第15話:収穫の日。主人の笑顔と、侍女の祝杯
断絶の谷に、運命の夜明けが訪れました。地平線を埋め尽くすのは、朝日を反射して鈍く光る漆黒の鎧。ガーネット帝国が誇る十万の精鋭、そしてその中心には、十四年前にお嬢様が「上限なし」の投資を注ぎ込んだ対象、今や鉄血公として恐れられるギルバート様の姿がありました。
(ああ、見てください、あの整いすぎた軍勢を。ですが、私に言わせればまだまだ甘いですわ。お嬢様が一点投下で築き上げたこの要塞、外見こそ石造りですが、その内部には私の執念で詰め込まれた迎撃用の魔導兵器が数千門、さらに地下には全領民を百年養える備蓄が眠っています。十万の軍勢? ふん、お嬢様のティータイムを邪魔するには、あと百万人ほど連れてくるべきでしたわね。お嬢様の美肌を砂埃で汚そうものなら、この谷ごと地図から消去して差し上げますわ!)
「アンナ、門を開けなさい。私は一人で彼と話すわ」
お嬢様が、凛とした声で仰いました。二十歳になられたそのお姿は、もはや女神の化身。私は静かに頭を下げ、巨大な城門を開放するスイッチを押しました。
「畏まりました、リーゼロッテ様。……ですが、万が一にでも不敬な真似があれば、私の指先一つで帝国の軍旗を物理的に粉砕する準備は整っております」
(お嬢様は一人で行くと仰った。ならば私は、お嬢様の影に潜ませた三百人の精鋭戦闘メイドに『視線だけで相手を殺しなさい』と厳命し、同時に要塞の全砲門をギルバート様の眉間にロックオンさせます。投資の回収はスマートに行うべきですが、リスク管理は『過剰』こそが正解。お嬢様の爪先に一粒の砂が触れることも、私は許しません!)
お嬢様は、静まり返る戦場を、たった一人で歩んでいかれました。その背中のなんと気高く、美しいことか。対するギルバート様は、馬を降り、一人で歩み寄ってきます。二人が谷の中央で向き合った瞬間、全大陸の時が止まったかのようでした。
「待たせたな、リーゼロッテ。……十四年前、君が僕に賭けた『投資』、その答えを持って来た」
ギルバート様が、低く響く声で仰いました。その手には剣ではなく、一巻の羊皮紙、そして小さな小さな小箱が握られています。
「あら、遅かったじゃない。私の計算では、もう一時間は早く着くはずだったのだけれど? ……それで、リターンは持ってきてくれたのかしら?」
お嬢様は、軍勢を前にしても一歩も引かず、不敵に微笑まれました。その不敵な笑み! あの日、六歳で『全振り』を宣言された時のままの、勝負師の瞳です!
(ああ! これですわ! これこそが私のお嬢様! 十万の軍勢を『雑魚』のように迎えるこの度胸! ギルバート様、聞こえましたか? 貴方は今、世界で最も恐ろしい、そして最も愛らしい投資家と対峙しているのです。さあ、貴方の誠意を見せなさい。お嬢様の十四年間を納得させるだけの、莫大な利子を付けて!)
「ああ。まずはこれだ。ガーネット帝国とベルシュタイン領の『永久不可侵条約』、および『合弁会社の設立案』。ベルシュタインが資本を出し、僕の帝国が武力でそれを守る。……中途半端な関係は、僕も嫌いだからね」
ギルバート様が羊皮紙を差し出すと、お嬢様はそれを一瞥し、短くなにかつぶやきました。ギルバート様の動きは止まりません。彼はそのまま、お嬢様の前に膝を突きました。
「そして、最後のリターンだ。……リーゼロッテ。僕の人生の全振りを、君に受け取ってほしい。君の共同経営者として、そして……夫として」
小箱が開かれ、そこには大陸中の全財産を投げ打っても買えないほどの大粒の魔導ダイヤモンドが、朝日に輝いていました。
(……!! 全振りのプロポーズ! 投資回収率、計測不能! なんということでしょう、あのお嬢様に育てられた少年が、これほどまでに『一点突破』の求婚を成し遂げるとは。ギルバート様、貴方のその選択、私の眼鏡の奥にある計算機が『特大の合格』を叩き出しましたわ。お嬢様の愛を独占しようというその傲慢さ、嫌いではありません。ですが、お嬢様の隣に立つには、私の過酷な『夫教育ブートキャンプ』を生き残っていただく必要がありますけれど!)
「……ふふ。いいわ。中途半端な愛なら断るところだったけれど。帝国丸ごとのオールインなら、受けて立ってあげるわ、ギルバート!」
お嬢様がその手を取り、戦場に歓喜の渦が巻き起こりました。十万の兵たちが盾を叩き、要塞からは私が事前に仕込んでおいた、祝砲花火が一万発、白昼の空を彩りました。
お嬢様がギルバート様の腕に抱かれ、こちらを向いて満面の笑みを浮かべられました。その瞬間、私は十四年間守り続けてきたつもりの冷徹な仮面を、崩してしまいました。
(ああ……お嬢様。大成功ですわ。運命をなぎ倒し、世界を買い叩き、最高のリターンをその手に。貴女様の選んだ道は、やはり正しかった。その笑顔を見るためだけに、私は今日まで、何万人を札束で黙らせ、どれほどの物量を動員してきたことか。)
(……ですが、これはまだ通過点に過ぎませんわね)
私は即座に、懐から新しい分厚い書類束を取り出しました。伊達メガネを指でクイッと押し上げ、その奥にある瞳には、すでに次の「過剰なる計画」が燃え盛っています。
「リーゼロッテ様、ギルバート様。おめでとうございます。……さて、新婚旅行の予算案ですが、隣国三つを貸し切りにし、護衛に帝国の全艦隊を配備した『上限なしプラン』を作成いたしました。今すぐ承認のサインをいただけますか?」
「アンナ! 早すぎるわよ!」
「いいえ、お嬢様。中途半端な祝いは、ベルシュタインの恥にございますわ」
私は優雅に一礼し、困惑するギルバート様と、笑い声を上げるお嬢様を見つめました。お嬢様の「全振り」の物語は、ここからまた新しい、さらに過剰で熱狂的なステージへと進むのです。そしてその裏側では、この私が、誰よりも過激な愛と物量で、お嬢様の幸せを「力尽く」で永劫のものにして差し上げるのですから。
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本作はこれで完結となります。
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新作は、日常に寄り添いながら長く愛していただける物語を目指します。
子爵家次男のありふれない日常
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投稿日時: 2026/03/16(月) 07:10〜
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