第二十一話 『どう話す? 言葉を探して 悩む胸』
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本日は晴天なり。
柔らかい光を感じて目覚めた俺はベッドを下り、窓の前で大きく伸びをした。
身体中のあちこちが少し痛いが、これは昨日のスキーによる筋肉痛だろう。少なくとも、崖から落ちた影響は感じない。雪のクッションとはすごいものだ。
俺はゆっくりと着替えを済ませて部屋を出る。
スマホで時間を確認すると時刻は午前八時半。のんびりとした旅行の朝食にはちょうど良い時間だろう。
廊下を歩いて行き階段の手すりを掴むと、リビングから楽しそうな声がした。どうやらみんなはもう起きていて、俺が最後だったらしい。
「おはよー。みんな早いな~」
声をかけた俺に、朝のティータイムを楽しんでいる皆の視線が集まる。
「遅いぞ康平くん。もう私たちは朝ごはん食べちゃったんだからね!」
みのりが腰に手をあててふくれた。
「そうなのか? 起こしてくれればよかったのに」
観葉植物で仕切られた一画に入り、俺は空いていたかぐやの横に腰を下ろしながら挨拶をする。
しかしかぐやからの挨拶はなく、無言で立ち上がったかぐやは暖炉の前まで移動した。
「ちゃんと起こしに行ったよ。今行くって返事したの覚えてないの?」
雫が口をとがらせる。
「返事?――したっけ?」
う~ん……やっぱり覚えていない。俺はかなり寝ぼけていたらしい。
「昨日はいろいろあったからな。疲れで熟睡し過ぎたのだろう」
京太郎が紅茶に口をつけた。その飲み方がなんとも優雅だ。
「うひひ。昨夜の温泉での出来事に興奮して、なかなか眠れなかったのかもな~」
マルの“自分はそうだった”と言いたげなスケベ顔。
みのりがその広がった鼻にチョコレートがついたスティック菓子を突っ込むと、悶絶したマルは後ろへひっくり返った。
「しょうがないなぁ。康平、お味噌汁を温め直すから食堂においで。それとも、ここに持ってこようか?」
雫が席を立つ。
「みんなの前で一人で食べるのは……。食堂で食べるよ」
立ち上がった俺は、雫と台所へ向かうことにした。
歩く俺はかぐやを見る。挨拶を返してくれなかったことが気になったのだ。
かぐやは暖炉に薪をくべてじっとその火を見ている。さっきまでは楽しそうだったのに今の目はどこか虚ろだ。
昨日はかぐやも大変だったからな。俺と同様、まだ疲れが残っているのかもしれない。
ふたりでいろいろと話をしたいのだが、それは後にしておこう――。
◇
食堂から椅子を運び、俺は台所にあるテーブルについた。
朝食をひとりで食べるには食堂も広すぎる。
「おまったせ~。どうぞ、召し上がれ――」
味噌汁を温めている間に、雫はサラダと卵焼きも用意してくれていた。
「寝坊したのは俺なのに……なんだか悪いな」
箸を手にした俺は指で鼻を掻く。
「そんなの気にしなくてもいいよ。でもさ、今の私じゃこれが限界。やっぱりみのりみたいにはいかないや~」
苦笑いする雫。それは少し焦げついた卵焼きの事を言っているのだろう。
「俺は料理が苦手だからな。作ってくれただけで感謝だぞ。ありがとな雫」
「も、もう~。お礼なんかいいからさ、さっさと食べちゃってよね」
お礼を言ったら、照れ隠しをする顔で急かされてしまった。
たまに雫のこういった表情でドキッとすることがある。それはとても可愛く見えて、自然と笑みがこぼれる反応だ。
「んじゃお言葉に甘えて――いただきます」
俺は箸を持ったまま合掌し、卵焼きへと手を伸ばした。
雫にジッと見られているなか、それを口に入れる。
「ん。美味いぞ」
正直言って、甘すぎるかしょっぱすぎるかを覚悟していた俺は、予想していなかった味に驚いた。
雫の表情が明るくなる。
「ホントに!? よかった~。隠し味が何だかわかる?」
「これは――海苔だろ?」
この風味は間違いない。というか、ラーメンについているナルトのように、巻いてある卵焼きに黒い線が見える。
「ご名答! 卵を巻く時にね、間に海苔を入れてみたんだ」
雫が得意げに胸を張った。
お世辞ではなく本当に美味い。卵に味付けたほどよい甘味が海苔の塩分と風味を引き立てており、それが口に広がって鼻まで抜ける感じがたまらない。
みのりに料理を教わっているとは聞いているが、自分でもいろいろとアレンジをしているようだ。
この間まで雫の料理の腕は俺と同じくらいだと思っていたのだが、いつの間にかその差は大きく広がっていたらしい。
俺はそのまま雫と談笑しながら朝食を食べた。
みんながいるところで自分だけが食べるというのは落ち着かないが、一人でポツンと食べるというのも少し寂しいと思っていただけにありがたかった。
やっぱり持つべきは良き仲間だな。
◇
二日目はスキーをするのを止め、みんなで大きな『かまくら』を造ることになった。かまくらの中で食事をしようというマルのアイデアだ。
そんな経験は滅多に出来ないのでそのアイデアに賛成したのだが、これがとんでもなく大変な作業になった。
六人が身を寄せ合うかまくらを造るだけでも大変なのに、中で食事をしようというのだからその大きさはちょっとした小屋くらいになる。
重機がないのでスコップで雪を集めたのだが、全員でやってもそれだけでお昼を過ぎてしまった。踏み固めた雪に穴を掘り、作業が終わるころには空は真っ暗。かまくらを造るだけで一日かかってしまったのだ。
それでも、とても良い思い出になったことは間違いない。
みのりも疲れてしまったので夕飯はカップラーメンになったが、小さなろうそくの灯りを囲んで騒いだのは本当に楽しかった。
こういった思いつきを楽しむのも俺達らしくていいもんだ。
楽しみながらも疲れてしまった身体を癒してくれるのは温泉だ。
しかし昨夜の出来事が尾を引いているのか、入浴は女性陣が先に入り、俺たちはその後に入浴することになってしまったのだが、その時なぜかマルだけがニコニコしていた。
女性陣が入浴へと向かった後、マルに耳打ちをされる。
「べつにいいじゃん。きっと女子の残り香がある温泉は格別だぞ」
……スケベを通り越して変態へと昇格したようだ。しかし、人間としては大きく降格していることだろう。
女性陣と入れ替わりで俺たちは入浴したのだが、体を洗った俺は温泉をそこそこにして先にあがった。
この後はリビングに集まり、みんなでこの旅行最後の夜を楽しむことになるだろう。けれども、その前にかぐやと話がしたかったのだ。
今日は朝からまともにかぐやと話をしていない。かまくらを造っていた時も、昼食や夕飯の時も……かぐやはみのりや雫の傍から離れず、話しかけようとしたタイミングで他の人へと話しかけに行く仕草はまるで俺を避けているかのようだった。
それはとてもさりげなく、実は俺の気のせいなのかもしれない。でも、俺にはそうされてしまうかもしれない理由に心当たりがあった。
もしも、キスをしようたしたことを怒っているのなら……。
昨日の山小屋。俺は再びかぐやにキスをしようとした。
「ずっと家に居ればいいじゃないか。何年でも何十年でもずっと、
俺の隣に居ればいいじゃないか!」
自分の言葉を思い出すと赤面してしまうが、今度は気の迷いではなく、俺は心からかぐやを愛おしいと思った。
かぐやも俺の想いを受け止めてくれるような様子だった。でも――
今度はかぐやに気の迷いがあったのなら……。
浴場を出た俺は、タオルで頭を拭きながらその時を思い返す。
あの時のかぐやは弱っていた。体力的にもそうだが、女王となって月世界の運命を背負うかもしれないという重圧や不安。そこにいつもの生意気な姿はなく、いたのは今後自分に課せられる宿命に怯えたひとりの女の子だった。
そんな状況だったからこそ、俺からの感情に流されてしまっただけで、一夜明けて冷静になった時、そんな自分を恥じると同時に俺への怒りが涌いてきたのかもしれない。
なにせ、俺は前科持ちだ。寝ているかぐやにキスをしようとしたという前科がある。途中で我に返ったので未遂になったが、実はその時かぐやには意識があったというオチがついている。
そんなわけで、俺が再び気の迷いを生じて迫ったのだと勘違いしても不思議じゃない。
「――ま、話をしたいとは思うけど、何と言えばいいのやら……」
俺は痒くもない鼻を掻き、重い胸に手をあてた。
もし勘違いをしたかぐやが俺を避けていたのだとすると、その誤解を解くのは簡単ではない気がする。
かぐやの部屋をノックするまで少し言葉を考えようと、廊下からリビングに出た俺は壁際にある階段の手すりを掴んだ。
「あ。こ、康平――」
階段を二段上がったところで後ろから声をかけられた。
振り向けば、そこには観葉植物の間から顔を出す雫がいる。
「は、早かったんだね。せっかくの温泉なんだからさ、もっとゆっくり入ってくればよかったのに」
なにやらぎこちないその笑み。
「雫こそ早すぎないか? まだみのりの部屋で話をしているのかと思ってた。京太郎とマルは温泉で泳いでいるから、しばらく出てこないぞ」
そう言った俺に、雫は「えへへ」と曖昧な笑みをこぼす。
正直者の雫はすぐ顔に出る。その顔は何か言いにくいことを言おうとしている時の顔だ。
「あのね。じ、実は、康平に話があって……こ、個人的なことで……」
雫がキュッと胸を掴む。
やっぱりな。なにかの相談事なのだろうが、今の俺はすぐにでもかぐやと話をしたいのだ。
「――話ってなんだよ……」
俺も人が良い。かぐやと話をしたいのは山々だが、困っている仲間を見捨てるわけにもいかないので、少しだけ話に付き合うことにした――。
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