第二十話 『夜も更けて ラッキースケベ(?)と ふたりの恋』
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山小屋の奥の部屋には地下へと続く狭い通路がありまして、京太郎さんに支えられた康平さんを先頭にして下りていきました。
「あそこが暖炉用の薪を貯蔵しておく小屋だったなんて。そこまで考えがまわらなかった……」
山小屋が別荘の裏手と繋がっていることを知った康平さんが苦笑います。
康平さんと姫様が避難した山小屋は、別荘のリビングにある暖炉に使う薪を貯蔵しておく小屋だったそうです。
「冬の長期滞在中くらいしか使わない小屋だが、別荘本館とは少し離れているのでな。あそこに入っただけでそこまで悟るのは難しかろう」
京太郎さんが前を向いたまま答えました。
「でもさ、薪を取りにいくのに地下通路を造るなんて。別荘のなかで貯蔵した方が良かったんじゃないか?」
背中と胸にリュックを背負うマルさんが、狭い通路でぼやきます。
「別荘のなかだと虫が入ってくるからな。それに、地上は雪があって薪を取りに行くことは出来ん――と理由をつけていたが、祖父は『地下通路』というものに胸が高鳴ったようだ。遊び心が疼いたのであろう。俺も、幼い頃には意味もなくこの通路を走り回ったものだ」
当時を思い出したのか、京太郎さんの顔が懐かしそうに綻びました。
「それにしても、康平ももう少し頑張れば別荘だったのに、なんであの小屋に入っちゃうかなぁ」
姫様を支える雫さんがからかいます。
先ほどは康平さんの無事を知って泣き出してしまったのですが、今は嬉しそうにニコニコとしていらっしゃいます。
「暗いし吹雪もすごいしで、前なんてほとんど見えなかったんだよ。ま、なんとか無事だったわけだし、このへんで勘弁してくれよ。な、かぐや」
後ろを歩く姫様に同意を求めますが返答はありません。
「かぐや?」
康平さんが振り向くと、雫さんをジッと見ていた姫様が我に返りました。
「え? ああ、そうじゃな。こうなった責は私にある。康平を許してやってくれ」
「あ。え~と、かぐやさんを責めたわけじゃ……」
真顔で頭を下げる姫様に、冗談を言ったつもりだった雫さんは戸惑います。
私が月世界で聞き及んでいる姫様は、これほど素直に謝罪する方ではなかったのですが……。なにか心境の変化でもあったのでしょうか?
「さ、戻ってきたぞ」
ちょうど良いタイミングで別荘へと着いたようです。
「只野もかぐや嬢も身体が冷え切っているだろう。この別荘自慢の温泉で、ゆっくりと温まろうではないか。ちなみに、脱衣所は別にしてあるし、男湯と女湯の間には仕切りを設置したから安心してくれていい」
階段を上がって別荘の裏口に着くと、京太郎さんは皆を温泉に誘いました。
「な、なんてことするんだ京太郎!」
「ん? なにかマズかったか?」
頭を抱えるマルさんに、京太郎さんは首を傾げます。
「男女の脱衣所が別になっているのは良しとするが、浴場は全開の混浴にしておくのがセオリーだろ!? 湯気が立ち昇る温泉に浸かっていると、裸の女子が現れてムフフ……みたいな展開を、なぜお前は用意しなかったぁぁぁ!」
興奮するマルさんに、皆さんが呆れ顔になりました。
「マル、お前は欲情全開だな……」
「お、只野、浴場と欲情をかけたのか。なかなか上手いではないか」
「スケベなマルくんはほっといて、私たちは温泉に行こう」
「そうだね。かぐやさん行こう」
「そうじゃな」
皆さんは着替えを取りに各部屋へと戻って行きます。
残されたマルさんは――
「ちょっとしたハプニングがあった方が盛り上がるじゃんよ~。旅行の良い思い出になると思うよ~……」
拳を固めたまま涙を流していらっしゃいます。
良い思い出になるかは別ですが、私も同じ男としてそのようなハプニングに憧れる気持ちは理解いたします。――マルさん、残念でしたね~。
◇
湯気立ち昇る大浴場。京太郎さん自慢のそれは、木の板が重なる高い壁に囲まれた露天風呂でございました。
源泉かけ流しの湯は冷え切った身体には少々熱かったようですが、しばらく浸かっていると体の芯まで温まったようで、康平さんたち男性陣は至福の表情をしていらっしゃいます。
檜の浴槽の香りと、強風が止まった夜空に輝く星々の輝きにも心安らぐのでございましょう。
温泉を泳いだマルさんが木の壁までたどり着きます。
「なあ京太郎。この向こう側が女湯なのか?」
それは温泉の水面を通って浴槽を二分してあるだけの壁であり、水中に木の仕切り板が置いてあるだけのものでした。
女湯側にも仕切り板があるのでしょうが、これでは簡単に姫様たちのところへ行けるでしょう。
「そうなるな。基本的には我が家の人間しか使用しない露天風呂だ。仕切りはごく簡単なものになっている。湯のなかの板を取り除けば、マルが望むハプニングまであと一歩だぞ」
京太郎さんが興味なさそうに答えます。
「バカ言え。俺はそこまで恥知らずじゃないやい。でも……ちょっと聞き耳を立てるくらいならいいよな――」
ムフフと顔をだらしなくしながら、マルさんは壁に貼り付きました。
姫様たち女性陣も温泉を楽しんでいらっしゃるようで、時折みのりさんの胸がどうとかという声と、姫様と雫さんの悲鳴が聞こえてまいります。
「あいつ、恥って言葉の意味知ってんのかな……」
康平さんがため息をつきました。
「フッ、マルらしいではないか。あれが良い思い出になるかもしれんのなら、俺たちも張り付いてみるか?」
「京太郎までなに言ってんだよ……」
温泉で顔を洗った康平さんは京太郎さんと目が合いました。お二人は壁に貼り付くマルさんに目をやると、再び目を合わせます。
そしてだらしなく顔を崩すと「よし、行ってみよう」と声をそろえて立ち上がりました。
ああ……これが男の性なのでございましょう。
壁に貼り付く男性陣。このような行動をするしないは人によりますが、こういった場での女性たちの楽しそうな声は、思春期の皆さんにとっては特に毒でございます。
「ん? これはなんじゃ?」
女湯からの姫様の声。
洗い場の方で何かを見つけたようでございます。気にはなりますが、いくら監視役とはいえ、男の私があちらへ行くわけにはまいりません。
「かぐやさんどうしたの?」
温泉から上がり、姫様へと向かうみのりさんの足音。
「なにやらボタンがあるのだが――」
その言葉を聞いた京太郎さんが青ざめました。
「待つのだかぐや嬢! それを押してはいかんっ!」
壁を見上げて叫んだのですが――時すでに遅し。
カタカタカタカタ……と、浴槽を二分していた木の壁が脱衣所の方へと収納されていきます。
「そ、それは、男女の湯を分ける壁の起動スイッチなのだ……」
壁がなくなり一つとなった大露天風呂。
京太郎さん以外、何が起きたのか理解できていない皆さんは濃い湯けむりを挟んで目を合わせます。
「きゃぁぁぁッ!」
突如現れた一糸纏わぬ男性陣に、湯を出ようとしていた雫さんは叫びながら温泉へと潜り込みました。
「三人とも、そんなところで何をしているのかな~……」
広げたタオルで前を隠すみのりさんが、微笑みの顔で青筋を立てます。
聞き耳を立てる態勢のまま、言葉が出ない男性陣は表情を凍りつかせたまま微動だに出来ません。
「康平。いつまでこちらを見ておるつもりじゃ」
みのりさんと同じくタオルで前を隠す姫様の低い声。
「え、え~と……」
我に返った康平さんは、ポンッと手を叩きます。そして――
「大丈夫! 湯けむりが濃くてなんにも見えていないから。なっ!」
京太郎さんとマルさんに同意を求めました。
「その通り。俺たちには何も見えておらんぞ」
京太郎さんは腕を組んで頷きます。
――そんな事を言う前に、湯けむりで見えないとはいえ前くらい隠しませんか?
「そうそう。かぐやさんは結構着痩せするタイプなんだな~なんてのは全然見えてない……ごがッ!」
余計な事を言うマルさんの顔に木製の桶がメリ込みました。
「さっさと出て行けと言っておるのじゃ、この痴れ者どもがッ!」
片手で二つの桶を持つ姫様は、それを康平さんと京太郎さんにも命中させます。
「私もやる~! やっつけちゃえ~!」
「バカッ! スケベッ! 変態ッ!」
みのりさんも桶を投げだすと、雫さんもそれに参戦しました。
「ちょ、ちょっと待てお前ら……がはッ!」
言い訳をする間も、そこから逃げ出す間も与えてくれない攻撃に、康平さんが倒れて水しぶきが上がります。
それでも止まない桶の雨――。
――カッポ~ン……と、隅にある鹿威しが鳴り響いた時、露天風呂には壊れた桶の木片と、温泉に浮かぶ気絶した三名の男性が残されておりましたとさ。
これも良い思い出になるのでしょうか――?
◇
いろいろあった旅行の一日目が終わり、皆さんが静かに寝静まった深夜。
姫様は台所へとやってきました。今日一番疲れているのは姫様だと思うのですが――眠れないのでしょうか?
棚からコップを取り出し、蛇口をひねって水を入れるとそれを一気に飲み干します。
「ふぅ……」
なにやら重いため息。そこへ――
「かぐやさんも眠れないの?」
声をかけてきたのは雫さんでした。
「雫も眠れぬのか?」
「うん。なんか、目が冴えちゃって」
雫さんは冷蔵庫から紙パックを取り出します。
「温かいミルクでも飲もうと思うんだけど、かぐやさんも付き合わない?」
「そうじゃな。せっかくだから頂くことにしよう。雫には聞いてみたい事もあるしの」
コップを置いた姫様は、棚からマグカップを二つ取り出しました。
「聞いてみたい事? なんだろ?」
鍋に入れたミルクを火にかける雫さんのキョトンとした顔。
「え、え~と……だな――」
姫様は視線を上に逸らし、急に落ち着きがなくなります。
「雫は――その……康平に好意というか……す、好いておるのか?」
「え!? な、なんでそんなことを?」
雫さんの顔が一気に赤くなりました。
「康平が無事だと知った時、雫はあの場で泣きだしたからの。も、もしかして――と思ったのじゃが……。あ、いや、違うのであれば今の話は忘れてくれ」
「――好きだよ」
「え?」
「かぐやさんの推察通り。私ね、ずっと康平のことが好きなんだ――」
恥じらいある微笑みで、雫さんは自らの気持ちを語りだします。
「康平ってさ、バカで鈍感で、ちょっぴりスケベで……。でもね、とっても優しいんだよ。誰にでも優しいから嫉妬しちゃうこともあるけど、私はそんな康平の優しいところが大好きなの――」
雫さんは一歩下がってテーブルにもたれると、両手を胸にあてました。
「何度か告白をしようとしたんだけどね、ダメだったら今の関係まで壊れちゃうんじゃないかと思ったら……言い出せなかった。いつか、ちゃんと想いを伝えられる日がくればな~なんて」
ペロッと舌を出す雫さん。
恋する乙女というのはとても素敵に見えるものです。……いいな~。康平さんがうらやましいな~。――という私の個人的意見は置いといて。
この旅行中にでも告白しなさいと言っていたみのりさんが聞いたら、今の消極的な言葉にご立腹されるかもしれませんね。
「や、やはりそうであったか。私の見る目も大したもんじゃ」
ん? 姫様が動揺しているように見えるのは気のせいでしょうか?
「うん。かぐやさんの大正解だね。今だから言えるけどね、正直助かった~って思ってたんだよ」
「なにがじゃ?」
「ほら。みんな揃って康平の家でご飯を食べた時、かぐやさんは康平に恋愛的な感情はないって言ってたでしょ。かぐやさんも康平のことを好きになっちゃったら、私じゃ勝ち目ないね~ってみのりと話してたんだもん」
「わ、私がそのようなことを……言ったの」
言いましたね。康平さんの家の台所で、洗い物が終わった時に。
「あ! かぐやさん、マグカップマグカップ! ミルクが沸騰しちゃったよ」
「お、おう! 準備はできておるぞ」
コンロの火を止めた雫さんは二つのマグカップにミルクを注ぎ、膜が硬くなる前に鍋を洗いました。
そこからは、テーブルについたお二人で30分ほどの女子トーク。
康平さんの母君である葉子さんの影響で、ファッションやデザートなどの知識を蓄えた姫様は、雫さんのお話にも難なくついていきました。
しかしそのお顔はどこか哀し気で……え? まさか、そういうことですか?
姫様も康平さんのことを……。
私の目は節穴だったようでございます。姫様のお気持ちに全く気付いていなかったとは――。
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読んでくださり、ありがとうございました。




