⑧ 報告会と恩賞の行方
学園と王都で魔獣が出現する騒ぎが起こってから五日後。
やっと大まかな調査を終えたとのことで、その報告会が開かれていた。
私もその場に居合わせた当事者としてジークの隣に座らされていて、エリオットは文官の側近としてジークの真後ろに、マックスとフェリクスは壁際に立っている。
「これが学園の倉庫内から回収されたものです」
疲労の色が濃いニールさんがテーブルの上に置いたのは、粉々に砕けたのをなんとか元の形に修復しようと繋ぎ合わせたような無色透明の水晶玉みたいなものだった。
私の頭くらいの大きさで、どうやら中心部が私の拳より小さいくらいの空洞になっているようだ。
「間違いなく、ファーリーン湖にある魔法具を元にして作られたものです。この中に魔力を蓄えることで、水属性魔獣を生み出すようです。中心部の空洞に、最後に出てきた魔獣の魔石がぴったり嵌ります。居住区の方でも同じものが見つかっています。そちらは、出てきた魔獣の種類からして魔獣の浜の魔法具です。研究所の総力を上げて調べてみたのですが、完全に壊れてしまっているのでわからないことの方が多いです。これからも調査は続けますが、あまり期待はできそうにありません……」
何日も寝ていないといった顔のニールさんが申し訳なさそうに俯いた。
報告しながらさらに顔色が悪くなっていったニールさんに、後でお菓子を差し入れてあげようと思った。
次にニールさんに負けず劣らず顔色の悪い学園長が立ち上がった。
「学園から、現在まででわかっていることを報告いたします。
あの倉庫は、普段は使わない備品をいれてありまして、鍵は学園長である私と、事務主任が管理しておりました。記録によりますと、最後にあの倉庫に人が出入りしたのは、約一か月前です。事務員が使わなくなった椅子を運び込んだそうです。その際、内部をしっかり点検などしたわけではありませんが、特に不審な点には気がつかなかった、と申しておりました……その、そちらの魔法具が、いつ、誰によって運び込まれたのか、今のところ不明です」
「倉庫の鍵はどのようなものだったのですか?」
尋ねたのは騎士団長だ。
騎士団長も学園の出身で、広い意味では学園長の教え子にあたる。
「ごく普通の鍵です。魔力登録なども必要のないものです。どこででも買えるような備品しかない倉庫なので、問題が起こったことはありませんでした。管理が杜撰だと言われれば、その通りであったとしか……」
「騎士科の教師たちが学園にいないという情報が漏れていたようですが、その点はどうですか?」
「それは、情報漏洩とも言えないかと。あの日、騎士科の先生方が学園にいないことは、秘密でもなんでもありませんでした。学園職員だけでなく、生徒たち、先生方のご家族、王城の方々、その他にも多くの人が知っていたはずです」
そこまで多くの人が事前に知っている予定だったのだから、誰かに訊かれて教えたとしても罪になんて問えないだろう。
「それで、被害はどれほどのものだった?」
これは国王陛下からの質問だった。
「軽症者が五十三名。主に騎士科の生徒たちです。皆、元気に回復していっていると報告を受けています。幸いにも重傷者も死者も一人も出ませんでした。学園としての被害は、倉庫の中身の備品が全部壊れてしまったくらいです。他には被害はありません」
思ったより怪我人は少なかったようだ。
本当にそれくらいで済んでよかった。
ここで一度胸を撫でおろした私だったけど、次に王都の居住区での被害報告に、逆に胸が詰まるような思いになった。
死傷者が多数出て、最後に出てきた親玉に複数の騎士が重傷を負わされたのだそうだ。
とりあえず今の時点での報告は以上とのことで、会はお開きになった。
退室しようとした私をジークが押しとどめ、また席に座らされた。
室内に残ったのは、国王陛下とジークとその側近たち、そして私だけだった。
「レオノーラ。其方のおかげで学園の被害が最小限に抑えられたと聞いている。よくやった」
「ありがとございます、陛下」
褒められるのは単純に嬉しい。私はにっこりと笑顔で頭を下げた。
「其方には褒賞を与えよう」
「褒賞ですか?」
「そうだ。其方はそれに相応しい働きをした。なにか望みがあるなら言ってみなさい」
私はうーんと頭を捻った。
「なんでもいいんだよ、レオ。ドレスとか宝石みたいなのでも」
隣からジークがそう言うけど、そんなのはあんまりほしくないし……
と、ここで閃いた。
「なんでもいいのでしたら……被害にあった街の方たちが、適切な治療を受けられるようにしてください。それから、怪我をした方や亡くなった方の家族、住む家が無くなってしまったような方に見舞金のようなものが出せないでしょうか」
陛下とその側近たちは驚いたように目を見開き、ジークは満足気にニヤっと笑った。
「……可能ではありますが、本当に褒賞としてそれを望まれるのですか?」
そう言ったのは、陛下の側近でエリオットのお父さんでもある宰相だ。
そんなに珍獣を見るような目で見ないでほしい。
「はい。私は特にほしいものもありませんので……あ、そうだ、今年もきっとエストラへ調査隊が派遣されますよね?また私も同行させてくださったら嬉しいです。もちろん、不都合がなければ、ですけれど」
期待をこめて瞳を輝かせた私に、ジークが吹き出した。
「レオ。エルシーランがそんなに気に入ったの?」
「だって、美味しいものがたくさんあるんですもの」
あの屋台の味を思い出すだけで、口の中に唾液が広がってしまう。
港町ならではの、あの新鮮な魚介料理が忘れられない!
「そういえば、其方は去年珍しい土産を山のように持ち帰っていたな」
「はい。陛下も異国のお酒がお気に召したとおっしゃいました」
「そうだった、あの変わった味の酒だな。よかろう、確約はできないが、検討すると約束しよう」
「ありがとうございます!」
心の中でガッツポーズをとりながら、私はできるだけ優雅に微笑んだのだけど。
「父上。僕も調査隊に同行したいと思います。許可をくださいませんか」
私は驚いてジークを振り返った。
ジークまでエストラに行くの?野宿とかするんだけど、大丈夫?
「その理由次第だ」
「レオが学園で指揮を取ることができたのは、ファーリーン湖と魔獣の浜への遠征に参加していたからです。そこで見た指揮官の真似をすることで、生徒たちを上手く動かすことができたのだそうです。もし僕が同じ状況に陥ったとして、レオのように咄嗟に指揮などとれるか自信がありません。僕の立場上、それでは将来困ることになる。レオを参考に、今のうちに経験を積みたいのです。いかがでしょうか?」
振り返って視線で意見を求めたらしい陛下に、陛下の側近の騎士が頷いて見せた。
ジークの意見に賛同してくれたようだ。
「よかろう。それも含めて検討しよう」
「ありがとうございます、父上」
ジークが同行するってことは、側近の三人も同じだよね。
嬉しくてついつい頬が緩んだ私に、陛下は優しく目を細めた。
「レオノーラ。褒賞は、そなたの希望通りとする。ただ、其方個人ではなく、王家からの支援という名目にしてもよいだろうか?」
「もちろんです。私は名を売りたいわけではありませんので。どのような形であれ、被害にあった方々に援助が届きさえすればそれで構いません」
「……其方も、其方の婚約者も、欲がないことだな。其方のおかげで救われた皆に代わって礼を言おう。これからもジークをよろしく頼むぞ」
「はい、陛下。もったいないお言葉でございます」
私が再びにっこりと微笑んだところで、お開きとなった。
「マックス。レオを離宮まで送ってあげて」
ジークの言葉にマックスは頷いて、私に手を差し出した。
しばらく会えていなかったので、少しの間でも一緒にいられるのはとても嬉しい。
私はへにゃっと笑って、赤い石の指輪をつけた手をマックスの手に重ねた。
今日は陛下の前に出るということで、敢えてこの指輪と紫の石がついたマジェステを身に着けている。
今更陛下に対しては必要ないかとも思ったけど、念のためマックスの色を纏うことで仲良しアピールをしたのだ。
「またエルシーランに一緒に行けるかもしれないね!」
「ああ、そうだな。行けたらいいな」
「人魚姫の贈り物をまた見つけようね。それで、お土産をたくさん買いこまないと!」
「ほどほどにな。去年は、最終的にものすごい量になったからな」
「でも、皆に喜んでもらえたよ!」
「そうだったな。どれもこれも……とても評判がよかったな。それはいいんだが……」
弾むような足取りで歩く私をマックスが覗き込んだ。
「……褒賞は、本当にあれでよかったのか?」
「あれでいいの!宝石も嫌いじゃないけど、そこまで欲しいわけじゃないし。懐中時計のおかげで私は運がいいんだから、それを少しお裾分けしてもいいと思ったんだよ」
私が宝石を貰うより、ずっと有意義なはずだ。
いいことをした後は気分がいい。一人でも多くの人が助かるといいな、と心が軽くなった。
「運のお裾分けか。おまえらしい斬新な発想だな」
前世の記憶から思いついたことだからね。
アレグリンドではこんなこと言う人いないかも。
「あまり会いに行けなくてすまない」
「いいんだよ。忙しいのわかってるから。落ち着いたら、またお茶しようね。お菓子作っておくからね」
「ああ。もうしばらく先になりそうだが、待っていてくれ」
離宮の前までたどり着くと、マックスは紫紺の瞳に優しい光を湛えて私の頬をそっと撫で、それから去って行った。
そこに確かな愛情を感じたのは嬉しかったけど、キスしてくれなかったのだけは少し不満だった。




