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2話ー2


 地方の児童養護施設。物心ついたときにはすでにそこにいた。

 ただの事実だから、そこに感傷もないしなんとも思っていない。


 両親がどういう人間だったのか、その一切をするすべはない。


 ただ一つ確かなのは、彼らが類まれなる美貌の持ち主だったのではないかということだ。

成長するごとに、俺は極めて優れた容姿の遺伝子を宿していることを、周囲の過剰なまでの反応から嫌というほど思い知らされてきた。


 そして、俺が大人びていくにつれ、この容姿は周囲を焼き尽くす火種へと変わっていった。


「けいくんのいちばんは、わたしなんだから。ねえ、そうでしょ?」

「けいくんがあたしに笑いかけてくれたの、あんた見てなかったの?」

「うそつき! けいくんは、あたしとだけおはなしすればいいの!」


 施設では俺を奪い合って、女子生徒同士のトラブルが頻繁に起きるようになった。時には男子生徒同士ですら不穏な衝突が起きた。

 それどころではない。職員、出入りする関係者、果ては他の保護者が、俺と二人きりになろうと画策したり、直接触れてこようとすることも一度や二度ではなかった。

 俺は次第に他人を信じられなくなる。周囲を拒絶するように性格は刺々しくなり、他人と深く関わるのを避けるようになった。


 学生になって、騒ぎは収まるどころか、むしろ火種はより大きく広がっていった。俺はたびたびトラブルの元凶として扱われた。


 ある時、職員室に呼び出され、何もしていないのに叱責されるであろうことに、ふてくされていた時のことだ。

不意に部屋の鍵を閉められ、執拗に距離を詰められ迫られたときは、忍耐が限界を超え、近くにあった椅子を窓ガラスに投げつけた。ガラスが割れる破砕音が周囲に響き渡り、俺の内心もひび割れていくように感じた。


 そんなとき、学校の用事で都心に向かった際、偶然居合わせた事務所の関係者にスカウトされた。

 俺はそれをきっかけに、アイドルを目指す練習生としての道を選ぶことにした。


 自由になる金銭などほとんど持っていなかったが、それも事務所が工面するという。

 胡散臭さはぬぐえなかったが、何も持たない俺は、その不確かな希望に縋りつく以外の選択肢はなかった。


 その頃のことだ。俺の中で、歪な願いが育ち、鎌首をもたげるようになっていったのは。


 ――より多くの、夥しい数の他人に突き刺さり、永遠に忘れられなくさせたい。

 俺をお望みならば。降りかかる欲望を消費されるがままにはさせない。こちらから蹂躙してやる。


 その俺の目的を叶えるために、アイドルという道は、その時の俺が選択できる中で最良な手段に思えた。唯一の武器である、この外見を役立てられるのが、近道であるには違いないと考えたからだ。


 そうして練習生としてレッスンに励むようになったが、皮肉にもこの性格が災いし、思うように成果につながらなかった。出口が見えず停滞する日々を送っていたころ――汐人に出会った。



 汐人は目を伏せて、何かを、俺とやり取りをしていたころの時間を思い出しているようだった。

強い光で色濃く浮き上がる桜の葉の影が、風に揺らされてその影の形を変え続ける。


「それからは汐人の知るとおり。こうやって話すと、馬鹿みたいな人生だ」

「…………利己的で我が強く、才能にあふれた天才肌。目的のために手段を選ばないし、手間も努力もその一切を厭わない。僕が知ってる慧一はそんな存在で、僕が持っていないものばかりを、無数に持っていた。そんな慧一の気高さに触れる時間がたまらなく好きだった。慧一の存在は、烈しくも美しいストーリーのようで、僕はそれを読んでいる読者の気持ちだった」

 

 それは初めて聞く、俺に対して汐人が持っていた感情。

 もう手を離れてしまった尊いものを思い出すような。視線を落とした汐人の表情からは、そんな気配が感じられた。


 一度は振り払ったはずの後悔が、急に胸の中を占め始める。 後悔なんて、この世で一番意味のないものだと切り捨ててきたのに。 会える時に会って、こんな話をすればよかったんだ。


 きっと初めて会う俺と汐人は河原で話し続け、しんみりしたり笑いあったりしただろう。


 空腹になったら適当に周囲の飲食店を一緒に探し、適当にひき肉のパスタやサラダを食べながら感想を言い合う。

それからまた河原に戻って、尽きない話の続きをしながら、時折星が動いていくのを見上げて夜を明かすだろう。

 朝になれば、近くのパン屋にでも行き何か買って二人で食べるのだ。

そうして朝の強い光の中、寝なかったゆえにだるい身体をひきずって俺はレッスンへ、汐人は大学へ戻っていく。


 SNSでまた会う約束をし、毎日やりとりしながらその日を心待ちにし、会えばまた夜を徹して話し続けただろう。




 汐人は目線を上げて、俺をまっすぐ見た。まっすぐ見ているはずだが、少し遠いところを見るようで、その表情や目線からは気持ちが読み取れなかった。


「死と戦っていた頃、何を考えていたのか、か…」

  

 心臓がどきりと大きな音を立てる。汐人の声に、身体が緊張でこわばるのがわかる。


「僕はありふれた大学生だった。自分の人生がこの先も40年、50年と続いていくことを疑ったことはなかった。……なんだけど、ある時突然、前触れなく、病気を発症したんだ」


 生命力に満ち溢れた緑の葉が生い茂る河川敷。軽装の学生の集団が走り抜けていった。汐人はそれを指さす。


「それまではあの中の1人みたいな、普通の学生だったんだけど。中高大と部活もしてて、あんな風に毎日走ってた」


 突然、体内で異常な血液が作られるようになったのだ。その血はなぜか青白く発光する異様な見た目をしていた。

異常な血液は血液としての役割を果たさず、汐人の身体を滅ぼしていった。


 汐人は大学病院での入退院を繰り返す。闘病は熾烈なものになった。

 何度も死との境目を行き来する。健全な血液との入れ替えを目的に、幹細胞の移植を受ける。だが移植された細胞は体内の戦いに破れ、体の中で青白く発光する血液は増え続けた。


 大学病院の建物に並ぶ無数の病室の窓、その中の一つに、汐人は長いこといた。


 病棟を見渡せば、目につくのは老人や自分よりはるか年上の人間ばかり。なぜ自分がここにいるのだろうと、汐人はどこか冷めた気持ちで俯瞰している。


 広い敷地内には、患者の気持ちを紛らわすためか、手入れの行き届いた瑞々しい植栽がふんだんに植えられている。汐人はそれをガラス越しの別世界のように見下ろす。

 面会に訪れる友人、同級生の前では、大したことのないように、いつも通りの軽口をたたき、手を叩いて笑って話した。


「治療を乗り越えたら健康な体に戻れる。人生の続きをするのだと確信していた。でもだんだん理解せざるをえなくなっていった。俺に人生の続きはないんだって。どうか今で時を止めてほしいと願った。時が進めば、俺の命は失われるのは、火を見るより明らかだった。窓の外は、樹木ですら生命力に満ち溢れているのに。同窓の友人たちは、それぞれの生活を、今しかない学生生活を全力で謳歌しているのに。なぜ俺だけが、こんな病室で、一人で延々と死と戦っていなければならないのか。不条理さを受け入れきれていなかった。」



 何をする気も失った汐人は、病室でスマホを見ている。

 身辺の整理もしないといけない。両親が買い与えてくれたたくさんのスニーカーも、もう履くことがないかもしれない。フリマアプリを開く。


 そこで運命はどういうわけだか、俺、不破慧一と出会わせる。


「慧一は端正な外見とクールな性格とは裏腹に、内心に熱い意志を持ち光り輝いていた。過酷なレッスンを何年も続け、何度もオーディションに落ちていた。それでも決死の覚悟でアイドルへの道を掴もうとしていた。僕にとっては、慧一の存在は一編の美しい冒険譚だった」

 

 唐突な自分の登場に驚き、俺は目をぱちぱちとしばたたかせた。


「慧一は劣勢でも決して諦めない。自分の望みを阻む見えない敵をグッと睨みつけて、あらがうのだ。それが叶わなければ彼に待っているのは死なのか、それほどに慧一は必死に見えた。僕は何の自由もない病室で、慧一の人生を夢中で読んでいた」


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