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『異世界付与術師 ~ステータス画面に新機能を付与していたら、世界がどんどん便利になっていく~』  作者: ネコロビン


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第42話 商業都市ベルク

「……船だ!」


 僕は思わず声を上げた。


「だから、宿が先だって!」


 ロイドに肩を掴まれる。


「ちょっと見るだけ!」


「お前のちょっとは長いんだよ!」


「でも、船だよ!?」


「分かってる!」


 エナが隣で笑っていた。


「ユウト、船は明日になってもあるわよ」


「……そうだけど」


「それに、もう夕方だしね」


 そう言われて、僕は空を見上げた。


 確かに、太陽はずいぶん傾いている。


 ベルクへの配達を終えたばかりだ。


 馬車も返さなければならないし、今夜泊まる宿も探さなければならない。


「……分かった」


「よし」


 ロイドが満足そうにうなずいた。


「まずは宿だ」


「はーい!」


 僕たちは商業組合を後にした。


     ◇


 商業都市ベルク。


 王都から馬車で三日ほどの場所にある、川沿いの街だ。


 王都ほど大きくはないけれど、商業が盛んなことで知られている。


 街の中心には市場。


 その周囲には工房や商店が立ち並び、川沿いには倉庫と船着き場が広がっている。


 歩いているだけで、いろいろな音が聞こえてきた。


 カンッ! カンッ!


 金属を叩く音。


 ギコギコ。


 木を削る音。


 ガラガラ。


 荷車が石畳を走る音。


 そして、商人たちの威勢のいい声。


「新しい鍋が入ったよ!」


「丈夫な革袋はいかがですか!」


「川魚の燻製! 今朝できたばかりだ!」


「……すごいなあ」


 僕は辺りを見回した。


 王都にも大きな市場はある。


 でも、この街は少し雰囲気が違う。


 王都がいろいろな人の集まる大きな街だとしたら、ベルクは街全体が巨大な仕事場みたいだった。


 どこを見ても、何かを作っている人や、荷物を運んでいる人がいる。


「ベルクは職人も多いからな」


 ロイドが説明してくれた。


「魔道具、金属製品、木工品、ガラス製品。ここで作って、船や馬車で各地へ運ぶんだ」


「へえ……」


 僕は通りの向こうを見た。


 大きな窓のある工房では、職人が透明なガラスを加工していた。


 別の建物では、木製の車輪が何個も並んでいる。


「……あれ、撮ってもいいかな?」


「明日な」


「……はい」


 ロイドは笑った。


「お前、今日はずいぶん素直だな」


「だって、早く寝て明日いっぱい見たいから!」


「なるほどな」


 エナが吹き出した。


     ◇


 馬車を貸出所へ返し、僕たちは宿を探した。


 ベルクには商人向けの宿が多いらしい。


 大きな荷物を持った人でも泊まれる宿。


 馬車を預かってくれる宿。


 長期滞在する職人向けの宿。


 いろいろある。


 ロイドが選んだのは、市場から少し離れた通りにある宿だった。


 名前は『川風亭』。


 木造三階建ての、落ち着いた雰囲気の建物だ。


「いらっしゃいませ!」


 受付にいた女性が笑顔で迎えてくれた。


「四人で一泊、空いてますか?」


 ロイドが尋ねる。


「はい。二人部屋が二つ空いておりますよ」


「じゃあ、それで」


 ロイドが手続きを進める。


 僕は宿の中を見回した。


 壁には川の風景を描いた絵。


 棚には小さな船の模型。


 そして、受付の横には大きな《掲示板》の案内が貼ってあった。


【川風亭からのお知らせ】


【本日の夕食・川魚の香草焼き】


【長期滞在のお客様は割引あり】


「……おお」


 僕は思わず声を漏らした。


「どうしたの?」


 エナが尋ねる。


「この宿も《掲示板》を使ってるんだね」


「そうみたいね」


 受付の女性が嬉しそうに言った。


「ええ! 最近はお客様も掲示板を見て来てくださるんですよ」


「そうなんですか!」


「お部屋の様子も《景色記録》で載せていますし、夕食の献立も毎日お知らせしています」


「へえ!」


「遠くから来られるお客様には便利だと喜ばれています」


 僕は少し嬉しくなった。


 自分が作った機能が、こうして普通に使われている。


 それも、僕が思いつかなかったような使い方で。


「便利ですよね、ステータス画面」


 僕が言うと、女性は大きくうなずいた。


「本当に! 考えてくださった方には感謝しています」


「……えへへ」


 僕は少し照れた。


 ロイドが横から僕を見る。


 そして、にやりと笑った。


「よかったな、ユウト」


「……うん!」


 僕は小さくうなずいた。


 受付の女性は不思議そうに首をかしげていたけれど、ロイドはそれ以上何も言わなかった。


     ◇


 翌朝。


「ユウト、起きろ」


「……ん」


「朝だぞ」


「……あと五分」


「船、見に行かないのか?」


「起きた!!」


 僕は毛布を跳ねのけた。


 ロイドが大笑いする。


「はははっ! 分かりやすいな!」


「だって船!」


「はいはい。まず顔を洗ってこい」


「はーい!」


 僕は急いで支度をした。


 今日はベルクを見て回る日だ。


 配達の仕事は昨日終わった。


 王都へ戻る前に、一日くらいは街を楽しんでもいいだろうということになっている。


 朝食を食べながら、僕は何度も窓の外を見た。


 市場へ向かう人たち。


 荷車を押す商人。


 朝日を浴びた街並み。


 全部が新鮮だった。


「ユウト、パンを食べ終わってから外を見なさい」


 エナが笑う。


「……はい」


 バルクは黙々と朝食を食べていた。


 ロイドが言う。


「今日はまず港へ行くか」


「本当!?」


「ああ。どうせ気になって仕方ないんだろ?」


「うん!」


「そのあと市場を回ろう。せっかく来たんだからな」


「やった!」


 僕は残っていたパンを急いで食べた。


     ◇


 ベルクの港は、想像していたよりずっと大きかった。


 街の中央を流れる川は、王都近くの川よりも幅が広い。


 その両岸には石造りの岸壁が続き、いくつもの船が停泊していた。


 船着き場には木箱や樽が積み上げられ、荷運びの人たちが忙しそうに働いている。


 そして――。


「……うわあ!」


 僕は思わず立ち止まった。


 大きな船だ。


 木造の船体。


 高く伸びた帆柱。


 何枚もの大きな帆。


 船の側面には、複雑な模様が彫り込まれている。


 その一部には、淡く光る魔石が取りつけられていた。


「……すごい!」


 僕は《景色記録》を開いた。


 まずは船全体を撮影する。


 それから、帆柱。


 船首。


 船尾。


 荷物を積み込む様子。


 何もかもが面白い。


「ユウト、そんなに珍しいか?」


 ロイドが尋ねる。


「うん! この世界に来てから、船を見るの初めてだから!」


「そういえば、そうだったな」


 僕は川を見つめた。


 元の世界では船を見たことがある。


 でも、魔法のある世界の船は初めてだ。


 それに、目の前の船はただの帆船ではなさそうだった。


「ねえ、ロイド」


「何だ?」


「あの船、魔石がついてるよね?」


「ああ」


「何に使うの?」


「船を動かすんだ」


「……えっ?」


 僕は目を丸くした。


「魔法で船を動かすの!?」


「そうだぞ」


「じゃあ、帆は何のためにあるの?」


 ロイドが笑った。


「風で進むためだろ」


「……あれ?」


 僕は首をかしげた。


 魔法で動くなら、帆はいらないんじゃないだろうか。


 すると、エナが説明してくれた。


「魔石を使って船を動かすには、お金がかかるのよ」


「お金?」


「そう。魔石の魔力を消費するから、使えば使うほど費用がかかるの」


「なるほど……」


「だから、風があるときは帆を使うの」


 バルクが続ける。


「風がないときや、川を遡るときには魔石を使うんだ」


「……ああ!」


 僕は思わず手を打った。


「そういうことか!」


 風があるときは帆。


 風がないときは魔力。


 つまり、二つの動力を使い分けているんだ。


「すごい! 合理的だね!」


「ごうりてき?」


 ロイドが首をかしげる。


「あっ、無駄が少ないってこと!」


「そういうことだな」


 僕はもう一度船を見た。


 帆柱。


 魔石。


 木造の船体。


 元の世界の技術と、この世界の魔法。


 まったく違う仕組みなのに、考え方は似ている。


 必要なときだけ、必要な力を使う。


「……面白いなあ」


 僕は小さくつぶやいた。


     ◇


 しばらく港を歩いていると、一隻の商船が出航の準備を始めた。


 船員たちが綱を外し、帆を広げていく。


 風が吹く。


 白い帆が大きく膨らんだ。


「……おお!」


 僕は慌てて《動景記録》を開いた。


 船がゆっくりと岸壁から離れていく。


 水面に波紋が広がる。


 船員たちの声が響いた。


「帆を張れ!」


「右舷、確認!」


「出航するぞ!」


 大きな船が、ゆっくりと川を進み始めた。


 僕は夢中で撮影した。


 風を受けた帆。


 川面を滑る船体。


 岸壁で手を振る人たち。


 そして、船尾の魔石が一瞬だけ淡く光った。


「……あっ!」


 僕は画面を拡大した。


 船尾の下、水面近くに小さな波が立っている。


 どうやら、船を岸壁から離すために魔力推進を少し使ったらしい。


「……なるほど!」


 僕は感心した。


 風だけでは動かしにくい場所で、魔法を使う。


 そして、十分に風を受けられるようになったら帆で進む。


 なんて便利なんだろう。


「ユウト」


 ロイドが声をかけた。


「ん?」


「そろそろ移動するぞ」


「もう!?」


「もう一時間近くいるぞ」


「……えっ!?」


 僕は驚いて振り返った。


 エナが笑っている。


「ずっと船を撮ってたものね」


「そんなに経ってた!?」


「経ってた」


 バルクがうなずいた。


 僕は慌てて《動景記録》を閉じた。


「……ごめん!」


「まあ、今日は急ぎの仕事もないからいいけどな」


 ロイドが笑った。


「ただ、港だけで一日終わっちまうぞ」


「……それは困る!」


「だろ?」


 僕は名残惜しく船を見つめた。


 また来たい。


 いつか、あの船に乗ってみたい。


 そんなことを考えながら、僕たちは港を後にした。


     ◇


 港から市場へ向かう道には、さまざまな工房が並んでいた。


 鍛冶屋。


 木工所。


 ガラス工房。


 魔道具工房。


 どの建物からも、何かを作る音が聞こえてくる。


 僕は一軒の魔道具工房の前で立ち止まった。


 窓越しに、職人が小さな金属部品を組み立てているのが見える。


「……あれ?」


 僕は目を凝らした。


 見覚えのある形だ。


「ロイド、あれって……」


「ああ。昨日届けた部品と似てるな」


「やっぱり!」


 工房の前には、小さな看板が出ていた。


【船舶用魔道具・修理承ります】


「……船の部品なんだ!」


 僕は思わず声を上げた。


 すると、工房の中にいた職人が顔を上げた。


「ん? 何か用かい?」


「あっ、すみません!」


 僕は慌てて頭を下げた。


「昨日、王都から魔道具の部品を運んできたんです!」


「……王都から?」


 職人の男性が少し驚いた顔をした。


「もしかして、商業組合に届けた三箱か?」


「はい!」


「おお! あんたたちだったのか!」


 男性が嬉しそうに笑った。


「助かったよ! 今日の朝から組み立てを始められたんだ」


「そうなんですか!」


「ああ。船の推進装置に使う部品でね。これがないと作業が進まなかったんだ」


 僕は目を丸くした。


 昨日、僕たちが運んできた部品。


 それが、あの大きな船を動かす装置の一部になる。


「……すごい!」


 僕は思わずつぶやいた。


 職人が笑った。


「運んでくれたあんたたちのおかげだよ」


「いえ、そんな!」


 僕は少し照れた。


 ロイドが隣で笑う。


「無事に届いてよかったです」


「ああ。本当にありがとうな!」


 僕たちは職人に礼を言って、工房を後にした。


 歩きながら、僕はもう一度港の方を振り返った。


 自分たちが運んだ小さな部品が、船を動かす。


 当たり前のことかもしれない。


 でも、なんだか嬉しかった。


     ◇


 市場へ着くと、さらに人が増えた。


 大きな広場を囲むように露店が並び、あちこちから威勢のいい声が飛んでくる。


「新鮮な川魚だよ!」


「ベルク名物の焼き菓子はいかが!」


「丈夫な革靴! 旅人さんにおすすめだ!」


 僕は目を輝かせた。


「……すごい!」


「さっきからそればっかりね」


 エナが笑った。


「だって、すごいんだもん!」


 僕たちは市場を歩いた。


 香辛料の店。


 木彫りの小物を売る店。


 色とりどりの布を並べた店。


 ガラス製の食器を扱う店。


 どれも見ていて飽きない。


 僕は《景色記録》を使いながら、気になったものを撮影した。


 もちろん、店の人や商品を撮るときは許可をもらう。


「写真を撮ってもいいですか?」


「おお、構わんよ!」


「ありがとうございます!」


 そうして撮影していると、あることに気づいた。


 市場のあちこちで、ステータス画面を開いている人がいる。


 店主が《掲示板》に商品を載せていたり。


 商人が《メール》で取引先と連絡していたり。


 買い物客が《市場》で価格を調べていたり。


 僕が作った機能が、普通の道具として使われている。


「……なんか、不思議だな」


 僕はつぶやいた。


「何が?」


 エナが尋ねる。


「王都じゃない街でも、みんな普通に使ってるんだなって」


「そりゃ便利だもの」


「そうなんだけど……」


 僕は少し考えた。


 最初は、自分が便利に使いたくて作った機能だった。


 それが、今では知らない街の知らない人たちの生活に入り込んでいる。


 しかも、使い方は人それぞれ。


 僕が考えた以上に、いろいろなことに使われている。


「……面白いね」


 僕は笑った。


 エナも笑う。


「ユウトが作ったものなんだから、もっと自慢してもいいのに」


「えっ?」


「こんなに役に立ってるんだから」


「……うーん」


 僕は少し考えた。


「でも、みんながいろいろ工夫して使ってるから面白いんだと思う」


 エナが目を細めた。


「そうね」


「僕が思いつかなかった使い方もいっぱいあるし!」


「ふふっ。そういうところ、ユウトらしいわね」


「そうかな?」


「ええ」


 僕は首をかしげた。


 でも、褒められたみたいなので、ちょっと嬉しかった。


     ◇


 昼を過ぎたころ。


 僕たちは市場の外れにある広場で休憩していた。


 屋台で買った焼き菓子を食べながら、ベンチに座っている。


「……美味しい!」


 僕は思わず声を上げた。


 外はさくさく。


 中には甘い木の実の餡が入っている。


「これ、王都でも売ってほしいなあ」


「ベルクの名物だからな」


 ロイドが答える。


「王都でも探せばあるかもしれんぞ」


「本当!?」


「商人が運んでるだろうしな」


 僕はもう一口食べた。


 そのとき、バルクが荷物を確認しながら言った。


「そういえば、岩皮猪の肉はどうする?」


「あっ」


 僕は顔を上げた。


 昨日、森で倒した岩皮猪。


 持ってきた肉は、宿に頼んで冷却設備のある保管庫へ預けてある。


「そうだった!」


 ロイドが腕を組む。


「売るか、持って帰るか……」


「せっかくだし、食べたいな」


 僕が言うと、エナがうなずいた。


「私も食べたいわ。岩皮猪って美味しいもの」


「だよね!」


 バルクが笑った。


「だったら、料理してくれる店を探すか?」


「……え?」


 僕は首をかしげた。


「持ち込んで料理してもらえるの?」


「店によるな」


 ロイドが答える。


「肉を持ち込んで、調理代を払えば料理してくれるところもある」


「へえ!」


「もちろん、断られることもあるけどな」


「なるほど……」


 僕は少し考えた。


 そして、ふと思いついた。


「……あっ!」


「今度は何だ?」


 ロイドが僕を見る。


「《掲示板》で探せばいいんじゃない?」


「掲示板?」


「うん! お店の投稿を見てみようよ!」


 僕はステータス画面を開いた。


 ベルクの飲食店に関する投稿を探してみる。


 すると、いくつもの店が見つかった。


【川魚料理専門店】


【ベルク名物・香草焼き】


【炭火焼き肉料理】


【本日のおすすめ料理】


「……おお!」


 僕は画面を見せた。


「こんなにある!」


 エナが覗き込む。


「あら、便利ね」


 ロイドも画面を見た。


「なるほどな。店の情報が載ってるのか」


「うん!」


 僕は投稿を一つずつ確認した。


 そして、ある店を見つけた。


【炭火料理・赤い炉】


【本日のおすすめ:岩皮猪の香草焼き】


「……あっ!」


 僕は思わず声を上げた。


「見て! 岩皮猪!」


 バルクが笑った。


「ちょうどいいじゃねえか!」


「ここなら料理してくれるかもしれない!」


 僕は投稿のコメント欄を開いた。


 店の人が質問に答えているらしい。


【今日の夕方は営業していますか?】


【はい、通常どおり営業しております】


【四人で入れますか?】


【時間によりますので、お問い合わせください】


「……よし!」


 僕はロイドを見た。


「聞いてみよう!」


「何を?」


「今日の夕方、四人で食べられるか。それと、肉を持ち込んでもいいか!」


 ロイドは少し考えてから、うなずいた。


「そうだな。聞いてみるか」


 僕はコメント欄に文章を入力した。


【今日の夕方、四人で伺いたいのですが、席は空いていますか? それと、昨日討伐した岩皮猪の肉を持っています。持ち込んで料理していただくことはできますか?】


 送信。


「……どうかな?」


「返事を待つしかないな」


 ロイドが言った。


 僕は焼き菓子を食べながら画面を眺めた。


 すると。


 ぽんっ。


 通知が届いた。


「……あっ!」


 僕は慌てて開いた。


【赤い炉:お問い合わせありがとうございます。本日夕方、四名様のお席をご用意できます。岩皮猪のお肉も、状態を確認させていただいたうえで、持ち込み調理を承ります。別途調理代を頂戴いたします】


「……やった!」


 僕は思わず立ち上がった。


「大丈夫だって!」


 ロイドが笑った。


「よし、じゃあ今夜はそこで食うか」


「賛成!」


 エナがうなずく。


 バルクも嬉しそうだ。


「岩皮猪の肉か。楽しみだな!」


 僕は画面に返信した。


【ありがとうございます! 夕方、四人で伺います!】


 送信。


 これで決まりだ。


 僕たちが昨日倒した岩皮猪。


 それを、ベルクの料理人が調理してくれる。


 いったい、どんな味なんだろう。


「……楽しみ!」


 僕が言うと、ロイドが笑った。


「今日は撮影より飯の方が楽しみか?」


「……両方!」


「欲張りだな!」


 三人が笑った。


 僕も笑った。


     ◇


 夕方。


 僕たちは宿へ戻り、預けていた岩皮猪の肉を受け取った。


 冷却設備のおかげで、肉の状態は良好だった。


 清潔な布に包まれた肉を、バルクが持ち上げる。


「よし、行くか!」


「うん!」


 僕たちは市場の近くにある『赤い炉』へ向かった。


 店の前には、赤く塗られた小さな炉の看板が吊るされていた。


 窓からは温かな明かりが漏れ、香ばしい匂いが漂ってくる。


「……いい匂い!」


 僕は思わず足を速めた。


 ロイドが笑う。


「腹減ったか?」


「減った!」


「さっき焼き菓子食ってただろ」


「あれはおやつ!」


「はいはい」


 僕たちは店の扉を開けた。


 カラン、カラン。


 小さな鐘が鳴る。


「いらっしゃいませ!」


 店員が笑顔で迎えてくれた。


「四名様ですか?」


「はい。《掲示板》で問い合わせた者です」


 ロイドが答える。


「ああ! 岩皮猪のお肉をお持ちのお客様ですね!」


「はい!」


 店員が嬉しそうにうなずいた。


「お待ちしておりました! こちらへどうぞ!」


 僕たちは店の奥へ案内された。


 大きな炉では、肉がじゅうじゅうと焼かれている。


 香草と肉の香りが、店いっぱいに広がっていた。


 僕は思わず唾を飲み込んだ。


 ……絶対、美味しい。


 そして、そのとき。


 厨房の奥から、がっしりした体格の男性が現れた。


 白い前掛けをつけた料理人だ。


「岩皮猪を持ち込んだのは、あんたたちか?」


 ロイドがうなずいた。


「はい。昨日、森で討伐したものです」


「ほう……」


 料理人は、バルクが持っていた包みへ目を向けた。


「ちょっと見せてもらっていいか?」


「もちろんです」


 バルクが包みを開いた。


 料理人は肉の状態を確かめた。


 そして――。


「……おお」


 その目が、少し大きくなった。


「こいつは……」


 料理人は肉をじっくり見つめた。


「ずいぶん、いい処理をしてあるな」


 ロイドが笑った。


「ありがとうございます」


「血抜きもいい。保存状態も申し分ない」


 料理人は満足そうにうなずいた。


 そして、顔を上げた。


「よし。こいつなら、うまい料理にできるぞ!」


 僕は思わず笑顔になった。


「本当ですか!?」


「ああ!」


 料理人がにやりと笑った。


「せっかくの上物だ。腕を振るわせてもらおうじゃないか!」


 僕はロイドたちを見た。


 三人とも笑っている。


 昨日の森での戦闘。


 そのあと、みんなで処理した岩皮猪。


 それが今夜、美味しい料理になる。


 ……なんだか、すごく嬉しい。


「楽しみだなあ!」


 僕は思わずつぶやいた。


 料理人が豪快に笑った。


「期待して待ってな!」


 こうして、ベルクの夜が始まった。


 僕たちの岩皮猪が、いったいどんな料理になるのか。


 そして、このあと料理人から思いがけない提案を受けることになるなんて――。


 このときの僕は、まだ知らなかった。


第42話 完

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