3. 助け舟
沈黙が重くのしかかるリビング。
ジョオン・ハインドの「弟君をください!」という堂々たる告白の余韻が、未だ空気中に漂っていた。
そんな中、重い扉がひとつ、開かれた。
「……ジョオン、そろそろやめておきなさい」
優しげな口調だったが、確かな静けさと圧があった。声の主は、スーツ姿の落ち着いた青年――シオン・ハインド。クラリーチェの恋人であり、ジョオンの兄である。
「な、なぜですか兄様!」
ジョオンは振り返り、怒涛の熱意をぶつける。
「私は本気なんです! 彼に恋焦がれているのです!」
「いや……普通に考えてさ。大して面識ない相手から突然告白されても、困るだろ?」
「……ほんとそれ」
スカイは思わず小さく呟き、深く頷いた。正論、ここに極まれり。
「流石シオン。こういう時は常識人ね」
クラリーチェがため息混じりに言うと、シオンは疲れた笑みを浮かべて応じる。
「いえ、妹が非常識過ぎるだけです……」
その一言に、スカイの心がじんわりと和らぐ。
深緑色の髪を整え、メガネをかけた顔はいかにも参謀といった雰囲気で、冷静沈着そのものだ。
(あ、この人は……味方かも)
だが、次の瞬間。
「――でも、前に私がゼミで他の男子と話してただけで、めちゃくちゃヤンデレ化して」
「……はい?」
「しばらく私の事、毎晩乱暴に抱いてきたくせにねぇ」
「やめて…… 弟くんの前でその話しないで?」
バツが悪そうに頬を掻くシオン。
「えっ、ていうかシオンさん……?」
スカイの脳裏に『アカン人』という赤い警告灯が点滅する。やっぱりハインド家はだめだ。こいつら愛の重さがDNAに刻み込まれていやがる。現実は非情である。
その間にも、ジョオンの熱意は収まらない。
「でも! でも私は、まだ彼の返答を聞いていません!」
その訴えに、シオンはぐっと妹の肩を掴み、現実を突きつける。
「……あの困った顔。あれが答えだ。察してやれ」
「そんな……!」
「というわけで、お騒がせしました。それでは失礼します」
「弟くーん! 前向きに検討しておいてね~~!!」
ジョオンはシオンに腕を引かれながら、名残惜しそうに振り返りつつリビングを後にしていった。
扉が静かに閉まる。
残された室内に、重たい沈黙が再び降りる。
「……姉さん」
「なに、弟よ」
紅茶のカップを机に置きながら、クラリーチェは疲れたように笑った。
「ハインド家って……面倒くさいね」
その言葉に、クラリーチェは数秒の間を置き、深く息を吐いた。
「言うな。思っても、言うな」
彼女のその声音は、心からの疲労と諦念を滲ませていた。




