98年前!後!
簡単に望みますが、それがどういうことかわかっているのですか?あなた、自己注意ですよ!
「ドアを越えたらアレキサンダー・カールソンは消えてしまうよ?」
大男が動きを止めた。素早く少年の顔を振り返る。
「ほう? あと一歩踏み出せば消滅するっていうのか? おもしろい」
「そうだけど、そうじゃない。その空間に入れば名前が消える。さらに進むことですべてが消える。だからもし……」
「おい、俺を消すことができるっていうんならやってみろ! それが本当の話なら俺は喜んで消されてやるよ!」
「そんな、何言ってるんだ! 君はわかっていないんだアレキサンダー・カールソン! 本来ここは選ばれ認められた者だけがくる場所。それなのに君みたいな……」
少年の言葉は、ことごとく遮られてしまう。
「おい、くそガキ、生きていく中で一番の不幸は何だと思う?」
「アレキサンダー・カールソンは、命を持たない僕にそれを聞くの?」
無言で答えを待っている。
「……わかったよ。その答えは、どうやって知ったにせよ知ってはならないことを知ってしまうこと。それが一番の不幸さ」
大男がまた笑い出した。不自然なほど大声で、それでいて小さな少年を嘲るように。
手慣れた様子で背中と足のホルダーに武器をしまう。
「もしも、生き物にこの世が生まれて以来すべての記憶が残っているとしたらどうだ。最初の五〇億年、次の五〇億年その中で生まれて消えてまた創りかえられて消えて、それを延々繰り返す。出会い、別れ、天災、自分が生きる上で関わった出来事すべてが頭に残っているとしたら?」
少年は言葉を失った。そんなことがありえるのか、すべてを任されているはずの自分に理解できないことがあってたまるか、人間に許された力をとうに越えているこの男は何なのか……少年は有るまじきことに、この世に存在して以来初めて“消えてしまいたい”という思いに襲われていた。
「よく聞け、くそガキ。その答えは『何ひとつ忘れることができないのが一番の不幸』……だ」
アレキサンダー・カールソンはそうつぶやくと初めて悲しそうな顔を見せ、最後の空間に足を踏み入れた。




