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【10/5 コミックス1巻発売】公爵家の長女でした  作者: 鈴音さや


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~幕間~ ローリとタビーともう一人 ~スローライフ その2~【10/5 コミックス1巻 発売記念】




これは、公爵家を逃げ出した一人と一頭と、それからもう一人と一頭が、湖の畔で暮らしていた頃のお話です。


気になる果実



「うーん……」

湖を渡る風がサヤサヤと葉を鳴らしている。キラキラと木漏れ日を揺らす木を見上げて、腕組のまま私は考え込んでいた。タビーはといえば、先ほどまでは一緒に木を見上げたり悩んだりしてくれていたのに。今では草地に横たわり、『いい加減に諦めたら?』とでも言いたげに時々パサリパサリとしっぽで地面を叩いている。


「お前、先ほどから何をしている?」

訝しげな声に振り向くと、体慣らしをするといって黒馬と出かけていった貴きお方が立っていた。

「オレがナハトと湖の周囲を足慣らししている時からずっとそのように。いい加減、首を痛めるのではないか?」


「いえ、大したことではないのです」

私は胸の前で小さく手を振ってみせる。

「いや、いつもお前に忠実なブチ馬が寝転ぶほどだ。そのようにするのは一度や二度ではないだろう」

タビーのほうに視線を投げると、よっこいしょというように脚を立てて立ち上がった。ゆっくりと私に近づいてくる。

「確かに何回かこうしていました。タビー、付き合わせちゃってごめんね」

フンフンと髪に鼻を寄せてくるタビーの首筋を撫で撫でする。


「それで、結局その木の何がそんなに気になるのだ?」

重ねて尋ねられ、私は口を開いた。

「本当に大した事じゃないんです。ただ、あの木の実、すっごくおいしそうだなあって」

前世でいうところの洋ナシ程度の大きさだろうか。少し表面に凹凸がある果実が、いくつもその枝を飾っている。

「最初は緑色をしていたんですけど、段々赤みがかってきて。そろそろ食べ頃なんじゃないかな、と」

「木の実が熟すなど、数日を要するものであろう? そうして見つめていたら早く食べられるようになるわけもない」

貴きお方が少し呆れたような声でいった。

「そういうことではなくて、鳥が食べに来るか見ていたんです」

言い返した私に、貴きお方が少し目を見張った。

「なるほど、鳥が食べれば人にも食べ頃というのは一理ある。しかし、随分と慎重であるな」

「それは……」

私はタビーをチラリと見た。タビーはそっと視線を逸らしていく。


「少し前、結構赤くなったからそろそろいいかと一つもいでみたのです」

瑞々しい果実であることを期待させる、ずっしりとした果実だった。公爵邸やお妃教育で、一般の令嬢よりは多種多様な勉強した自覚のある私だけど。あいにくこのような果実は図鑑などでも見たことがなかったし、食卓に並んだこともなかった。


──この地域特有の果実かもしれない。

タビーと散策中、初めて見た時には固そうな緑色をしていてあまり興味をひかれなかった。不思議なもので、日が経つにつれて赤みを増していくごとに、私の中で『おいしそう』『食べてみたい』という気持ちも増していったのだ。


──赤いきのこは危険そうだけど、赤く熟れた果実で毒って聞いたことないし。

大抵の果実はその中に種を包んでいる。鳥に食べてもらって遠くに運んでもらうためだと生物の時間に習った記憶がある。そのために、植物の中で目立つように赤くなるし、鳥が食べたくなるように甘くなるのだ、と。

だけど。


「よく洗って皮をむいて、二つに切りました。固さもなく、すんなり切れてますます期待が高まったのです。タビーと半分こにしようと思って器に入れて置いたんですけど……」

「ブチ馬は食べたか?」

貴きお方がおもしろそうに訊いてくる。


「……タビーは、食べずにお皿をまたいで前足で埋めるようにしたのです」

猫跨ぎならぬ、馬跨ぎだった。

「ック、…ハハハ!」

貴きお方が声をあげて笑った。一度、こらえようとして溜めたのに、我慢ができずに笑ってしまった、という様子が余計に私をいら立たせた。


「ブチ馬はやはり賢い馬であるな」

「タビーを褒めてくださるのは嬉しいのですが──」

私は割り切れなさを呑み込んだ。いいたいこともいえないこんな世の中じゃ!

「それで鳥が食べにくるまで待とうというのは正しくはあるが、随分と悠長であるな」

諦めるという選択肢はなかったのか、と貴きお方に尋ねられる。

「だって、あんなに美味しそうなんですよ。食べてみたいじゃないですか」


公爵家を出ることを計画していた時、他国のおいしいものをいろいろ探して食べ歩こうと決めていた。お米にはまだ出会えていないけど、久しぶりにお魚を食べることはできた。せっかく遠くまできて、初見だけどおいしそうな果物をみつけたのだ。


そして何より、私には未知の食べ物を開拓してきた日本人のDNAが心に宿っている。

トゲトゲや毒にも負けず、ウニやフグを食べてきたご先祖様たち。そのまま食べれば激しい腹痛を起こすコンニャク芋を、試行錯誤の末に『すり潰し、茹で、灰汁を混ぜて、さらに茹でる』ことで食用にした。

赤く色づいた果実の一つ、美味しくいただけないのは情けないではないか。


──食えぬなら、食えるまで待とうの精神よ!

ネットがあれば簡単に調べられるのに、と悔しく思わないこともない。だけど、鳥が食べにくるまで待つくらい、どうということはないのだ。


「それで、鳥は来たのか?」

私は首を振った。

「見ての通り、鳥も来ないし、ついばんだ跡もないのです」

あんなに赤く熟しておいしそうなのに、という私の呟きに、貴きお方がニヤリと笑った。


「あれは見目はよいが大層エグみがあって人には食べられぬ。木成りのまま完熟すると甘くなるが、その頃には捥いだら手の上で潰れる程に柔らかくなってしまう」

「なるほど。タビーは匂いでわかった、ということですね」

「お前、ブチ馬に助けられたではないか。毒ではないが、顔をしかめずにはいられない程のエグ味というぞ」

この辺りでは、鳥にしか食べられないごちそうといわれているそうだ。

「そうなんですね……」

私は顎に手をあてて、数舜思案する。

「わかりました。では、あの実を十個ほどもいでいきたいと思います」


貴きお方が目を見開いた。

「馬も跨ぐようなエグい果実を食べるというのか?」

貴きお方が怪訝な顔をしていった。

「いいえ、一つ試してみたいことがあります」

私の心の、日本人のDNAが火を噴く時がきたのだ!


納得できない、とい顔つきながらも。貴きお方はその木の実をきちんと十個、もいでくれた。



それから私のしたことは──。

その実を一つ一つよく洗い、そして皮をむいた。手伝おう、といって貴きお方も半分皮をむいてくれる。もしかすると、その手元は私より上手かもしれないけど、そこはみなかったことにする。

「ヘタは取らないのか?」

「取らないでください。ヘタが重要なのです」

貴きお方は体が大きいため一緒に作業をするとちょっと狭苦しいけど、せっかく手伝ってくれているのだからお礼をいった。


そして、お鍋に入れて十分ほど果実を煮込んだ。

「待て、なぜ果実を煮込む? ジャムにするのか?」

「ジャムにはしません、殺菌です」

「それは過熱するとエグ味が増すという。悪いことはいわぬから諦めろ」

なぜだろう。高位貴族だろうに、果実を鍋で煮たくらいで必死になってくれる。この人は案外いい人かもしれない、と少し思った。


そして、公爵邸からいただいてきたお父様の秘蔵のお酒を取り出す。

「見慣れぬ酒だが芳醇な香りだ。随分、良い酒なのではないか?」

不思議そうな貴きお方を他所に、茹であがった果実を布巾でよく拭いて水分を取る。そして器に並べた果実に惜しみなく高級酒をかけた。意外なところで意外な形で役にたってくれて。やっぱり、いろいろ持ち出してきて正解だったな。


「待て、酒をかけても食べられぬぞ」

「食べません、これから干すのです」

「干す、とは?」

額に手を当てた貴きお方は、なんだか疲れて見える。


だが、私は忙しい。紐を取り出して、果実のヘタに結びつける。そして、日の当たらぬ軒下にズラリと十個の果実が吊り下がった。

──エグ味があって食べられないけど、熟したら鳥が食べにくる果実だもんね。

私は充実感を胸に、腰に手を当ててそれらを見上げる。

前世、理科の時間に干柿を作ったのだ。鳥が食べない渋柿も、手を加えれば極上の逸品となる。

──砂糖が高級品だった頃には、干柿が庶民の甘味だったというしね。

干柿は羊羹より甘くなるという。この木の実も、熟せば鳥が食べにくるというのだから期待できるだろう。


「十日から半月くらい干すといいらしいよ」

隣で作業を見守っていてくれたタビーが「ムヒヒン」と小さくないた。

「楽しみだね!」

待ち遠しくて、ウキウキと顔を綻ばせる私とは対照的に。貴きお方は悟りを開いたような顔をしていた。

「そんなにまでして食べたいものだろうか」

「美味しく食べられるかもしれないなら、試してみなければもったいないではないですか」

──食えぬなら、食えるようにしようの精神よ!


なんといっても、私の心には日本人のDNAが宿っているのだから。

羊羹くらい甘くなったら大成功! きっと、タビーも喜んで食べてくれるだろう。そのまま食べてはいけない種類の果実だと教えてくれたお礼にたくさん食べさせてあげたい。ナハトにもわけてあげよう。貴きお方がその時に食べたいといっても、もう遅いんだからね~。




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― 新着の感想 ―
コミカライズ一巻発売おめでとうございます!  待ってましたー! Kindleで買いました! なるほど干し柿、納得です。 ローリかわいい! タビーもかわいい! 二巻も楽しみに待ってます!
わ~い ブックマークそのままにしておいてよかった~ 今日、近所の本屋さんに行ったら、「公爵家」が平積みになっているのに気が付きました。 ひとしきり眺めて帰宅したところ、なんとこの「幕間」の投稿があるじ…
日本人の食への執念は異常なレベルですしね…。 昔戦争してた時に日本軍が外国人捕虜に食事にゴボウ入れたら木の根っこを捕虜食わせるのは虐待だと後から問題にされた話もありましたね…。 ゴボウ食べるの日本と後…
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