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⑲ 失恋

 翌朝。しっかり食べてよく眠ったため、体調は万全だった。

 マックスに打ち明け話までしたからか、心もなんだかスッキリしていた。


 それなのに。


「レオナさんは俺が背負う!」


「昨日はお前が一番長く背負ってたじゃないか!次は俺の番だ!」


「お前は腕を怪我してるだろ。無理するなよ。ここは俺が」


「ここは公平にジャンケンで決めよう」


「レオナさん、俺は妹がいるから昔からおんぶが得意なんだ。だから、ここは是非俺の背中に」


「おんぶが得意ってなんだよ!抜け駆けするな!」


「既婚者がなんで混ざってるんだ!家で嫁さんでもおんぶしてろよ!」


「俺、レオナさんに一生ついていきます!」


 野営地を出発しようとしたら、誰が私を背負うかで騎士たちが揉めだしたのだ。


「私は今日はちゃんと歩けますから……」


「いいえ、ダメです!レオナさんに無理させるわけにはいきません!」


 その剣幕に私はドン引いた。

 気を失っていた時はともかく、意識があるのに男性に背負われるのは嫌だ。


 キアーラがぼそっと『レオナさんをおんぶし隊』とわけのわからないことを呟き、マックスがさり気なく私の前に立ち、リナさんがカイル兄様を呼びに行った。


「お前らなにやってるんだ!」


「隊長!俺たち、レオナさんが……」


「レオは今日は自分で歩くって言ってるんだ!甘やかすな!」


「いや、甘やかしているわけでは……」


「うるさいっ!散れ!出発するぞ!」


 騎士たちを蹴散らしてから、カイル兄様は私の顔を覗き込んだ。


「本当に大丈夫なんだな?」


「はい、もう大丈夫です」


「無理はするなよ。きつくなったらすぐに言え。いいな?」


 私が頷くと、カイル兄様は私の頭をぽんぽんと叩いて指揮をとるべく去っていった。

 まだ歩き出してもいないというのに、私はげんなりと疲れてしまった。


 シストレイン子爵家の邸宅に帰りついてからも大変だった。

 おじ様たちは私とマックスに深く頭を下げた。


 マックスが魔獣と戦闘開始した直後にエディさんは馬を全力で駆ってシストレイン子爵家の邸宅へ向かい、おじ様に事の次第を報告した。

 あまりに予想外のことに驚愕しながらもおじ様はアルツェークの全ての騎士を招集し討伐隊を編成する準備を始めたところに、魔獣は討伐され全員無事であるとの新たな知らせを持った騎士が到着しておじ様は腰を抜かしたらしい。


「きみたちがいなかったら、アルツェークにどれだけ被害がでていたかわからない。ありがとう、本当にありがとう」


「頭を上げてください。私たちは自分にできることをしたまでですから」


 私が応えると、マックスも隣で頷いた。


「カイルとキアーラを、生きて返してくれてありがとう……」


 おば様は私とマックスを抱きしめて涙を流していた。

 私はレオノーラになって久しぶりに親の愛情というものを目にして、胸が熱くなった。


「レオナさん、マックス君。あの魔獣の魔石と素材は、本来ならきみたちに所有権があるのだが、調査のために王都に送らなくてはいけない。恩を仇で返すようなことになって本当に申し訳ないが、別の形で保障をするということで許してもらえないだろうか」


 おじ様は青い顔で額に汗を浮かべながら項垂れている。


「当然です。あの魔獣は不自然でした。調査のために協力は惜しみません。保障も、私は特に必要ありません。この休暇の間、みなさんには本当によくしていただきましたから、そのお礼ということで」


「俺もなにもいりません。レオはともかく、俺まで快く受け入れてくださって感謝しています。その恩返しをさせてください」


 私もマックスも同じ意見だった。

 キアーラの家族とアルツェークの人々にはどうにかやってお礼がしたいと思っていたのだ。

 だから、これはちょうどいい機会だと思うことにした。


「……二人とも、本当にそれでいいのかい?」


 複雑な顔をするおじ様に、私たちはきっぱりと頷いた。


「レオノーラ・エル・アレグリンド様。マクスウェル・ハインツ殿。シストレイン子爵家一同、このご恩は決して忘れません」


 おじ様は子爵の顔でまた私たちに頭を下げた。


 ファーリーン湖遠征から帰還した翌日、シストレイン子爵家の邸宅の広い庭園で毎年恒例の祝勝会が開かれた。

 アルツェーク地方の料理や今回の討伐で狩った魔獣の肉がテーブルの上に所狭しと並べられ、美味しそうな匂いが漂っている。

 私も言われるままに芋を剥いたり野菜を切ったりして手伝い、その後はキアーラとお揃いの民族衣装を着せられて飾り立てられた。


「レオ様、とてもお可愛らしいですわ!今日の隠れた主役はレオ様とマックス様なのです!楽しんでくださいね!」


 双頭の魔獣についてはまだ公にはできないことになっている。なので、今回の表向きの主役は主を斃したカイル兄様だ。

 とはいっても、約五十人もいた遠征隊の口を完全に防ぐことができるわけもなく、私とマックスが主より強力な魔獣を斃したことは知れ渡っているようだ。

 今年の名誉を手にし表彰されたカイル兄様も複雑そうな顔をしてる。


「これはこの時期に採れるヒーザーという茸のマリネです。さっぱりしていて美味しいのですよ。そちらの皿のは、今回の討伐で狩ったザブルの肉を野菜と柔らかく煮込んだものです。あちらのは、蛇みたいな魔獣の肉をハーブに漬け込んで味付けして焼いたものです。それから……」


 キアーラが料理の解説をしてくれる横で、私は気になった料理を遠慮なく皿に取り分けていった。

 どれもこれも美味しくて、いくらでも食べられそうだった。

 最初は私とマックスはカイル兄様とキアーラに挟まれた席にいたのだけど、酒瓶を抱えたカイル兄様がマックスをどこかに連れて行ってしまった。


 キアーラとデザートや果物を選んでいると、


「レオナさん!こっちに来て飲みませんか?」


「俺の家で漬けた自慢の果実酒を持ってきました!ぜひ試してみてくださいよ!」


 と見覚えのある男性たちが群がってきた。

 『レオナさんをおんぶし隊』の隊員たちだ。

 私だけだったら対応できないとことだったけど、すぐに心強い救援が到着した。


「あなたたちはなにをやっているのです!レオナさんは、シストレイン子爵家がお預かりしている大切なお嬢様なのですよ!未成年の女の子にお酒を飲ませるなど、許されることではありません!馘にされたくなかったら、とっとと散りなさい!」


 今回はカイル兄様ではなくおば様が一喝して蹴散らしてくれた。

 私もこれができるようになったら便利なんだけどな、と思った。 


 お腹がいっぱいになったので、少し腹ごなしをしようと庭を歩いていると、聞きなれた声が聞こえてきた。


「マックスぅ、おまえキアーラと結婚して、俺の弟になれよぉ」


「俺じゃキアーラ嬢には釣り合いませんよ」


 完全に酔った口調のカイル兄様と絡まれているマックスだ。


「じゃあああ、リナならどうだぁ。あいつは料理も上手だし、怒らせたら怖いけど気立てもいいぞ。まぁまぁ色っぽいし、おっぱいも大きいし、年上のお姉さんだぞぉ」


「それは半分以上カイル殿の好みではないですか」


「なら、やっぱりキアーラと結婚しろよぉ。んで、ここに住んだらいいじゃないかぁ。キルシュになんか帰る必要ないぞぉぉ」


「そういうわけには……」


「なんだよぉ、キアーラは可愛いだろぉ、なにが不満なんだよぉおぉお。なぁいいだろぉ、俺の弟になってくれよぉぉ」


 これはもう、主の魔石を捧げて求婚する勢いだ。

 マックスが困り果てた顔をしている。

 助け船を出そうかと思ったそのとき、私は次のマックスの言葉に凍りついた。


「俺には、婚約者がいますから」


 婚約者。

 マックスは火竜の紋を持っていて、庶子とはいえキルシュでは名門の家柄だ。

 婚約者くらいいてもなにもおかしくはないのに、そんなこと考えてもみなかった。


「なにぃ!婚約者だとぉ?どんなコなんだよ!吐け!さっさと吐けぇ!」


 カイル兄様がすかさず食いついた。


「……頭がいいのに、抜けてるところがあって」


「ほう」


「好奇心旺盛なのに、世間知らずで危なっかしくて」


「ほうほう」


「頼りなさげなのに芯が強くて、ここぞというときは一歩も引かない」


「ほうほうほう!」


「笑うととても可愛いんです。なのに、自分が可愛いということに全く気がついていない」


「なんっっっっだよそれぇぇぇ!!」


 カイル兄様はジョッキをテーブルに叩きつけ、ついでに自分の額も叩きつけて突っ伏した。


「ベタ惚れじゃん!おまえ、俺の六つも下なのに、そんな相手がいるなんて!許せない!羨ましい!爆発しろぉ!幸せになってしまえ、こんチクショウ!!」


「カイル殿、飲みすぎですよ」


「ううぅぅ~マックスぅ~~キスしてくれよぉぉ」


「嫌ですよ」


「ケチ!マックスのムッツリスケベ!でもそんなところもスキ!」


「ああもう、ほら、酒じゃなくて水を飲んでください」

 

 私は足音を忍ばせてそっとその場を離れた。


 マックスには婚約者がいる。

 別に不思議でもないことなのに、胸が酷く痛んだことに私は驚いた。

 そして、やっと気がついた。

 私は、マックスが好きだということに。


 私を庇い守ってくれる頼もしい背中が。

 無表情なようで時に雄弁な紫紺の瞳が。

 不器用で無骨な態度な中に秘められた優しさが。

 

 私は大好きだったのだ。


 そして、それを自覚した瞬間に、私は失恋をした。


 さっき婚約者のことを語っていたマックスは、とても優しい横顔をしていた。

 愛しくて愛しくてしかたがないもののことを語るような、そんな顔だった。



 私は胸に手をあてて深呼吸をして心に決めた。


 この恋心は、永遠に封印すると。


 私が幸せになるために。

 マックスにも幸せになってほしいから。


 よかった。今ならまだ引き返せる。


 まだ十五歳の私は、これからきっとたくさんの恋ができるはずだから。


 いつしか流れ出した音楽の方にフラフラと歩いていくと、ダンスの輪ができていた。

 私を見つけたキアーラは、早速私を輪の中に引きずりこんだ。

 幸いなことに男女ペアで踊るようなダンスではなく、なんとなく決まった動きをすればいいくらいの緩いルールなようで、私も見よう見まねで踊りだした。

 賑やかなキアーラと女の子たちに囲まれて踊るのは楽しくて、引き裂かれた恋心を振り切るように踊ってはしゃぎまわり、それから夢もみずに眠った。


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