

自分が自分で在る為に。

自分は、パンツにならない! 


ミクルの決死の言葉を聞き届けた教官は、フッと笑みを浮かべた。


「よく言ったぞ、ミクル。そうだ。貴様はそれで良い」


ミクルに向かい親指を立てる教官。

そんな教官の優しい態度に、ミクルはぽかーんとした表情になった。

唖然としたまま、疑問をそのまま言葉にしてぶつけた


「きょ、教官? それじゃあ、パンツうんぬんの流れは何であったんでありますか……?」


「それはそれで、一つの萌えキャラの道だ」


ミクルの質問に対し、教官はキリリとした表情で答えた。


「しかし、誰もがパンツになれば良いと言う事でも無い。分るかミクル?」


逆に教官から投げかけられる問い。

答えが分らないミクルは、疑問符を浮かべた顔で教官を見つめた。

そんなミクルに対し、教官は遠く海を見つめながら語り始める。


「萌えキャラに最も必要な物。それは、キャラがぶれない事だ」


キャラがぶれない事、とミクルは口の中で反芻(はんすう)した。

教官は、ミクルを振り返らないまま言葉を続けた。


「パンツじゃないと言い切る事。それが出来ない貴様がパンツを見せても、ただの汚れキャラだ」


そしてそこで振り返る。

朝日が染みたのか、教官は男泣きに泣いていた。


「貴様は自分を保った! 汚れにはならなかった! ……それを、誇りに思うぞ」


「きょ、教官~!!」


ミクルも号泣した。

教官の海よりも深く山よりも高い師弟愛に対して泣いたのだ。

ヒシッと抱擁する2人。

2人の影は、海から昇る朝日に照らされていた。


華奢なミクルを抱きしめながら。

しかし教官は、喜んでばかりもいられなかった。

その胸の内には様々な葛藤が浮かんでいた。


(ミクル。貴様はパンツになる事を拒んだが、萌えキャラの道は貴様が考える以上に険しいぞ……!)


(パンツじゃないどころか、今では『履いてない』キャラさえ存在する!)


(そんな中で、貴様は萌えキャラにならねばならんのだ! パンツを見せないままに!)


果てしなく続く萌えへの道。

そこに挑む2人の挑戦は、まだ始まったばかりだ!

行け、ミクル! その手に萌えキャラを掴むまで!!





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