9、叫び
「自決ぅ? 責任をとるぅ? ふざけんじゃないよッ!」
オードリーが叫びながら俺のところまで駆け寄ってくると、そのまま胸倉をがっちりと掴んできた。
涙で濡れた顔、怒りに紅潮した頬。震えているのは声だけじゃなかった。全身が、怒りと悲しみによって揺れていた。
俺は15歳。オードリーは16歳。体格に大きな差はない。 だが、彼女は機関銃手。訓練と戦場が鍛えた腕力で、俺の体は簡単に引き寄せられた。
「……私たちには、もう『ここ』しかないんだよッ! 一年も一緒にいて……そんなことも分からないの!?」
オードリーは俺の首根っこを掴んだまま、力任せに頭を揺さぶる。 ガクン、ガクンと視界がブレて、脳の奥で鈍い痛みが響いた。……下手すれば脳震盪になりかねない。
「私みたいに、帰る場所のない連中も! 貧乏人も、貴族の娘だって、金持ちの子だって、皆等しく、あなたの命令で人殺しにさせられたんだよ……! もう、誰も手なんか綺麗じゃない! 戦場にしか、私たちの居場所なんて……ないんだよ!!」
「オードリー……」
「53人! 23987人! この数字、わかる!?」
彼女は目を血走らせながら、叫んだ。
「53人は、私たちウッドペッカー第二小隊で射殺した脱走兵の数! 23987人は、この大隊全員で殺した敵の数! こんな……人殺しの集団がさ……平和に? ……幸せに? ……普通の生活に? 戻れるわけ、ないだろうがっ!!」
次の瞬間、バチンと音を立てて、頬に衝撃が走った。 オードリーの拳だった。 痛みより、衝撃だった。 彼女の怒りと絶望が、その拳に全部乗っていた。
「やめて! オードリー!!」
クリスティーナが叫びながら、後ろからオードリーを抱きとめる。
だがオードリーは、なおも暴れるように叫び続けた。
「ここにいる皆は……あなたと、心中する覚悟でここにいるんだよッ!! それなのに、自決なんて……勝手に『責任』って言葉で逃げようとするな!! 死んで逃げようとするなッ!!」
叫びは絶叫へと変わり、息が続かなくなっても、彼女は泣き叫び続けた。
「死ぬことが責任の取り方じゃない!! あなたの責任の取り方は二つ。ここにいる全員を吸収して反政府軍を焼き尽くすか、 私たち全員が死ぬまで……大隊を維持するしかないんだよ!! ……私たちには……『ここ』しかないんだ!! 私には……『ここ』しか、ないんだよおおおおっ!!」
最後の叫びは、破裂音のような嗚咽に変わった。 張り詰めていたものが一気に崩れたように、彼女は崩れ落ちる。 震え、泣きながら、俺の胸にすがりついた。
――もう、限界だったんだ。 怒りも、絶望も、罪悪感も、未来への恐怖も。 全部が彼女の中でぐちゃぐちゃに混ざって、いま、こぼれ落ちた。
「……ごめん……ごめん……俺が、悪かった……」
その涙が、俺の中の何かを溶かした。 俺の目からも、自然と涙が溢れ出す。止まらなかった。 それはやがて、周囲の隊員たちにも伝播していった。 誰も言葉にできなかった。 ただ泣いた。 悔しくて、苦しくて、情けなくて、痛くて――それでも、誰も責めなかった。 森の奥に、嗚咽と慟哭の声が響いた。 大隊全員が、涙を流しながら、ようやく自分の「場所」を取り戻すように。
その泣き声は、ちょうどその時、偵察任務から帰還したオウル隊第三小隊が耳にしたという。 彼女たちは、混乱する現場に駆け寄り、冷えた身体を、泣き疲れて眠る者を、そっと抱きしめた。 夜が明けるまで、誰もその場を離れなかった。