9、告白
「以上が、残った兵士たちのリストです。先ほど帰還したジャーネイル・フィッターや私を含め、ちょうど100人。殿下を含めて101人です」
参謀のエリザベスが、名簿を差し出した。
「……よく100人も残ったもんだ。嬉しいが……物好きばっかりだな」
食後、それを受け取った第666特別大隊、大隊長スカイ・キャリアベースは、焚き火の明かりの下でその紙に目を通す。
腕利きが多く残っているのはありがたいが、それでもたったの100人だ。戦力と呼ぶにはあまりにも心許ない。
「まさに敗残兵ってところか。まぁ、この負け戦の中で俺についてくるのなんて、せいぜいレベッカと、アリス達と、エリザベスと、オードリー達、それと俺のファンみたいな連中、合わせて30人も残れば上出来と思ってたから、これは嬉しい誤算だが……」
「……殿下、士気が下がるようなことはお控えください。」
エリザベスが黒髪をかき上げながら苦言を呈する。
「そうだよ、スカイ! まだできることはあるはず!」
「ヤケになるにはまだ早いってば!」
脇から声を上げるのは、レベッカ・シューティングスターとクリスティーナ・ファルコ。
レベッカは紫髪をサイドテールにまとめた幼馴染の妹分。元ファルコン隊所属で、フーイの戦いで部隊が丸ごと脱走した中、唯一逃げずに後続に裏切りを知らせた。その際に口封じのために追ってきた元仲間を数人射殺して、その経験は今も彼女の心に深い影を落としている。
普段はそんな事おくびも出さないくらいに明るいが、夜うなされているのを隣で何度も見たことがある。
クリスティーナは赤髪のボブカットで、機関銃部隊ウッドペッカー隊を率いる中隊長。
若干14歳にして、各地を転戦し、ブラッディ・ダラでは現場指揮官として発砲命令まで下した。その心身にかかる負荷は計り知れない。
――どちらも、年齢に似つかわしくないほどの闇を抱えて、俺なんぞに心酔している……。
「……そしてその責任は俺にある、か」
「スカイ……?」
思わず口に出した独り言を、レベッカが訝しむ。
「何でもない。ただの独り言だ」
「殿下、まずは落ち着いてください。残存物資についてですが、水は村の井戸がまだ使えますし、食料も二日分は確保済みです。弾薬は……次の敵襲で尽きますが、補給車はまだ動いています。燃料切れは間近ですが……」
そんな彼に、エリザベスはいつもの様な落ち着いた口調で述べた。
「……落ち着いてるが、つまり、備蓄は限界寸前ってことだな。」
「……はい。あまり慌てさせたくなかったので、できるだけオブラートに包みましたが」
気まずい沈黙が流れる。レベッカもクリスティーナも口を閉ざした。
「…………さて、どうしたものか」
「殿下、生存を諦めないでください。希望はあります」
エリザベスがいつも通りの冷静な声で続ける。その冷静さが空元気由来な事はなんとなくスカイにもわかった。
「先ほど、周辺をマッピング中のオウル偵察隊第3小隊が帰還しました。報告によると、この近くに反政府軍の物資集積所があるとのことです。『おすそ分け』させてもらえば、しばらくは持ちこたえられるはず。残ったのは皆、一騎当千の古強者ばかりですし……名付けて、オペレーション・バンデット! 早速作戦会議を――」
「……もう、無理だよ」
スカイの口から、自然とその言葉が漏れた。
「え……?」
「大隊を、解散する。」
「殿下……?」
「終わりにしよう、もう」
その言葉に、皆の視線がスカイに集まった。
「総員、傾注。」
彼は立ち上がり、焚き火を囲む残った仲間たちの中心へと歩み出た。
隊員達の目には、絶望と、それでも消えぬ闘志が同居している。
「諸君、既に薄々感づいているかもしれないが……告白する。我々の物資は尽きかけている!……この先にあるのは、飢えと渇きと、死だ。よって……本日をもって、第666特別大隊を解散する!」
息を呑む音が、夜気の中に静かに響いた。
「こんな地獄に君たちを巻き込んでしまった……勝てなくて、すまなかった」
次に飛んできたのは、怒号と抗議だった。
「大隊長、まだ戦えます!」
「撤退しただけです! まだ我々は戦えます!」
「お願いです、続けさせてください!」
彼女らの叫びは、まるで自分の居場所を奪われまいとするかのようだった。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!? 私は何のために合流したんですか!? 先ほど関羽に例えて褒めてくれたばかりじゃないですか!!」
ジャーネイルも疲労困憊しつつも抗議に加わった。耐えられなくなり思わず目をそらす。
「黙れ!」
スカイは思わず怒鳴った。
「もう終わりなんだ……第666特別大隊は解散する。どこに逃げてもいい、一人でも多く生き延びろ!」
「大隊は家族です! 家族を捨てて逃げるなど出来ません!」
「「「そうだ! そうだ!」」」
クリスティーナの言葉にオードリー達、ウッドペッカー第2小隊も呼応した。
誰も引き下がらない。その顔には、諦めも、恐怖もない。
ただ――ここに居たいという強い意志だけがあった。
隊員達は、まるで、巣を奪われそうになった鳥の様に、激しく騒ぎ立てて抗議する。
「…………もういい、暴いてやる。そこまでいうなら全部ぶちまけてやる」
――この隊の、もう一つの闇を。ただの女学生学徒兵部隊どころではない漆黒の闇を。
彼の中で自暴自棄めいた黒い感情が湧き上がった。
「…………ああ、教えてやるよ。どうせ最後だ。全部ぶちまけてやる。この大隊の秘密をな。なぜ『女学生だけ』の学徒兵大隊なんて、奇妙な部隊が生まれたのか!」
「スカイ!? ダメ、それは……!」
レベッカが止めようとするが、もう遅い。
「お前たちはな……『邪神への生贄』だったんだよ!!」
スカイはそう叫ぶと、自暴自棄気味に、それまで持っていたAKS-74Uアサルトライフルを地面に投げ捨てた。
鈍い金属音が夜を裂く。
スカイはその場にどっかり腰を下ろし、焚き火を真正面から見据えた。火は何故だか大きく揺らめく。
ここにいる100人の部下に加え、もしかしたらまだ未練を残した死者達の魂も聞いてるかもしれない。なんとなくそう思った。
彼女たちは自分たちがなぜ死んだのか、なぜ戦場に送られたのかを知らないまま、死んだ。
だからこそ、言わなければならない。大隊長としての責任だ。彼女達にも知る権利がある。
「……どうせ全部終わりなら。真実くらい、話してやる」




