第1話
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前書き
この物語に、
明確なルールはありません。
原因も、正解も、救いも、
ここには書かれていません。
ただ、日本のどこかで、
誰かが聞いてしまった
――それだけの話です。
「だるまさんが転んだ」
子どもの頃、
意味もなく立ち止まったあの感覚を、
もし今でも覚えているなら。
この先を読むとき、
少しだけ、足元に気をつけてください。
だるまさんが転んだ――誰が残れるのか
「だるまさんが転んだ」
その声を聞いた瞬間、俺たちは一斉に息を殺した。
誰も動いていない。
少なくとも、そう“信じていた”。
振り向いた鬼の顔は、最初からこちらを見ていたような気がした。
次の瞬間、右隣にいたはずの女がいなくなっていた。
驚きの声を上げた者から、順番に消えていく。
俺は悟った。
この遊びでは、「恐怖すら動きに数えられる」
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第1話
だるまさんが転んだ
最初は、ただの事故だと思った。
仕事帰り、駅から家までの近道にある小さな公園を横切ったときだ。ブランコの軋む音と、子どもたちの声が聞こえた。鬼ごっこか、かくれんぼか、その程度のありふれた夕方だった。
その中に、ひとつだけ、妙に輪郭のはっきりした声が混じった。
「だるまさんが転んだ」
反射的に足が止まった。
理由はない。ただ、そうするものだと体が覚えていた。
次の瞬間、空気が裏返った。
音が来た。破裂音でも爆音でもない。内側から押し広げられるような、短く、乾いた衝撃。視界が白くなり、思わず目を閉じた。
だが、熱はなかった。
風も、火も、飛び散る何かもない。
目を開けると、公園はそこにあった。滑り台も、ブランコも、砂場も、何ひとつ壊れていない。ただ――人だけがいなかった。
さっきまで遊んでいたはずの子どもたちも、見守っていたであろう大人も、声も、気配も、きれいに消えていた。
まるで、最初から存在しなかったみたいに。
俺は一歩、前に出ようとして、やめた。
理由はわからない。
足が重いわけでも、恐怖で固まったわけでもない。ただ、「今は動くべきじゃない」と、どこかで誰かに言われた気がした。
数秒後、スマートフォンが震えた。緊急速報ではない。ニュースアプリの通知だった。
《○○市の公園で原因不明の爆発 けが人不明》
爆発。
その言葉だけが、場違いに浮いて見えた。
家に帰ってテレビをつけると、同じ映像が流れていた。上空から撮られた公園。焦げ跡も瓦礫もない、きれいな円形の地面。アナウンサーは「詳細は確認中です」を繰り返している。
インタビューに答える通行人の声が、耳に残った。
「……子どもたちが遊んでて。
急に、あの……遊びの声がして」
記者が聞き返す。
「遊び、とは?」
一瞬の沈黙。
通行人は困ったように笑ってから、こう言った。
「だるまさんが転んだ、です」
その夜、眠れなかった。
目を閉じると、あの声が聞こえる気がしたからだ。
音量も、方向も定まらない。ただ、世界のどこかで、今も誰かが言っている気がする。
だるまさんが転んだ。
翌朝、ニュースは全国に広がっていた。
同じような「爆発」が、同じように、いくつも起きている。
共通点は、まだ誰も口にしていない。
けれど、俺はもう知っていた。
あれは事故じゃない。
災害でも、テロでもない。
あれは――
始まっただけだ。
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後書き
ここまで読んで、
「なぜそうなったのか」を
知りたくなったかもしれません。
けれど、
この物語は答えを出しません。
止まったから助かったのか。
動いたから消えたのか。
そもそも、
誰かが見ていたのか。
それは、
あなたが決めることではありません。
この遊びは、
理解した瞬間に終わります。
だからもし、
ページを閉じたあと、
少しだけ周囲が静かに感じたなら。
それは、
物語のせいではなく――
あなたが、
ちゃんと止まれているだけです。




