試練の門――「仮面の移住者」
修復が進み、少しずつ「村」の体裁を整え始めた亡霊の村。
その境界線に、ボロボロの衣服を纏った十数人の一団が姿を現した。
「……お願いです、お助けください! 隣国の動乱から逃れてきた、行き場のない獣人の民です……!」
先頭に立つのは、疲弊した様子の犬系の獣人の老人。その後ろには、怯えた子供たちや怪我を負った若者が並んでいる。
ボクは思わず一歩踏み出そうとしたが、その肩をバルトの手が静かに、けれど強く制した。
「坊ちゃま。慈悲は『器』が満ちてから注ぐもの。……少々、不自然ですな」
「不自然……? でも、あんなに怪我をして……」
「ええ。ですが、あのアカギレだらけの手……。爪の間に残っているのは、逃避行の泥ではなく、上質な『武器の手入れ油』の匂いがいたします」
バルトの言葉に、ボクの背筋が凍る。
すると、脳内でリリが鋭く吠えた。
『……待って、アヴァン! あの子たちの匂い、おかしいわ! 獣人の匂いに混じって、アグニール公爵家の騎士たちが使っていた「あの嫌な香水」の香りがする!』
リリの野生の勘が、バルトの疑念を裏付ける。
公爵家は、失敗した見習い騎士の代わりに、今度は「悲劇の難民」を装ったスパイ……あるいは、暗殺者を送り込んできたんだ。
「……バルト、どうすればいい?」
「くく、簡単です。彼らが本当に難民ならば、この村の『主』に忠誠を誓えるはず。……坊ちゃま、右手の力を使い、彼らをこの村の『門』へ招き入れるのです」
ボクは頷き、村の入り口にハンスの霊力で練り上げた「見えざる門」を顕現させた。
【試練の門:真実の秤】
発動条件: 村への立ち入りを許可する際、対象の「悪意」を判定。
判定: 霊体ハンスによる威圧、およびリリによる嘘の感知。
「……村へ入りたいなら、この門を潜って。でも、ボクたちに嘘をついている人は、ここを通れないよ」
ボクの宣言に、老人と若者たちの顔が一瞬だけ引き攣る。
老人が意を決したように門を潜ろうとした、その時だった。
「――っ、しまっ……!?」
門を潜った瞬間、老人の指先に隠し持たれた、毒を塗った投擲ナイフがハンスの霊圧によって強制的に弾き飛ばされた。
同時に、背後の若者たちの懐から、公爵家の隠密が使う特殊な短剣が次々と露わになる。
「……アグニール公爵家の隠密部隊だね。難民のフリをして、ボクを殺しに来たんだ」
ボクの声が、自分でも驚くほど冷たく響く。
正体が露見した「老人」と呼ばれた男は、低く笑いながら顔の皮(魔法の仮面)を剥ぎ取った。
「……『無能』の分際で、少々鼻が利くようになったようだな。だが、これだけの人数を相手に、その老執事一人で何ができる?」
十数人の隠密たちが、一斉に抜剣する。
彼らは全員、魔力で身体を強化したプロの暗殺者だ。
「バルト一人? ……違うよ。この村には、ボクの味方が何十人もいるんだ」
ボクが右手を掲げると、修復作業をしていた霊体たちが一斉に作業を止め、暗殺者たちの背後に音もなく立ちふさがった。
ハンスとリリが、ボクの肩越しに敵を睨みつける。
「……お疲れ様。でも、ボクの家族を傷つける人は、この村にはいらない。――バルト、彼らに『亡霊の村』の掟を教えてあげて」
「御意。……死者に口なしと言いますが、ここでは死者こそが饒舌にございます。……皆様、地獄の門へようこそ」




