第二十二話 『胸の内 知ったつもりの 勝手読み』
先の更新からずいぶんと時間が経ってしまいました。。。
待ってくださっていた皆様に、お詫びと感謝を申し上げますm(__)m
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男性たちがお風呂に入っている間、雫さんは康平さんが出てくるのを待っていらっしゃいました。
リビングをうろつき、意味もなく窓を開けて寒い縁側に出ては夜空を見上げ、そして何度も何度も観葉植物の隙間をのぞき込んでは、深呼吸をしながら廊下の奥にある浴場の方を気にしていたのでございます。
「こ、琴葉雫。今から康平に、こ、こ、告白をして参ります!」
女子トークをしていた雫さんの部屋で、姫様とみのりさんにそう言って敬礼したのが十分前。まるで戦地へ赴く兵隊さんのような仕草でしたが、そのくらいの気合いを入れるという意思に表れだったのでしょう。
元々この旅行中に告白をするという計画だったようなのですが、雫さんはなかなかその一歩を踏み出せずにいました。その背中を親友であるみのりさんに押され、ようやく決心が固まったようでございます。
この時の雫さんの目は輝いておりました。それはきっと、恋敵になるかもしれなかった姫様にも励ましの言葉をかけてもらったからかもしれませんね。
部屋を出て行く雫さんを、みのりさんと姫様は笑顔で見送りました。
この時、姫様の目に困惑の色があったことに気がついたのは私だけだったに違いありません。――が、この件に関して私がどうこう言うつもりはございません。
もし私が感じた通り姫様に康平さんを慕うお気持ちがあったとしても、「雫に慕われていると知れば康平も悪い気はせんじゃろう。わ、私はお似合いだと思うぞ」な~んて言ったのは姫様です。その言葉を後悔することになっても私の知ったことではありません。
さて、リビングで康平さんを待っていた雫さん。それはビクビクしながらもどこか嬉しそうな……。そんな複雑な緊張を抱き、どう言えばこの想いを伝えられるのかと悩みながら、告白の言葉を小さな声で練習していたのでございます――。
「――で? 個人的な話って、どんな話なんだ?」
椅子に座った康平さんの視線に雫さんの顔が真っ赤になりました。
「え、えと……そ、その、なんていうか……。あ、康平、見てごらんよ! 星がとってもきれいだよ!」
緊張に耐えられなかったのでしょうか。雫さんは視線から逃げるようにして自分よりも大きな窓へと駆けだしました。
ちょうど月が雲に隠れた夜空。そこには数多の星々が、ちりばめられた宝石のように輝きを放っております。
窓に手をついて夜空を見上げる雫さん。その隣に康平さんが並びました。
「星……見えるのか? 雫は目がいいんだな――」
康平さんも目を凝らして窓越しに夜空を見上げますが、どうやらその星々は見えていないご様子。
それは仕方ないことでしょう。たしかに夜空には星々が輝いておりますが、康平さんたちがいるのは室内――。これでは室内灯の明かりが邪魔をして星を見ることは出来ません。雫さんは先ほど窓から外へ出て夜空を見上げたから、星がきれいなのを知っているんですけどね……。
「じゃ、じゃあさ、外に出てみる?」
「いや、いいよ。俺上着持ってないし、雫だって持ってないだろ」
雫さんの誘いを、康平さんは窓に張り付いたまま断ります。
入浴をしたばかりの康平さんは半袖のシャツ。雫さんも薄い長そでのシャツ。温かい室内ならばそれで十分ですが、そのまま雪景色の外へ出ては風邪をひいてしまうかもしれません。
「そ、それもそうだね。んじゃ、とりあえず紅茶でも飲む? 康平はミルクティーとレモンティーどっちにする?」
「おいおい、なにか相談があるんじゃなかったのか?」
康平さんが台所へ向かおうとする雫さんを呼び止めました。
雫さんはかなり緊張していらっしゃるようです。なかなか本題へ向かうことも出来ません。
「え、相談?」
振り返った雫さんの目にクエスチョンマークが浮かびました。
「何か話があるって言ったろ? 相談事じゃないのか?」
雫さんの反応に、今度は康平さんにもクエスチョンマークが……。なんのために呼び止められたのか分からないと言いたげに首を傾げます。
「ま、まぁその、相談といえば相談なのかもしれないし。なんて言えばいいのか、そ、その……」
緊張が高まる雫さん。赤く染まった顔を隠すようにうつむき、肩は震え、組んだ手の指も落ち着きがありません。
雫さん頑張ってください。一言踏み出した後は勢いですよ。練習した言葉を、長年の想いを、今こそ康平さんに伝えるのです!
「それは――言いにくい事なのか?」
一方、康平さんも緊張の表情をうかべました。
これは――今から言われるであろう告白の気配を感じ取り、今までの雫さんとの思い出を反芻しながら自分の気持ちに問いかけ、雫さんの想いにどんな返事をするのかを真剣に考える――という表情ではなく、うつむきながら肩を震わせるほどの悩みを抱えているであろう雫さんを、心から心配する友人の顔です。
これはいけません。雫さんの告白タイムは、出だしから大きくつまずいてしまいましたぁぁぁ!
「雫――」
康平さんの穏やかな声。
言葉が出てこない雫さんは一瞬身を震わせ、ゆっくりと顔を上げます。そこには優しい微笑みで自分を見つめる大好きな人の目がありました。
「雫、何も言わなくても伝わってきたよ」
なにがです?
「こ、康平?」
私の思いとほぼ同時に、雫さんが目を大きくします。いったい何が伝わってきたというのでしょう。
「雫の言いたいことはわかってるよ。俺も同じ気持ちだから――」
「そ、そうなの!?」
な、なんと!?
はにかむ康平さんに、私と雫さんは驚きの声を上げました。お二人には聞こえていないとわかっていても、つい口に手をあててしまいます。
康平さんの言葉が本当ならば、私は只野康平という人物を見誤っていたのでしょう。康平さんの表情や雰囲気から、そのお気持ちを勝手に解釈してしまうとは……私もまだまだですね。
「本当に? し、知らなかった。こ、康平もわ、私のこと……」
告白もしていないのに気持ちを汲み取ってもらえた雫さん。その驚きと喜びで言葉を詰まらせます。
「実はさ。俺も、そのことは雫に言わなきゃなって思ってたんだ。こういうことは俺の方から言わなきゃいけないのに……。なんか、ごめんな」
照れ笑いで頭を掻く康平さん。
「そんなのどちらからでもいいんだよ。私たちが同じ気持ちだったっていうのが嬉しい」
雫さんは恋する乙女の顔を振ります。
――おや? これを盗み見していた階段の上の気配が……一つ消えましたね。大方、微笑み合うお二人を見ていられなくなった姫様が立ち去ったのでしょう。わかりやすいというか不器用というか……ま、私の知ったことではありませんけどね。
それにしても康平さんと雫さん。姫様は強がりで言ったのかもしれませんが、私は本当にお似合いのお二人だと思います。
雫さんが震える手を胸にあてました。
「じゃ、じゃあ、いいんだよね? 本当に、わ、私が康平の、か、か、かの――」
「いいに決まってるだろ。俺はもう全然痛くないから気にしなくていいぞ。俺の方こそ、魔が差したっていうか……とにかく、ごめんな」
「――じょになっても……って……は?」
明るい顔で手を合わせる康平さんに、言いたい言葉が消えていった雫さんの表情がフリーズします。康平さんは何を言っているのでしょうか?
「風呂上がりで声をかけられたわけだから、俺もなんとなくそうじゃないかな~なんて思ってたんだ」
「な、なにが?」
雫さんの疑問は、そのまま私の声でもあります。
「なにがって。昨日温泉で、雫の投げた桶が俺の顔に当たったのを謝りたかったんだろ? あの時は鼻がズキズキしたけど鼻血も出なかったし、今はもうなんともないから安心していいぞ――」
「え?」
笑顔の康平さんに、雫さんの目がテンになりました。私も同様です……。
「温泉の仕切りが収納されていったからバレちゃったけど、元を言えば女湯に聞き耳を立ててた俺たちが悪かったわけだしな。うん、あれは自業自得だ。俺もあんなことはもうしないよ。ほんと、ごめんな」
ああ。そういうことでしたか……。今晩は男女で入浴の時間を別にしています。それは昨夜男性陣が行った覗きのような一件のせいなのですが、その時に怒り心頭の女性たちはありったけの風呂桶を投げつけて男性陣を攻撃しました。
その後怒りが収まり冷静になった時、雫さんは自分が投げた桶が顔面にあたって倒れた康平さんを思い出しました。たしかに康平さんの言う通り自業自得ではあるけれど、自分も少しやりすぎたかな~と反省した雫さんが謝りに来た――ということだと康平さんは思ったようでございます。
なかなか謝れない雫さんに対し、康平さんは「原因を作った自分も反省しているし謝るべきだ」と考えて先に言葉を切り出したのでしょう。
しかし康平さんという人は……。あの乙女心満載だった雫さんの雰囲気を読み取れないとは情けない――見直した自分まで情けなくなってしまいます。まったく、鈍感を通り越したおバカさんですね。いっそのこと、お名前も『只野バカ』と改名されればよろしいのに……。
この後、フリーズしたままの雫さんは駆けつけたみのりさんによって保護されました。そして入浴を終えた京太郎さんとマルさん。そして一時自室に引き上げた姫様を加え、何ともいえない雰囲気のなか宴会が行われたのです。
今日は旅行の最終日。この夜を心から楽しめたのは、この空気を読まないマルさんだけだったのかもしれません――。
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冬の夕暮れは早く、西へ傾いた太陽はあっという間に沈んでいきました。
家並みの薄暗い路地にヘッドライトの明かりが伸び、只野家の前に一台のリムジンが止まります。
外へ出た運転手が横のドアを開くと、姫様と康平さんが降り立ちました。
他の皆さんを先に送り届け、最後になったのが只野家に降りるお二人なのです。
「送ってくれてありがとな。京太郎のおかげで楽しい旅行になったよ」
康平さんが車内で見送る京太郎さんへ手を上げました。
「旅行の企画を持ち出したのは只野と琴原だ。俺は少し手を貸したにすぎん。俺も楽しかったしな。こちらこそ礼を言う」
車内の京太郎さんも手を上げて答えます。
「はは。言い出しっぺは雫だし、準備は全部京太郎……。結果として、俺は何もやってないけどな」
苦笑いする康平さんを横目に、京太郎さんが身を乗り出して姫様と目を合わせました。
「かぐや嬢はどうでしたか? 初めてのスキーを楽しんでいただけただろうか」
その問いに、姫様は笑顔で頷きます。
「うむ。京太郎の教えが上手かったおかげで私も楽しませてもらったぞ。良い思い出となった。私からも礼を言わせてもらおう」
白い息を吐いた後、姫様は目礼で謝意を伝えました。
「それは良かった」
京太郎さんの満足気な微笑み。
「では、俺はもう行くとしよう。只野、かぐや嬢、またな」
座席に深く座って足を組み、二本の指をシュッと立てた京太郎さん。
「ああ、またな」
「――達者でな」
手を上げる康平さんと姫様に見送られ、京太郎さんが乗るリムジンはゆっくりと去っていきました。
「さて、山じゃなくてもやっぱり寒いな。早く家に入ろうぜ」
運転手の方が下ろしてくれていた荷物を抱え、康平さんは玄関へと向かいます。
「――康平」
その背中を呼ぶ姫様の小さな声。
「どうしたんだかぐや。いつまでも外にいると風邪をひいちまうぞ。母さんはまだ帰ってきてないみたいだな――ちょっと待ってろよ、いま家の鍵を出すから――」
上着のポケットを探りながら振り向いた康平さんに、姫様はどこか哀し気な笑みを見せます。
「私はもう――この家には戻らん。短い間ではあったが、今まで世話になった。康平も達者で暮らせよ」
そう言うと、姫様はその身一つで路地へと向かいました。
「え?……達者でって――はぁ?」
荷物を落とした康平さん。
日が暮れた寒空の下、康平さんは塀の外へと消えていく姫様を目で追う事しか出来ませんでした――。
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読んでくださり、ありがとうございます。




