⑨ 学園長への提案
それから数日後、やっと学園が再開されることになり、キアーラもタウンハウスに帰っていった。
久しぶりに登校すると、マックスとの婚約が発表された直後の五倍くらいの勢いで女生徒たちに囲まれた。
魔獣騒動での私の活躍を称えるのが二割、最後にマックスが駆けつけてからの出来事への興奮が八割くらいだ。
女の子たちの中で、マックスは『レオ様に不釣り合いな不愛想キルシュ仮面男』から『レオ様の危機に颯爽と現れ凶悪な魔獣を斃したヒーロー』という位置づけになったようだ。
王太子の側近というはっきりとした肩書より、若い女の子にはこういった恋愛絡みのことの方がよほど印象深いのだろう。
マックスがどれだけカッコよかったかを語る女の子のうち何人かは、頬を染めて瞳をキラキラ輝かせている。
確かに、あの時のマックスは死ぬほどカッコよかった。もっと言えば、めちゃくちゃ惚れ直した。
どうやら私と同じようなことを思った娘が何人もいるようだ。
マックスが怖がられなくなるのはいいけど、そういった好意まで向けられるのはちょっと複雑だ。
そしてこの時、あの麗しの貴公子ジークの婚約者をしているキアーラは、とても大変なんだろうなということが身にしみてわかった。
ジークだけでなくキアーラもしっかり支えてあげよう、と改めて心に決めた。
とりあえず、私とマックスの政略結婚疑惑は消えてなくなったようだ。
学園長室を訪ねると、ずいぶんと窶れてしまった学園長が迎えてくれた。
「学園長。お菓子を持ってきました。前回のは、ゆっくり食べられなかったと思いまして」
「お気遣いありがとうございます、レオノーラ姫」
お菓子と疲労回復効果のあるお茶で学園長も一息ついたようだ。
「レオノーラ姫。あの時は、本当にありがとうござました。貴女がいなかったら、学園はどうなっていたか……」
「私はすべきことをしたまでですから」
「私はああいったことは不慣れでして……レオノーラ姫に指示されるまで、なにもできなかった。本来なら、私が陣頭指揮を取らなければならなかったのに、全部貴女に押し付けてしまった。王族とはいえ、まだ未成年の女の子に頼りきりになるなど、恥ずかしい限りです……」
学園長はティーカップを両手で包み込むように持ったまま項垂れてしまった。
私は学園長を凹ませるためにここに来たわけではない。
「学園長。私から提案が二つあるのですが、聞いていただけますか?」
「もちろんです。どのような提案でしょう?」
私が提案したのは、前世ではよくあった避難訓練だ。
いくつか有事のパターンを想定し、それに合わせた避難訓練をするのだ。
身分に関係なく下級生もしくは魔力の低い学生を、騎士科の上級生が中心となって守り安全な場所に避難させるように前もって訓練しておけば、なにかあってもそれに沿って動けばいいだけなので安心だ。
それから、もう一つは野外演習。
私の経験上からも言えることだけど、魔獣と対峙するというのは経験が必要だ。
それは座学や訓練場で身につくようなものではない。
できれば学生全員を、せめて騎士科だけでも二泊くらいどこかで野宿しながらザブルくらいの魔獣を狩るようなことをするべきではと思うのだ。
きっと今の騎士科には、かつての私のようになにも考えずに訓練をしている生徒が多い。
それでは、いざとなった時に動けない可能性がある。
「避難訓練ですか……いい考えだと思います。これは是非検討すべき内容ですね。先生方と話し合ってみます。それから、野外演習ですが、これは私が学生の頃にはあったのですよ。当時は卒業するのにその演習に参加することが必須でした。それがいつだったか、高位貴族の子弟が怪我をしたことがありまして……それ以降は行われなくなりました」
そんな過去があったのか、と私は思わず溜息をついた。
「どの程度の怪我だったのかわかりませんけど、それで怖気づくなんて情けないですね。なにかあったら魔力量の多い王族と貴族が体を張らなければならないというのに」
例外は、国王陛下とジークくらいのもので、それ意外の王族と貴族は非常時には全て捨て駒になる。
少なくとも、私はそう言われて育った。
呆れた私に、学園長は苦笑した。
「正論ですが、そのように考える貴族はごく一部ですよ。貴族だから優遇され守られるのが当然だというのが今や一般的な考えです。実際、あの騒動の時ほとんどの高位貴族の生徒は攻撃に参加しませんでした。そのあたりの意識改善も、今後の学園の課題と言えるでしょう。これもいい機会です。野外演習の再開も検討します。必要があれば、陛下に後押ししていただくようお願いしてみますよ」
高位貴族の生徒、あの時見ないと思ったら逃げちゃってたんだ……
そうでなかったら、もっと負傷者も少なくて済んだかもしれないのに。
野外演習は、やっぱり必要だと思う。
是非とも復活させてほしい。
それには、学園長に頑張ってもらわなくては。
「学園長、私、もう一つ手土産を持ってきたのです」
「ほう?まだなにかあるのですか?」
期待に目を丸くする学園長の前に、私はバスケットから取り出した包みを置いた。
「以前に、研究所で育てられた異国の野菜のお話をしましたよね。それで作ったサンドイッチです」
「おおお!」
研究畑出身でこういった新しいものに目がない学園長は、ぱっと顔を輝かせて包みを開けてサンドイッチの断面をじっと観察した。
「赤いのがカナナク、紫のがトヤーザという野菜です」
前世でいうところの、トマトとアボガドとチーズとベーコンを挟んだサンドイッチみたいな感じになっている。
シンプルな味付けだから、素材の味や食感がよくわかると思う。
「レオノーラ姫……これは、とても美味しいですよ!」
さっきまで窶れていた学園長だけど、今は瞳を輝かせてサンドイッチをぱくついている。
「お口に合ってよかったです。先日、王城で学園長がとても疲れていらっしゃるようだったので、なんとか元気づけたいと思いまして」
「最高ですよ!最高の気遣いです!レオノーラ姫、改めてお願いします!学園で教師になってください!」
「そ、それはもちろん、検討していますよ」
まるで熱烈に求婚されているような勢いで勧誘され、私はちょっと引いてしまった。
きっと喜んでくれると思って作ったサンドイッチが、学園長の心と胃袋を同時に掴んでしまったようだ。
「騎士団も、将来優れた指揮官になり得る貴女を手に入れようと画策しています。でも、是非ここは、学園で未来を担う若者たちを育てることに力を貸していただきたい!」
「あの、そこはまだ、検討中ですので……マックスが忙しくて、最近あまり話をする時間がとれないのです。もうしばらくして落ち着いてから、また相談しますから」
あれから、マックスとは一度も会えていない。
忙しいから仕方ないのはわかってるけど、やっぱり寂しい。
早く、いろいろと落ち着いてほしいものだ。
私はなんとか学園長を宥め、またなにか手土産に持ってくると約束して学園長室を後にした。
その後、研究所のニールさんのところにも学園長と同じお菓子とサンドイッチを差し入れしたところ、ニールさんからも熱烈な勧誘を受けてしまった。
ニールさんには申し訳ないけど、個人的には研究員になるより騎士か教師になる方が現実的だと思う。
前世では就職活動に苦労したというのに、今の私は驚くほどモテモテだ。
まぁでも、そろそろ本気で卒業後のことを考えないといけない時期だ。
次にマックスとゆっくり話しをする時間がとれたら、また話をしてみようと思っている。




