⑥ マックス視点 後朝と決意
朝日で室内が明るくなるのを感じ、ゆっくりと目を開くと、輝くようなプラチナブロンドの頭がすぐ目の前にあった。
腕の中には柔らかく温かなものがある。
昨日は、俺の人生の中で最も凄まじい一日だった。
午前中にレオと一緒に師匠に稽古をつけてもらい、昼食にキアーラが運んできた料理とレオが作ったお菓子を食べた。
料理は俺がキアーラの家でしばらく世話になっていた時の好物がいくつもあり、レオのお菓子も美味しくて、みんなでわいわいと舌鼓をうった。
そのまま穏やかな一日になると思ってたのに、そこからとんでもない展開になってしまった。
まず、陛下の前で縛られた兄の姿に驚愕し、兄が齎した知らせに心臓が止まりそうになった。
よりにもよって、キルシュは俺とジークを後宮に差し出せ、と要求してきたのだ。
そうしないと、アルツェークを壊滅させる、と。
アルツェークは俺にとって思い入れの深い土地だ。
俺みたいな男にもみんな親切にしてくれて、温かく受け入れてくれた。
あの地が魔獣で蹂躙されるなんて、許されるはずがない。
ジークの決断は早かった。
俺がなんとか内容を理解できた頃には、キアーラを抱きしめて別れを告げていた。
と、いうことは、俺もレオに同じように別れを告げないといけない。
今の俺はジークの側近で、ジークは自身と俺をキルシュに差し出すと決めたのだから。
外国人留学生の俺を側近に取り立ててくれたジークに俺は多大な恩がある。
頭ではそうわかっていてもその覚悟が決められず、震えながらしがみついてくるレオの肩をぎゅっと抱き寄せていると、兄の口からさらに驚愕の事実が語られた。
なんと、父と兄がクーデターを計画しているというのだ。
兄が語ったキルシュの内情は、予想を遥かに超えて酷いものだった。
キルシュがどうも危ないという話は聞いていたが、ここまでとは思っていなかった。
兄は、俺とジークにフィリーネを討ってほしい、と言った。
俺の武力と、王族であるジークの豊富な魔力量をあてにしているのだ。
陛下も兄の計画にのるという決断を下した。
こうなったら、俺は命がけでジークを守るだけだ。
そう思って今度こそ覚悟を決めようとしたのに、俺の腕の中で震えていたレオが突如として俺の腕を振り払って陛下の前に進み出た。
「陛下!私が行きます!私を、ジークの代わりにキルシュに差し出してください!」
俺は再び心臓が止まりそうになった。
血相を変えるジークにレオは真向から言い返し、陛下に自分がキルシュに行くべきだと言い募った。
もうこの辺りで、俺の頭では展開についていけずに思考停止しているような状態だった。
それから兄はマルバの子息の身に起こった悲劇と、どの道レオには無惨な未来が待っていると語った。
俺には耳を塞ぎたくなるような内容だったが、ここから話はまた思わぬ方向へと転がっていった。
キルシュの現宰相ギースという男の話から、レオが別世界で生きていた前世の記憶を持っていることを白状したのだ。
三年前散々悩ませられ、それからずっと心に引っかかっていた問題がやっと解決すると同時に、なぜ打ち明けてくれなかったと思った。
婚約までしているというのに、俺はレオに信用されていないのだろうか。
結局、陛下はレオをジークの身代りとして俺と一緒にキルシュに差し出すと決断した。
自分のことでもあるのに、俺はどこか他人事のようにそれを聞いていた。
王妃様とレオが去った後、兄は腕の縛めを解かれ、文官が持ってきた地図などを見ながら詳しいクデーターの計画を語りだした。
父も西の砦にいる長兄も、かなり危ない橋を渡っているようだ。
ここにいる次兄も、おそらく首を落とされるくらいの覚悟でアレグリンドまで来たのだろう。
そして、俺もレオのためなら迷わずこの命を賭けることができる。
レオが陛下に宣言したように、必ずや成し遂げてみせよう。
そう胸に決めていた時、ジークは俺にレオの住む離宮のガゼボに行くように指示を出した。
なぜこのタイミングでそんなことを言われるのかわからず、理由を訪ねようとした俺だったが、ジークだけでなくフェリクスとエリオットからもいつになく強い圧をかけられて従うしかなかった。
フェリクスとエリオットはジークと付き合いが長い分、阿吽の呼吸みたいなところがある。
同じ側近という立場になったとはいえ、俺がその域に達するまではまだまだ時間がかかりそうだ、と思いながらガゼボに向かうと、見覚えのあるドレスを纏ったレオが待っていた。
そこで俺はまた今まで以上に心がかき乱される自体に直面することになった。
レオは明日髪を切るから、後悔しないようにと王妃様に言われたそうだ。
それに、兄も言っていた。マルバの女性二人が、惨い殺され方をしたと。
きっとそういう危惧も含め、後悔しないようにということなのだろうけど。
怒涛の展開に頭がついていかない。男だって繊細なのだ。
陛下の姪で、ジークの宝物。
本来なら俺なんかが近寄ることすら許されない宝石だ。
ジークは俺を騎士として求め、側近とした。
それは理解できる。
でも、レオがなんで俺みたいな半端者を伴侶として選んでくれたのかがわからない。
レオならいくらでも相手は選び放題だっただろうに。
実際、多くの男がレオを狙っていた。
俺がレオには不釣り合いだ、という陰口を叩かれていることも知っている。
その通りだと自分でも思う。
俺でいいのだろうかと思いつつも、レオが俺に向ける眼差しには確かな愛情があり、真っすぐに俺の胸に飛び込んでくるその体を抱きしめるのは天に昇るような心地だった。
温かな体温を感じるたびに、俺の理性はぐらぐらと揺れていた。
可愛くて、危なっかしくて、目が離せない宝物。
時に見せる芯の強さが、迷わずその身を挺する献身が、無欲さが、どれだけ俺の瞳に眩しく映っていたことか。
レオはジークが俺に寄せる信頼の証でもある。
ただの留学生だった俺が王太子殿下の側近として受け入れられたのは、婚約者となったレオの存在が大きい。
アレグリンドの風習は知っていたが、それでも俺は最大限ジークの期待に応えたくて、正式に結婚するまで一線は越えないと心に誓っていた。
レオは、俺が一生をかけて守らなくてはいけない大切な宝物なのだから。
だが、そこにいたのは、いつもよりどこか頼りないレオだった。
腰まである長いプラチナブランドをさらりと背に流し、ついさっきすごい勢いで陛下に詰め寄ったのとは同じ人物とは思えないほど頬を赤らめもじもじと俯いていて。
可愛い、と思った。
この姿を誰にも見せたくないと思った。
心の準備もなにもできていなかったが、ここまでお膳立てされて引き下がるのは男の沽券に関わる。
それに、レオにここまで言わせておいて手を出さないなんて、レオに恥をかかせる、とうことになるのではないだろうか。
俺は腹を括って、愛しい婚約者を手折ることにしたのだった。
それが、昨夜のこと。
アレグリンド王家特有の月光で染めあげたようなプラチナブロンドを手に取って、指に絡めてみた。
さらさらとした手触りはいかにも儚くて、胸が締めつけられた。
この美しい髪に触れてみたくて、長い間焦がれていた。
俺の色の髪飾りでこの髪が彩られているのを見ると、嬉しくて胸がいっぱいになった。
今やっと触れることができるようになったというのに、数時間後にはばっさりと切り落とされてしまうのだ。
なんと無惨なことだろう。
せめて、髪があってもなくても愛していると心から伝えてあげなくては。
俺にとって大事なのは、レオ本人なのだから。
レオは今、俺の腕の中で無防備な寝顔を晒している。
前世の記憶が戻る前の無表情だった頃も含め、俺はレオのいろんな表情をみてきた。
無邪気に笑う顔も、驚きに目を丸くする顔も、はにかむような笑顔も。
初めて見るその寝顔には、まだ十八歳という年相応のあどけなさが残っていて、愛しさがこみあげてきた。
やはりこうなってよかったのかもしれない、とも思った。
もちろん最初から命懸けで守る覚悟だったが、体を繋げた今は絶対に誰にも触れさせたくないという思いが一層深まった。
この柔肌に、他の男が触れるなど許せない。
そんなことになったら、俺は確実にその男を殺してしまう。
ましてや、複数の男が群がるようなことがあったら、俺は手当たり次第に全てのものを破壊してしまうかもしれない。
柔肌もその香りも、甘い声も吐息も、味わうのはこの世で俺だけだ。
そのためにも、確実に成し遂げよう。
そして、二人でまたアレグリンドに帰ってくるのだ。
俺が決意を新たにしていると、レオのまつ毛が震えて身じろぎをした。
どうやら覚醒が近いようだ。
俺はレオの肌の香りを胸いっぱいに吸い込んで、美しい青い瞳が開くのを待った。




