第3話 船上の検分
私の最初の仕事は、絶望に浸ることではなく、生存のための「境界線」を確定することだった。
ガルガンチュアの船内は、迷宮のように広大だった。
私は手帳と木炭の粉を取り出し、甲板から一段降りた上甲板の回廊を、一歩ずつ床を靴底で叩きながら進んだ。
「……水密扉の蝶番は真鍮製、腐食なし。油を差せば動くわね」
軋む音を立てて頑丈な鉄扉を押し開ける。
かつての士官居住区と思われる一角は、驚くほど乾燥していた。外壁の鉄板と二重のチーク材が、三十年もの間、雨風を完全に遮断していたのだ。
天井の明かり取り用の丸窓(舷窓)は、厚い防弾ガラスで作られており、ひび割れ一つない。窓からは、暗礁地帯の荒々しい海が一望できた。
「ここを本拠地にするわ」
私は部屋の隅に溜まった埃を、手近な木切れで掃き出した。
持参した固形石鹸を海水で泡立て、備え付けられていた頑丈な樫の木の机と寝台を磨き上げる。
次に、船底の物資庫の検分に向かった。
浸水している最下層を避け、中層甲板の倉庫の鍵をバールで叩き折る。
中に入った瞬間、乾燥した木の香りと、古い蜜蝋の匂いが鼻をくすぐった。
「……これは」
埃を被った無数の木樽と木箱が、天井まで整然と固定されていた。
帝国海軍が遠征用に備蓄していた、最高級の軍用物資だった。
蓋を開けて検分する。
蝋で完全に密閉された素焼きの壺に入った、透き通った鯨油が二十樽。
乾燥した樫の薪が数十束。
銅製の釘、工具一式、滑車、頑丈な麻ロープの束。
そして、亜鉛のインゴットと、何百本もの真鍮の配管材。
「三十年間、誰も略奪に来られなかったから……すべて無傷で残っている」
さらに、最も重要な「水」の問題。
私は甲板へ戻り、雨水受けの構造を調べた。
巨大な艦首甲板は、わずかに中央へ傾斜しており、雨水が自然と集まるように側溝が掘られていた。その先を辿ると、錆びた真鍮パイプが、船体中央の巨大な水密タンクへと繋がっている。
タンクの蓋を開け、懐中電灯を落とす。
底には、かつての雨水が溜まっていたが、長年の静置によって完全に澄み渡り、特有の鉄の匂いがあるものの、腐敗はしていなかった。
「煮沸して木炭で濾過すれば、十分に飲める。貯水量は……最低でも五千リットル」
水がある。
火が焚ける。
雨風を凌ぐ頑丈な鉄の壁がある。
私は士官室の机に戻り、真っ白な航海日誌の一頁目を開いた。
『——ガルガンチュア観測所、設営完了。
居住性、良好。真水および燃料の備蓄、単身において三年以上の生存が可能と算定。
これより、骸骨礁における水文および海流の定時観測を開始する』
ペン先を走らせる音が、波の音と重なって静かに響いた。
私の孤独で、しかし完璧に満たされた生活が、ここから始まった。




